黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

動くエリック

「本当に猫みたいなやつ…」
「でも掃除とかしてくれるから助かってるよ?2人で学園通うのも楽しいし、話し相手がいるって嬉しいしね!」
「拡張でもなんでも付けて構わねぇよ。なんならもっと広い部屋使える様にしてやろうか?」
「出た、デビィの甘やかしい!大丈夫、狭いとこ好きだし、ベッドひとつ分広くするだけだから。」

明るいエリザベスと話すと、なんとなく気持ちも明るくなる。
事務所で手紙の束を預かると、デイビッドはまた歩いて学園へ戻って行った。


その頃、研究室でくつろいでいたエリックは、ジェットの魔石を開放し、久々に魔力結晶の回収をしていた。

「またでっかい結晶が出ましたねぇ…」
「プヒュ~!」
「ひんやりしてて気持ちいい!抱っこして寝たいなぁ…」
「一晩で魔力吸われて空っぽにされるから止めときなさい!」

触り心地の良いツルツルとした背中を撫で回していると、ジェットは何かに気が付いてデスクの上を気にしていた。

「どうしたの?あ、これ!わぁ、いつの間にかサナギになってる!!」 


覚えておいでだろうか…


以前、デイビッドがアリーに頼んで持って来させた世界樹の枝に付いていた芋虫…その3匹が少し前からサナギになり部屋の片隅で気配を消して枝に張り付いているのだ。

「プヒュルル…」 
「食べちゃダメよ?どんなチョウチョになるか楽しみね!」
「産まれてくるモノがチョウならいいわね…」
だったらどうします?」
「ただの虫なら何でもいいわよ!世界樹の木についてた芋虫よ!?何が出て来るかわかんないから怖いんじゃないの!!」
「人食い系とかじゃなきゃ大丈夫でしょ?」
「アレの従者がこんな能天気でよく務まるわね!?」
「寧ろこのくらいでないとやってけませんよ。本気で命まで覚悟した事が何回あった事か…」

エリックはエリックで、エリックなりに苦労しているようだ。


商会の帰り道、デイビッドが郊外ではなく街中を歩いていると、また視線が絡みつく。
しかしいつもの様な嘲笑と侮蔑の他に、純粋な好奇心と興味が混じっている。
人に声を掛けられる前になんとか学園の裏口まで辿り着くと、珍しく門の戸が閉じられていた。
門に取り付けられたベルを鳴らしてみても誰も出てこない。
(幼稚な嫌がらせが逆に安心するってのは、良くないことなんだろうな…)
デイビッドは仕方なく遥か先の表の門まで歩き出した。その姿が角を曲がり見えなくなると、門はまた開き、門番が詰所に現れる。若い門番はニヤニヤ笑いながら手元の新聞に目を向けていた。

「へぇ~、学園の門番がそういう嫌がらせをするんですか!」
「な!なんだお前は!!」
「お前とはまたご挨拶ですね。僕はここの教員ですよ。」
「こ…これは失礼致しました!」

ひょっこり顔を出したエリックが、態度の悪い門番に話しかける。

「今、人が来たでしょう?何故門を閉めたのですか?」
「誰彼構わず通す訳にはいきませんので!」
「呼び鈴が鳴っても対応しなかったのは?」
「不審者の相手を逐一していては仕事になりません!ここの安全を守るのが私の仕事なのですから!」
「今の方が教員だったとしても?」
「あんな田舎者丸出しの不細工が映えある王立学園の教員な訳ありません!そう思うでしょう?」
「なるほど…いいですよ?その喧嘩、喜んで買いましょう!」
「へ?喧嘩…?」

若い門番が訳が分からないという顔をしていると、古参の見慣れた上司が戻って来た。

「異常はないか?おや、エリック先生。どうかなさいましたか?」
「いえね、彼と少し話をしてました。デイビッド先生は何度ここを通っても教員には見えないそうなので、彼は目が悪いのかと思いまして。」
「な!お前、またそんな事を!」
「い、いや、だって外から来てよく見えなくて…」
「呼び鈴にも対応しませんでしたし、人の顔を覚えられないのなら、この職は向いていないのかも知れませんね?」
「はぁ…次やったら処罰だと言ったはずだが、それすらもう忘れたのか?」
「い、いえ…そうではなくて…」
「でも姿が見えなくなったら門を開けたでしょ?元々裏口は搬入などで滅多に門は閉じません。それための門番と詰め所なんですから。お仕事はきっちりして頂きませんとね?」

基本、表の門は生徒と教員とそれに準ずる訪問者用、裏門は搬入や業者向けのもののはず。
実はこの笑えないやり取り、貴族出身の教員達にウケる定番のジョークで、デイビッドの様に見た目の悪い者や汚れ仕事を請け負う者達を嘲ったり困らせたりする事でウケを狙うという、王都貴族向けの低俗な見世物なのだ。

さて、問題の若者は明日もここで仕事ができるだろうか?
エリックはにこにこしながら古参の門番に手を振り去って行った。


エリックの担当は主にダンスと音楽。どちらも教養として学ぶ生徒の相手をしている。
音楽でエリックの担当はピアノとフルート、そしてセロ。
ダンスは主にラムダとエルムの速いステップの多いダンスを担当している。
基本的にプロを目指すわけではないため、そこそこのんびりとやっていた。
しかし、芸術祭を前にした生徒達は、夏に帰れないならと早くから練習に打ち込むようになってしまった。

「先生!今の所もう一度!」
「先生、ステップはこれでいいですか?」
「指の動きを見たいので、もう一度!」
「音の強弱はこれで良いですか?」
「先生!」「先生?」「先生!」

生徒に追いかけ回されて、エリックは心身共に消耗していた。

「つぅっっかれたぁぁぁ~~!!え?これ毎日やるの?この暑い中、本気で?!よく体力持つね!若いってスゴい!」
「お前も大して歳変わんねぇだろ…」
「あーもー!これで本当にただの教員だったらとっくに辞めてますよ!ホント!!」
「そんなお前に手紙が来てるぞ?」
「どこからですぅ?」
ラルスル実家ハルフェン元実家。」
「…燃やしていいですよ?」
「無視すると次は俺経由になるだろ!」
「あ゙ーーっ!!人の手紙勝手に開けないで!?」
「お前に渡したら燃やすだろうが!!」

雇い主の権限で無理矢理手紙を見ると、ハルフェン侯爵家からは家に戻らないかという打診と、今までの事への薄っぺらな謝罪が書かれていた。

「なんだ、本気で燃やしていい内容だったな。」
「だから言ったでしょ?あの家とはもうこれっぽっちも関わりたくないんですよ。」

そして実母の実家ラルスル家からは、結婚はまだか、相手は見つかったのか、まだならばこちらで見繕うので早めに知らせろという内容だった。

家も相変わらずだな。」
「うげぇ~…甥っ子の身柄すら駒にしようとするんだもの、本気で気持ち悪い…」

ラルスル家の当主はエリックの母親の兄。
野心家で、妖精の寵愛を受けた先祖の恩恵は当てにせず実力で伸し上がり、方々との繋がりを太くし、今では元は子爵だったラルスル家を中位伯爵まで押し上げた。
出戻った妹はすぐデュロックを頼り働きに出たが、結局呼び戻して都合の良い家に後添いとして出してしまうなど、使える駒は何でも使おうとする。

「母はいいんです。あの人はあれで二度目の婚姻で幸せにやってますから。あー…こんな事になるなら旦那様の申し出受けとけば良かったなぁ…今からじゃ遅いかな?」
「オイ!ヤメろ!!」
「義妹は自分で受け入れたクセに…」
「言っとくが俺はお前を半分人間じゃないと思ってるからな!?」

ハルフェンの手紙はオーブンの焚き付けにしてしまい、ラルスルからの物は仕方なく冊子に挟み、エリックは現実逃避にまた本を読み出した。
(コイツもいい加減呑気だなぁ…)



それから数日後、エリザベスが受ける資格試験の予定が組まれ、日時と試験要項が配られた。

魔法学の中でも魔道具の制作に携わる者は多い。
基本の技術から、魔導回路の構築、基盤の理論、魔法陣…多々あるものの中に錬成系の資格もあり、中でも難しいのが分解と再構築。
回路や道具本体の不純物を分解で取り除き、再度構築する高等技術だ。
エリザベスは大喜びでこの事をイヴェットに報告した。

「やっと通知来たぁ!!これに受かれば後は卒業までの~んびり作業場にこもってられるんだ!」
「籠もるのが嬉しいなんて、君らしいね。」
「イヴェットはもうすぐだっけ?医師免許の試験と実習期間。」
「うん…そうなんだけど、エドが最近顔を見せなくなっちゃって少し心配なんだ。」
「何かあったのかな?でも家の事もあるし、試験は受けに来るよ、絶対!」
「だといいけど…」

ベルダは辞任を決めてからほとんど研究室を開けておらず、肝心の研究生としての成果がどれほどのものか、確認できないのがもどかしい。

院生組には少し不安な夏が過ぎていく。


「デイビッドくぅぅん!!僕やったよぉ!!」

かと思っていたら、浮かれまくったベルダが学会から戻り、リディアを伴ってデイビッドの研究室へ来るなり踊り出した。

「遂にヒュリスを指定の魔草まで押し上げる事が出来たんだ!危険性の周知や対処法なんかも公開されて、今後は採取対象として扱われるよ!」
「ほー…」

これは割に重要な事で、ヒュリスの肩書が“国に害悪をもたらした未知の魔性植物”から“対策の確立した採取と討伐が可能な魔性質の貴重な”になるわけで、商品化をする上では消費者の印象に関わる重大なポイントなのだ。
ベルダは国の研究者達を黙らせ、この大きな前進を成し遂げた。
これでヒュリスは新種の魔草としてベルダの名と共に世界中に知れ渡る事になるだろう。
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