月明かり

Aria@無声帯

文字の大きさ
1 / 1

和登とユク

しおりを挟む
夜気で覆われ、しんと静まり返った深夜。 
ぼうっと和登はその静かな住宅街から見えるオフィス街を眺めていた。 

オフィス街にあるビルはポツポツと灯りをともしており、それは街灯の明かりしかない住宅街とは正反対だった。 
和登は住宅街にいながらもまるでそのオフィス街にいるような心情だった。 

和登はどうも人間関係が上手くいかなかった。 
家族、友人、恋人。 
どんな人達とも上手に付き合うことが出来ずにいた。 
今日も例外ではなく、それが故に心が落ち着かずに今に至る。 

「和登。どうして夜景がこんなにも美しいか知ってるかしら?」 

そう問いを投げかけてくるのは和登のたった1人の友達だった。 
名をユクという。本名ではない。 
でもユクがユクとしか名乗らないので和登は仕方なくユクと読んでいた。 

「それは」 

はっと口を紡ぐ。 
静寂な住宅街の夜気がどこかに失われてしまうような感覚があった。 

「それは?」 

お構いなしと言わんばかりに平然と聞いてくるユク。 

「それは、わからない。そもそも夜景だなんて労働者が汗水垂らして作ってるものだ。夜空のように美しいとは思えない」 

と小さな声で答える。 

そうだ、夜景だなんて美しくない。どれだけ大変な思いで生まれているのか…ユクはしらないのだろうか? 
そんな疑問が和登の中に生まれるが、ユクはそれを当然のごとく見抜いているように話しかけてくる。 

「和登は主観的すぎるのよ。もっと外から見なさい。あなたはきっと夜景の中を覗きながら話しているでしょう?」 

とユクはいう。そして、そうじゃないの。と付け足す。 

「いい?和登。夜空が美しく見えるのは、貴方があの星をまじかで見た事がないから。そして夜景が美しく見えないのは、貴方が夜景の中まで入ったことがあるからなのよ」 

それは、そうだ。宇宙旅行など日本に住む一般人には無縁の話だからだ。 
それなのに何故ユクはそんな事を言えるのだろう? 

「何故?それはね、和登。少し考えれば分かるわ。星だってまじかで見れば美しくもなんともないのよ。夜空に美しく輝く月はクレーターだらけで太陽の光がなければ輝いてないの。クラシックにもなっている木星は遠くから見ればいくつものボーダーで綺麗に見えるけど、本当は生物が住めない嵐しかない星…」 

1呼吸をするユク。すぅっと息を吸って、ふぅと息を吐く。 

「あなたの主張じゃ夜空も美しくないわ」 

そう言ってこっちを見つめてくる。 
心を見つめられているようなその視線はあまり好きになれないものだった。 

「それは、そうかもしれない、けど。これは結局なんの話しなんだ?」 

最初の問いはどうして美しいのかだった。 
それなのにどうしてそこまでして僕の発言を否定されなければいけないのか?和登には分からなかった。 

「だから貴方は客観的に物事を見なさい。主観的になりすぎると自分の中でしか考えられないものよ。改めて聞くけれど、どうして夜景が美しいのか知っているかしら?」 

「…わからない。」 

わからないものはわからなかった。和登にはどうしても夜景が美しいとは思えなかった。 
それに対してユクは「そう。」とどこか悲しそうに呟く。 

「知りたい?」 

そうやって質問を変えてくる。 
知りたいか知りたくないかで言えば興味がある話ではあった。 

「知りたい」 

そう答えるとユクは嬉しそうにする。 
クスッと笑うその声は鈴の音色のように美しく、儚げであった。 

「それは遠くから見るからよ。夜景の中に居てもその場所を夜景とは表現しないでしょ?夜空もいっしょ。夜空の中にいるってことは宇宙にいるってことなの」 

「それは、確かに」 

宇宙にいればきっとユクが言っていたように星が綺麗に見えないのかもしれない。それは憶測に過ぎないが、確かに夜景を作り出している街の中に居ればそれは美しくともなんともないのだろう。 

「この考え方はね、客観的というのよ和登」 

そんなの、中学で習う話だ。社会に出ているのに舐められているような気分になる。 

「案外、客観的に物事を捉えるのは難しいのよ。いまの和登みたいにね。客観的に見れば目の前の夜景も綺麗なんじゃないかしら?」 

そうやって夜景を見つめるユク。 
それに習って夜景を見つめてみる。 

夜空とは違う一つ一つの光が集まった風景。 
それは不規則に並んでおり、車がつくりだす光は流れてゆき、秩序のある昼のオフィス街とは違うように見える。 

「和登?この光はね、あなたと同じ人間が生み出しているのよ。そして、あなたも例外でなくこの夜景の一部になることもあるでしょう?」 

自分と同じ人間が作っている世界。でも、今の自分は住宅街にいる1人。 
和登の心は少しずつ静かな住宅街へと引き寄せられてきていた。 

「あなたはね、自分のことが美しくないと思っているでしょう。そして、夜景の中身が美しくない事を知っている。けれどね?少し視点を変えればあなたも夜景も美しいのよ」 

そうやって微笑みを浮かべるユク。 

「今は分からなくてもいいの。いずれ自分の美しいと思える見方が見えてくるはずだから」 

「そう、なのか?」 

自分が美しいだなんて考えたことがなかった。 

「そうよ。少なくとも私はあなたが美しいと思うわ。人のために頑張って生きているそれが美しいと私は思うの」 

そう言うとゆっくりとその場から離れていくユク。 
いつもの事だった。訳の分からない話をして、気が済むとどこかえ去ってしまう。 

「和登。また貴方が悩む時に私は来るから」 

そう言って夜闇に消えていってしまった。 

そこは静かな住宅街で、寿命なのか街灯の明かりが消えてしまう。 
和登の心は住宅街へと帰ってきていた。 
ユクの言うことは和登にとって難しく分からないことが多いけれど、忙しなかった心が落ち着いていた。 

明かりの消えた住宅街だが、月明かりが和登を優しく照らしていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...