黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

愚かな王子

「ずいぶん緑色のケーキですね?」
「ああ、これが好きな奴がいてな、これからちょっと会いに行くんだ。」
「ピスタチオのいい香り…お友達なんですか?」
「いや…でも、ガキの頃2人で授業サボって温室に隠れてたりしたな…」
「それなら、私はライラちゃんとお留守番してます!今日は乳児院はお休みの日でしょう?」
「いいのか?」
「もちろん!2人で遊んで待ってます!」
「ありがとうヴィオラ…」

何かを察したのか、ヴィオラはデイビッドに付いて行くと言い出さず部屋に残り、久々にファルコの綱を外して、既に暑くなった空へ駆け上がるデイビッドを見送った。

「気を付けて!行ってらっしゃい!!」
「ああ、昼前には戻る!」

デイビッドは商会に寄り、頼んでおいた木箱を積むと郊外の先、コンラッド領の隣、ペンバートン侯爵領を目指し飛んで行った。


ペンバートン領は酪農が主な収入源であり、バターやチーズが有名だ。
現王妃の出身地でもあるため、高品質の乳牛を多く飼育しブランド化もしている。

長閑のどかな農地を過ぎると大きな川があり、その向こうが貴族向けの別荘地。
大きな人工池の周りには美しい庭園と、個人のコテージや避暑用のリゾートが並んでいる。

その更に奥は、石の壁に囲われた王族の私有地。
上から建物がいくつかと、最奥部には高い柵に覆われた一軒家が見える。
(あそこか…)
ファルコを芝生に降ろして近くの木に繋ぎ、番兵にアリスティアからの許可書と自分の身分証を見せると、黙って門を通された。
柵の近くにまで寄ると、何か魔道具が作動し、近くの建物から人が出て来て、そこでまた許可書と身分証を見せ、ようやく面会の承諾が下りる。
箱の中身も検分されたが、危険な物ではないと判断され、直ぐに中へ通された。

一人暮らし用の、決して貴族向けではない年季の入った一軒家。
生活に必要な物は全て揃っているが、使用人などは居ないようだ。

「誰だ!」

聞き覚えのある声がして、中から人が現れた。

「っ…お前は…」
「よぉ、割と元気そうだな。」

艶のない傷んだ髪を無造作に括り、粗末な…と言っては農夫などには申し訳ないが、薄汚れたシャツによれたズボンの男がデイビッドを指差し震えている。

「だいぶ様変わりしたなぁ。ちょっと邪魔するぜ?」
「おい!勝手に入るな!!」

部屋の中にはテーブルとベッド、狭いキッチンしかない。
トイレは屋外で風呂はなく、室内の棚はほとんど空っぽで本の一冊も置かれていない。
魔封じを施されているので魔道具も使えず、本当に不便極まりない生活を余儀なくされている状態だ。

「ずいぶん殺風景だな?」
「…取られたんだよ!慰謝料代わりに…お前もどうせ僕を殴りに来たんだろ!?やるなら外でやってくれ、部屋の中を荒らされたら後が大変なんだ…」

クロードの目の周りには濃い隈ができていて、体中に痣や傷の跡が残されていた。

「流石にもう居ないかと思ってたのに…そうか…お前が残っていたか…確かに、私はお前に酷い仕打ちをしたものな…」

クロードは諦めたように部屋の外へ出ようとした。

「どうした?憎い相手を殴る最後のチャンスだぞ?それとも、泣き喚いて許しを請うた方が良かったか?残念だったな、生憎ともうそんな気すら置きないんだ…」

かつてクロードを勝手に王族として祀り上げた連中は、落ちぶれた途端、掌を返した。
自分達が導いた事は棚に上げ、怒りに任せあの手この手で面会に漕ぎ着け、を晴らして帰って行った。
その際、自室から持ち出しを許可された私物も取り上げられ、もう着る物にすら困る始末だ。
始めこそ殴られる度に大騒ぎし、無駄な抵抗をしたり、不様に惨めに許しを請うたりもしていたそうだが、何人目からかその気力も失くなってしまった。
それでも誰も止める者は居ない。
定期的に様子を見に来る監視はいるが、クロードとは目も合わさず、言葉すら交わさずに直ぐに去って行く。

(アーネストが渋った理由はこれか…)
外部からの援助や手出しは厳禁。ならばせめて穏やかに過ごせるよう、尋ねる者を制限したのは兄からの優しさなのだろう。

「わかってる…自分で撒いた種だ…ほら、好きにしろ。殺さない程度になら何をしても止める者は居ないぞ?」

今までも数回、骨を折られるなどして死にかけたが、気がつくとベッドの上で痛みもなく目が覚めた。
恐らく、魔法や薬で処置されたのだろう。
死んで楽になる事も許されない。
クロードはそこでようやく現実を受け入れ、細々とここで生きる覚悟を決めた。

デイビッドがなかなか動こうとしないので、クロードは不審に思い、部屋に戻った。

「なんだ?復讐に来たんじゃないのか?」
「そんなもんに興味はねぇよ。まぁ座れって。」

デイビッドはいつもの様に、手際良く持って来たお茶の支度をすると、自分もクロードと向き合って薪割り台に腰掛けた。

「食えよ。毒なんか入ってねぇって。」
「なんで…お…お前は私に恨みを持っているんじゃないのか?!」
「そりゃムカつきはしたけどよ、今のとこどうでもいい。」
「どうでもいい??そんなはずない!!だって…は…あの日彼女とお前に酷い事を…」
「逆に思い出したよ。アーネストの稽古に付き合うのが億劫で逃げ回ってた時、王子教育から逃げて来たお前と温室の端で隠れたりしてたよな。」
「何年前の話だと思ってるんだ?!」
「ピスタチオのケーキが好きで、そういやいつも何かノートを抱えてて、一度花の絵を描いてるとこを見せてくれたっけ。」
「よく覚えてるな…」

クロードは、ひとつしかない椅子に座ると、恐る恐る手を伸ばし、菓子を手に取ると夢中で口に詰め込んだ。

「ちゃんと食えてねぇのか?」
「んんっ…ぷはっ!最初は日に一度は運ばれて来たけど、最近は数日置きだったり、先週は泥付きの野菜だけ置いて行かれて、どうしていいのかわからずにいる内にまたなくなってた…」
「報いにしたって酷ぇもんだな。囚人だってもう少しまともに食事は摂らせるぞ?」
「囚人は仕事をする。僕にはそんな役目を与える価値すらないんだろう…働かざる者食うべからずって言うだろう?ただの穀潰しなら、与える餌も最低限死なない程度でいいんだろうさ…」

温かい紅茶を手にすると、クロードは少しだけ涙ぐんで飲み干した。

「……なんであんなバカな真似をした……?」
「バカで…愚かな事を求められたからさ…兄上は優秀で皆の期待を背負っていた。妹も才女と持て囃されて…付け入る隙があったのが僕だったんだろうな。平凡で取り柄のない王子を担ぎ上げて取り入ろうとして、全部崩れて終わりになった。」
「兄貴の背中を追う気はなかったのか?」
「あれは遠過ぎる。それに疲れたんだよ。逃げ場もない、なんにもうまくいかない、そんな中で拠り所が欲しくて、間違ってるとわかってても甘い言葉に流された。悪かったとは思ってる…」
「最後のはやり過ぎだっただろ?」
は僕だって異常だと思ったよ!でも、誰か止めに来るかと思ったのに…結局誰も止めに来なかった…」

城で晒した最後の大恥は、結局誰かの描いたシナリオで、やれと言う声に押されて舞台を降りることができなくなってしまったそうだ。
今や市井にも知られた不様な求婚劇は、大衆劇のシナリオなどにも使われるほど有名になった。

「役者を舞台に押し上げといて、コケたら誰も助けに来ないのか…」
「貴族なんてみんなそんなものさ…令嬢には本当に悪い事をしたと思ってる…」
「婚約者は一度も来なかったそうだな。」
「夜会の一件があってから、顔すら見せに来ないよ。一番に手を切られた。寧ろ賢い選択だよ…」

クロードはケーキの最後の一切れを手にすると、名残り惜しそうに口にした。

「誰かと話をするのも久しぶりなんだ…罵倒や暴言じゃない会話がこんなに嬉しいとは思わなかった…ケーキも…こんなに美味しいと感じたこと今までなかった…」
「落ち着いたか?じゃ、今度はこっちの話も聞いてくれよ。」

デイビッドは自分のベストの内側から一冊のノートを取り出すと、クロードに差し出した。

「これは…?」
「お前に渡して欲しいと預かった。お前、ちゃんとした友達も居たんだな。」
「ミラの絵だ…彼女が…これを?!」
「お前にもまた描いてくれってよ。」
「そうか…忘れないでいてくれたのか…でも、もう僕には描けない…」
「そんな事言うなよ。時間は嫌ってほどあるだろ?」
「ここじゃ紙一枚だって貴重なんだ。彼女に渡すなら良いものを描きたいし、見ればわかるだろ?この部屋にはもう何も残って無い。」
「じゃ、足してやるから、描いてくれよ。」

そう言うと、デイビッドは外の箱を引き摺り込み、中から大きな1枚の鏡を取り出した。

「そんなものどうするんだ…?身だしなみなんてここじゃ何の意味もないぞ?」
「これは今からお前の人生を変えてくれる世界の入り口だよ。」

デイビッドは適当な壁に鏡を掛けると、いつもの様に軽くノックをした。
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