黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

“ ネモ ”

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「ひとつ銅貨3枚!ひとつ銅貨3枚!いかがですか!?」

素通りする人波に向かって少女の声が懸命に繰り返す。

「よぉ、この器ずいぶんと焼きが甘いな?」
「ああ、すいませんね…ここだけの話、兄が買い付けで失敗しちゃって。でもこの絵が気に入ったら買って下さい!」
「絵を描いてるのは誰だ?」
「私です!少しでも売り物になるかなって…あ!でも絵のおかげでちょっとは売れてるんです。特に花の絵が!飾っとくには丁度いいからって!」
「そうだろうな…よし、買った!」
「ありがとうございます!どれをお包みしますか?」
「いや、器はいらない。その代わり俺はあんたの腕を買わせてもらう。」
「え…わ、私の?!」
「なぁ、この際の絵付けに興味はねぇか?」
「この絵を…ですか?」
「ああ、今すぐその絵皿を持ってあの青い建物までついて来て欲しい。」
「あの建物って、ここらの元締めの店ですよ!?」
「悪いようにはしねぇって。騙されたと思って話だけでも聞いてくれよ。」

少女は疑り深くデイビッドを見ていたが、どうにでもなれと思ったのか、絵皿と器をいくつか手にしてデイビッドの後について来た。

「お兄さん、人買いとかじゃ…ないんですよね…?」
「そこまで胡散臭いか!?」
「胡散臭いって言うか…なんか怖い人達と繋がってそうで…」
「……た…多少は……」
「目当てって、本当に絵皿だけですか?」
「人買いならこんな白昼堂々市場の店先になんか来ねぇよ…」
「へぇ~………」

(思っ切り怪しまれてる……)
少女をグロッグマン商会の商談室へ通すと、直ぐに目利きの番頭が飛び出して来て絵付けを舐め回す様に眺め、直ぐに手を叩いた。

「よろしい!ご希望とあれば直ぐに契約しましょう!明日にでも工房へ来てもらえれば即戦力として迎えますよ?」
「ええっ?!」
「いやはや、いつもながらやはり若旦那の目利きは素晴らしい!これなら絵付けのみならず、刺繍のパターンや魔道具にアクセサリーも任せられますね!良いデザイナーが見つかりましたな!」
「私がデザイナー?!」
「その気があればの話だけどな。なんなら、あの露天の在庫を全部買い上げてもいい。それなら多少家にも入れられるだろ?」
「そんなにしてもらっちゃ悪いですよ!」
「で?どうだ、ここで働く気はあるか?」
「もちろん!よろしくお願いします!!」
「伝染るのが早い!!」


デイビッドが一人歩きをするとだいたいこんな感じで、いつも何かしら拾って来る。
エリックは渋い顔をするが、会頭はむしろ楽しみにしていて、その後の利益や従業員の様子を見て大変満足しているそうだ。


市場でまた買い物をして来たデイビッドは、荷物を担いだまま裏口の門を覗き込んだ。
以前は閉まっていたが、下手に通ろうとして例の門番に買い物を台無しにされては堪らないと警戒していると、騎士科の生徒が1人近づいて来た。

「お帰りなさいませ!!」
「ん?なんだ、前の新入りはいねぇのか?」

そこへ顔馴染みの老門番が現れ、キビキビと敬礼する新顔を紹介した。

「ええ、アイツはここでの仕事は向かない様だったので、別の建物の警備に回しました。彼はウィルム君。騎士科の生徒ですが、臨時で夕方の時間に来てくれることになったんです。とても真面目な青年ですよ?!」
「なるほどね、ことか…」

“ウィルム君”と言うことは、コイツが例の卵泥棒“ウィルム・ケッペル”なのだろう。
これは恐らく、シモンズの指示で受けた処罰の一環だ。
真面目にこなさねば、次はどんな目に遭うか…考えるだけで恐ろしい。

「まぁガンバれよ!?」

そう声を掛け、安心して門を通ったデイビッドはひらひら手を振って自分の研究室へと戻った。


帰るなり直ぐオーブンの前に立ち、今朝仕込んで置いた肉に衣をまぶして揚げ油を温めていると、エリックの姿見がガタガタ音を立て、中からヌッともうひとりデイビッドが現れた。

「ちょぉーっ!手伝ってぇ!!」
「どしたぁ…?」

揚げ物を中止し、油を一旦火から下ろして鏡に近づくと、自分の姿がトムティットに戻り、更にもうひとり鏡から引き摺り出して床にひっくり返った。

「な!?クロード?何があった?!」
「部屋で血ぃ流して倒れてたから…なんかあったのかと思って連れて来た!」
「おい、しっかりしろ!一体なにが……」

「グーー………」

「「……寝てる…?」」

顔を見合わせた2人がもう一度クロードをよく見ると、トムティットが血かと思って慌てたのはただの絵の具で、倒れていたのは単に眠気が限界に来てその場で寝ていただけらしい。

「まっぎらわしい!!」
「しょうがねぇなぁ…」

デイビッドがクロードを担ぎ上げると、丁度エリックが授業から戻ったところだった。

「外あっつ~い!先にシャワー浴びて来ようかな~…」
「よぉ、だったらコイツも一緒に洗ってやってくれよ。」
「ええ、誰ですか?うわっ!絵の具でベタベタ!オマケに酷い臭い…何日体洗ってないんだろ…?」
「画家の卵だ。仕事頼む代わりに世話する約束でよ。悪いが飯作る間面倒見てやってくれ。」
「もーっ!また変な拾い物して…勘弁して下さいよホント…」

ブツクサ文句を言いながら、エリックはそうと知らずに2人分の着替えを抱えてクロードをシャワー室へ連れて行った。

デイビッドは肉を揚げてしまうと、ついでに芋と野菜のフリッター、更にはシュー生地も油に落とし、中にカスタードを絞り粉砂糖を振って冷ましておく。
揚げた肉は、港で人気の真っ黒なソースに浸し、薄切りのパンに挟んでサンドイッチに。
フリッターにもトマトソースと甘口に仕立てた黒いソースにリシュリュー風ソースを混ぜたものを添えて、スープは簡単にカラン風の味付けにトロみをつけて海藻と溶き卵を落とす。
さっぱりとしたナスとトマトのマリネも良く漬かっている。

そろそろヴィオラが戻る頃かと思っていると、大慌てのエリックがシャワー室から戻って来た。

「デェェイビッド様ぁぁ??ちょぉっといいですかねぇぇ?!!」
「なんだよ一体…」
「なんだじゃないでしょ!?なんで幽閉中の第二王子がここにいるんですか!?」
「連れて来たのは俺じゃねぇぞ?」 
「いやいやいや!どうするんですかこんなんバレたら!」
「なんかバレねぇようにできねぇか?」
「まぁーー!軽く言ってくれちゃって!もぉー!!」

エリックはまだふらふらしているクロードを連れて来て鏡の前に座らせると、金髪を魔法薬で茶色に染め、瞳の色もヘーゼルに見えるよう魔法をかけた。

「へぇ、色が変わるだけでだいぶ印象が変わるんだな!」
「幻覚魔法と認識阻害の融合で光の屈折率とか反射を変えてそう見せかけるんですよ。あとは…そうだなぁ、ソバカスも足して目尻も下げて、髪型も変えたら…どうです?だいぶ変わったと思いません?」
「すげぇな!まるで別人だ!!」

まだ少しぼんやりしていたクロードも、鏡を見て驚いている。

「これが…僕なのか…」
「これならどこから見ても完璧な一般人です。間違っても王族には見えないでしょ。」
「あ…ありがとうございます。」
「別に、僕は主人の命に従っただけですからね。」

わざと素っ気なく答えるエリックがようやく自分の髪を乾かしていると、ヴィオラとシェルリアーナが戻って来た。

「デイビッド様ぁ!冷たい飲み物下さいぃ!!」
「あ゙ーっあっつい!!なんでこんな暑い日にまで授業しなきゃなんないのよ!」

2人は保冷庫から氷とフルーツティーを出してガブ飲みすると、やっと部屋にもうひとりいることに気がついた。

「きゃ!失礼しました!お客様がいるとは知らずについ…」
「どこかで会ったかしら?見覚えがあるような無いような…」
「いや、初対面だ。名前は…“ネモ”!あのノートのデッサンを描いた奴だよ。」
「ネモさん…ですか!私はヴィオラ、よろしくお願いします!学園の生徒じゃなかったんですね。」
「市井で活動中の絵描きの卵だよ。俺の依頼を受けてくれるってんで、話聞くついでに昼飯に呼んだんだ。」

(スラスラと良くもまぁ口が回ることで…)
こういう時のデイビッドと嘘はまず見抜けない。
クロード改め“ネモ”も余計なことは言わずに静かに話を合わせている。

「は、はじめまして…僕の絵を気に入って下さったそうで…ありがとうございます…」
「こちらこそ!とってもすてきな絵を見せて頂いて、ものすごく感動しました!いつか完成品も見てみたいです!」
「か、描けたらお持ちします!お詫びもしたいので…」
「お詫び?なんの?」
「あ!いえ、お礼です!お礼!絵を…その…気に入って下さったお礼に…」
「まぁ!ありがとうございます!楽しみにしてますね!?」

話の途中から、テーブルにはどんどん食事が並び、遂にヴィオラと“ネモ”の腹の虫が鳴き出した。

「お…お話は頂きながらで…」
「そうですね!実は僕もお腹ペコペコで…」

笑いながら2人はサンドイッチを手に取り、各々好きにかぶりついていた。

「ゆっくり食えよ2!飯は逃げねぇし、誰も取らねぇからよ!」
「夢中で食べてるわね。彼はともかく、ヴィオラはなんでそこまでお腹減ってるの…?」
「淑女の皮を被るとエネルギー使うんでふ!」

競うように食事を終えたヴィオラが食後の冷たい果物を堪能していると、“ネモ”が着てきた服から鉛筆を取り出し、デスクに置かれたメモ紙を取り、サラサラと何かを描き始めた。

「なにを描いてるんですか?」
「今、ものすごくいいイメージが湧いたので!」
「イメージ?わぁ!これシェル先輩ですよ!」
「私!?」
「勝手にすみません!でも、このイメージだけ掴んでおきたくて…」

謝りながらも“ネモ”の手は止まらない。
ガリガリと荒削りなデッサンが終わると、そこには勇ましくも美しい月の女神の姿があった。
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