黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

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ミネルバ教頭にも挨拶し、世界樹や精霊達のことは伏せてサラッと休暇中の出来事を話すと額に手を置き深くため息をついていた。
グランドシェーブルの飼育許可は、不在中の学園長が戻るまで出せないと言うので、ひとまず温室の裏庭の草が生え放題になっている所へ囲いを付けて放しておくことになった。

山羊達をぞろぞろ引き連れて仮の草地へ放し、簡易の柵で囲うと、ボス山羊はやれやれと言うように奥の壁沿いに寝そべった。
戻りしな授業中の教室を覗くと、確かに生徒も教員も少なく、学舎全体が寂れて見える。
立て直しまでにはもう少し時間がかかりそうだ。
デイビッドが資料室へ行こうとすると、廊下にキラキラしたものが飛び交っているのが見えた。
(虫…?)
デイビッドが目で追っていると、中の一匹と目が合った。
それは銀色の翅を羽ばたかせ、木の葉をまとった妖精だった。
今まで魔性質のモノは結界のある王都側へは入れなかったが、足元をハッキリと分け隔てていた青と緑の廊下はどうやら結界の穴のせいで境界が曖昧になっているらしい。

[コイツミエテル]
[けいやくしゃダ!!]
[あるじニ ほうこくダ!]

キンキンとした金属音の様な声が響き、手の平ほどの翅の生えた妖精がどこかへ飛んで行く。
妖精は種類も数も多く、人に使役するものから、襲って命を奪うものまで万別だ。
とやらがいるのなら、今の妖精は誰かと契約しているのだろう。
さて、どんな報告をするのやら…

しかし、廊下にワラワラ現れた生徒達がデイビッドを見つけて大騒ぎになったので、考えるのも一時中断となった。

「先生久しぶり!」
「全然会えないからさみしいですよー!」
「あれからずっと自習の間に畑の開拓してたんです!」
「先生の教えてくれた肥料、すごい効き目でどの野菜もぐんぐん育つんですよ!」
「採れた野菜を商業科でやってる購買と提携して、スープとサラダにして出したらもう大好評!サンドイッチの売上も上がってサイモン先生からもお褒め頂きました!」
「見て下さい!さっき収穫して来た野菜です!ラディッシュもこんなに大きいでしょ?!」
「先生がいない間に王都の経済もだいぶ変わって、今ちょっと不景気ですよね。」
「なんか打開策無いですか!?」
「一気に質問すんなよ!来週から授業始めるから、その時まとめて答えてやる。」
「お願いしまーす!」

生徒達と別れ、青い廊下を横切ると、今度は疲れた顔のテオとセルジオとテレンスが現れた。
3人はデイビッドを見つけると直ぐに駆け寄って来た。

「ああっ!!デュロック先生帰って来てる!」
「戻るなら連絡くらいよこせばいいのに、気が利かないな!」
「お久しぶりデす。大変な目に遭われたと聞いて心配しておりましたが、お元気そうでナニよりです。」
「よぉ、お前等も大変だったろ?こっちは落ち着いたのか?」
「いやぁ、まさかこんな事になるとは思いも寄らず、父もあちこち奔走しております。」
「ずっと周りを見下してきたツケだと思って、大いに困ればいいのさ!先生もそう思うでしょ?」
「気味がいいと思える連中もいるけどな、巻き込まれただけの奴も大勢居るんだ。いつまでも笑ってられねぇぞ?」
「経済が然程崩れずいるのは、グロッグマン商会が土台を築いていたからとも伺いました。一商会が都心の経済を握っているとは、流石と言うか、空恐ろしいと言うか…」
「単に何にも傾倒して来なかったから勝手に周りが崩れて残ってるだけなんだけどな!?はっきり言って居心地は悪いぞ?!」

3人と別れて自分の研究室へ戻ると、今度は廊下側の鍵を開け中へ入った。
人気の無い研究室の中は物の配置は変わっていないのに、どこか空っぽの様に見える。
オーブンの中の灰を軽く掃除し、空にして干して置いた保冷庫に新たな冬水晶を入れ、棚に残った食材が無いか確認してから本気で何も無くなっている事に少し笑った。
(塩すらねぇとか、よく使ってくれたもんだ。)
騎士科に管理を任せ、出入りの生徒には好きにして良いと伝えて、施錠してある食器棚以外は使用を許可しておいたのでそれはいい。

ソファの敷布を剥がし、床を拭いて外のたらいで洗濯をしていると、あっという間に夕方になった。
(当面は馬車生活かも知れねぇな…)
せっかく帰って来たと言うのに、家馬車のロフトのベッドにはまだエリックがゴロゴロしている。
ヴィオラとシェルリアーナは寮に戻り、それぞれ部屋の掃除や課題に勤しんでいるそうだ。

放課後の賑やかさが聞こえて来る頃、パタパタと廊下を走る軽やかな足音に、いつもの調子が戻って来る。

「デイビッド様!夜のご飯何にしますか?!」
「ウサギも鹿も残ってるから、なんでもできるぞ?さっき中庭で採れた野菜ももらったから、サラダも作ろう。」

デイビッドは家馬車の中から食材や調味料を運び出し、研究室のキッチンへ片付けていった。

「ところで、このトレントの実はヴィオラが採って来たのか?」
「いいえ、もらったんです!」
「もらった…?誰に?」
「トレントの木です!私、あのトレントと仲良くなったんです。蜂を追い払ってくれたので、魔力を分けてあげたらお返しのお返しにたくさんくれました!」
「軽く想像の上を行くんじゃない!魔物と馴れ合えるなんざとんでもねぇ才能だな…」
「デイビッド様には言われたくないですよ!」
「悪いな、いくつか使わせてもらっちまったんだ。」
「かまいません、もっと食べて下さい!」
「普通そんな食うもんじゃねぇって…」

ウサギ肉は蒸してほぐしたらサラダに和え、鹿肉はグレイビーソースでじっくりローストしたら、ミディアムの内に引き上げて予熱で中まで熱を通す。
研究室のオーブンはすっかり火を落としてしまっているので、薪を焚べて熱が安定するまでに時間が掛かったが、やはり使い慣れた物の方が体に馴染んで料理も落ち着くというものだ。

まだ私服のままのヴィオラが、スープの味見をするデイビッドの背中にくっついて離れない。

「人に見られたら困るんだけどよ…?」
「もういいですよ見られても。周知のことじゃないですか、私とデイビッド様が婚約してるなんて。」
「婚約した上で節度が守れないとまた説教もんだぞ?」
「別にいいですもんそのくらい。」
「ならお説教しましょうか?!」

少し真面目な顔のシェルリアーナが、後ろから腕を組んでヴィオラに近づいて来る。

「この頃エリックが怠けてるから、直ぐに2人きりになるのもよくないわねぇ…」
「だったらいつならいいんですか…?」
「あと1年したら貴女も成婚出来る歳になるのよ?それまでは少し慎みなさい。」
「成…婚…」
「あとはコイツが私室を持てばいいのよ。研究室は学園の公開された部屋だから。誰にも邪魔されないプライベートの部屋があれば…何指さしてるのよ!あれは部屋じゃなくて馬車!確かに中は部屋だけど!あれは部屋じゃ…え?…あれ…あれは…部屋…?」
「お前まで悩むなよ…馬車だよ!どう見てもあれは馬車!」

家馬車を私室と言い張ろうとするヴィオラと、それに流されかけるシェルリアーナに、デイビッドが呆れて横から口を挟んだ。


久しぶりのフカフカのカウチはやはり良い物だ。キャンプも楽しかったが、この落ち着ける空間に癒やされる。
多少の不便もあった屋外生活から、文明の利器に頼った現代に戻り、シェルリアーナとヴィオラはまた違った幸せを噛み締めていた。

「ここで食べるご飯がやっぱり一番美味しいですね!」
「目先が変わってたから新鮮な感じもするし、帰って来たって感じね。」
「鹿のお肉やわらか~い!」
「なんでもっと分厚く切らないよの。」
「そーゆー料理だと思ってたからなぁ!?ロースト肉なら薄切り肉を上品に食うもんじゃないのか?!」
「お肉はもっとぎゅっと噛み締めたいです。」
「これじゃ5枚くらい一気に食べないと満足感がないわ。」
「ちゃんと人前じゃ淑女になるんだよなぁ!?どうすんだよ弛んだまま伸び切って元に戻らなくなったら!」

デザートは凍らせてソルベにしたトレントの果実。ガラスのカップにほんの一盛りでも満ち足りる。

「はぁ…明日は…課題…しないと…」
「私も…リズのとこ…行かなきゃ…」

2人の意識はだんだんと遠退き、ついにはコテンとカウチに倒れ込んでしまった。
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