黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

7代目当主未満

「き…金庫とか…ありませんか!?」
「俺のはあるけどそれじゃ意味ないし…あ、従業員用の貸金庫なら、商会の裏にあるからヴィオラの名前出せばいつでも使えるはずだ。」
「いいいってきます!!」

大急ぎで商会の受け付けに走って行くヴィオラを、デイビッドは少し複雑な心境で見送った。
(少しは伝わったのかな…)
エリックやシェルリアーナが聞いたら呆れそうな話だが、それ程デュロックの男共の愛は重い。(そして何故か軒並み愛情表現がドヘタである。)
デイビッドにとって、こんなものヴィオラに掛ける気持ちのほんの一部に過ぎない。
抑え込むのも楽ではないが、小出しに何とか受け取ってもらえる大きさに切り分けて、少しずつ手渡していけたら…など と、本人は楽観的な事を考えているのでこれもまた厄介だ。


ヴィオラが戻る前に格子付きの特別室へ戻ると、エリックがニヤニヤしながら待っていた。

「おっ帰りなさ~い!どうでした?2人っきりのデートは?」
「知ってる店に行っただけだよ…」
「アレでしょ?リストランテ・グルマンディゾの個室ディナーじゃなかったんですか?」
「そこまで読むなよ。」
「だってヴィオラ様連れて気軽に行ける店ってあんまないし、下手に見立ちたくなければ隠れ家的なとこ行くしかなくて、尚且つ味と好みを考えた上で一番無難なお店ってそこしかないし。」
「うるせぇな!」
「んも~、一流ホテルのレストランを食堂扱いとか、ホント狂ってますよねぇ?!」

やれやれと立ち上がるエリックと入れ替わり、再びデイビッドがジェイムズの前に座る。

「変わるから今度はお前が寮まで送ってけ!」
「学園までご一緒でもいいのに~!そのくらい待ちますよ?」
「気まずいからいい。」
「喧嘩でもしたんですか?」
「してねぇよ!」

ジェイムズが疲れてしまい、だいぶ効率は落ちたが、書類の山も概ね目処がつきそうで一安心だ。

「ハァ…もう手が痛くて動かない…」
「さっきエリックが回復魔術かけたからもうしばらく持つって言ってたぞ?!」
「本気でパンと水しか持って来ないんだぞ?!お前、あのエリックにどんな教育をしてたんだ?従者の育成は主人の役目だ!デュロックに置いても引く手数多だった完全無欠の侍従だったのに!外交と貴族相手の取引きに有効な読心術や心理戦なんかにも強くなるよう色々教えてきたんだ。あの忠臣がこのままお前に引き継げれば良い後方支援になるかと思って…」
「あ?俺はアイツに自分の機嫌の取り方ってのを教えてやっただけだ。」

高位貴族の一員として厳しい教育に耐えたエリックは、幼い頃からの重圧により承認欲求の塊だった。
そこを上手く付かれてデュロック一族の間では良いように使われ、研鑽を重ねて完璧主義な貴族達を喜ばせるための駒として働く事に何の疑問も感じていなかった。
しかし、ジェイムズが連れ出して、外交や商談の際の補助員として教育していたが、息子に委ねる時期を少し早めただけで主人に反抗どころか攻撃まで仕掛けてくるとんでもないバケモノになって帰って来た。

「アイツめ、満面の笑顔で「本日より旦那様の雇用を外れます!」ってやたら嬉しそうに主人を乗り換えてったんだ。雇用の移行に関する書類もちゃっかり作って、私が判を押すだけになってた…あんなに目を掛けて育ててやったのに…」
「手駒の教育が上手いのは家系のせいか?お互いが幸せならそれでいいんだろうな。でも、限界まですり減った人間を餌で釣るやり方は気に入らねぇ。どうせ煽てた相手が木から落ちたら背中を向ける癖によ。」
「欲しい人材は丁寧に育てて役に立てる物だぞ?」
「悪いがお貴族様の考え方は俺には合わねぇよ。なにせ、世の中の底辺を這いずり回るだけの汚ねぇブタなもんでな!?」

デイビッドは次々と書類を入れ替え、出来た順に捌きながらおよそ子が親に向けるものでは無い顔で実父を睨みつけた。

「お前、その内私の後を継ぐんだぞ?当主としての自覚はあるのか?」
「アンタを継ぐ気なんざ一切無い。俺が引き継いでやるのはデュロックの信頼とアンタが放り出した事業とそこに取り残された人材だけだ。思想だの理想だの下らねぇモノは本拠地だけで勝手にやってくれ。領地のお偉いさん共にも言っとけよ、一度切り捨てたトカゲの尻尾が思い通り動くと思うなよってな!?」

その後も黙々と書類仕事は進み、何とか最後の1枚を書き上げた時には既に真夜中になっていた。

「また檻の中!?」
「まだ仕事は残ってんだ!逃げようなんて考えるなよ?!」
「しかも壁は結界と防壁の二重構造…お前達、私を重罪人かなにかと間違えてないか?!」
「事業放っぽってトンズラは商人からしたら極悪犯もいいとこだ!!」

客用の宿泊室にも厳重な逃走防止策を施し、ジェイムズを放り込むとデイビッドも自室へ戻り、うつらうつら朝を迎えた。


次の日、いつもの癖で早くから目が覚めたデイビッドは、商会に帰って来ていたことを思い出すと、久々に何もしない朝を迎えた。

必要な物はほとんど研究室へ運んでしまったので、この部屋には本当に仕事用品くらいしか残っていない。
魔道具が一切無いこの部屋は、実家という物を持たないデイビッドのために、ロドム会頭が用意した唯一の私室だ。
始めはあった大きなベッドは2日目に運び出されてなくなってしまったが、それ以外は大切に使っている。

することがないので、部屋に閉じ込めておいた父親の様子を見に行くと、こちらはげっそり項垂れて疲れ果てていた。

「はぁ……一歩も外に出られないなんで、頭がどうにかなりそうだ…」
「テメーのせいでそのくらい迷惑被った奴も大勢いらぁ!弱音なんざ吐いてる場合かよ!」
「こんなに仕事ばっかり増やしたつもりはなかったんだがなぁ…」
「今まではなんだかんだ城の執務室に戻ってたからできた分、今は居所がはっきりしねぇからだよ。」
「デイビッド、そこでなんだが…お前にひとつ相談がある。」

ジェイムズは夜の内に書き上げたのだろう。一枚の紙を出して来た。

「お前にこの当主の役目、ここで引き継いで行こうと思う。」
「頭イカれたか?そんな事当主だけの一存で決められるわけねぇだろ?!」
「当主の交代は出来んよ。その代わり、代理を立てて当主権限を移すことは可能なんだ。私の父は軍事に徹する際、叔父上に印を託して行ってたし、代行者の指定と引き継ぎなら許される。私はもうそろそろカトレアさんと2人で静かに隠居したいんだよ。正規の継承はデュロックの長達が決める。それまでお前にこの役目任せておこうと思う。」
「たった一晩で音ぇ上げやがって、軟弱め…」
「だって疲れたんだよぉ!もう無理だ!私は新しい事を思いついて始めるのは得意でも、継続とか長続きさせるのは苦手なんだ!!」
「フザケんな!クソ親父!」
「だからこれ以上他人に迷惑がかからないように、権限の8割をお前に託す!!」
「あとの2割は?」
「…各王族との面会権限とデュロック領での発言権なんて、お前いるか?」
「…いらねぇ。わかった、その条件なら受けてもいい。」
「良かった!よーし、これでお前も立派な6代目のデュロック当主代理だぞ!?」
「当主未満の中継ぎじゃねぇか…」
「その内嫌でもお前が7代目なんだから文句言うな。さて、それじゃ私はこれで解放してもらえるかな!」
「いや?デュロック関係無しに親父が自分の名前で展開した事業の尻拭いがまだ残ってる。それ片付けるまで部屋から出るなよ?!」
「そんなぁっ!!」

泣き叫ぶような声を後ろに、デイビッドは思わぬ所で手にした当主印をまじまじと見つめていた。
(これがデュロックの当主印…)
金でも銀でもなく、鈍色に光るその素材をデイビッドは見たことがあった。
(アダマントか…)
ダイヤよりも硬く魔力伝導抜群の超希少素材アダマント。
(なんか掘ってある……)
細かな模様だか文字だかがぐるりと彫り込まれた、手の平にコロンと乗る程度の大きさの小さな金属印。
恐らく既に現代では失われた技術で作られたのであろうその印を、デイビッドはそっとポケットにしまい込んだ。
感想 5

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