柔らかな愛に触れるまで ~冷酷な御曹司は政略結婚から愛を知る~

上乃凛子

文字の大きさ
17 / 70
第六章 怨敵

予期せぬ提案(修史side)②

しおりを挟む
「五十嵐社長、どうぞ」

藤城が俺のグラスにビールを注ぎ始める。仕方なく俺も藤城のグラスにビールを注いだ。

「では、今日はありがとうございます。そして、君の父上である雅史を偲んで……」

乾杯──と示すように、グラスを少し上に持ちあげる。俺は頬を緩めることなく、険しい表情のまま少し頭を下げて、ビールを口に運んだ。いつもなら美味しく感じるビールが、今日は全く何も感じないほどに味がしない。そしてグラスを置いた藤城が、どこか懐かしむように俺の顔を見た。

「ここはね、雅史が好きだった料亭なんだ。特にこの窓から見える風景が好きでね」

「父がこの料亭を……ですか?」

反応するつもりなんて全くなかったのに、初めて聞く父の話に思わず尋ね返してしまう。視線を横に移した藤城と同じように俺も窓の方を見ると、ライトアップされた風情ある美しい庭園が広がっていた。

「そうなんだよ。若い五十嵐社長には、和食の料亭より鉄板焼きのような肉料理の方がよかったのかもしれないが、私にとってここは雅史との思い出が詰まったとても大切な場所でね。こうして君と一緒に来ることができて嬉しいよ」

父が亡くなったことを心から悲しむように、寂しげな表情を見せる藤城を目の前にして、一瞬信じてしまいそうになった俺は、その気持ちを排除するようにグラスに入っていたビールを一気に飲み干した。

こいつは父を裏切った人間なんだ。
俺まで騙そうとしている──。

このままここにいれば、父と同じようにこの男の罠にはまってしまうかもしれない。
それに、謝罪をするつもりもない人間とは、これ以上一緒にいても時間の無駄だ。
ストレスが増える前に早く退散した方がいいだろう。
そう判断した俺は、藤城の話に適当に相槌を打ちながら、さっさと食事を終わらせることにした。

最後のデザートが運ばれてきて、あともう少しの辛抱だと自分に言い聞かせていたときだった。
突然藤城が「五十嵐社長」と、これまでの表情や声色とは違う調子で呼んだのだ。

「実は今日、五十嵐社長との会食を希望したのは、もちろん君の父上である雅史を偲ぶ目的もあったけれど、もうひとつ君に話があってこの場を用意したんだ」

どこか経営者の顔を見せてくる藤城に、いったいどうしたのかと思い、反射的に身構える。

「これは私と雅史の二人で話し合ったことで、まだ誰も知らない。外部に漏れるとリスクを伴う話だから心して聞いてほしい」

「何の話でしょうか」

「実は、雅史が亡くなる前、IGS製薬と藤城バイオテックの合併話を進めていてね」

「が、合併……です、か……」

全く予想すらしていなかった話に、俺は目を見開いたまま言葉を失ってしまった。

「ああ、そうなんだ。ここに雅史と交わした覚書がある。原本は電子だがこれはその控えだ。目を通してもらえないだろうか」

俺は藤城からその覚書を受け取ると、早速読み始めた。
そこには両社が合併した際の条件が色々と記載されてあり、一瞬、藤城バイオテックがIGS製薬に吸収されるように見えるが、内容的には同等合併に近い内容だった。
そして最後には、父と藤城の双方の自筆の署名があり、紛れもなく父と交わした覚書だった。

「これを僕に見せたということは、いったいどういう……。まさかIGS製薬と合併の話を進めようと……」

「その通りだ。これは雅史と交わしたものだから反故にしてもいいんだが、でもまずは雅史の息子である君の意見を聞きたいと思ってね。君が断るというのであれば、別の企業と話を進めようと思っている」

俺はこの藤城という男のことがわからなくなってきた。
陰で父を裏切っていたにもかかわらず、こうして俺に合併の話を持ってくるとは──。
これにはどういう意図があって、どんな目的があるのか?

しかもこの覚書の日付は父が亡くなる一ヵ月前だ。
ということは、父は亡くなる直前にこの男の裏切りを知ったということなのか。

今まで冷静に対処してきたというのに、ここにきてどうしても堪えきれなくなった俺は、とうとう藤城にこれまで抑え込んでいた怒りをぶつけてしまった。
しおりを挟む
感想 573

あなたにおすすめの小説

御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
御曹司とお試し結婚 〜3ヶ月後に離婚します!!〜

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

花咲くように 微笑んで 【書籍化】

葉月 まい
恋愛
初恋の先輩、春樹の結婚式に 出席した菜乃花は ひょんなことから颯真と知り合う 胸に抱えた挫折と失恋 仕事への葛藤 互いの悩みを打ち明け 心を通わせていくが 二人の関係は平行線のまま ある日菜乃花は別のドクターと出かけることになり、そこで思わぬ事態となる… ✼•• ┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈••✼ 鈴原 菜乃花(24歳)…図書館司書 宮瀬 颯真(28歳)…救急科専攻医

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

処理中です...