黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

救済の悪魔

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部屋の中では満面の笑みの男爵と、俯きがちのミリムが待っていた。

「お越し頂きましてありがとうございます!今日は良き日ですな!我が家の娘がデュロックの御曹司の元へ参れるなど光栄の極みでございます!」
「その話だが、お嬢さんの前にこちらの家業について少し話しておきたくてな…」
「おお!是非今後は我が商会と太い取り引きをお願いしたい!グロッグマン商会ともあれば取り扱う生地も一級品でしょうとも!工房を昼夜稼働させてでも必ずやご希望の品をお届けしますぞ!?」
「その前に負債の支払いを済ませて欲しい。」

それを聞いた男爵は口を開けたまま動かなくなった。

「ふ…さい…ですか?…グロッグマン商会にはなかったはずですが…?」
「ああ、だから。」
「買ってきた!?」
「かなり方々から資金をかき集めて、そのまま返済も無く今に至るそうだな。大金を貸し付けた中には、このままじゃ商売が立ち行かなくなりそうな所もあって、喜んで売ってくれたよ、お宅の債権をね。」
「いやいや、大手のグロッグマン商会を背負う方が、たかが弱小商家の債権など気にしていてはよろしくありませんなぁ!」
「残らず集めてみたところ、金貨300枚分になった。」
「でしたら!その金は娘の代金と思って頂きたい!家の借金を帳消しに出来るとは、娘も親孝行ができてさぞかし幸せでしょう!」
「それなんだよな、今朝貴族院から連絡があった。今日付けで奥方との離縁が確定し、娘さんとも親子の縁が切れたってよ!?」
「は……?!な…なにを仰っているのかわからない…離縁?そんな勝手が許されるはずがない!アレは部屋に閉じ込めて…あ…いや…」
「閉じ込めて…ね。じゃ確認してくればいい。で奥方が大人しくしているか…」
「なっ…!!」

だんだんと青褪める男爵の元へ、今度は派手な女がノックも無しに金切り声を上げながら飛び込んで来た。

「ちょっとぉ!!アタシのネックレスは!?明日の夜会に着けて行こうとしたら引き出しに入ってないのよ!!どこにやったの!?」
「何を言っている!あ、後にしてくれ!今はそれどころじゃない!!」
「アンタが奥さんに返しちゃったんじゃないの!?リョーシンのカシャクとかで…」
「そんな訳あるか!あっちへ行っていろ、今大事な話の最中なんだぞ?!」
「そんなの知らないわよ!どうしてくれるのよ!アレに合わせてドレスを買ったのよ!?予定が狂っちゃうじゃない!!」
「うるさいっ!いい加減にしろ!今はそれどころじゃないと言っているのがわからんか!!」

そこで派手女は改めてデイビッドの方を見た。

「ああ、コイツなの?例の幼女趣味の金持ちって。思ったより若いのね。ねぇ、今忙しいから、そこのガキの代金払ったらさっさと出て行ってよ!?変態にいつまでもいられちゃたまんないんだから。」
「オ、オイ!何を言っている!!」
「アンタだって言ってたじゃない!娘を売った弱みが握れたら好きなだけ金が引き出せるって…」
「黙れ!この売女め!いいい今のは忘れて下さい!たかが商売女の戯言ですので…」

「ハァーーー…その商売女にのめり込んで屋敷にまで住まわせて贅沢させてんのは誰だよ…」

デイビッドはキンキン響く怒鳴り合いに頭が痛くなり、更に不機嫌な顔をしながらこめかみを押さえていた。

「う…浮気くらいどこの家でもしている事だ!」
「したとしても上手く隠すのがマナーだけどな。こんな大っぴらに屋敷に上げて、昼間っから顔まで晒してる間抜けはいねぇよ。それに、正妻を蔑ろにする男に女を囲う権利はない。必ずそれ以上の待遇を用意するのが通例だ。嫌な風習だけどよ。」
「わ、私を新参貴族だと馬鹿にする気か!?」
「新参者としてじゃねぇよ。男どころか人間の風上にも置けねぇクズ野郎として馬鹿にしてんだよ!!」

デイビッドが立ち上がると、男爵はミリムの腕を乱暴に引き寄せた。

「ハ、ハハハ!何とでも言えばいい!だが、クズはお互い様だろう!?こんな赤ん坊に毛が生えた程度の子供に手を出すケダモノが!いいか!?この事を商売仲間にバラ撒かれたくなければ、大人しく金を払ってこのガキを連れて行け!気色悪い豚め、精々私の財布になるがいい!!」
「誰がガキだよオッサン!?」
「……は?!」

男爵はそこで初めて自分が腕を掴んだ相手が娘ではないことに気がついた。
幼女の顔が崩れ、三つ目の牡山羊の頭が現れると、叫び声を上げて壁際まで逃げて行く。

「ギャァァァ!!ばっ化け物だぁぁっ!!」
「キャァァァッ!誰か助けてぇっ!」
「ギャハハハ!!腰抜かしてやんの!みっともねぇなぁ。安心しろよ、その顔もちゃぁんとやってるからよぉ!!」

娘の姿は完全に消え、膨れ上がった影から現れたのは毛むくじゃらの二足歩行の牡山羊。それがゲタゲタ笑いながら2人を脅かした。

「お前…収拾つかねぇからもう戻れ。」
「ええ~っ?!なんでいつもいいトコで回収されんの!?」
「どうせどっかから見てんだろ?話が進まねぇから今は消えてくれ…」
「なんだよその言い方!ったくあんなに協力してやったってのに…」

ブツクサ言いながら牡山羊の化け物が鏡の中へ吸い込まれて行く。
助かったと思うのも束の間、今度はデイビッドが2人に詰め寄った。

「さてと、俺をどうこう言うのは構わねぇが、貴族だろうと誰だろうと、他人の弱みを握って負債を踏み倒すのは許されねぇな。それからアンタにゃ婦女暴行、児童虐待、使用人に対する暴力、賃金の不当な未払い、それから、コイツは驚いたが…この国じゃ禁制の奴隷売買の証拠が上がってるぜ?」
「ななな何を言っている!?私は言うことを聞かないグズ共に躾をしただけだ!か…金だって払ってやってた!それに奴隷など…私は何も知らない!!」
「アデラの先、ハリス国で数年前から行方不明者が続出していたそうだ。多くは紡績に関わる仕事に従事していた一般人。女男合わせて30人近くがある日突然居なくなるという大事件だったが…今朝この国で発見されたよ。」
「あ…あの工場は誰にも見つからないはずで…あっ!」
「ご丁寧に地下に隠しやがって、おかげで半分が病人同然になっちまってたじゃねぇかよ!!」
「ヒィィィッ!!」

デイビッドに胸ぐらを掴まれ、男爵はガタガタ震えていたが、本当の恐怖はこれからだ。

「叩きゃ埃が出るかと思ったら、当の本人がゴミだったとはな!オイ!もういい連れて行け!!」

デイビッドの一言でドアが乱暴に開けられ、外から大勢の憲兵がなだれ込んで来た。

「ご協力感謝します!」
「男爵とその女を捕らえろ!!」
「クソォォォッ!離せっ!離せぇぇ!!」
「イヤァァッ!アタシは関係ないっ!何にも知らないってばぁ!!」
「アンタには窃盗の容疑が掛かってる。奥方に成り代わって参加した社交場で、他人のアクセサリーを盗んでたらしいな?余罪はどうか知らねぇが、よーく調べてもらえ?」

怒りと屈辱で顔を真っ赤にする男爵と、化粧が落ちて髪を振り乱す女が連れて行かれると、屋敷の使用人達は一斉に金目の物を抱えて逃げ出そうとし、そこでまた憲兵の世話になっていた。

ようやく静かになった屋敷の中には人っ子ひとり居なくなり、荒らされた部屋と金色の装飾だけが虚しく残されていた。


(疲れた…)
債権を買った以上、この屋敷から工房まで男爵の所有物の全ての権利がデイビッドに渡る。
(後で錬金術師か魔術師でも依頼するか…いや…それよりも…)
考えながら外に警備用の魔道具を設置し、入り口に鎖を巻いて南京錠を掛ける。
これ見よがしなのは、周囲によく知らせるためだ。

負債の回収は後日にするとして、デイビッドは自分の乗ってきた馬車の戸をノックした。

「お待たせしました。少し長引いてしまってすみません。お加減は大丈夫ですか?」

先に乗っていたのは、痩せた顔色の悪いご婦人とミリムだった。

「おじさん!やくそく、まもってくれてありがとう!!」
「ああ、ミリムもちゃんと待てて偉かったぞ?」
「なんと…なんとお礼を申し上げた良いか分かりません…本当にありがとうございます…!」

ミリムの母親は涙を拭きながら、デイビッドに深く頭を下げた。

「成り行きですよ。たまたまです。でなければ、俺は貴女方を探し出してまで救う事はしませんでした…ミリムが偶然俺のところへ来てくれたからできた事。それだけなんです。だからそんなに気にしないで下さい。」
「ママ、なかないで。もうだいじょうぶよ?」
「今日からお2人はしばらく病院で検査を受けて下さい。その様子からすると入院も必要になる可能性があるので…」
「ですが…そんなお金は…」
「大丈夫ですよ。今までの慰謝料代わりに金庫にあった現金は全部持って来ましたから。全て貴女にお渡しします。」
「そんな!受け取れません!それは貴方様の物です…」
「気にしないで、こう見えて金に困ることはない生き方してるんで。それに貰えるものはきちんと貰っとかないと。これからはミリムを育てて行くのは貴女なんですから。」
「はい…はい!ありがとうございます!!」

グロッグマン商会傘下の療養所に2人を送り届けると、後の事は専門家達に任せ、帰ろうとするデイビッドの背中にミリムが声を掛けた。

「おじさん!ありがとーーっ!!」
「ミリム!ママの言う事ちゃんと聞いて、しっかり大きくなれよ!?」
「うん!わたし、おおきくなったら、おじさんみたいなやさしいひとのおよめさんになるーっ!」
「おじさんかぁ…15離れてりゃおじさんでも仕方ねぇかぁ…」

母娘に手を振り、デイビッドはようやく自分の生活に戻れる安堵で、珍しく馬車の中で居眠りをしていた。
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