彗星の降る夜に

れく

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四章

蜘蛛の手

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黒髪の男はニコニコと無邪気な笑顔だった。手に握られている短いナイフは赤黒く汚れていて、その表情とのミスマッチさが男をより不気味に見せた。
追い詰めるようにじりじりとこちらに歩み寄る男から目を逸らせないまま、少年もゆっくり後ろに下がっていく。

「ままには君が必要なんだって」
「意味がわかんない、俺が必要?なんで」

先程からずっと同じ問答を繰り返している。問いかけても男は、これ以上の言葉を返してくれない。知らされていないのか、それとも少年と会話する気もないのか、場に似つかないニコニコ笑顔が怖かった。

「私達精霊には、必ず願い主が必要。私だったら貴方の願いも叶えられますよ」

男に合わせるように微笑む女も、それ以上の台詞を言わないでいる。その間にも男はどんどん距離を詰め、ついに壁際にたどり着いてしまっていた。

「だからって、精霊を殺すなんて!仲間じゃ無いのか!」

咄嗟に叫ぶが、男に怯む様子はない。窮地を助けてくれる異形の怪物は、既に黒髪の男に殺されてしまっていたのだ。怪物は無抵抗のまま、首を刎ねられた。

「……神なんて一人でいいと、思いませんか?」

男の後ろから現れた女は目を細めて微笑むと、少年に手を伸ばした。優しく開かれた両腕は、母親が子供を抱きしめるような仕草によく似ていた。だが、少年が女越しに見たのは、子供を抱く母親の慈愛ではなく蜘蛛の捕食の映像だった。
伸ばされた手を拒むように少年は扉へ向かって走る。それを回り込み阻止する男、行く道も戻る道も塞がれ、唯一持っていた力も奪われ、選択肢が消えていく。

神様にならないで、と先日友達に言った台詞を何故か思い出していた。

「神様なんて要らない、俺には必要ないのに」

それなのに出会う全員が貴方を助けたい、と言いながら自分へと手を差し伸べてくるのだ。一つ一つ丁寧に振り払い逃げているはずなのに、誰も自分を見捨ててくれない。

「私と共に新しい世界を作りましょう」

女の声が頭の中に滑り込んでくる。少年が欲しいのは新しい世界じゃない、自分のいない世界だった。

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