黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

本格始動

「お腹がいっぱいにならなければいいのに…」
「またそんな事言ってんのか!?」
「だってどれも美味しくて…デイビッド様の作るお菓子に少し似てました!」
「お聞きになりました?!若旦那の作るものに“少し似てる”ですって!やっぱりオリジナルのレシピには敵いませんねぇ~。」
「まだまだ精進しませんとね!事業主の腕に追いつけない内は一番の座は遠いものと思いませんと!」
「ヴィオラ様!またいつでもいらして下さいませ!」
「一同心からお待ちしております!」

工房から出ると、外の風が心地良い。
鶏小屋の横を通り抜け、畑の間を見ながらぶらぶらムスタの所まで戻ると、牧場の方から乳搾りをしていた男がミルクの缶を手にやって来た。

「若旦那!こちら、本日最も機嫌良く体調の良い牛から採れました極上のミルクでございます。ミセス・フォルティシモのミルクは濃厚でバター向きな程ですので、あまり冷やさずお早めにお召し上がり下さい。」
「わかった、いつも悪いな。」
「いえいえ、またいつでもお越し下さいませ。」

ムスタの縄を解くと、大勢の人影が後ろからこっそりこちらを見ているのが見えた。
ヴィオラはニッコリと手を振って牧場を後にした。

「すごかったです…デイビッド様の秘密の工場…」
「別に秘密じゃねぇよ。」
「でもあのボンボンは衝撃でした…」
「まぁ、いきなりじゃ驚くよな…」
「壁一面のボンボン!」
「ボンボンしか見えてない感じ…?」

ムスタはそんな2人が寄り添うのを、つまらんと言う顔で鼻を鳴らしながら市場まで戻って行った。


「お帰りなさ~い!いかがでした、デイビッド様の工場見学は?」
「とっても素敵でした!見て下さい!私だけの特別なボンボンの瓶詰めですよ!?」
「この様子だと、怖がったりはしなかったみたいですね。良かったじゃないですか。」
「好奇心とボンボンが勝って、何も見えてない感じがしたな…でも、嫌がられなかったから良かった。」
「だから言ったでしょ?ヴィオラ様が彼を怖がるはずないって。でもいきなり連れて行こうなんて言い出すから驚きはしましたね。だんだん手の内明かしてって、核心に引き込むつもりですか?」
「いつかは話す内容だろ?!」
「パン屑で小鳥誘い込むみたいにジリジリ距離詰めて、最後はパッと捕まえちゃうつもりですか?!」
「なんでそういう言い方しかできねぇんだよお前は!!」


買い物を再開したヴィオラと別れたデイビッドは、金物や瓶を集める回収業者に不用品を渡しに行った帰り、肉屋の前で足を止め考え込んだ。
(肉…買うかな…でもそろそろだと思うんだよな…)
迷った末、日持ちのするソーセージやベーコンだけ買うと、ムスタに詰め込み、ヴィオラとエリックを待った。
(何買ってくるかな…?)
やがて紙袋を両手に抱えた2人が戻って来た。

「ただいま戻りました~!いやぁー何買おうか迷っちゃって!」
「けっこうな荷物の割に自分の食い物オヤツで終了してねぇか!?」

2人は紙袋いっぱいに屋台の串焼きに見慣れない麺類、甘味から肉類から酒の肴まで買い込み、ホクホクしていた。

デイビッドはと言うと、荷車に大量の杭と木の板、縄紐、野営箱には入れていなかった大工道具を積んで、本を何冊も買っていた。

「おや、やっと開拓作業ですか?」
「まぁな、そろそろなんかしらの目処は付けとかねぇと、滑り出しがうまく行かねぇからよ。」
「何かお考えが?」
「農具の開発をしてる企業に声掛けて、新式農具を試用させてもらえないか打診中。うまく行ったら領地経営科の授業で生徒に使わせてみる。使い心地によっちゃそのまま購入まで繋げられるから悪い話じゃねぇだろ。」
「生徒に開拓させるつもりなんですか?!」
「実践経験がないと、領民に無謀な要求や無理を強いる事にもなる可能性もある。そうならないためにも、しっかり基礎は教えときたい。」
「うわぁ真面目な先生みたいな事を…」
「俺が真面目に教員やったら悪いかよ!?」

更にあちこちへ手紙を出し、資材の調達もしているらしい。
いよいよデイビッドの新領地に開拓の手が入るようだ。


なだらかな道から草地に入り、領の境界はこの辺りか…という場所まで来ると、デイビッドはようやく目印に杭を3本ほど打ち込み、縄をかけた。
今後は道なども作って入口の案内も立てなければなるまい。
それならば!と、ヴィオラはムスタの行く手を風魔法で払い、背の高い草を一掃していった。

「おお!これだけでずいぶん道らしくなるなぁ!」
「何度も通れば本格的に道になりますよ。」
「なんでも言って下さい!お手伝いします!」
「それじゃ明日は測量を少し手伝って欲しい。1人じゃ難しくてよ。」
「任せて下さい!」

ウキウキするヴィオラは、拠点の近くまで来ると御者台から飛び下りて走って行ってしまった。
(本当にウサギみたいだな…)
微笑ましくヴィオラ後ろ姿を見ていると、すぐにまた走って戻って来てしまう。

「デイビッド様、ファルコとアリーちゃんがすごいもの獲って来てました!」
「すごいもの…?」
「こーなにでっかいウサギの魔物!」
「肉、買わなくて良かった…」

家馬車の前には大きなチャージラビットが4体も倒れており、ベルダが腹を抱えて笑っていた。

「何があったんだ?」
「あ、デイビッド君お帰り!実はさっきまでアリーがファルコと喧嘩してて…」
「喧嘩?!」
「チャージラビットの群れがこっちの草原まで入り込んできてね。彼らは群れに近づくものには見境なく猪みたいに頭から突っ込んで来るから危なくて。討伐の必要があるか悩んでたら、歩き草を片っ端から食べ始めたんでアリーが怒って一匹倒したんだ。そしたら、今度はグランドシェーブルの仔山羊に向かってった奴をファルコが仕留めてね。で、どっちが大きかったかで喧嘩になってもう一匹ずつ獲って今決着がついた所。」

そして軍配はアリーに上がったらしい。
ファルコは既に興味を失って餌のバケツをついばんでいる。

「こんなにどうしろってんだ!!」
「デイビッド様、私お手伝いします!!」

意気込むヴィオラに急かされ、デイビッドは荷物から解体用具を取り出した。


チャージラビットを拠点から少し離れた水辺に近いクルミの木の下まで運ぶと、人ひとり分はある巨体を縄で吊るし、まずは内臓を抜いていく。
新鮮な心臓、腎臓、肝臓、肺は食用になるので、今回は丁寧に取り出し、よく洗って下処理を回す。
毛皮を剥がしたら水で洗うのだが、桶に汲みに行こうとしたらヴィオラが水魔法を展開させ、空き家を掃除した要領で肉全体を綺麗に水に晒してくれたので、こちらが汚れることもなく短時間で肉の血抜きと洗浄が終わってしまった。

「すげぇ…こんなに早く終わるなんて思いもしなかった!ありがとう、やっぱりヴィオラの魔法は最高だ!」
「お役に立てて嬉しいです!!」

そこらの令嬢なら悲鳴を上げて逃げてしまう様な光景でも、ヴィオラは楽しそうに婚約者に寄り添っている。
頭を切り落とし、脳を取り出しても全く動じない辺り、はっきり言ってデイビッドにこれほど相応しい相手は居ないだろう。
(お似合い過ぎよ!色んな意味で!!)
シェルリアーナは、まだ起きないエリザベスの横で魔工学のテキスト片手におさらいをしながら悪態をついていた。

「こんなに食べ切れませんね…」
「よし、2頭捌いたらギルドへ運んじまおう。」
「ギルド!?」
「ここからそんな離れてねぇから、大丈夫だろ。このまま乗せて持ってくよ。」

荷車に再びムスタを繋ぎ、角の大きな方と毛皮が綺麗な方を乗せ、獲物が痛む前に近隣のコンラッド領のギルド“トレビス”へ運んでしまう。

サッと行って帰ってくるつもりだったが、隣にちょこんとヴィオラも乗り込み、手が塞がっているデイビッドにくっついていた。

「人通りのあるとこでは離れろよ…?」
「なんでですか?」
「あんま見られたくねぇんだよ!学園関係者だっているだろうし、また変な噂が流れてもいいのか?!」
「デイビッド様との噂なら幾らでも流れていいと思ってます!」
「良くねぇだろ!ヘタに下衆な連中に餌を与えることもねぇしよ。もっと自分を大事にしろよ!」
「してますよ?自分の気持ちに一番正直に行動しようって決めたんです私。だから、デイビッド様と一緒に居たい時は、いつでも側にいることにしたんです。周りに何と言われようと構いません。ダメですか…?」

デイビッドが黙ったまま動かなくなったのを見て、ヴィオラは内心勝ったと拳を握った。
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