黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

疑惑

デイビッドが父親を扱いている頃、ヴィオラは貸金庫に書類鞄をそのまま突っ込み、鍵を掛けるとその場から一目散に逃げ出した。
(どうして?…)
デイビッドが吐いた台詞が頭の中をグルグル回る。 

ー対価はもう受け取ったー
ーヴィオラになら捨てられても構わないー
ーこれはヴィオラに預けておくー

貴族の婚姻は家同士の契約だ。
婚約が甘いだけの恋愛ごっこでないこともわかっているつもりだった。
しかし受け取った物があまりにも重すぎて、ヴィオラは怖くなってデイビッドを探した。
先ほどの部屋へ戻ろうとオロオロしていると、そこへエリックが現れた。

「ヴィオラ様、こっちですよ!?どうしたんですか、血相変えて。」
「エリック様…デイビッド様が…私に婚約破棄の書類を渡してきて!!」
「おやまぁ…」
「どうして?何であんなものを…」
「ヴィオラ様は未成年ですから、ご実家以外の後ろ盾がない代わりに担保として預けたんでしょうね。それがあの人の覚悟の重さですよ。」
「サラッと言わないで下さい!婚約破棄したら無条件で金貨500枚支払われるって言うんですよ!?私にそんな価値ありますか!?」
「そうですね、あの人なら例え一千枚の金貨でも安いと思うでしょうね。それ以上にお金には代えられない価値がヴィオラ様にはあるんですよ。」
「買い被り過ぎですよ…私こそいつ捨てられてもおかしくないくらい平凡なのに…」
「そんな事ありませんよ。少なくとも、デイビッド様に取って架替えのない存在であることは確かです。そんな御大層なものまで用意して…ホント愛情表現がヘッタクソで笑っちゃいますね。」
「愛情表現…これが…?」
「薄っぺらい愛の言葉やなんの役にも立たないバラの花束なんか貰うより、余程現実的でしょ?」
「現実的過ぎますよ!!」
「落ち着いて、今夜はデイビッド様も缶詰めでしょうから、僕が寮まで送って行きますよ。」

寮までの道程の間、ヴィオラは着替えた制服を抱き締めたままずっと震えていた。


次の朝、天気が悪く靄のかかる外の回廊を駆け抜け、ヴィオラが研究室へ来ても誰もいなかった。

ヴィオラはピカピカに磨かれたオリーブ色のオーブンの前に立つと、鍋に湯を沸かし塩と酢を加え大砂鳥の卵を割り入れてポーチドエッグを作り、保冷庫のスープストックを温めてベーコンと玉ねぎを入れ、少し硬くなったバゲットを蒸気に当てて蒸してから厚めに切ってカゴに盛った。

「朝ごはん良し!」

デイビッドがなかなか帰らないので、ヴィオラはひとりで食事を始めたが、心細くなりイヴェットを探すも棚の上から降りてこない。なので仕方なくデスクの上の芋虫を相手に話かけた。

「デイビッド様、遅いのね。」
シャクシャクシャク
「昨日は全然眠れなくて、ずっとディディを抱きしめていたの!」
シャクシャクシャクシャク
「デイビッド様もデイビッド様よ!捨てられてもいいなんて言われて、どう返していいのかわからなくて困っちゃったのよ?」
シャクシャクシャクシャクシャク
「私…デイビッド様になら攫われて閉じ込められても構わないのに…」
「そこは構えよ!?」

芋虫の咀嚼音三重奏を聞きながら独り言を言うヴィオラの後ろには、しゃがみ込んで笑いを堪えるエリックと、憮然としたデイビッドが立っていた。

「デイビッド様、おはようございます!」
「おはよう…」
「ヴィオラ様、朝から随分デンジャラスな事考えますね?」
「ダメですか?」
「ダメだろ!せめて抵抗しろよ!」
「そういう問題ですか?」

ヴィオラ特製の朝食を早くも食べ出すエリックの横で、デイビッドはヴィオラと目が合わせられず、ずっと他所を向いていた。
やがて学舎が開く時間になり、ヴィオラは身支度を整えて授業の支度を終えると、デイビッドに目を合わせ顔を近づけて言った。

「私、デイビッド様が離れようとしても追いかけますからね!?私を置いてどこかに行こうなんて考えないで!絶対に逃がしませんから、覚悟して下さいね!!」
「え?…あ…あぁ……」

それだけ言い捨てると、パタパタ廊下を走って教室へ向かって行く。

「うーわ、すっごいマヌケ面…良かったですね、こっちは朝から甘ったるくってやってやれませんけども!」
「あぁ……」
「ダメだこりゃ…」

頭の奥がふわふわしたまま、デイビッドはその日の午前中をどう過ごしたのか全く覚えていなかった。


「ヴィオラ様、何かいいことありました?」
「あ、ディアナ様!へへへ…実はデイビッド様に盛大な愛の告白を受けました!」
「…あのミジンコがよくもまぁそんなだいそれたことを……」
「言葉ではありませんでしたけど、婚約破棄の書類を一式全部私に預けてくれたんです!」

ニコニコするヴィオラの周りで特待クラスの生徒達がどよめいた。

「そ…れは…愛の告白と言うより、奴隷宣言では…?」
「全幅の信頼より重い…断頭台の綱を預ける様なものですね…」
「嫌だなぁそんなスリリングな人生…」
「あの人ドMなの!?」
「恋は盲目って言うけど、自分の人生ここまで賭けるとか、思った以上に怖いわね。」

授業が始まり、ディアナ達は朝から重い気持ちになりながら各々の教室へ分かれていった。
ヴィオラの土曜の1時限目は一般教養の算術の応用。
ローラとミランダも一緒になり、コソコソしながら3人で黒板の問題を解いていく。

「流石ヴィオラ、早いのねぇ!」
「私なんてまだまだよ。公式を当てはめるのにだいぶ掛かっているの。」
「それでも早い方よ!まず計算がすごいもの。」
「そう?デイビッド様なら秒で解いちゃうよ?」
「アレは別よ!」
「4桁計算でも暗算で出せるんだから。サイモン先生が見習えって言ってたけど、アレは無理だわ!」

「そこ、お喋りは授業の後になさいまし?!」
「「「申し訳ありません、先生!」」」

少し目立ってしまったが、上場の評価を得て教室から出ると、何やらヴィオラに視線が集まり、廊下が少し騒がしい。
(何かあったのかな…?)
(早く行った方がいいかも知れないわよ!)
(気を付けてねヴィオラ!)

次の授業のため2人と別れると、すぐに他の生徒が走り寄って来た。

「ミス・ヴィオラ、大変でしてよ?」
「貴女の婚約者が実は浮気してたって噂よ?」
「みんなそう話してるわ、お聞きになりまして?」

扇で顔を隠しながら、さも心配している風を装って、数名の女生徒がヴィオラを取り囲んだ。

「浮気ですか…そんなコトする時間があるのかしら?」
「あら、学生と違ってあちらは自由ですし、女性を囲うくらいなんてことないでしょう?」
「そのお話はどこから?」
「正門に赤子を連れた老女が現れて、貴女の婚約者を探していたそうよ?」
「え…?」
「その赤子が黒髪黒目で容姿が貴女の婚約者そっくりだったって!」
「黒髪黒目の…赤ちゃん?!」

何かに気がついたヴィオラは、急いで正面玄関へ向かって行った。
玄関に来客はいなかったが、ざわつく生徒達の話し声から確かに子供を連れた訪問客は居たようだ。
次に教員室へ向かうと、廊下の途中で見たことのある背中を見つけて追いかけた。

「院長先生!」
「あら!これはヴィオラ様。」
「あーう!」 
「やっぱりライラちゃんだ!」

振り返った老女は養護院の院長で、その腕にはライラが抱かれている。

「良かったですわ、表の門から参りましたらこの子が泣いて生徒さん達の邪魔になってしまいまして、人に聞きながら教員方のいる所まで行こうと思っておりましたの。」
「デイビッド様は少し離れた所にお部屋があるんです。ご案内しますよ。あ、ライラちゃんは私が抱っこします!」
「まぁまぁ、ありがたいですわ。この子も本当に重くなってきたもので。」
「大きくなりましたねライラちゃん!」
「ええ、もう1歳にはなったのでしょうね。歯もだいぶ生えてきて何でもかじってしまうのよ?」

ライラはヴィオラに抱かれると途端、指をしゃぶりながら大人しくなった。

「それで、先生はどうしてこちらにライラちゃんを連れていらしたのですか?」
「ええ、それが…」

院長が言いかけた時、別用で外に出ていたデイビッドが現れた。

「え?院長先生?!どうしてこちらに?」
「デイビッド様、ご無沙汰しております。実は少し困ったことになりまして…」
「話はこちらで聞きますので、どうぞ。」

ライラを受け取り、しぶしぶ授業に戻るヴィオラを見送ってから研究室へ入ると、院長はホッと一息ついて改めて話を始めた。
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