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第六章 怨敵
予期せぬ提案(修史side)②
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「五十嵐社長、どうぞ」
藤城が俺のグラスにビールを注ぎ始める。仕方なく俺も藤城のグラスにビールを注いだ。
「では、今日はありがとうございます。そして、君の父上である雅史を偲んで……」
乾杯──と示すように、グラスを少し上に持ちあげる。俺は頬を緩めることなく、険しい表情のまま少し頭を下げて、ビールを口に運んだ。いつもなら美味しく感じるビールが、今日は全く何も感じないほどに味がしない。そしてグラスを置いた藤城が、どこか懐かしむように俺の顔を見た。
「ここはね、雅史が好きだった料亭なんだ。特にこの窓から見える風景が好きでね」
「父がこの料亭を……ですか?」
反応するつもりなんて全くなかったのに、初めて聞く父の話に思わず尋ね返してしまう。視線を横に移した藤城と同じように俺も窓の方を見ると、ライトアップされた風情ある美しい庭園が広がっていた。
「そうなんだよ。若い五十嵐社長には、和食の料亭より鉄板焼きのような肉料理の方がよかったのかもしれないが、私にとってここは雅史との思い出が詰まったとても大切な場所でね。こうして君と一緒に来ることができて嬉しいよ」
父が亡くなったことを心から悲しむように、寂しげな表情を見せる藤城を目の前にして、一瞬信じてしまいそうになった俺は、その気持ちを排除するようにグラスに入っていたビールを一気に飲み干した。
こいつは父を裏切った人間なんだ。
俺まで騙そうとしている──。
このままここにいれば、父と同じようにこの男の罠にはまってしまうかもしれない。
それに、謝罪をするつもりもない人間とは、これ以上一緒にいても時間の無駄だ。
ストレスが増える前に早く退散した方がいいだろう。
そう判断した俺は、藤城の話に適当に相槌を打ちながら、さっさと食事を終わらせることにした。
最後のデザートが運ばれてきて、あともう少しの辛抱だと自分に言い聞かせていたときだった。
突然藤城が「五十嵐社長」と、これまでの表情や声色とは違う調子で呼んだのだ。
「実は今日、五十嵐社長との会食を希望したのは、もちろん君の父上である雅史を偲ぶ目的もあったけれど、もうひとつ君に話があってこの場を用意したんだ」
どこか経営者の顔を見せてくる藤城に、いったいどうしたのかと思い、反射的に身構える。
「これは私と雅史の二人で話し合ったことで、まだ誰も知らない。外部に漏れるとリスクを伴う話だから心して聞いてほしい」
「何の話でしょうか」
「実は、雅史が亡くなる前、IGS製薬と藤城バイオテックの合併話を進めていてね」
「が、合併……です、か……」
全く予想すらしていなかった話に、俺は目を見開いたまま言葉を失ってしまった。
「ああ、そうなんだ。ここに雅史と交わした覚書がある。原本は電子だがこれはその控えだ。目を通してもらえないだろうか」
俺は藤城からその覚書を受け取ると、早速読み始めた。
そこには両社が合併した際の条件が色々と記載されてあり、一瞬、藤城バイオテックがIGS製薬に吸収されるように見えるが、内容的には同等合併に近い内容だった。
そして最後には、父と藤城の双方の自筆の署名があり、紛れもなく父と交わした覚書だった。
「これを僕に見せたということは、いったいどういう……。まさかIGS製薬と合併の話を進めようと……」
「その通りだ。これは雅史と交わしたものだから反故にしてもいいんだが、でもまずは雅史の息子である君の意見を聞きたいと思ってね。君が断るというのであれば、別の企業と話を進めようと思っている」
俺はこの藤城という男のことがわからなくなってきた。
陰で父を裏切っていたにもかかわらず、こうして俺に合併の話を持ってくるとは──。
これにはどういう意図があって、どんな目的があるのか?
しかもこの覚書の日付は父が亡くなる一ヵ月前だ。
ということは、父は亡くなる直前にこの男の裏切りを知ったということなのか。
今まで冷静に対処してきたというのに、ここにきてどうしても堪えきれなくなった俺は、とうとう藤城にこれまで抑え込んでいた怒りをぶつけてしまった。
藤城が俺のグラスにビールを注ぎ始める。仕方なく俺も藤城のグラスにビールを注いだ。
「では、今日はありがとうございます。そして、君の父上である雅史を偲んで……」
乾杯──と示すように、グラスを少し上に持ちあげる。俺は頬を緩めることなく、険しい表情のまま少し頭を下げて、ビールを口に運んだ。いつもなら美味しく感じるビールが、今日は全く何も感じないほどに味がしない。そしてグラスを置いた藤城が、どこか懐かしむように俺の顔を見た。
「ここはね、雅史が好きだった料亭なんだ。特にこの窓から見える風景が好きでね」
「父がこの料亭を……ですか?」
反応するつもりなんて全くなかったのに、初めて聞く父の話に思わず尋ね返してしまう。視線を横に移した藤城と同じように俺も窓の方を見ると、ライトアップされた風情ある美しい庭園が広がっていた。
「そうなんだよ。若い五十嵐社長には、和食の料亭より鉄板焼きのような肉料理の方がよかったのかもしれないが、私にとってここは雅史との思い出が詰まったとても大切な場所でね。こうして君と一緒に来ることができて嬉しいよ」
父が亡くなったことを心から悲しむように、寂しげな表情を見せる藤城を目の前にして、一瞬信じてしまいそうになった俺は、その気持ちを排除するようにグラスに入っていたビールを一気に飲み干した。
こいつは父を裏切った人間なんだ。
俺まで騙そうとしている──。
このままここにいれば、父と同じようにこの男の罠にはまってしまうかもしれない。
それに、謝罪をするつもりもない人間とは、これ以上一緒にいても時間の無駄だ。
ストレスが増える前に早く退散した方がいいだろう。
そう判断した俺は、藤城の話に適当に相槌を打ちながら、さっさと食事を終わらせることにした。
最後のデザートが運ばれてきて、あともう少しの辛抱だと自分に言い聞かせていたときだった。
突然藤城が「五十嵐社長」と、これまでの表情や声色とは違う調子で呼んだのだ。
「実は今日、五十嵐社長との会食を希望したのは、もちろん君の父上である雅史を偲ぶ目的もあったけれど、もうひとつ君に話があってこの場を用意したんだ」
どこか経営者の顔を見せてくる藤城に、いったいどうしたのかと思い、反射的に身構える。
「これは私と雅史の二人で話し合ったことで、まだ誰も知らない。外部に漏れるとリスクを伴う話だから心して聞いてほしい」
「何の話でしょうか」
「実は、雅史が亡くなる前、IGS製薬と藤城バイオテックの合併話を進めていてね」
「が、合併……です、か……」
全く予想すらしていなかった話に、俺は目を見開いたまま言葉を失ってしまった。
「ああ、そうなんだ。ここに雅史と交わした覚書がある。原本は電子だがこれはその控えだ。目を通してもらえないだろうか」
俺は藤城からその覚書を受け取ると、早速読み始めた。
そこには両社が合併した際の条件が色々と記載されてあり、一瞬、藤城バイオテックがIGS製薬に吸収されるように見えるが、内容的には同等合併に近い内容だった。
そして最後には、父と藤城の双方の自筆の署名があり、紛れもなく父と交わした覚書だった。
「これを僕に見せたということは、いったいどういう……。まさかIGS製薬と合併の話を進めようと……」
「その通りだ。これは雅史と交わしたものだから反故にしてもいいんだが、でもまずは雅史の息子である君の意見を聞きたいと思ってね。君が断るというのであれば、別の企業と話を進めようと思っている」
俺はこの藤城という男のことがわからなくなってきた。
陰で父を裏切っていたにもかかわらず、こうして俺に合併の話を持ってくるとは──。
これにはどういう意図があって、どんな目的があるのか?
しかもこの覚書の日付は父が亡くなる一ヵ月前だ。
ということは、父は亡くなる直前にこの男の裏切りを知ったということなのか。
今まで冷静に対処してきたというのに、ここにきてどうしても堪えきれなくなった俺は、とうとう藤城にこれまで抑え込んでいた怒りをぶつけてしまった。
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