黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

猫になりたい

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「ミス・イヴェットの家は150年続くフルーラ伯爵家。元は花の精が人間に恋をして結ばれたのが起源らしいけど、妖精と関わりのある家とばかり婚姻を繰り返しているから、産まれてくる子供に何の妖精の特徴が発現するか分からないらしい。彼女はケット・シーの血を強く受けているんだ。ほら、ここを読んでごらん。」
「“ケット・シー”…家、または人間に取り憑き守護と祝福を与える妖精…精霊界に王国を持つ誇り高い種族として知られ、人間には友好的な反面、一度見限った相手には苦難と試練を与える…」
「ミス・イヴェットを猫に戻すのは簡単かもね。でも、その後はどうする?妖精や精霊に傾倒する家門には精神魔法を得意とする者も多い。自分の娘に隷属や服従の呪いをかけることくらいするかもね。」
「胸糞悪ぃ…」
「貴族の女性は未だ立場が低い。人形の様に育てられ、商品の様に扱われる令嬢が後を絶たないよ。家の問題を解決しない限り彼女の脅威は取り除けない。さぁ君はどうする?」

試す様な物言いのベルダに、デイビッドは気に入らないという顔をした。

「ひとまず本人と話をする。後の事はそれからだ。」
「うん、君らしい答えだ。」

イヴェットの猫化は、主に精神的なストレスが原因で魔力のバランスが崩れると起こるらしいと言うことはわかっている。
人間と妖精、2つ持つ性質がどちらもまだ未熟な状態なのだろう。
さて、どうしたものか…


(デイビッド様がまた難しい顔してる…)
部屋に戻り、いくつか手紙や書類を書き上げたデイビッドは、オーブンで鹿のスペアリブとマカロニたっぷりのグラタンを焼きながらひたすら眉間にシワを寄せている。

丁度そこへ表からリズが駆け込んで来た。

「デビィ!!良かったぁ、帰ってたんだね?!エドから知らせ受けて飛んできたの!聞いてよ!イヴェットが猫から戻らなくなっちゃったのよ!オマケに家がお見合いさせるからって妖精使って王都中探し回ってんの!商会の寮にいたんだけど、工房の周りにも怪しいのが来てるっぽいからこっちに逃げて来たの!匿って!!」
「匿うったって、妖精が探してんなら無理なんじゃねぇか?」
「学園の中は他の妖精血統や精霊血統の人もいるから、契約妖精がけっこういて、外から来た妖精が飛び回ってるとケンカになるから時間は稼げるの。」
「妖精らしいっちゃ妖精らしいけど、なんか嫌だな!」

リズが作業着の胸元を開けると、中から黒猫が飛び出して来た。

「ニャァ!」
「もう精神まで猫に引っ張られちゃってて、今は人間だった事は忘れてるみたいなんだ…」
「そっか…なら、忘れさせといてやろう。」
「え?戻すんじゃないの?!」
「いいよな、猫。俺も猫になりたいって気持ちは少しわかる。疲れたんだろ。ゆっくり休め。気が向いたらまた人間に戻って話聞かせてくれよ。」

元が人間イヴェットということも気にせず、デイビッドが手を出すと、黒猫はその手に頭を擦り付け喉を鳴らし始めた。

「ナァーーン」
「わぁ…ゴロゴロ言ってる。私になんて全然懐かなくてさ!デビィには甘えるんだ…へぇー…」
「猫は追っ掛けると嫌がるからな。自然体で居させてやるのが一番良い。」

こうしてデイビッドの研究室では猫の世話まですることになった。

「でもイヴェット先輩なんですよね!?」
「中身はそうなんだろうが、今は猫に…」
「でも元に戻ったらイヴェット先輩なんでしょ!?」
「まぁそうだけど…」
「うぅ…私も猫になりたい…猫になってデイビッド様に撫でられたい!!」
「撫でてるってより勝手に擦り寄って来んだよ…」
「ヴィオラちゃんヤキモチ妬いてるんだ。かぁわいいの!」
「あ゙ーっ!膝に乗るのはダメーっ!私だってまだ乗せてもらったことないのに!!」
「ニ゙ャー!」

ヴィオラが猫を抱き上げ、カウチの端に追いやるとエリザベスがこねくり回す。

「あーんカワイー!イヴェットってわかってても猫なら許す~。抱っこさせてよぉ~!」
「フーッ!!」

猫は飛び退ってエリザベスから離れると、デイビッドの背中の後ろに逃げ込み、丸くなった。

「イヤだとよ。あんまりしつこくしてやるなよ。」
「ぐぬぬぅ…私も猫になったらデイビッド様は甘やかしてくれるんでしょうか…?」
「猫は猫、ヴィオラはヴィオラだよ。それに、猫になったらケーキは食べられないぞ?」
「それはヤダァ…」

チーズの伸びるグラタンをハフハフ食べながら、ヴィオラは面白くないという顔をしている。
その内、事情を聞いたシェルリアーナもやって来てイヴェットに触ろうとしたが横っ飛びに逃げられてしまった。

「かわいくないヤツ!」
「デイビッド様にしか懐かないんですよ!?本当に中身猫なんですよね?ワザとじゃないんですか?!」
「人間の精神なら茹でただけのウサギ肉は食べないわよ。」
「パッサパサの味無し肉…良かった私猫じゃなくて…」

そのやり取りをデイビッドはまた笑いを堪えながら聞いていた。


「それじゃ、イヴェット預けてっちゃうけどいい?」
「ああ、なんか来てもここなら逃げ場も反撃もできるだろうし、安心しとけよ。」
「わかった!じゃ、シェリー借りてしばらく工房にいるね!」
「仕上がりを楽しみにしてなさい!世紀の大発明よ!?」
「ずいぶんと他人に頼り切った発明だな…」
「うるさいっ!!」

午後には学園長も帰ってくるらしい。デイビッドは色々と報告やアーネストに宛てた手紙などを出しに行くため、再び部屋を出た。

「課題、頑張れよ。なんかあったら直ぐ温室へ逃げるんだぞ?!」
「はい!行ってらっしゃい!」

デイビッドが青い廊下側に出ると、また天井近くをパタパタと何かが飛んでいく。
今度は蝶の様な羽の妖精が数匹、何も言わずこちらを睨んでいた。
(気に入られはしてねぇみたいだな…)
妖精も見目の麗しい人間の方が好きなのだろうか?だとするとルーチェやジーナ達はかなりの変わり者だと言うことになってしまう。
そんな事を考えながら、デイビッドは学園長室のドアをノックした。


中の返事を聞いてドアを開くと、そこには学園長と並び、泉の水をそのまま人の形に切り取った様な姿をした気迫のある存在が佇んでいた。

「ほっほっほっ!どうだ、驚いかね?」
「そりゃ誰でも驚きますよ…」

蒼き水を司る大精霊、オンディーヌ。
人前に現れること自体が珍しく、水の性質そのものである彼の者達は、契約者にすら制する事は出来ないという。

「掛けなさい。少し話をしよう。」

デイビッドが進められるままソファに腰掛けると、向き合う学園長の隣にオンディーヌも音もなくやって来て、瞳のない目がデイビッドを捉え、手元を指差した。

「なにか気になるようですな。」
「ああ、これ、学園長先生に、色々ご迷惑をおかけしたので、少しですが、手土産です。」
「それはありがたい。なんでしょうかな?」

デイビッドが差し出した包みを学園長が受け取ろうとすると、横からオンディーヌがサッと受け取り、中のトレントの果実を確かめると、腕の中へ抱きしめた。

「これは貴重な物をありがとうございます。」
「先生の口には入らない気がしますが…」
「まぁ仕方ない…。そんな事より…ご覧になりましたか?学園の中を…」
「人がずいぶんとおりませんでしたね。」
「結界に頼り切った行政が長らく敷かれ、聖女という存在を担ぎ上げた教会への依存が特に高まった時分で地盤が一気に崩壊しましたからな。立て直しに奔走する家が多く、学業が回りません。こんな事は王立学園始まって以来の出来事ですよ。」
「残った生徒達は授業は受けられているんですか?」
「生徒も教師も下位貴族や一般クラスにはほとんど影響がありませんからな。しかし、派閥争いなどで諍いが絶えず、妖精を携えた生徒同士のケンカの仲裁を日に何度もしなければならないのですよ。」
「派閥ねぇ…」
「どの家の精霊や妖精を支持するかで揉めているそうですな。」
「支持したら何かあるんですか?」
「庇護下に入れば加護や守護を得られるそうで…」
「そんなもの簡単に付けてくれるんですか?妖精が?」
「聖女や女神の加護や祝福と同じ、気持ちの問題なのでしょうな。ただし、この場合決定的に違うのは確実な守護が無いと言うことです。長きに渡る結界の恩恵がここへ来て毒となっておりますなぁ。」

己の身は己で守るという覚悟が無くなり、強者に縋って守って貰わねばと言う意識が強くなり過ぎているそうだ。
戦う力と引き換えの平和な時が終わり、その代償はなかなかに大きい。
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