黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

酒盛り

茹でたエビの身は弾力があり、噛むと口の中に旨味がほとばしる。
ヴィオラは夢中でエビ料理を堪能し、あっという間に7匹もペロリと平らげた。

「お腹がいっぱいならなければいいのに…」
「およそ淑女の発想じゃねぇよ!また捕れたら作るから、な?!」

デイビッドは、大振りのフライに白いソースではなく、運河の港町で手に入れた野菜と果実をスパイスで煮込んだ真っ黒なソースをたっぷり掛けてザクザク食べていた。
ヴィオラはその手をじっと見ながら、羨まし気にそんな言葉を零し、たしなめられている。

エビでお腹いっぱいになったヴィオラは、デザートの世界樹から貰った果実のゼリーを食べ、至福に浸っていた。

「あぁ…幸せ過ぎて幸せ…」
「そりゃ何よりだ。所で、そろそろ帰らなくていいのか?」
「外泊届けはまとめて出してあるので、大丈夫です…」
「こんな簡素な寝床で、おまけに男もいるのにか?」
「婚約者は除外ですので。」
「もっと危機感持ってくれよ…」
「あーあ!今日はすごく怖くて驚いて、すごく疲れたのでもう一歩も歩けません!私、か弱い貴族令嬢なので!」
「あからさまな嘘!!」

そう言うとヴィオラはデイビッドに両腕を伸ばし、ベッドまで運んでくれとねだった。
デイビッドは仕方なく毛布でヴィオラを包み、肩に担いで上段のベッドまで運んで行った。

「違うー!こういうのじゃないー!!」
「ほら、運んでやったんだから早く寝ろよ。疲れたんだろ?」
「もっと優しくフワッと抱き上げて欲しかった!!」
「壊れ物運ぶ時もあのやり方だから優しくはあるんだけどな。」
「女の子と積み荷を一緒にすんじゃないわよ!このトンチキが!」

梯子に掛けた片足をシェルリアーナに思い切り蹴飛ばされ、デイビッドが悶絶している間に、ヴィオラは欠伸が止まらなくなってきた。
大事件に次ぐ大事件を目の当たりにし、本当に疲れ切っていたのだろう。
更に夕食で身も心も満たされたヴィオラは、ついに瞼が重くなり、布団に入ると直ぐに目を閉じて眠ってしまった。

「はぁ…本当にかわいいわねヴィオラは…」
「お前は寝なくていいのか?」
「何言ってるのよ。今夜は反省会よ!さっさと外に来なさい。」
「は?反省会?!」

デイビッドが外へ出てみると、片付けたはずのテーブルには再度料理が並べられ、氷の入ったバケツにワインやシャンパンが突っ込まれ、ガラスの水差しにはライムやハーブを浮かべたチェイサーが用意されていた。
オリーブや生ハムのピンチョス。チーズにカナッペにパテ。ビタートリュフに生チョコ、スティックサラダに夕食の揚げ芋とナマズもあって、まさにこれから酒を飲む支度が整えられていた。

「あ、来ましたね。さぁ座って!たまにはいいでしょ?夜のお喋りも。」

さっきまで無表情で一言も喋らなかったエリックが、ニコニコしながらシェーカーを振っている。

「反省会って…なにする気だ…?」
「立て続けに色々あり過ぎて追いつかないんで、ここらで少し整理しましょう?!」
「ひとまず1杯ちょうだい。シラフで聞ける話じゃないわ!」

シェルリアーナのグラスにシャンパンのカクテルが注がれ、デイビッドの手元にも、果物の泳ぐ真っ赤なワインの入ったタンブラーが置かれる。

「僕特製のサングレーです!下戸の貴方にも飲みやすくしてありますよ。」
「だったら酒精抜きでいいのに…」
「たまにはいいでしょ?休暇中に出先で飲むくらい誰からも咎められませんよ!」
「なんかあったら私が酔い覚まししてあげるわよ。」
「ナニする気だ…?」

デイビッドがタンブラーを手にすると、エリックの手が伸びてきてグラス同士をぶつける。
デイビッドは嫌そうにその手を引いた。

「…よせよ、そういうの。ツキが逃げるぞ?」
「乾杯の何がいけないんですか?」
「昔から言うだろ?杯を鳴らす相手は選べって。誰とでもするもんじゃねぇよ。運に見放される。」

そう言うとデイビッドは昼間の疲れと喉の渇きに任せ、タンブラーを一気にカラにしてしまった。
(あら、飲んじゃった…)
(果物たっぷりで口当たり良くしてありますからね。)

いつだったかのパーティーで、ほんの味見程度の弱い酒精で酔いが顔に出ていたデイビッドは、タンブラーにたっぷり注がれたワインのカクテルで、すっかり出来上がってしまっていた。

「ホラ、弱いクセに一気に飲んだりするから。」
「別に…飲めないわけじゃない…」
「わ…もう真っ赤になってるわ!」
「それじゃ、お酒も入ったところで、始めましょうか!反・省・会!?」

エリックは嬉しそうに1人で月に向かってグラスを上げた。


「それじゃぁ、まずは…あの夜精霊と何があったのか教えてもらえませんかね?」
「別に、単に種をここまで導いた人間の顔見に来ただけだった。なんか礼がどうとか言われたけど、何も起こらなかったしな。」
「精霊って…なんの話?」
「世界樹の種が、アリーの中にずっとあって…成長しようとしてたらしくて、森の中で吐き出して埋めたら、朝には樹になってたんだよ…」
「聞きたくなかったわ、そんな話!」
「もう大丈夫、精霊が向こうの領域に囲って切り取ってったから…」
「それ、意味わかってます?この世から切り離されただけで、消えてなくなったワケじゃないんですよ?!」

力のある精霊は自らの住処を異界と繋げ、人の世で澱の溜まった自身の身体を癒す。
そこへ力の弱い精霊や妖精も集まり、いわゆる“妖精の庭”“精霊の領域”というモノが出来上がる。
しかし異界と行き来ができるのは強い個体のみ。境界の狭間の重圧に絶えらない弱いモノ達はこの世に留まるより他無く、これまでは大精霊に侍って何とか生き延びていた。
それがこの度、この世にも精霊の宿り樹が誕生した事で2つの世界の通り道が出来た。
今や国中…否、大陸中の妖精や精霊がこの木を目指して集まって来ていると思って良いそうだ。
その入り口は人に見つからないよう厳重に隠されているだけで、決して消えた訳ではない。
その証拠に、鹿角の精霊やジーナはこの地に残った。
あれは言わば門番なのだ。

そしてデイビッドは、その入り口の番人に好かれた唯一の人間となる。


「うっかりしたら勝手に不老不死とかにされてこの世に縛り付けられますよ?」
「まさかそこまでされねぇだろ…」
「でも、好意を持たれただけ良かったんじゃない?他の精霊血統の管理する領域も似たようなものでしょ?」
「そうですねぇ、契約している精霊に気に入られるか、血統の契約を受け継いで領域を死守する事で精霊の信頼を得ているので、仕組みは似てますよ。ただそこには決定的な上下関係がありますけど。」

精霊と人間、どちらが上か下かそれは場合に寄るらしいが、あくまでそれらは契約の上に成り立つ関係であり、対等ではないそうだ。

「なんにせよ、森の問題はひとまず解決して良かったですね。きっちり線引きしてあると安心します。」
「じゃ、線引きできてない湖はどうなんの?!」

シェルリアーナは、湖水でのトラウマ級の恐怖体験を思い出し、身震いした。

「あんなのがいる所で、まともな生活なんてできるの?!」
「もう人は襲わないと思う…話せば分かってくれる相手だったから…」
「アンタね!?リヴァイアサンがどれだけ恐ろしい存在がわかってないの?!海の破壊神よ?!年間どれだけの船が襲われてると思ってんの?!」
「アイツとはジーナが話をつけてくれたし、魔石も貰ったからもう悪さはしない…」
「ジーナ…?」
「メリュジーヌのジーナ。北の水場からここへ呼ばれたそうだ。名前つけたら喜んでくれた…」

それを聞くと、シェルリアーナとエリックの顔色がサッと変わった。

「ア…ア…アンタ、水精霊に名前を付けたの?!」
「付けてくれって、向こうから言われて…」
「うわぁ…モッテモテ…」
「アンタ…それ、契約よ…?精霊は名前で自らの存在を人に預けるの。私もそこまで詳しくはないけど、軽々しくできるようなことじゃないのよ?!」
「僕でさえ妖精との仮契約がやっとですからね。今のはちょっと肝が冷えました。」
「真珠をもらったんだ。ジーナの涙がピンクの大きな真珠になって、キレイだった。真珠を人魚の涙って言うのは本当だったんだな。」
「あーもーヤダァ~…ぜんっぜん酔えなぁ~い!」
「むしろ飲まなきゃやってられないわ…おかわり!」

早くもボトルが1本空になり、シェルリアーナのグラスがフルートからチムニーへ変わった。
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