彗星の降る夜に

れく

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四章

メアの話

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「メアはね!うさぎさんになりたいの!」

幼い彼女の記憶にあるのは、彼女の口癖に困ったような表情を浮かべる両親の姿だけ。肯定も否定もしないまま、引きつった笑みで誤魔化す両親。そんなつまらない、色褪せた記憶だけがこの少女の全てだった。彼らは何も言わない。故に「私は間違っていない」なんて勘違いをし続けられた。

白く長い髪に、うさみみカチューシャ。もこもこのフリルで着飾るあの子の名前はメア。
うさぎのように真っ赤になれない瞳を、長く伸ばした前髪で隠すのだ。うさぎになれば、きっと可愛い!そうすればみんなみんな、今以上にメアを愛してくれるよね?

ぽかぽか陽気に、少し冷たい風。ちらちらと咲き始めた花達が、とうとう春の訪れを告げている。メアは、ある小さな街に生まれた普通の少女だった。人並みの生活の中で人並みに愛される彼女は、人並み以上にうさぎが大好きだった。いつもうさぎのぬいぐるみを連れ歩く彼女を、街の人々は可愛がった。

「メアちゃん、今日も可愛いねぇ」
「ありがとー!」
「メアちゃん今日もうさぎさんと一緒かい?」
「うん!」

通りすがりの人々に挨拶を返しながら、メアは坂道を軽快なステップで走っていく。赤煉瓦の建物達を横目に、メアがたどり着いたのは植木鉢が沢山並ぶ、低い塀のある家だ。
ここがメアの家。メアが十年間くらす、小さな我が家。小さな街の小さな家。これがメアの世界で、メアの全てで、これだけあれば幸せだった。

「あのね、メア、お話があるの」

家に入るなり聞こえた変わらない母の声。だが、いつもとは違う真面目な表情。連れられるまま、家の中に入る。いつもは揃える靴を揃えられなかったのは、緊張感からだっけ?
温かな湯気が立つ夕飯、そわそわといつもの椅子につく。普通に始まるいつも通りの食事なのに、先ほどの母の言葉に胸がざわついていた。向かい側に座る母とその隣にいる父が、微笑んでいる。
半分まで飲んだオレンジジュースの氷がカランと鳴る、それを合図にしたように、冷蔵庫の振動が耳を撫でた。蛇口から漏れる雫がポタポタと落ちてく。

「これはね、大事なお話」

母の表情が固い。ぎこちなく目を逸らしながら伝えづらい言葉を紡ごうとする。毎晩、メアが眠ったころに始まる夫婦喧嘩。起きたら割れていた母のお気に入りのガラスの花瓶。包丁が落ちていたこともある。幼いメアにだって、大方の何が起こっていたかくらいの予想はついた。

「あのね私達」
「メア聞きたくない!!」

メアは椅子から立ち上がり叫ぶ。勢いよく立ったせいで椅子が大きな音を立てて倒れた。隣に座っていたお気に入りのうさぎのぬいぐるみを持つと、駆け足でリビングから離れた。母の制止の声を無視し、自室への階段を駆けのぼる。部屋の鍵を閉め、ベッドに飛び乗るとうずくまった。布団を頭から被り、目を閉じた。

永遠に続くはずだった幸せは、あっけない一言で唐突に終わりを迎えてしまう。居心地の良かった家は、家族は、仲良しだった過去は呆気なく消えていくのだ。「めでたしめでたし」で終われない物語なんて必要ない。
それならばメアが!
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