柔らかな愛に触れるまで ~冷酷な御曹司は政略結婚から愛を知る~

上乃凛子

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第十三章 想起

幼き日の想い出(修史side)⑤

『何を言ってるんだよ。わからないやつだな。それはお前の父さんのものじゃない。この薬草園のものだ。だから花を摘むのをやめるんだ!』

きっと、俺に怒られたと思ったのだろう。
女の子は大粒の涙を流して、泣き出してしまった。

『お、おい、泣くことないだろ……』

『だってママに……ママにあげるのに……』

俺は焦ってしまった。
こんなところで幼い子を泣かしているのを見られたら、反対に俺の方が怒られてしまう。
困った俺は、鞄の中に女の子が好きそうなマスコットがあったことを思い出し、急いでそれを取り出した。

『こ、これをやるからもう泣くな。こいつはすごいんだ。病気を治して元気にするうさぎなんだ』

これは、父の会社で作っている薬のキャラクターだった。昔、父が「これは風邪を治してくれる、うさぎとリスなんだ」と言って、俺にくれたものだ。
人参を持ったうさぎとクルミを持ったリスの、対になったマスコットなのだが、人参が苦手な俺は、うさぎのマスコットをその女の子の手のひらに置いた。
女の子は興味を示してくれたようで、くりくりの丸い目にいっぱい涙をためて、俺に尋ねてきた。

『ほんと? ほんとに……ひっく、びょうきが、なおるの?』

『治る』

『このうさぎさんが……ひっく、びょうきをなおしてくれるの?』

『そうだ』

そう告げると、俺はその女の子から離れるように、走って逃げていった。

「あの気の強さ、あいつと似ているよな……。おそらく彼女も……あんな子どもだったんだろうな」

毎日俺に歯向かってくる彼女の姿を思い出し、ふっと口元が緩む。そんなことを思い出していると、少し先に彼女と知らない男性が話しているのが見えた。
しかも──。
俺にはほとんど見せない顔をして、楽しそうに笑っている。いったい誰なのかと思い、俺は歩みを早めながら、無意識に彼女の名前を呼んでいた。

「彩花」

振り返った彼女が俺を見て、驚いたように目を見開いた。

「ど、どうしてここにいるの?」

「どうしてって、昨日視察に行くって言っただろ?」

この男と話している姿を、俺に見られたくなかったとでもいうのか。だから昨日、俺が博物館に視察に来ることを嫌がっていたのか。
俺は、相手の男に俺との関係をはっきりと明示するよう、彼女の名前をわざと呼び続けることにした。

「彩花はここで何をしているんだ?」

「私はここで仁科さんに相談を……」

「相談?」

この男に何の相談があるというのだろう。
それも、館内ではなく、人気の少ない薬草園で相談している。誰かに見られると不都合なことでもあるのだろうか。
そもそも相談があるのなら、この男よりまずは夫である俺にするべきではないのか?
そう思っていると、仁科と呼ばれた男が、自己紹介を始めた。

「五十嵐社長、お疲れさまです。研究センターの仁科です」

研究センターと聞き、センター長の名前が仁科だったことを思い出す。俺は余裕のある感じで、にこやかに挨拶をした。

「ああ、仁科センター長、お疲れさまです。そういえばセンター長は、こちらの博物館の学術監修責任者も兼任されてるんでしたね」

こんなところで、博物館の学術監修責任者に何の相談をしていたのだろう。仕事のことなら、社長の俺の方が解決できるだろうに……。疑問は残るが、これ以上ここで追及することは控えておいた方がいい。
そう判断した俺は、さっきからずっと俺を見ている彼女が気になって、視線を向けた。

「どうしたんだ、彩花?」

「べっ、別に何も……」

俺に早く立ち去ってほしいというのだろうか。
だが、ここで研究センター長に会えたことは、研究員の情報を得ることができる願ってもないチャンスだ。この機会を見逃すわけにはいかない。
そこで俺は、この男に話を聞くため、彼女に真壁への伝言を頼んだ。

「彩花、俺は少し仁科センター長に薬草園を案内してもらうから、真壁にもう少しここにいると伝えておいてもらえないか?」

「わかった。真壁さんにそう伝えておく」

彼女は俺にそう答えたあと、今度は仁科に笑顔を向けた。

「では仁科さん、お先に失礼します。また来週、相談させてくださいね」

俺には普通に返事をしておいて、仁科にはにこやかな笑顔で挨拶をするとは、俺への嫌がらせだろうか。
どこか感情がもやもやとして苛ついた俺は、自分の存在を示すように、最後に彼女を呼び止めた。

「そうだ、彩花。今日は遅くはならない。早めに帰る」

その瞬間、彼女の動きがぴたりと止まり、俺を見つめたまま動かなくなってしまった。
その彼女の姿に、自然と頬が緩み始める。
そんな俺を見た彼女が、いつものように頬を膨らませかけた──と思ったら、俺に今まで見たことのない笑顔を向けてきた。

「承知いたしました、五十嵐社長。では失礼いたします」

やればできるじゃないか。
最初から俺にもその顔を見せておけばいいだろ。

彼女の笑顔に満足した俺は、その後、仁科に薬草園を案内してもらいながら、藤城のこと、研究員のことをそれとなく尋ねた。しかし、他の社員と同じような回答しか得られなかった。

ただ、気になったのは、IGS製薬から転職した三名の研究員は、藤城バイオテックの別の新薬の申請に携わっていたということだった。これは、最初から藤城の薬剤を承認させるための転職だったのだろうか。
また一つ、新たな疑問が浮上したのだった。
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