黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

文字の大きさ
367 / 512
7代目デュロック辺境伯爵編

学生食堂

アリスティアは、改めて超弩級の危険人物と成り果てたデイビッドの事をまじまじと見つめ、その人柄に感謝した。
(権力に興味の無い方で本当に良かった…お兄様もなんと得難い友人を捕まえたものか…そういうところは評価しませんとね…)
下手をすれば国の根幹を揺るがし、反逆者になる可能性があるなどとして、追放か逆に幽閉でもされかねなかっただろう。
良き友人であり協力者であるデイビッドには、王家としても本当に返しきれない恩がある。
欲を言えば末永くも兄の支えになってもらいたいものだ。
さて、この男がデュロックの当主となった暁には、どの様な成長と変化を見せてくれるだろうか、空恐ろしくも少し楽しみなアリスティアだった。


薄切りのモモをケーキに飾り付け、黄色いバラのような形にすると、デイビッドは少し満足そうにガラスのドームを掛けた。
ケーキが終わったら夕食の支度。
今日はウサギ肉のトマト煮と、夏野菜のグリル。よく冷やしたキューリは細切りにしてリシュリュー風ソースを添えて出す。
バゲットが焼き上がる頃、丁度ライラが帰って来る時間で、エリックの姿見が揺れてもうひとりのデイビッドが現れた。

「たっだいまぁ!なぁ聞いてよ~って、ヤッベ!知らん人いたぁ!!」
「ドアホゥ!!」
「もう驚きません…何が起きても…」

デイビッドは仕方なく、加えてライラとその送迎係りのトムティットについてもアリスティアに説明する羽目になった。

「なるほど…彼が“鏡の悪魔”の正体ですか。先日の親善会では本当に良い働きをなさいましたね。」
「だろぉ?!なのにコイツ反応うっすいのなんの!張り合いってもんがねぇよ。お姫様も、なんかありゃ手ぇ貸すぜ?こう見えて100年以上生きてんだ、知識だって相当なもんよ!?」
「自分で言うな!」

片方のデイビッドの形が崩れ、小柄な妖魔の姿になると小生意気さも気にならなくなり、アリスティアは興味津々で話しかけた。
それが気に入らなかったのだろうか、ライラも負けじとしきりに何か言っている。

「あだぁあばぁだぁだぁあぶぶだぁ!!」
「こちらはなんと?」
「さぁな…本人は喋ってるつもりなんだろうけど、流石にこれはわからん…」

そう言いながら、スタイを取り替え手を良く拭いてミルクとオヤツを出してやるデイビッドの淀みない動きに、アリスティアは感心していた。

「母親でもここまで出来るようになるにはかなり時間を有します。本当にご経験豊富でいらっしゃる…」
「好きで覚えたわけじゃねぇからな?!」
「だぁだ!!」
「かわいい妹さんですね。なるほど、義妹にご執心と言う話の出所はこちらでしたか。確かに、これでは側を離れるなんてできませんね。おまけにこの可愛さでは誰もかないません。」
「まま!」
「…ママ…そうですか、それは、確かにそうかも…」
「本人意味わかってる訳じゃねぇからな!?」


就業のチャイムが鳴ると、アリスティアは立ち上がりデイビッドに頭を下げた。

「今日は申し訳ありませんでした。私欲に走った余計な詮索にお応え下さりありがとうございます。」
「後の事はくれぐれも頼むぞ!?王家の精霊魔術師の筆頭は今は姫様なんだからよ。」
「精霊の怒りを買うような真似は決して致しません。それが役目の様なものですから。その代わり…」
「次領地に行くのは3日後だ。」
「はいっ!よろしくお願いします!」
「そうだ!よろしくついでにこっちからも頼みてぇ事があるんだった。」
「なんでしょう?」
「クロードの面会の許可ってのは降りるもんなのか?」
「……何かおありなのですね…?」
「まぁな、個人的な事だが、一度会っときたくて。できるか?」
「…本来であれば難しいのですが、他でもないデイビッド様の頼みとあらば…私の一存と言う事で一度だけ…」
「それでいい。悪いな、アーネストに手紙を出したんだが返事が遅くてよ。」
「王家の醜態ですから…兄も躊躇っているのでしょう…」

アリスティアはそのまま帰ろうとしたが、せっかく夕食にケーキまでできたのだからと引き止められ、ヴィオラ達の輪に混じり、久しぶりの自由な食事を心から楽しんだ。


食後のデザートはもちろんシロップ漬けのモモをたっぷり挟んだケーキ。
クリームの馴染んだケーキを切り分けると、白いクリームと黄色のモモが映えて断面が美しい。

「ハァ…キレイ。食べるのもったいない…美味しい!」
「なぜでしょうか…特別な材料は使っていないのに、こんなに美味しいなんて…」
「甘さとかのバランスなんでしょうかね?やたら美味しい物ばっかり作るもんだから、外に食べに行く楽しみが半分以下になっちゃいまして、最近は屋台の買食いくらいしかしてないんですよ。」
「お店行くより美味しいのよねぇ…癪だけど…」
「なら食うなよ…」

ヴィオラは、デイビッドにお菓子の作り方を教授したマダム・ネリーに、改めて心から感謝した。



そんな事があった次の日。
デイビッドは学生食堂の様子を見るため、調理室へ足を向けていた。

遠くからでもわかる料理の香りと、賑やかな学生達の話し声。
予想通り、格安の食堂は大盛況で、特に男子生徒の利用数が多く、ピカピカの皿を返却台へ返しに行く姿が見えた。

「ごちそうさまぁー!」
「あー腹いっぱい!」
「安くて美味いし、量もあるからずっとやって欲しいよな?!」

飛び交う意見を耳にしながら厨房を覗くと、生徒達が大わらわで料理を作っている。

「ちょっと!2番の注文間違ってるよ!?」
「パスタまだ?!茹で上がった順から盛り付けて!」
「どうしよ!スープ足りないかも!」

その様子を外から部外者面で眺めていると、生徒達が気が付いて声を上げた。

「あ!先生、見てないで手伝って下さいよ!!」
「手が全然足りなくて、大忙しなんです!助けて下さいぃ!!」
「休みの日の混み方舐めてましたぁ!」

しかし、デイビッドはすぐには手を出さず、代わりに食堂に並んでいる生徒の中から商業科の者を数人呼んで厨房に連れて来た。

「レストラン経営なら、混雑する客を捌く時どうする?」
「え?!いきなりなんですか!?」
「え~と…あ!例えば、作りやすい料理を割引で提供できるようにするとか?」
「回転の速い物なら何食分か一気に作ってストックを少しずつ増やすとか…」
「米料理増やすのは?一気にたくさん炊いて、温かい内に他の料理に使えるようにするの!」
「注文にも手間が掛かるよね…席に着く前に何頼むか予め決まってればいいのに。」
「外にメニュー表出して、カードに食べたい物書いてもらうのは?」
「それなら何が売れ筋かも具体的に分かるから対策もできそう!」
「よーし、今の案を使えるようにできたら今日の飯は奢ってやるよ。」
「本当ですか?!」
「やったぁ!!」

男子生徒が数名駆け出すと、メニュー表を外に掲示し、並んでいる生徒に先に注文を決められるよう紙とペンを手配して来た。
その間に残った1人が紙に大きく「本日のオススメ!」と書いたメニューを簡単なイラスト付きで部屋の外の廊下に何枚も貼り出す。

「本当にこんなんでいいんですか?」
「アイデア料ってヤツだよ。悪くない案が出たから採用しただけだ。」
「そんなの…先生の授業でもやったじゃないですか。」
「あんなチラッと話した内容よく覚えてたな。ほら、約束通り好きなもん作ってやるから、空いた席座ってな。」
「え!?先生が作ってくれるんですか!?」
「じゃ…じゃぁ!この目玉焼き乗せハンバーグ!!」
「俺も!!」
「僕、チキンオムライスがいいです!」
「よーし、待ってろ。」

デイビッドは持って来た自前のエプロンを掛けると、てんやわんやの厨房に入って行った。

「肉ダネ足せるか?材料こっち寄越してくれ。」
「はい!」
「パスタソースのついでにスープも作っちまえ。材料が似てるから同時進行でイケるはずだ。」
「は、はい!」
「メニューも見直しがいるな。大衆食堂と思えばもっと効率良く回せるもんでいい。作り置きももう少しできるな。学園の食堂でも多少冷めてても出てくるだろ?」
「確かに!」
「政務科と淑女科にはキレイに盛り付けるクセに、領地経営科には雑だったり…」
「プロの店じゃ提供時間は出来上がり数十秒から1分内、街の食堂でも3分以内がベストだ。ここじゃ多少甘くてもいいが、パスタは伸びる前に直ぐ出せよ?」
「すごい…先生の手元一切止まらず動いてる…」
「ホラ持ってけ!この後反省会するからな!?」
「「「はいっ!!!」」」

平日は昼休みの2時間だけだが、休日は10:00から14:00まで開いてみよう!と意気込んでいた生徒達はすぐに後悔した。
しかし、思わぬ助っ人のおかげでなんとか乗り切ることができ自分達の実力不足を嘆いた。
ヘトヘトになって荒れた厨房を片付けようとすると、また別の生徒が入って来る。

「デイビッド先生に、皿洗いするならここのタダ券やるって言われて来ました!」
「鍋もピカピカに磨けばデザート付けてやるって!」
「この中キレイにすればいいですか?」
「おう、頼むわ。保冷庫と食材はそのままにしといていい。な?これで少しは楽できんだろ?」
「「先生ぇ~!!」」

疲れ切っていた調理場の生徒達は、デイビッドの対応に手を合わせ拝む様にありがたがっていた。

学生食堂の生徒達は、いつの間に作ったのか、デイビッド特製の賄いで昼食を取りながら全員で改善点や対策を考え、それぞれの役割をしっかりと分担すると、夕方の開店に向けて準備に取り掛かった。

デイビッドはその間に畑と家畜小屋の世話を終え、研究棟へ戻って一汗流そうとシャワー室へ入って行った。
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。 【無断転載・AI利用禁止 / No Unauthorized Use or AI Training】 本作品の無断転載・複製・AI学習利用を禁じます。 Unauthorized reproduction or use for AI training is strictly prohibited. © 魯恒凛 / RoKourin

何もしなかっただけです

希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。 それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。 ――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。 AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

なんでも奪っていく妹に、婚約者まで奪われました

ねむ太朗
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、小さい頃から、妹のエルーシアにネックレスや髪飾りなどのお気に入りの物を奪われてきた。 とうとう、婚約者のルシアンまでも妹に奪われてしまい……

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。