黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

久々の学園

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食後、デイビッドはマロニエの木の下を片付け、荷物を馬車に詰め込むと、ついにキッチンを空にして折り畳み、馬車の後ろへ収納してしまった。

広くなった空間には石の竈門だけが残されている。
大砂鳥の簡易小屋も崩し、ごみ捨て場と共に埋めてしまうと鳥達をカゴに入れ、荷馬車へ乗せた。
帰りはムスタが家馬車を、ファルコが荷馬車を引き、歩いて行く。
と、そこへグランドシェーブル達がしれっとついて来た。

「ン゙ン゙メェェーー!」
「いや!お前等は帰れよ!?なんでついてくる気でいるんだ?!」
「ン゙メェ゙ェ゙ェ゙ーー!!」
「寄って来んな!コラ!服を引っ張るんじゃない!ヤメロ!」
「連れてってあげたらいいじゃないですか?」
「んなこと言ったって魔物だぞコイツ等!」
「ファルコだってアリーだって魔物でしょう?何を今更…」

その上トレントの若木まで持ち帰ろうとしている事もすでにバレている。
この他のグランドシェーブルが10頭程増えた所でなんの問題があるか、とエリックは言う。

「問題あるだろ!?こんなんどこで飼うんだよ!?」
「家畜小屋の申請そろそろ通って許可出る頃でしょ?入れてあげたらいいじゃないですか?」
「学園側の許可がいるだろ!?」
「精霊からの贈り物ですって言ったらオッケーになりますよ。」
「やっぱりコイツ等そうなのか!?」
「そうでしょ?でなきゃおかしいですよ。野生の魔物がいきなり人に懐くなんて。」

言われてみれば、世界樹の樹が森ごと消えた次の日にやってたのがこの魔物達だ。
だとしたら連れて行った方がいいのではないか?デイビッドはグルグル悩み始めた。

デイビッドはここで始めてグランドシェーブルに近づき、身体に触れてみた。
ふわふわで滑らかな毛皮、年に一度抜ける角も魔力に富んでいると聞く。子山羊を抱えた母山羊達からは乳も搾れるだろう。更に草むしりの手間が省けるかも知れないというおまけ付き。
ついにデイビッドは群のボスのところへ行き、そろそろとその首に縄を掛けようと頭に近づいた。
すると、大きな牡山羊は待ちくたびれたとでも言うように、自ら頭を乱暴に振って縄を首にかけた。それに倣って他の山羊たちも次々にやって来ては頭を差し出してくる。
その異様な光景にデイビッドもエリックも唖然としてしまった。
大人の山羊を繋ぎ終えると、子山羊達は群から離れまいと親山羊の後をちょこちょこ大人しくついて来た。


デイビッドは滞在中、ほとんど中に入らなかった家馬車の中に入り、ヴィオラのお気に入りだった大きな窓から外を眺めた。
やる事は山盛り、なんの進展もしなかった領地だが、頭の中には少しだけ目処と地図が浮かぶようになった。
(帰るか…)
ロフトのベッドで不貞腐れているヴィオラと、ギリギリまで怠惰に過ごそうとするシェルリアーナ、自分の巣から出て来ないエリックを積んだまま、ついに馬車は動き出した。

「じゃぁ僕達は先に帰ってるよ!落ち着いたらまた温室の方へも顔を出してくれたまえ。」
「オせわニ ナリマシタ」
「バイバイ!」

ベルダがアリーとリディアを連れて転移門を抜けて消えてしまうと、マロニエの木の下には誰もいなくなる。
森から吹き抜けて来る風を背中に受けて、デイビッドも領地を後にした。


街道に出ると昼前ということもあり、他の馬車や荷車もたくさん行き交っている。
大型の家馬車はかなり目立ち、幅もあるため通行の邪魔になってしまう。そこでデイビッドは先に市場へ移動し、今度は研究室で使う食材とムスタの好きな馬用ハーブや夏に向けた道具などを買い足した。

朝食の残り物と卵でサンドイッチを作っていたが、バスケットはすっかり空っぽ。デイビッドが荷物を持って戻ると、ファルコとムスタに留守番を任せ、寝ていた3人は市場へ繰り出した後だった。

「あっ!エルピスで食べたモチモチ肉!!」
「羽豚の串焼きもあるわ!」
「すごい弾力のゼリー!何が入ってるんだろう…」

買食いを楽しむ3人を放って、デイビッドはグロッグマン商会の本部へ顔を出した。

「「「若旦那っっ!!!」」」

四方八方から伸びて来た腕に揉みくちゃにされながら、溜まりに溜まった手紙と書類に目を通し、早急に処理の必要なものだけ先に片付け、残りを学園へ届けるよう頼んでから会頭への伝言と、学園向けの注文をいくつかかけ、馬車へ戻る。


馬車停めに戻ると、珍しい家馬車とヒポグリフに子供達が集まっていた。

「キュルゥ~~…」
「人気者は辛いなぁ?よく大人しくできた、偉いぞ?」 

ファルコを撫でてやり、ナマズの干物を投げてやると喜んで口を受け止めて食べている。
その様子を子供達が騒ぎながら見ていた。

「おじちゃん!これ魔物なの?」
「ああ、ヒポグリフだ。」
「乗っちゃダメ?」 
「そうだなぁ、1人で馬に跨がれるようにならないとな。」
「ちぇ~!」
「ねぇ…おじちゃん…」
「なんだぁ?」
「もし…怖いものか来たら、この子は戦える…?」

その一言にデイビッドは国民の不安が既にこんな子供にも伝わっていることを理解した。
今まで頼り切りだった結界が消失した恐怖は王都の周囲にまで伝播しているのだ。

「大丈夫、コイツはものすごーく強いからな。魔物なんてあっという間に倒しちまうよ?!」
「ホント!?」
「ああ、だから安心しろよ。何かあればすぐ助けに来てやるからよ。」
「わぁぁ!ありがとうおじちゃん!」
「ほら、どうせ店番放って来たんだろ?はよ戻れー?!」
「はぁーい!」

駆け出す子供達を見送りながら、事態の収拾を少しだけ焦らねばならなくなりそうな予感に、早くもデイビッドの周りは暗雲がかかり始めていた。


食いしん坊3人が手に手に屋台飯を持って帰って来ると、馬車はいよいよ学園を目指した。
久々に大きな学舎の屋根が見え、堅牢な裏の門を潜ると、若い門番が飛んて来た。

「待て!そこの馬車!なんだその魔物は!?」
「お、新顔か。ちょっと待ってくれ、今身分証を…」
「映えある貴族の学園に、こんなに家畜を持ち込もうなど、不届き者が!何が目的だ!?物売りか?ここは貴様の様な田舎者が来る所ではない!さっさと消えろ!警邏を呼ぶぞ?!」
「仕事に熱心なのは構わねぇが、外部から客も大勢来る場所でその対応はどうなんだ?」
「学園の客はこの学園に相応しい方ばかりだ!貴様の様な醜い豚に用はない!!」

そこへ顔見知りの門番が慌てて駆けてきた。

「デイビッド先生!?お帰りだったんですね!!申し訳ありません、コイツは他所から飛ばされて来た新人で…」
「教育係も大変ですね。いっそ表の門専門にしちまえばいいのに。そうすりゃお貴族様達は喜びそうなもんだけどな。」
「そうは言っても、仕事はできるんですが、この通り思い込みが激しいもんで裏門に回されたんです…」
「そりゃ難儀な…こっちは人の出入りも少ないのに、いつも丁寧にありがとうございます。」
「いえ、デイビッド先生がいらしてからは、こちら側のお客がぐんと増えて、暇が減ってやりがいも出てきましたよ。」

裏門の主任がにこやかにデイビッドを中へ通すと、若いのはまだ文句を言っていたが、改めて教員の証明章を出して見せるとグッと言葉に詰まってそれ以上は何も言って来なかった。

「門番が増えたんですね。」
「ええ、だいぶきな臭い噂や恐ろしい話も出てきていますからね。」
「恐ろしい話?」 
「王都の結界が崩壊したら、近隣の魔物が獲物を求めて襲って来るとかなんとか。そのため力のある貴族の庇護下に入ろうと皆必死で、学園の中も大騒ぎなんですよ。」
「そんな事が…」

門番に礼を言い、馬車を進めると、とうとう領地経営科の研究棟の末端、デイビッドの研究室に到着した。

ギャーギャーと煩い大砂鳥達が走り回る家畜小屋はきれいに掃除され、庭先の畑も手入れが行き届いて早くも夏野菜が花期を終わらせたようだ。
表の鍵を開けると中もキレイに片付き、埃ひとつ落ちていない。
その代わり、誰かが使っていた形跡は残っていた。

「もう着いちゃったんですね。」
「仕方ないわ…今夜からまた寮に戻らなくちゃね…」
「エリック様寝ちゃった。」
「叩き起こせ!」

部屋の中を一通り確認すると、デイビッドは廊下に出て真っ直ぐ教員室を目指した。

久しぶりの教員室に入ると、教員達に温かく迎えられ、式典の事件についてあれこれ聞かれたが、曖昧に返事を返すと何を勘違いされたのか、同情され何か労われてしまった。
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