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第十四章 微熱
揺れる想い⑥
「なあ、ひとつ聞いてもいいか?」
「なに?」
「会社のためにこんな結婚をさせられて、不本意ではなかったのか?」
いきなりこんなことを聞かれるとは思ってもいなかったので、ゆっくりと修史さんの方に視線を向ける。
どんな理由があってこんなことを聞いてきたのかわからないけど、横顔から見えるのは真剣な表情だ。
私は再び前を向くと、今の気持ちを正直に答えた。
「不本意とは思ってないけど、仕方がないのかなって思ってる」
「仕方がない?」
「うん。私はひとり娘だし、後継者がいないでしょ? それに、お父さんみたいに会社の経営なんてできないし。だから会社のことを考えたら、仕方がないのかなって思ってる」
「なるほどな。お互いこういう家に生まれ、後継者として生きていくと決めた以上、自分の意思は捨てないといけないってことか……。自分の人生でありながらも、他人の人生も歩まされる感じだよな」
どことなく、やりきれない感情みたいなものが含まれているような気がした。気づかれないようにそっと修史さんの顔を見る。もしかしたら、修史さんは後継者である自分の人生に、諦めを感じているのだろうか。
そう思っていたら、妥協とも投げやりとも取れる言葉が、修史さんの口から発せられた。
「期待を捨て、早めに諦めることが肝心だよな」
それは、私に向けた言葉というより、なんだか自分自身に言い聞かせているような感じだった。
確かに、あんな大きな会社を背負って立つ以上、大変なことも多いだろうし、我慢することもたくさんあるのかもしれない。だけど、最初から諦める人生にだけはしてほしくない。
「早めに諦めるなんてしなくていいと思うよ。だって、修史さんの人生は修史さんの人生だもん。後継者の道を選んだからって、全てを諦めなくていいし、やりたいことがあればやったらいいと思う。他の人よりは制限されちゃうかもしれないけど、修司さんは自分を見失うような人じゃないもん。ちゃんと自制できる人だもん。だから、そんなに自分を縛らなくていいと思う」
私の言葉に、修史さんは黙り込んでしまった。
偉そうなことを言って、嫌な気持ちにさせてしまったのだろうか。でも修史さんには、少しでも満足のいく人生を送ってほしいと願ってしまう。
「私ね、子どもの頃から、付き合う相手には気をつけなさいって言われてきたの。いくら自分がきちんとしていても、相手が自分と同じ気持ちだとは、わからないでしょ? 悪気がなかったとしても、私の知らないところで、ネットに情報や写真をさらされちゃったり、もしかしたら、犯罪にかかわるような悪いことだって、しちゃうかもしれない。今ね、修史さんは悪いことなんて絶対にしないってわかってるから、安心できるの。こんな形での結婚だったけど、私は……修史さんのこと、信頼してるし、それに……満足もしてる」
「俺もそういう点では、彩花のことを信用してるよ。安心してる」
お互いに顔を見合わせて、頬を緩ませる。
修史さんが笑ってくれて、本当によかった。
「今までお父さんに反抗したりしたけど、今はお父さんの気持ちもわかるかな」
修史さんと結婚したことで、わかったことがある。
相手に対する信頼がないと、安心して生活が送れないのだ。そんな気持ちもあって、呟いたのだけれど──。
「彩花の反抗している姿が容易に想像つくな。いつも俺に言い返しているように、家でも反抗してたんだろ? 頬を膨らませて、唇を尖らせて」
さっきまでしんみりしていたというのに、修史さんは意地悪そうな笑みを浮かべて、楽しそうにハンドルを握っていた。
「そんなことないですー! 私は真面目でいい娘だったもん」
「真面目でいい娘? ほら、その顔。すぐ膨らませるじゃないか!」
チラリと視線を向けられ、またしても楽しそうに笑われてしまう。
「ほんと、ひどーい!」
そんな会話を繰り返しながら、途中でお花屋さんに寄って花を買い、母のお墓に到着した。
駐車場に車を停め、二人で一緒にお墓に向かって歩いていく。今日は天気がいいこともあって、空には綺麗な青空が広がり、日差しも眩しいくらいに降り注いでいる。歩いていると汗ばんでくるくらいだ。
もしかしたら、お母さんが私がここに来るのを待っていたのだろうか。
そんな気持ちになりながら歩いていると、母のお墓が見えてきて、花立てには白いユリの花が供えられていた。
「なに?」
「会社のためにこんな結婚をさせられて、不本意ではなかったのか?」
いきなりこんなことを聞かれるとは思ってもいなかったので、ゆっくりと修史さんの方に視線を向ける。
どんな理由があってこんなことを聞いてきたのかわからないけど、横顔から見えるのは真剣な表情だ。
私は再び前を向くと、今の気持ちを正直に答えた。
「不本意とは思ってないけど、仕方がないのかなって思ってる」
「仕方がない?」
「うん。私はひとり娘だし、後継者がいないでしょ? それに、お父さんみたいに会社の経営なんてできないし。だから会社のことを考えたら、仕方がないのかなって思ってる」
「なるほどな。お互いこういう家に生まれ、後継者として生きていくと決めた以上、自分の意思は捨てないといけないってことか……。自分の人生でありながらも、他人の人生も歩まされる感じだよな」
どことなく、やりきれない感情みたいなものが含まれているような気がした。気づかれないようにそっと修史さんの顔を見る。もしかしたら、修史さんは後継者である自分の人生に、諦めを感じているのだろうか。
そう思っていたら、妥協とも投げやりとも取れる言葉が、修史さんの口から発せられた。
「期待を捨て、早めに諦めることが肝心だよな」
それは、私に向けた言葉というより、なんだか自分自身に言い聞かせているような感じだった。
確かに、あんな大きな会社を背負って立つ以上、大変なことも多いだろうし、我慢することもたくさんあるのかもしれない。だけど、最初から諦める人生にだけはしてほしくない。
「早めに諦めるなんてしなくていいと思うよ。だって、修史さんの人生は修史さんの人生だもん。後継者の道を選んだからって、全てを諦めなくていいし、やりたいことがあればやったらいいと思う。他の人よりは制限されちゃうかもしれないけど、修司さんは自分を見失うような人じゃないもん。ちゃんと自制できる人だもん。だから、そんなに自分を縛らなくていいと思う」
私の言葉に、修史さんは黙り込んでしまった。
偉そうなことを言って、嫌な気持ちにさせてしまったのだろうか。でも修史さんには、少しでも満足のいく人生を送ってほしいと願ってしまう。
「私ね、子どもの頃から、付き合う相手には気をつけなさいって言われてきたの。いくら自分がきちんとしていても、相手が自分と同じ気持ちだとは、わからないでしょ? 悪気がなかったとしても、私の知らないところで、ネットに情報や写真をさらされちゃったり、もしかしたら、犯罪にかかわるような悪いことだって、しちゃうかもしれない。今ね、修史さんは悪いことなんて絶対にしないってわかってるから、安心できるの。こんな形での結婚だったけど、私は……修史さんのこと、信頼してるし、それに……満足もしてる」
「俺もそういう点では、彩花のことを信用してるよ。安心してる」
お互いに顔を見合わせて、頬を緩ませる。
修史さんが笑ってくれて、本当によかった。
「今までお父さんに反抗したりしたけど、今はお父さんの気持ちもわかるかな」
修史さんと結婚したことで、わかったことがある。
相手に対する信頼がないと、安心して生活が送れないのだ。そんな気持ちもあって、呟いたのだけれど──。
「彩花の反抗している姿が容易に想像つくな。いつも俺に言い返しているように、家でも反抗してたんだろ? 頬を膨らませて、唇を尖らせて」
さっきまでしんみりしていたというのに、修史さんは意地悪そうな笑みを浮かべて、楽しそうにハンドルを握っていた。
「そんなことないですー! 私は真面目でいい娘だったもん」
「真面目でいい娘? ほら、その顔。すぐ膨らませるじゃないか!」
チラリと視線を向けられ、またしても楽しそうに笑われてしまう。
「ほんと、ひどーい!」
そんな会話を繰り返しながら、途中でお花屋さんに寄って花を買い、母のお墓に到着した。
駐車場に車を停め、二人で一緒にお墓に向かって歩いていく。今日は天気がいいこともあって、空には綺麗な青空が広がり、日差しも眩しいくらいに降り注いでいる。歩いていると汗ばんでくるくらいだ。
もしかしたら、お母さんが私がここに来るのを待っていたのだろうか。
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