黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

悪い予感と良い知らせ

試験は進み、ヴィオラの番が来て隣室へ呼ばれると、大きなガラスのドームが置かれていた。ドームの周りには教員の張った防護壁があり、この壁をすり抜けてガラスの中に雨を降らせることができれば合格だ。

「さぁどうぞ、落ち着いてね。」

試験官の合図で、ヴィオラは防護壁の術式の隙間を縫って自分の魔力を注ぎ、ガラス玉の中に雨雲を作った。
厚手の雲が立ち昇り、風が起こると中が冷えてガラスが薄く曇り出す。
(デイビッド様と見た時はもっと大きな雲が出ていたわ…)
ファルコのゴンドラに乗って初めて空を飛んだ日、遥か彼方に地上へ雨を降らせ虹をまとった大きな雲を見た。
(もっと…もっと大きく…)
雲が膨らみ、風が吹き荒れ、やがてガラス玉の中は嵐となった。

「ミス・ヴィオラ!もう、もうけっこうです!!」

試験官の声も届かず、更に雲の周りを風が取り巻くと、一陣の雷が轟き、ガラス玉が割れてしまった。

「きゃぁっ!!」 
「ミス・ヴィオラ!落ち着いて!!」

ガラス玉が壊れたら術が解けるのかと思いきや、ヴィオラの生み出した雲からはまだ大量の雨が降っている。
そして、机の上に降り注ぐ大雨の上には、あの日見たのと同じ真っ白に輝く雲と小さな虹が浮かんでいた。

「できた!」
「ミス・ヴィオラ!やり過ぎですよ!?」

パンパンと手を叩く音と共に雲も雨も虹も消え去り、びしょ濡れのテーブルと割れたガラス玉が残された。

「す…すみません!!」
「今回は合格とします。ですが、求められた結果を正しく出すことも課題のひとつですよ!?周りが見えなくなっては魔術を使う上で大変危険です。気をつけなさい。」
「はい…申し訳ありませんでした…」

ヴィオラが濡れた床とテーブルを乾かす間、教師はガラス玉をキレイに元に戻し、次の生徒を呼んだ。
少し落ち込んだヴィオラが廊下に出ると、今度はわっと人が寄って来る。

「すごいです!ミス・ヴィオラは魔法の天才ですね!!」
「いえ、良い先生と先輩方に恵まれただけですわ…」
「そんなご謙遜を!きっとミス・ヴィオラなら聖女としてこの国を導いて下さるに違いないですわ!!」
「聖…女…?」
「あら、ご存知ありません?王家が教会が秘匿していた結界の新たな守護者を募っているという話!その方を聖女としてこの王都の象徴になさるそうですのよ!?」
「あ…あの、私、そういうお話には興味がありませんの…それに…これ以上聖女などというものに関わる気もございません…」
「ですが、王太子自ら魔力の当て嵌まる方を探して市井に出向かれいるそうですのよ!?もし選ばれたら…それは名誉な事ではありませんか?」
「私には過ぎたお話しですわ。失礼、先約がありますので…」

ヴィオラは何か妙な胸騒ぎがして、大急ぎでデイビッドのいる研究室へ走って行った。


(やっぱ使い慣れたオーブンの方が上手く焼けるな!)
目を離しても思い通りの焼き加減に仕上がる愛用のオーブンは、デイビッドの生活になくてはならない存在になっている。
カリカリに焼けたバゲットを取り出し、端を切って味見しようとして居ると、そこへ物凄い勢いのヴィオラが飛び込んで来た。

「デイ゙ビッドざま゙ぁ゙ぁ゙っ!!」
「っどうしたヴィオラ!?」
「わたっわたじっ!せいじょなんでいやです!!なりたくないでずぅぅ!」
「は?聖女?なんでヴィオラが?」
「アーネスト様がっ!聖女を探してるって聞いて!選ばれちゃったらどうじよう!!」
「アーネストが?なんでアイツが聖女なんて探すんだ?」
「げっがいのじゅごじゃがぜいじょでぇぇ!!」
「…わかったから一旦落ち着いて、顔拭いて、鼻ちーんしなさい…」

ヴィオラがぐしゃぐしゃの顔を洗い、冷たいフルーツティーを飲んで落ち着く間、デイビッドは支離滅裂だったヴィオラの話を繋ぎ合わせていた。

(手紙を出したのは早計だったか…?)
ギディオンの話を聞いて直ぐ、デイビッドは件の装置についてアーネストに報告を入れていた。
しかし、デイビッドの性格と事情をよく知っているアーネストが、この期に及んで聖女など欲しがるだろうか?
もし噂が本当であったとしても、アリスティアが兄を止めに入らないはずが無い。
恐らくアーネストと同時に別の勢力が動いているのだろう。
国民を黙らせ、支持を得るには政策を駆使するよりも、何かしらの象徴を用意する方が手っ取り早い。“聖女”などと耳触りの良い呼び名を付けているが要は国民の矢面に晒す生贄だ。
女神信仰の聖職者共は最低な人間ではあったが、自分達が掲げた聖女に罪を擦り付けるような愚かな真似はしなかっただけマシだった。しかし、これを国が定めるとなると最悪国民の怒りや不安を背負わされ本当に命を差し出させられ兼ねない。
ヴィオラが怯えるのも頷ける。

(結界の動力盤を解放できる魔力持ちが見つかれば、アーネストの方も落ち着く…早く現れてくれりゃいいが…)
あの装置が完全に停止してしまう前に、なんとか見つかってもらわねば、本当に困ったことになる。

その時、真剣な顔で床を見つめるデイビッドの視界に、目を泣き腫らしたヴィオラの顔が覗いた。

「デイビッド様も難しい顔してます…」
「え?ああ!大丈夫、アーネストは聖女なんか欲しがったりしてねぇよ。変な噂が一人歩きしてるだけだ。ヴィオラは聖女なんかにならないし、それは俺が許さない。」
「本当ですか!?」
「なりたいなら別だが、嫌なんだろう?」
「はいっ!ぜっったいにイヤです!!」
「だったら安心しろよ。もしもヴィオラが聖女なんかに選ばれても俺が助けに行く。約束するよ。」
「デイビッド様ぁ…」

「空気があんっまぁーい!!止めて下さいよ!慣れないことすると絶対に滑るクセに!なんかあってからじゃ遅いんですからね!?」
「うるっせぇーな!!」
「今なら激苦薬湯でも飲めちゃいそうなくらい甘くって…あ、ウソです!冗談ですってば!原液の瓶開けないで!!」

相変わらず余計なことを言うエリックがジリジリ壁に追い詰められていると、今度は反対側のドアが開いてエリザベスが駆け込んで来た。

「デビィーッ!!できた!ついに完成したよぉぉ!!」

大きな箱を抱えたエリザベスが、テーブルの上に小さな引き出しのついた鏡台のような物を取り出して見せる。

「おお、ついに出来たか!」
「デビィ、ちょっとこっち来て!ここ持って、この魔石を外したらこの青のくぼみに入れてみて!」
「こうか?」

すると、魔石がくぼみにすっぽり嵌った瞬間、鏡の様に立てられた部分が揺らめいて何かが映った。

「あ!シェル先輩!?」
【あー!あー!聞こえる?少し音が小さいかしら?】
「聞こえます!すごく良く聞こえてますし、先輩の顔をはっきり見えます!!」
【良かったわ!どう?これが私達の大発明よ?!私は今王都の工房に居るの。】
「すごい!そんなに離れている人と、顔を見てお話できるなんて!」
「へぇ、画像もブレないし、なかなか良いな。後は距離か…」
【試作品を先に師匠の所へ送らせてもらったわ。デュロック領からここまでの距離で上手く行けば大抵の問題は解消されるでしょうから!】
「送ったのか…爺さんに…」
【当たり前でしょう?結界の課題より先に終わらせなさいって言われてたんだから、当然よ!】

シェルリアーナはいずれ王都を覆う結界の魔術式を先にと思っていたが、ギディオンはそれを後回しにさせ、通信機の開発に注力するようシェルリアーナに頼んでいた。

[恐らくだが、お前さんの兄弟子はその方が喜ぶだろう]
「兄…弟子なんですのね、やっぱり!」
[ハハハハ!そう言ってやるな。どうせ遠路の先で命を落とす者達を救おうなどと考えておるのだろう?]
「はい…海難事故の削減が目標だとか…」
「アヤツらしい…決して口にはしないだろうが、その発明を誰より望み願っている事は確かだ。手を貸してやってはくれんかねシェルリアーナ君…?」
「師匠の頼みとあらば、いくらでも。」

ギディオンとはやはり師弟であり、デイビッドが弟子として可愛がられていた事に少し不満はあったが、シェルリアーナはこれに快諾し、エリザベスと共に最高傑作と言える魔道具を作り出した。
感想 5

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