呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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公爵家の忌子2

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劇場での騒ぎの翌日、フローレンツ公爵ベルナルドは国王夫妻からの招聘に応じ、王宮に向かった。
第二王子がルクレツィアをつがいだと主張していることはすでに聞き及んでいる。
王子にはつがい紋が現れたのに、ルクレツィアにはそれがないことにも心当たりがある。おそらく、つがい紋は魔力のある者にしか現れないのだろう。
つがいとは非常に特異な関係だ。
出会った瞬間につがい紋で繋がり、男はつがい以外を抱くことができなくなり、女はつがい以外に無理強いされれば死んでしまうとまで言われている。
互いを唯一無二として生涯をともにする運命の二人——…。
そうであるなら、ルクレツィアを王子に託すというのも一つの選択肢だ。ベルナルドが死んだとき、ルクレツィアを守ってくれる人間が必要になる。
オクタヴィアもレオナルドも妹に愛情を注いでいるが、伴侶を持てば今までのようにはいかないこともあるだろう。
ただ、王子とルクレツィアの婚姻にはいくつかの問題がある。
ルクレツィアは病弱で体の発育も遅い。成人を迎えた今も初潮が来ていないのだ。王子妃ともなれば子を望まれるのは必定。
加えて、当のルクレツィア自身が怯えてしまい婚姻を望んでいない。
そしてルクレツィアが魔力を持たない忌子であること。王子が受け入れたとしても貴族社会がそれをどう受けとめるか。
どうしたものかと思案にくれるうちにベルナルドは王宮に到着した。

謁見室ではなく王の私的サロンに通される。そこで国王夫妻と第二王子がベルナルドを待ち構えていた。
「よく来てくれた」
「陛下にはご機嫌麗しく存じます」
「近年、これほど嬉しいことはなかった。ラファエロのつがいが見つかったと、しかもそれが公爵家の息女と聞いた。今日は同伴してこなかったのか」
「恐れながら、陛下。つがいの話は確定しておりません」
「どういう意味だ?」
「ルクレツィアにはつがい紋が現れておりません。本人も殿下をつがいと認識しておりません」
「……そうなのか?」
国王の表情が曇る。
「あれは俺のつがいだ」
ラファエロが厳しい表情で反論した。
「そうです。ラファエロにははっきりとつがい紋が現れています。公爵家の紋章が」
王妃も加勢する。
「ルクレツィアが十六になり次第、魔力適合を行い俺の妻に迎える」
王子はルクレツィアを未成年と思っているのか――…。
それにしても、問題山積だ。
婚姻における一番重要な要素は魔力の相性である。婚儀の前に互いの魔力が本当に反発しないか試すことを魔力適合といい、ありていに言えば体を重ね体液を馴染ませる必要があるのだ。
魔力がない以上、ルクレツィアに魔力反発はおこらない。しかし――…。
ベルナルドはラファエロの鍛え抜かれた騎士の体躯を見てため息を飲み込んだ。あの幼さの残る体にこの王子を受け入れさせるなんて、あまりにも残酷だ。
加えて、ラファエロは触れただけで相手を昏倒させるほどの魔力過剰だといわれている。ただでさえ病弱な娘に耐えることができるのか――…。
「ルクレツィアはあと何年で成人になる?」
「……殿下。あれはすでに成人しております」
「そうなのか!?」
ラファエロは驚愕の表情を浮かべた。
「ルクレツィアは今年十六になりました。我妻ジュリエッタの忘れ形見です」
「ならば何の問題もないではないか。倍ほど年齢が離れているかと思ったが、十歳程度ならばよくある話だ」
「いいえ、問題だらけです。生まれた時から病弱で発育も遅く、いまだ初潮も来ておりません。おそらく殿下のお子を産むことは難しいでしょう。私がこの婚姻に容易に賛同できない理由をおわかりいただけましたか」
ラファエロはぐっと眉根を寄せた。
「それでもかまわない」
「……かまわないとは?」
「子を産めないことが何の問題になる? どのみち俺はつがい以外の女を抱くことなどできない。幼い体で男を受け入れられないというなら、成長するまで待つだけのこと」
「このまま成長しない可能性もあるのですよ」
「たとえ一生抱くことが叶わずとも、つがいと離れて生きることはできない」
「殿下……」
この王子にならばルクレツィアを託すことができるかもしれない。
ベルナルドは覚悟を決めた。
「まずは断魔素材なしで直に触れても魔力酔いなどの障害が起きないことをお示しいただきたい。それから、身体的な問題を承知の上で、なおあの娘を望まれるのでしたら、これ以上否とは申しません」


王宮から帰ってきた父から話を聞き、ルクレツィアは卒倒しそうになった。王子殿下がお見えになるなんて。
自分が王子妃にふさわしくないことをルクレツィアはよくわかっている。
「たとえ夫婦の交わりを持つことができなくても、おまえを傍におけるだけでいいと殿下はおっしゃっている。あの方ならば、おまえを守ってくださるだろう」
「でも……」
お傍にいれば、ルクレツィアが忌子であることを知られてしまう――…。
ルクレツィアに忌子のことを教えたのは最初の家庭教師だった。
この国は王侯貴族の魔力で支えられている。都市のインフラ、輸送、国境の魔道障壁、それらを動かす魔力を王侯貴族が供給しているからこそ、安定した王政が続いているのだと。
魔力を持たない者は忌子と呼ばれ、貴族社会では生きていけないのだと。
本来だったらルクレツィアのような忌子は平民街の孤児院に入れられるべきなのだと。
それからすぐにその家庭教師はいなくなってしまったけれど、ルクレツィアは真実を知った時の衝撃を忘れたことはない。
自分はこの公爵家のお荷物なのだ。
「わたくしが忌子であることを、殿下にはお話しされましたか?」
俯いて尋ねると、父の手がルクレツィアの長い髪を優しくなでた。
「そんな言葉を使うのはやめなさい。殿下は全属性の魔力を持っているせいで常に魔力反発が生じてしまい、誰とも触れ合うことができない。おまえが魔力を持っていないのは、殿下のつがいとして生まれたせいなのかもしれない」
ルクレツィアは王子に抱きかかえられたときのことを思い出した。大きくて暖かかった。王子に漲る生命力のようなものが自分の中に流れ込んでくるようで、とても心地よかった。あれは王子の魔力だったのだろうか。
「すまない、私がついていながらこんなことになってしまって」
「お姉さまのせいではありません。わたくしが我儘を言いさえしなければ、こんなことにはならなかったんですもの」
本当なら捨てられても仕方のない自分を愛し守ってくれた家族――自分のせいで、これ以上家族に迷惑はかけられない。
「お父様、殿下にわたくしは死んだとお伝えください」
「何を言っている?」
「領地に移り、平民として生きることにいたします」
王都で逃げ隠れするより、その方がきっといい。
「馬鹿なことを考えるのはやめなさい」
「ルクレツィア、あの王子を侮ってはいけない。きっと、墓を掘り返してでも確認するよ」
オクタヴィアまでルクレツィアの案に難色を示す。
「とにかくもう一度殿下にお会いして、おまえが殿下のつがいかどうか確認する」
「……」
ルクレツィアが魔力を持っていないことを王子殿下にお話しするのだろうか。
あの美しい方はどう思うだろう。忌子のルクレツィアのことを――…。あの方に嫌われたら――そう考えるだけで、ルクレツィアは悲しくなった。
「明日の午後、殿下をお茶にお招きした。おまえも覚悟を決めておきなさい」
すでに心を決めているらしく、父は迷いのない様子でルクレツィアに言い渡した。

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