黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

力尽く

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実際、貴族子息の何人かは平民組に混じって畑仕事に精を出し、夜食にありついていた。
この通り提供側は、利用する者に制限は掛けていない。
しかし…

「納得いきません!」
「なんでだ?」
「畑仕事なんて農民の仕事でしょ?!」
「掃除とか、皿洗いなんかもあるぞ?」
「どれも底辺層のやることじゃないですか!僕達は貴族ですよ?!労働だって指揮者側に立つべきだ!」
「んじゃ、交渉決裂だな。食材の提供者は俺だ。俺の決めたルールが守れないなら食う資格はないと思えよ?」
「そんなの横暴だ!!」
「お金なら払いますよ!労働対価分でいいんですよね?」
「…お前等は働くってことに対して随分と甘い考えを持ってんだな。商売人はな、こっちのルールを守らない客には商品は売らねぇもんなんだよ。」
「そんな!」
「仮にも教員が生徒の要望に応えないなんて、どういうつもりなんですか!?」
「貴族が権力を振り回してゴリ押しで意見が通る世の中だと思うなよ?お前達のやろうとしてる事は店の仕組みを無視して無理矢理買い物をしようとしている迷惑な客と同じだ。」

貴族だからと傲慢な考えで周囲を振り回し、迷惑を掛ける者達はどこにでもいる。
それでは騎士は務まらないと、ここで教えておかなければ後々大変なのは本人達だ。
しかしシモンズの言う通り、刷り込まれた思想や意識はなかなか変えられないものだ。

「なんで平民と同じ事なんかしなきゃならないんだ!」
「だったらなんでそっちは甘い汁だけ吸おうとしてるんだ?農作業も皿洗いも水汲みも床掃除も、最終的にお前等の身になるものばかりだ。やって損はねぇぞ?」
「そんな訳ないでしょう?!」
「生きて行く力ってのはそうやって培うもんなんだよ。」
「力なんて!幼少時から訓練を受けた僕達に平民が敵うわけありませんよ!」

噛み合わない話にデイビッドもだんだん疲れてきてしまう。

「何言っても無駄か…本当に力尽くでないとダメそうだな…」

仕方なく、デイビッドは外の演習場に出ると、落ちていた練習用の剣を拾い上げ、生徒達を手招きした。

「ルール変更、誰か一人でも俺に一撃入れられたら、金払えば食わしてやる条件に変えてやるよ。」
「本当に?!」
「でも…この人確か強いんだよね…?」
「どうする?嫌ならこのまま報酬式で労働対価払ってもらうぞ?」
「いや!受けて立つ!!」
「全員で掛かれば負けるはず無い!」


手に手に木剣を握った生徒達が演習場へ飛び出して行く。
今年度騎士科の全学年総勢は約185人。その内子爵以上の貴族出身者は40人。

40対1の対戦が始まった。

「ちゃんとラムダ騎士流の剣術で相手してやるよ。剣を落としたり、転んだ奴は直ぐ下がれ。何人掛かりでもいいぞ!?」
「やってやる!!」

最初に勢いよく飛び出して行ったのは2年のグループ。
5人がかりで囲んだが、即座に2人離脱し、後ろを狙った生徒達は仲間の剣が怖くてなかなか近づけず、あっという間に5人目の剣が弾かれた。
ならもっと数を増やしたらどうだと、1年が10人がかりの小隊を組んだが、打ち込む端から剣を吹き飛ばされ、地面に転がされていく。
2年と3年が手を組んでみても結果は同じ。剣先は完全に見切られ、訓練中あんなに褒められた技は全く通用しない。
所詮動かない的相手に、形だけ整えた剣など何の意味もないのだ。
隙を突こうにも、背中にも目があるのかと思う程死角が無く、軽々躱されて間違って仲間を傷付けてしまう生徒が続出している。

「一振り一振りが弱いぞ!?もっと腹に力入れろよ。突っ込んでくる勢いに自分が流されて体幹がグズグズだ。これじゃ転ばせて下さいと言ってるのと同じだな。」

既に半分以上の生徒の相手をしたデイビッドは、涼しい顔で指導をしている。

「固まるな!同士討ちになるぞ?!」
「そんな事言ったって一対一じゃ…」
「剣を振り上げた隙を狙うんだ!」

もちろんそんな隙はない。
1年生では近づく事もできず、2年の剣は尽く一撃で弾かれる。
諦め切れずに剣を掴み直し、2度目の挑戦をして心まで圧し折られる生徒も少なくない。
遂に残ったのは3年生の実力のある生徒が3人だけになった。

「力技だけの野蛮な戦法に、負けるわけにはいかない!」
「なんだ、使っていいのか?力技。」

言葉の通り、デイビッドが力任せの乱暴な剣を振るうと相手の木剣は空高く飛んで行った。
弾かれた生徒は尻餅をついたまま、手が痺れて動けなくなっている。

「力任せってのはこういう事言うんだよ。大振りで隙もできやすいし、相手との力量差がなきゃ諸刃の剣だ。参考にはするなよ?」
「よそ見をするな!次はこの僕が相手だ!」

いつも身なりの良い生徒が、正面から打ち込んで来る。
剣筋が他の生徒よりも鋭く、身のこなしもいい。速さを重視した切れ味の良い剣だ。

「悪くないな!ただし、決定打に欠ける。」

重い一撃で銅を薙ぎ払われ、倒れる生徒の背後から、最後の一人が向かってきた。

実はこの生徒、実家が教会崩壊後の大変革で家格を落とされ、長男以外は養えないと、養子に出されてしまった事でデイビッドに私怨を抱いていた。
打ち込みの演習ではなく、完全に殺意を持って木剣に斬撃魔法をまとわせて斬り掛かって行くと、デイビッドも表情を変えた。

「お、いいな!そのくらい真剣に来るならこっちも真面目に相手してやるよ!」
「調子に乗るなぁぁっ!!」

生徒が振り下ろした剣が地面まで切り裂き、風圧で砂塵が舞う。
手応えがなく避けられたと分かり、次の一撃の為身体の向きを変えようとした刹那、首筋を木肌の感触が撫でた。

「剣筋は悪くない。だが、攻撃時の切り替えをもう少し早くしないと、次の手を見抜かれてこうなるぞ?」
「あ…ぁ…」
「魔法剣士はどこでも引く手数多だ。もう少し実力が付けばいい剣士になれる。頑張れよ!」

木剣を担ぎ辺りを見回すと、もう剣を持って立っている生徒はいなかった。

「勝負あり、でいいな?!じゃ、飯が食いたいヤツは今まで通り労働対価ってことで…」

デイビッドが剣を置こうとすると、後ろから声がした。

「いや!こちらとも一戦交えて頂こう!!」
「教官は出て来んな!!」
「元コンラッド伯爵家騎士団長グランツ!参る!」
「参るじゃねぇよ!来んなっつってんだよ!!」

打ちかかって来たのは教官の中でも高齢だが実力のある1人。
生徒相手とは違う戦歴のしっかりとした剣筋に、デイビッドもやや圧され一見劣勢に見える。

「いいぞ!先生やっちまえー!」
「僕等の仇討って下さい!」

しかし、コールマンはデイビッドの動きを見て、あれは圧されているのではなく相手を誘い込んでいるのだと確信し、手に汗を握った。
その予想通り、デイビッドは振りかぶると見せかけた剣先を相手の左胸に突き当て、勝負が決まる。

歓声と悲鳴で熱狂する空気の中、デイビッドがもう止めとばかりに剣を遠くへ放り出した。

「無…無念…」
「ただの練習試合でマジになるなよおっさん!余計な体力使っちまったじゃねぇかよ!」

流石に息の上がったデイビッドが演習場を出て行こうとすると、木剣を2抱えたコールマンが後から追って来た。

「デイビッド殿!デイビッド殿ぉー!!今一度、私とも対戦をー!!」
「ついてくんなーーっ!!」

子供の様に目をキラキラさせたコールマンに追われ、デイビッドは直ぐに演習場から居なくなった。


「ままー!」
「ままじゃなぁーい!」

何度言ってもライラのデイビッドに対する「まま」呼びは直らなかった。
しかし、トムティットの変身と本物は必ず見分け、トムティットがデイビッドの姿で現れても決して「まま」とは呼ばないそうだ。

騎士科から戻ると、ライラが少し早めに帰っていてトムティットがあやしていた。

「今朝からちょっと熱っぽくて、早めに帰って来たんだ。今夜様子見てやってくれよ。」
「赤ん坊はすぐ熱出すからな。」

予想以上にしっかり子守りをする妖魔に感心しながら、棚の菓子鉢からライラ用のカトルカールを取り出し、ミルクをカップに注いで飲ませると音を立てて勢い良く飲んでいく。

「ままぁ…」
「結局ままか…」
「子育て経験何人目みたいな育児するからじゃねぇの…?」
「スラムで孤児の赤ん坊6人の面倒を一度に見たことがある。それに他でもちょいちょい子守はしてたからな。」
「ホントに経験豊富かよ。」

ライラはおやつを食べると、直ぐにジュートの上にポテンと倒れてしまった。

「ライラ?もう遊ばないのか?あー…やっぱり熱か…もう少し水分も摂らせよう…」

作り置きのハーブ水を飲ませ、まだ4本しか生えていない歯を磨いてやり、布団に横にするとウトウトしながらもデイビッドの服を掴んで離さない。
この小さな手が意外に強く、掴まれたら最後離れないのだ。
やっと寝かしつけ開放された頃には、辺りはすっかり夕方になっていた。
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