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第七章 隔意
冷酷な結婚相手⑤
「わかりました。では何かあれば真壁さんにご連絡させていただきます。ですが、私からも三つほどお願いがあります。聞いていただけますか?」
「何だ?」
「まず一つ目ですが、結婚したらその不機嫌な態度は改めてもらえますか?」
そう言った瞬間、「はぁ?」と五十嵐社長が眉間に皺を寄せて、怪訝そうな声を上げた。
まさか私にこんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。今までの冷静で落ち着いた口調とは違って、こんな反応をさせたことが少し嬉しくなる。
「同じ家の中で生活するんです。毎日そんな不機嫌な態度で話されると嫌なんです。それは守ってください。お願いします」
私も負けないようにしっかりと顔を見て、少し強めの口調で言い切る。
不服そうな顔はしているけれど、何も反論してこないところを見ると、受け入れてくれるということなのだろう。
「他には?」
「二つ目は、外で隠し子とか、子どもを作らないでください」
その瞬間、先ほどよりも驚くような大きな声が放たれた。
「はっ、はあぁ……?」
「仕事が忙しいでしょうし、色々なお付き合いも多いと思いますが、外で子どもを作るのだけは止めてください」
「しっ、失礼な。俺をそんな男だと思っているのか! そんなことするわけないだろ!」
心外だと言わんばかりに、不機嫌そうに私を睨みつけている。でもこれはとても大事なことだ。私だって父の会社である藤城バイオテックを守らないといけない使命がある。
将来、父が亡くなり、五十嵐社長が藤城バイオテックを引き受けてくれたとして、そのときに外で子どもでも作られていたりしたら、私はきっと追い出されてしまう。
妻の立場を守り続けるためには、これは必須条件なのだ。
「今はそうかもしれませんが、将来のことなんてわからないじゃないですか? だからお願いしているんです」
「なるほど。子どもは君と作れと……。そういうことだな? 俺に他の女は抱くなと」
「ちっ、ちがっ……。私はそんなこと言ってるんじゃ……」
いっ、いきなりなんてこと言うのよ!
ほ、他の女を抱くなだなんて……。
なんか私がこの人のことを好きみたいに聞こえるじゃない。
“抱く” という言葉から急に恥ずかしさが襲ってきて、身体中が熱くなってきた。
「そういうことだろ? 何を赤くなっているんだ? 想像でもしたのか?」
「ちっ、違います! 想像なんかしてません!」
私は必死に違うと訴えるように何度も首を横に振った。
私の必死さがよほど可笑しかったのか、五十嵐社長がふっと口元を緩める。
こういう話題には全く耐性がないので、これ以上何か言われるとどうしていいのかわからなくなる。私は間髪入れずに三つ目の条件を伝えた。
「そっ、それで三つ目ですけど、結婚しても私は医薬と薬草の博物館で働きたいんです。それを許可してもらえませんか?」
「医薬と薬草の博物館?」
博物館の名前を出した途端、急にトーンダウンしたみたいに五十嵐社長の表情が少し変化した。これまでとはどこか違い、少しだけ感情が入った声で尋ねられ、小さく頷く。
この口ぶりだと博物館のことも知っているようだ。
企業が運営しているマイナーな博物館なので、知っている人はそれほど多くないのだけれど、さすがIGS製薬の社長だけある。
「もしかしてあそこで働いているのか? 本社ではなくて?」
「そうです。許可していただけますでしょうか?」
「別に構わないが。働きたいなら働けばいい」
「ありがとうございます!」
このお願いも前の二つと同様に不機嫌に反論されるかと思っていたけれど、最後はあっさり了承してくれたことに、なんだか拍子抜けしてしまった。
とりあえず三つの条件は確保できたことで少しほっとした私は、気づかれないように静かに息を吐いた。
顔合わせを終え、レストランから帰るタクシーの中で、私は一仕事終えたように疲れ果てていた。相当気を張っていたのか、身体が重くてこのまま眠ってしまいそうだ。
ドアにもたれかかるように身体を預け、窓に映る街並みをぼうっと見つめながら、先ほどのやりとりを思い出す。
ちょっと言い過ぎたかな……。
初対面の、しかも大企業の社長相手に、三つも条件を突きつけてしまった。政略結婚とはいえ、少し失礼過ぎただろうか。今さら反省しても遅いけれど、後悔するような気持ちが襲ってくる。
いや、向こうだってあんな不機嫌で無礼な態度を取ってきたのだ。父の会社を守るためにも、これは必要な交渉だったと言える。
そうよ。全然、誠実で素敵な人じゃないんだから!
仕事はできるのかもしれないけど、人としては最低だったもんね。
俺様気質で、空気が読めない、我儘御曹司!
思い出していたら段々と腹が立ってきて、眠気が少し収まってきた。
それにしても──。
あの高級なフレンチのコースを存分に堪能することなく終えたことは、残念で仕方がなかった。もっとゆっくりと目と舌で味わって食べたかったのに、それどころではなくて、気づいたら食事が終わっていたのだ。
せっかく素敵な料理だったのに……。
次に訪れることはあるのだろうか。
結婚してもあんな男性と行くことなんてないだろうし、父を誘うにもやっぱり抵抗がある。
紗絵と二人ではレストランの雰囲気が大人過ぎて、少し浮いてしまいそうだ。
憧れのレストランだったのにな……。
私は残念な気持ちになりながら、脱力するように息を吐いた。
「何だ?」
「まず一つ目ですが、結婚したらその不機嫌な態度は改めてもらえますか?」
そう言った瞬間、「はぁ?」と五十嵐社長が眉間に皺を寄せて、怪訝そうな声を上げた。
まさか私にこんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。今までの冷静で落ち着いた口調とは違って、こんな反応をさせたことが少し嬉しくなる。
「同じ家の中で生活するんです。毎日そんな不機嫌な態度で話されると嫌なんです。それは守ってください。お願いします」
私も負けないようにしっかりと顔を見て、少し強めの口調で言い切る。
不服そうな顔はしているけれど、何も反論してこないところを見ると、受け入れてくれるということなのだろう。
「他には?」
「二つ目は、外で隠し子とか、子どもを作らないでください」
その瞬間、先ほどよりも驚くような大きな声が放たれた。
「はっ、はあぁ……?」
「仕事が忙しいでしょうし、色々なお付き合いも多いと思いますが、外で子どもを作るのだけは止めてください」
「しっ、失礼な。俺をそんな男だと思っているのか! そんなことするわけないだろ!」
心外だと言わんばかりに、不機嫌そうに私を睨みつけている。でもこれはとても大事なことだ。私だって父の会社である藤城バイオテックを守らないといけない使命がある。
将来、父が亡くなり、五十嵐社長が藤城バイオテックを引き受けてくれたとして、そのときに外で子どもでも作られていたりしたら、私はきっと追い出されてしまう。
妻の立場を守り続けるためには、これは必須条件なのだ。
「今はそうかもしれませんが、将来のことなんてわからないじゃないですか? だからお願いしているんです」
「なるほど。子どもは君と作れと……。そういうことだな? 俺に他の女は抱くなと」
「ちっ、ちがっ……。私はそんなこと言ってるんじゃ……」
いっ、いきなりなんてこと言うのよ!
ほ、他の女を抱くなだなんて……。
なんか私がこの人のことを好きみたいに聞こえるじゃない。
“抱く” という言葉から急に恥ずかしさが襲ってきて、身体中が熱くなってきた。
「そういうことだろ? 何を赤くなっているんだ? 想像でもしたのか?」
「ちっ、違います! 想像なんかしてません!」
私は必死に違うと訴えるように何度も首を横に振った。
私の必死さがよほど可笑しかったのか、五十嵐社長がふっと口元を緩める。
こういう話題には全く耐性がないので、これ以上何か言われるとどうしていいのかわからなくなる。私は間髪入れずに三つ目の条件を伝えた。
「そっ、それで三つ目ですけど、結婚しても私は医薬と薬草の博物館で働きたいんです。それを許可してもらえませんか?」
「医薬と薬草の博物館?」
博物館の名前を出した途端、急にトーンダウンしたみたいに五十嵐社長の表情が少し変化した。これまでとはどこか違い、少しだけ感情が入った声で尋ねられ、小さく頷く。
この口ぶりだと博物館のことも知っているようだ。
企業が運営しているマイナーな博物館なので、知っている人はそれほど多くないのだけれど、さすがIGS製薬の社長だけある。
「もしかしてあそこで働いているのか? 本社ではなくて?」
「そうです。許可していただけますでしょうか?」
「別に構わないが。働きたいなら働けばいい」
「ありがとうございます!」
このお願いも前の二つと同様に不機嫌に反論されるかと思っていたけれど、最後はあっさり了承してくれたことに、なんだか拍子抜けしてしまった。
とりあえず三つの条件は確保できたことで少しほっとした私は、気づかれないように静かに息を吐いた。
顔合わせを終え、レストランから帰るタクシーの中で、私は一仕事終えたように疲れ果てていた。相当気を張っていたのか、身体が重くてこのまま眠ってしまいそうだ。
ドアにもたれかかるように身体を預け、窓に映る街並みをぼうっと見つめながら、先ほどのやりとりを思い出す。
ちょっと言い過ぎたかな……。
初対面の、しかも大企業の社長相手に、三つも条件を突きつけてしまった。政略結婚とはいえ、少し失礼過ぎただろうか。今さら反省しても遅いけれど、後悔するような気持ちが襲ってくる。
いや、向こうだってあんな不機嫌で無礼な態度を取ってきたのだ。父の会社を守るためにも、これは必要な交渉だったと言える。
そうよ。全然、誠実で素敵な人じゃないんだから!
仕事はできるのかもしれないけど、人としては最低だったもんね。
俺様気質で、空気が読めない、我儘御曹司!
思い出していたら段々と腹が立ってきて、眠気が少し収まってきた。
それにしても──。
あの高級なフレンチのコースを存分に堪能することなく終えたことは、残念で仕方がなかった。もっとゆっくりと目と舌で味わって食べたかったのに、それどころではなくて、気づいたら食事が終わっていたのだ。
せっかく素敵な料理だったのに……。
次に訪れることはあるのだろうか。
結婚してもあんな男性と行くことなんてないだろうし、父を誘うにもやっぱり抵抗がある。
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私は残念な気持ちになりながら、脱力するように息を吐いた。
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