黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

夢の続き

「よぉ!やっと出番か?!」
「ああ、頼んだ。」
「な!なんだコイツ?!」
「安心しろ。俺の契約妖魔だ。」

トムティットは鏡から一度だけ顔を出すと直ぐ居なくなり、何か大きな箱を次々と部屋に運び込んだ。

「まさか魔法の鏡なのか!?」
「いや?この鏡は至って普通の鏡だよ。あれは鏡の中を行き来する妖精の仲間でな、鏡のある所にはどこへでも現れるし、物のやり取りもできる便利な奴なんだ。」
「どこでもってワケにもいかねぇの!あんま離れてるとこには一度道を付けてもらわないと行けねぇんだよ。」

そのためには、トムティットの魔力で印をつけた鏡を目的地へ運ぶ必要がある。
道さえ通れば、割れようが錆びつこうが鏡のある所へ行き来ができるというのだからなんとも便利なものだ。

デイビッドは箱を開けるとクロードの前に中身を並べて見せた。
色とりどりの絵の具にパステル、色鉛筆、顔料、テンペラ、大小のカンバス、画用紙、ノート、そして大量の筆とペンと鉛筆。

「しっかし、部屋がこれじゃ画材だけあってもなぁ。おい、ちょっと行って商会から必要そうなもん集めて来いよ。」
「使えるとわかった途端使うなぁ!」

そう言いながらも、トムティットはまた引っ込み、今度は庶民向けの衣類と食器、薬箱と石鹸やランプなどの日用品 寝具、そして保存の効く食料を運び込んで来た。

「1人分だとこんなもんか、後は火の使い方だな。どうせ魔道具しか使った事ねぇだろ?」

デイビッドはクロードを立たせると、小さなオーブンの前に連れて行き、薪を入れる燃焼室の炉口を開けた。

「ここから薪を入れて火を付ける。最初は乾いたおが屑やゴミに着火して火が安定したら扉を閉める。やってみろ。」
「こ…こうか…?」

慣れない手つきでマッチを擦るクロードの後ろから、デイビッドが指示を出して行く。

「上の焜炉から熱が上がって来たら湯を沸かしてみろ。」

箱から出したホーローのヤカンに水を入れようとしたが、肝心の水が出ない。

「旧式の配水ポンプには呼び水が要るんだよ。」

外の井戸から水を汲んで来させると、ポンプの受け口に注ぎ、再びハンドルを動かすと水が登って来る。

「水が濁らなくなるまでハンドルを止めるなよ?透明になったら一度上に上げたまま手を離せ。」

透明な水が出ると早速ヤカンに汲んで、熱が安定した焜炉に掛ける。

「夏は熱気を外に逃がすようパイプは排気管に繋ぐ。冬は逆に部屋に循環するよう、ボイラーに繋いで部屋を温める。切り替えのハンドルはここ。」

次は空いている方の焜炉を開き、小鍋に固形のスープの素と乾燥野菜と押し麦に燻製肉を入れ、煮立たせていく。

「火を良く見て薪を足しながら安定させるんだ。入れすぎると煙が出るから気をつけろよ?ある程度薪が燃えるとしばらくは持つようなるからな。」

湧いた湯でポットに紅茶を煎れると、残った湯をタオルに浸し、クロードに体を拭かせた。
夢中で体を拭くクロードの身体はボロボロで、本当に死なずに一人暮らしができる程度の処置しか施されていない事が分かる。

「飯の作り方は追々教えてやる。ひとまずここの生活に慣れろ。」
「わ…わかった…」
「掃除も洗濯も自分でするんだぞ?まぁ、男の気楽な一人暮らしなら2~3日溜める奴なんざザラだけどな。」
「な…なぁ、ここまでしてくれる理由はなんなんだ…?」
「理由?」

お人好しにしてもあまりにも献身的なデイビッドに、クロードは遂に恐怖を覚え始めた。

「だっておかしいだろ!お前にはこんなに優しくされる理由が1つもない!」
「…そうだな。ヴィオラの件も2つとも許したわけじゃねぇしな。」
「だったらなんで…」
「これはだよ。」
「とう…し…?」
「そう、お前にはこれから俺の仕事を請け負ってもらう事になるからな。その事前投資だ。」
「仕事…って…なんの?」

デイビッドはそこでミランダから預かって来たクロードのノートを開いて見せた。

「なっ!僕のノート!み…見たのか!?」
「ミランダ嬢から借りた。お前にこんな特技があるなんて思いもしなかったよ。」
「人に見せるための絵じゃない!!」
「ここまで描けるようになるには相当練習したんだろ?」
「ヤメてくれ!こんな素人の落書き…」
「だったらプロになれ。」
「どうやって!?」
「その為にここまでしてやってんだ、嫌とは言わせねぇぞ?」
「そんな価値があるか?この僕に!」
「あるからこうしてワザワザ面会許可まで取って会いに来てやったんだろ?お前はグロッグマン商会総責任者“代理”に拾われた画家の卵なんだよ。」
「頼むから止めてくれ!今はもう誰の言葉も信じられない!」
「じゃ、信じなくていいから俺の依頼は受けろよ?!ひとまず、今度出すチョコレートのパッケージにこのラフ画の絵使いたいから仕上げてくれよ。あとこの妖精っぽいの、整髪剤の広告にいいなと思ってんだ。それからこの女優の絵も完成させてくれ。」

クロードは渡されたノートの自分が描いたデッサンを見つめ、ポロポロ泣き出した。

「この絵…そうだ、彼女にも言われたな…完成した絵が見たいって…」
「名前も伏せるし、必要な物は全部こっちで揃える。なんなら絵を描いてる間の生活は保障してやるよ。」
「なんでそこまで…?!」
「その絵が気に入ったからな。俺の婚約者も好きだと言ってた。ミランダも待ってる。またノートを見せて欲しいってよ。」
「ミラが…」
「それから、学園の秋の芸術祭には必ず一作品出す事。ひとまず最優先はそれにしてくれ。」
「芸術祭?僕はもう生徒じゃないのに?」
「大勢の目に止まるいい機会だ。入賞すれば実績にもなるしな。最高賞取るつもりで心血注いで描け!」
「描け…って、いい作品は描こうと思って描けるもんじゃないんだぞ?絵の事全然わかってないな…」
「でも、今のお前は描きたいって顔してるぞ?」
「うん…描きたい……もう誰の目も気にしなくていいんだ…思いっ切り描きたい…絵を描いてる時が一番幸せだったんだ…」

ノートを抱きしめたクロードは、とうとう大きな声で泣き出した。

「王子になんてなりたくなかった!なんで僕に期待するんだ!もっと早く見捨ててくれたら、こんな惨めな思いだってしなくて済んだのに!バカで頭が空っぽの王子が欲しかったんだろう?!だからその通りにしたのに…わかってる!一番バカなのは自分だって!人の言葉に惑わされてばっかりで、楽で簡単な道ばかり歩こうとしたから…ごめんなさい…酷いこと言ってごめんなさい…バカなことしてごめんなさい…考え無しでごめんなさい…ごめん兄さん…アリスも…こんな兄でごめん…ごめんよぉ……」

クロードがひとしきり泣く間、デイビッドはオーブンの様子を見ながら食事の支度を整え、ドアに今までなかった鍵を取り付けた。
それから他に必要な物が無いか確認すると、まだグスグス泣いているクロードの頭を乱暴に撫で回し、何も言わず帰って行った。

クロードが我に返ると、テーブルには正式な依頼書と、依頼の内容を細かに記したメモが残されていた。

立ち上がったクロードは久々のまともな食事を腹に詰め込むと、キャンバスを選んでイーゼルに掛け、この日は陽が落ちるまでひたすら手を動かしていた。



また1つ仕事が片付いたデイビッドは、少しぼんやりしながらファルコに乗って空を飛んでいた。
しかしその平和も束の間、次のトラブルが直ぐに訪れる。

「キュピルルルル!」
「ん?ああ…大丈夫、少し嫌な事を思い出してただけだよ…」
「グルルルル…」
「気にすんな、昔の事だ。」

ペンバートン領で上等な乳製品を手に入れ、空を少しだけ遠回りして悠々帰る途中、運河の港へ続く街道の更に東から何かが土煙を上げて走ってくるのが見えた。
(何だありゃ?)
望遠鏡で覗いてみると、1台の馬車が何かに追われている様だ。
(魔物か?!)
その時、馬車の背後から現れたのは巨大なグリフォンの姿だった。

「なんでこんなとこにグリフォンが?!ファルコ、頼む!!」
「キュピィッ!!」

心得たとばかりに羽を翻し、ファルコが全速力でグリフォンの元へ飛んで行く。
馬車の乗組員が反撃してグリフォンが一旦空へ逃げた隙に、デイビッドは馬車と並走し御者に話し掛けた。

「おい!このままじゃ持たねぇ!全員食われちまう前に積荷を捨てろ!」
「そんな事できるか!!これは命に変えても運ばにゃならん!!」
「ま、商人なら誰でもそう言うか…ならせめて進路を変えろ!この先は港だ!被害が広がっちまう!」
「港へ行けば王都へ繋がる道がある!王都に魔物は入れないんだろう!?そこまで逃げ切ってやる!!」
「逃げ切っても残されたグリフォンは他の人間も襲う!!王都の周りは居住区だ!無関係の人間まで巻き込む気か?!」
「そんな事知るか!俺達はこの荷物を必ず届けなきゃならねぇんだ!!次しくじったらこっちの命が危ねぇ…」

何かブツブツ言う男から離れ、積荷を守っている連中にも声を掛ける。

「おーい!!何があった?!グリフォンが縄張りを離れてまで追いかけるなんざ滅多にない!!お前等何やらかしたんだ!?」
「おい!アンタ冒険者か!?丁度いい!あの化け物をどっか追っ払ってくれ!!」
「そりゃ返答次第だな。狙われてんのはその積荷か?!」
「関係無いだろ!!早く奴をなんとかしろ!金なら払ってやるぞ?!」

どこか横柄で何かを隠しているような男共を、デイビッドは端から親切にしてやる気など無く、ファルコを馬車から離してグリフォンの動きを観察した。
(絶対になんかあるな…)
この手の厄介事にはもう慣れっこだ。
デイビッドはため息をつきながらファルコの手綱を握り直した。
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