黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

呼び名

治療が終わり、デイビッドがまくり上げたズボンを戻すと、膝が擦り切れて穴が開いている。
しかし、もういいだろうと言ってデイビッドは買って来た肉の方へ行ってしまった。
ヴィオラも隣で仕込みの手伝いを始め、こうなると外野は口を出せなくなってしまう。


「こういうの見てると心が潤う気がします。」
「いや~、ああ見えて割に強情なんですよ。すぐ無茶するから手綱握れる人がいるって安心しますねぇ!」
「それで?シェル様とはどうなりました?」
「やっぱり知ってたんですね?酷いなぁみんなして。」
「そう言えば、シェル様のお姿が見えませんね。」
「お部屋に戻られたのでは?かなり動揺されておりましたから。」
「動揺される様な事をなさったのではなくて?」
「まさか!ただ、お困りのようでしたので手を貸しただけですよ。」
「では!婚約を?」
「まだ口約束ですけどね。これで遂に僕も誰かのものになりました。」
「それはそれは、おめでとうございます!この国の王族として、未来ある方々の結ばれた尊き縁を祝福致します。」
「身に余る光栄です、姫殿下。」

そんな事少しも思ってなどいないだろう態度で、エリックはアリスティアに綺麗な礼を返して見せる。
(本当に、主人以上に扱い難くて食えない方…)

それでも今や精霊魔術師となったアリスティアにはわかってしまう。
この国で今エリックに敵う精霊術使いは存在しないと。
どの精霊もエリックを好ましく思い、積極的に力を貸したがっている。大精霊すら興味を持つ程だ。
(機嫌を損ねないようにしませんとね…)
アリスティアは1人の為政者として、また一歩自身の野望に近づき、この結果に満足していた。


アリスティアが帰ると、入れ違いでライラが鏡から飛び出して来た。

「ふぇ~~ん!!」
「ライラちゃん!お帰りなさい、どうしたの?」
「それが聞いてよ~…」

デイビッドに化けたトムティットが元の姿に戻ると、ほとほとくたびれたようにクッションに座り込んだ。

「乳児院にまたおチビちゃん狙いの奴が来ててよぉ!院長に聞いたら前にも来た奴だって言うから、しばらくは預けるの止めねぇとって話になったんだよ…」
「それで?なんでライラちゃんが泣いてるの!?」
「あの野郎、帰った振りして妖精におチビちゃんを攫わせようとしてきやがってよ、味方の妖精じゃ太刀打ちできなくて、みんな跳ね飛ばされちまった所にグッドタイミングで俺が顔出したの!なんとか振り切ったけど、鏡を抜けるとこ見られちまった可能性が高くて、今どうすっかなぁーって考えてるとこ…」

トムティットの上では、普段は静かにしている妖精達もキーキー騒いでいる。

「アイツ ライラ イジメタ」
「ヘンナヤツノトコ ツレテコウトシタ」
「アタシタチニモ ヒドイコトシタ」

どうやらハルフェンが再びライラに手を出そうとしてきたようだ。父親の次はその息子とは、考える事が同じで呆れてしまう。しかも今度は実力行使。
つくづくライラの身柄を引き受けておいて正解だったと、デイビッドはため息をついた。

「後で院長に詫びとかねぇと…」
「だったら薄焼きのクリームサンドクッキーとラム酒入りのチョコがオススメよ?仕事終わりに一息つく時、いつもこっそり食べてんの。」
「なんでそんな情報まで仕入れてくんだよ…」
「あと、女の子で1人ピーナッツ食べると口の中おかしくなる子がいるんで気をつけたって?」
「優秀な妖魔だなぁ、オイ…」

ピーナッツは下層民の貴重な食料源のひとつで、そのまま食べる他、油を搾ったりペーストにしてバターの代わりによく使われる。
安価なので頻繁に仕入れの中に入っていたが今後は気をつけなければならない。

(だったらクルミは…?あの乳児院の周りにはたくさん生えてるし、毎年かなりの量採れる…今後は売り物として考えてたが加工品もいけるか…?)
また上の空で考え事をするデイビッドの足元で、一番大口のオーブンが温まった。
中に詰め物をした大きな肉の塊を滑り込ませ、じっくりとローストしていく。

「楽しみだなぁ…」
「たまたまいい七面鳥があったんだよ。」

更には手元には捌かれたホロホロ鳥が並べられている。
下味が馴染んだら衣に潜らせて粉をはたき、揚げ油でカラリという寸法だ。
夏野菜がゴロゴロ入ったスープもいい具合に煮えている。
デイビッドが使うハーブやスパイスは、だいたい自分で組み合わせ季節や材料によって変えている。
今回使うブーケガルニもこの料理用に合わせた物だ。
細部にまで手の込んだご馳走に、ヴィオラは早くもお腹が空いてきた。


暑い中、肉が傷まないよう自転車を全力で漕いできたデイビッドは、仕込みの目処が立つと汗を流しに行ってしまう。
ついでにライラも連れて行かれ、部屋の中はヴィオラとエリックだけになった。

「エリック様!シェル先輩とはどうなったんですか!?」
「食いつきますねぇ。まぁ、上手いことと言うか、ありがたいことと言うか、納得はしてもらいましたよ?」
「シェル先輩喜んでました!?」
「それはこれから。この決断を後悔させないよう頑張らないと!」
「エリック様が本気出したら、シェル先輩もきっと幸せになりますよ!!」
「う~ん…なんか既に別の人に幸せにしてもらってる姿見ちゃうと自信喪失するんですけどね…」
「確かに…毎日幸せそう…」
「まぁ、そしたら別の路線狙いますよ…」

大好きな先輩の婚約に、ヴィオラは胸をときめかせ、お祝いは何にしようかなど早くも悩み始めた。


こんがり焼けたローストターキーに、ホロホロ鳥の衣揚げ、ゆで卵入りの温サラダ、スティック野菜、鳥出汁の野菜スープ、ターキーに入れていた詰め物にもしっかり味が染みている。
白パンとゴマのパン、それからライラ用に白米の塩むすびを添えて仕度は上々。

「わぁ!すごいですね!お祝いって事ですか?!」
「祝うのはまだ先だろ?どうせ言い包めただけだろうから、向こうがちゃんと現実と向き合って飲み込めたら改めて祝ってやるよ。」
「わーやさしーい!ついでに言えばそういう時は笑顔で伝えるもんですよ?」
「悪かったな!」

仏頂面のデイビッドが七面鳥を切り分けていると、シェルリアーナが魔法陣から生えてきた。

「た…ただいま…」
「お帰りなさい!…シェル先輩どうされたんですか?」
「な、なんでもないわよ?!」
「でも!お顔の色が…」
「ちょっと火照ってるだけ!外がほら暑いから!」
(もう夕方なのに?)

どこかぎこちないシェルリアーナも、豪勢な夕食を前に機嫌が戻り、手が止まらない。
最近は手づかみの肉料理にも慣れ、脂が溢れないよう気をつけながら骨の周りまで綺麗に食べられるようになった。

「デイビッド様が食べたあとの骨って、ロロの食事の後みたい。」
「どうやったらこんなツルッツルに食べられるのかしらね…」
「そんなしゃぶってるようには見えないのに、可食部どころか骨のギリギリまで食べますよね。」
「人を魔物と比べるの止めないか…?」

ロロは魔法学棟で飼われている狼型の魔物だ。リリアの実験に使われ傷ついていた所をシェルリアーナが助けたところ、以前にも増して懐く様になった。
しかしデイビッドが所用で顔を出すと、何故か無条件で腹を見せるので、よく撫で回してやっている。

「かわいいですよね、ロロ!私には触らせてくれないけど…」
「でも吠えないでしょ?嫌いな人間には唸るわよ?」
「ロロもですけど、中庭にいる魔猫も一度も触ったことないです。」
「あれ猫に見えるけど猫じゃないわよ?」
「え?!なんですか?!」
「ケット・シーよ。人前じゃ猫を装ってるけど、れっきとした妖精よ?イヴェットの先祖ってとこね。」
「あれが!でもデイビッド様が一休みしてると足元に寄っていきますよね?!」
「なんか食べ物の匂いでもするんじゃない?」
「妖精ってそんな食い物で釣れるもんなのか…?」

昼間の分もしっかり食べたシェルリアーナは、いつもの調子を取り戻し、ジュート側のクッションに寝転んだ。

遊ぶライラのほっぺたをつついていると時間はあっという間に過ぎ、ヴィオラは明日より始まる試験の為少し早めに部屋へ戻って行った。
そして、デイビッドがライラの寝支度を整え、おしめを洗いに外へ出ると、起き上がったシェルリアーナは、エリックの前に座り直し、何かを差し出した。

「これは…?」
「魔鉱石…前にアイツにもらった欠片だけど…私の魔力を満たしてあるから…その…持ってて…」
「おやおや、先手を打たれてしまいましたか。意外と積極的で嬉しいですよ?!では、僕からも…」

エリックが取り出したのは大粒のアクアマリンのペンダント。

「魔性質の物は研究などのお邪魔になるでしょうから、ただの宝石ですけど、商会のコレクションひっくり返して探して来ました。受け取って頂けますか?」

青みの強いアクアマリンは、エリックの瞳と同じ色をしている。
シェルリアーナが手を出そうとすると、すかさずエリックがその首元に銀のチェーンを通した。

「ひゃぁっ!!」
「あ!よくお似合いですよ?やっぱりには青が映えますね!」
「そ…その呼び方ヤメて!」
「いけませんか?婚約したなら、名前でお呼びしたいなぁと思ったんですけど。」
「アイツと被るのはなんかイヤ!!」
「では、なんとお呼びしましょう?」
「シ…シェリーでいいわよ…」
「わかりました。この魔鉱石、大切にしますね!」
「そうして…」

次の言葉に詰まり、シェルリアーナは直ぐに部屋へ帰ろうとする。
その手を一瞬引き留めて、エリックが笑顔を向けた。

「今日は本当にありがとうございました。貴女のこと大切にしますからね?お休みなさいシェリー。」
「おおおおお休みっ!!」

シェルリアーナは顔を赤くしたまま、焦ったように壁の中へ逃げて行った。
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