黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

賢者ギディオン

死に面した事は幾度もあったが、死を宣告されたことは一度もない。
デイビッドは、震えの抑え切れない自分の手を見つめていた。

「…なぁ、爺さん…俺、本当に後どんくらい生きられるかな…?」
「まぁ待て待て、そう急くな。それを診るためにお前さんをここへ呼んだのだ。いいか!?この私がお前さんを目の前でやすやすと早死にさせると思うなよ?これからお前さんの中に溜まった魔素の量と、残された時間を調べる。そこからは私に任せなさい。賢者と呼ばれたこの名に賭けて、お前さんの寿命を延ばしてやる。そのために用意をして来たのだからな。」
「…なんでもっと前に呼ばなかったんだ?」
「心身への負担が大きいからだ。お前さんも、もういい歳だ。そろそろ身体も出来上がった頃だろう。多少無理しても耐えられるはずだ。」
「そんな辛いのか!?」
「魔素を抜くには魔法を使わにゃなるまい?お前さんの体質では…」
「拷問かよ!?」

そこまで話すと、ギディオンは今度は置き去りにされて呆然としているエリックとシェルリアーナに向き合った。

「色々聞かせてしまって済まなかった。少し待ってて欲しい。直ぐに戻る。」

ギディオンはデイビッドを上の階に案内し、階段を登って行ってしまった。

「今の話、聞いたことある?」
「まさか、初耳ですよ。恐らく、デュロックの根幹に近い秘密のひとつのはずです…」
「エリック、貴方酷い顔してるわよ?」
「そりゃぁね…主人が短命宣告されて動揺するなと言われても…シェリィこそ、随分落ち着いてるじゃないですか…?」
「当たり前じゃない。師匠がついてるのよ。何も心配いらないわ。」

そう言いながら、シェルリアーナは震えを隠すように足を組み直していた。


しばらくして。
転げる勢いで螺旋階段を駆け下りてきたギディオンが、息を切らせてエリックに詰め寄った。

「信じられん!エリック、これはどういう事だ?アヤツめ精霊が見えるのか!?」
「え?ああ、そうですね。見えますね。」
「魔力も無い人間に精霊が見えるなんて!これはお前さんの仕業か?」
「いえ、僕は関係ないです。勝手に見えるようになってまして、僕も知った時は驚きました。」
「私の契約精霊が見えておったよ。随分と気に入られたらしく、返って私の方が邪魔にされてしまって…」
「好かれやすいんですよ、あの人。」
「そんな簡単に言ってくれると、私の立つ瀬がないのだがな…」
「師匠は精霊とも契約を結ばれているのですね!?凄いですわ!!」

デイビッドの身体が大変だというのに、ギディオンはどこか嬉しそうに2人の前に座った。


「これから精霊に残された時間を調べさせる…しばらく掛かるだろうから、こちらはこちらで話をしていよう。」
「そうですわね…改めまして、貴方の弟子のシェルリアーナですわ師匠。」
「来てくれて本当に嬉しいよ。まさか人間でないとは思わなかっただろう?」
「予想はしておりましたわ。だって、人間などには到底考え付かない技術でしたもの。それに、サウラリースへ来てすぐ確信しましたわ。師匠は私とは違う、別の種族の生まれのお方であると!」
「それでも、こんなシワだらけのゴブリンでは、がっかりしなかったかね?」
「まさか!どんなお姿でも師匠は師匠です!突然押し掛けてしまって、こちらこそ申し訳ありませんでした…」

デイビッドに対する不安はあれど、シェルリアーナはギディオンとの対面を心から喜んでいた。

「それからエリック、お前にはデイビッドの警護と身辺の世話と報告を頼んでいたと思っていたはずだが…?」
「もうデュロックとは切れました!今はデイビッド様個人付きの従者です!」
「嬉しそうにしおって…あれだけデュロックに帰りたがっていたお前さんがここまで変わるとはなぁ…」
「なに、人生の楽しみ方が変わっただけですよ。」

異国のカップにも臆さずスイスイ手に取る2人を見て、ギディオンは二杯目の茶を注いだ。


「そうだ!お土産がありますのよ!」
「ああ、そうそう。デイビッド様と僕達からささやかですが。」
「おお、それはそれは!一体なんだろう?楽しみだな!」

エリックとシェルリアーナから受け取った箱を開けると、飴の大瓶と、大きなパンの様な物と、茶葉の缶、白い花の瓶詰め、リボンを掛けた木の枝と、キャンディの様に包まれた赤い樹の実が入っていた。

「こちらへ来る前にデイビッド様が焼いたパネトーネです。是非召し上がって下さい!」
「いやいやいや…この際パンはどうでもいいパンは!この…瓶に詰められた花は…」
「それはアルラウネの花の砂糖漬けですね。摘みたてを直ぐ熱湯に入れて水気を切って、シロップに浸してからお砂糖をまぶして乾かすと、案外花の形が残ることがわかりまして!上手く行った物を詰めて来ました。」
「アルラウネの花だと!?」
「甘くて美味しいですわよ師匠!」
「君まで何を平然と!?アルラウネだぞ?こんな物、どこで手に入れて来た!!」
「デイビッド様の友達のアルラウネが、毎朝大量に咲かせるので、毎日摘んで色々使わせてもらってるんです。」
「ご安心下さい!正真正銘アルラウネの花ですわ師匠!」
「ちょっと待て…今度は私が方が追いつかん…」

頭を抱えたギディオンは、アルラウネの話は一旦保留し。次の土産を手に取った。

「この……触るだけで生気の満ちる様な木の枝は……?」
「世界樹から妖精が取って来た枝ですよ。クッキーと交換してもらいました。」
「私が見繕わせて頂きましたのよ師匠!」
「せ、せか、世界樹って!世界樹って?!あの世界樹か???」
「「はい!」」
「ではまさか…こっちの赤い飴包みは…」
「世界樹の樹の実です。」
「世界樹の実!!??」
「それは貰い物なんですが、色々使えるかと思って、お裾分けです。」
「世界樹だぞ?!世界樹の実だぞ!?わかっているのかお前さん達??」
「「はい!!」」
「シェルリアーナ君…君まで何を…世界樹だぞ!?一体どこの大精霊に頼んだ?!」

震える手でキャンディ包みを摘むギディオンは、少しわかりにくいが血の気が失せているようだ。

「樹の実は風の大精霊に貰ったんです。」
「もらった!?」
「はい、デイビッド様がなんか気に入られて。」
「気に入られて……」
「で、その樹の実をアルラウネに与えたら、体内で育ったらしくて、領地に連れてったら吐き出した種がそのまま木になっちゃって。」
「木になっちゃって!??」
「仕方ないから精霊と妖精の領域として切り取ってもらったんですけどー」
「ほうほう……」
「便利なんでたまに知り合いの妖精に資材調達してもらってるんです。」
「よく命が無事だったなお前さん達!!!」
「大丈夫ですよ。クッキーあげるとみんな仲良くしてくれますから。」
「クッキー!?それは対価か??」
「「はい」」
「すまん、ちょっと頭が混乱して来た!初めから説明してもらえんかね!?」
「どこまでいいかしら?」
「この方になら全部いいのでは?むしろ相談相手にこれ以上の魔法使いは望めません。なんせデュロック領の賢者様ですからね。」
「でしたら、私達のわかる所は全てお話しますわ師匠!」

こうして、シェルリアーナとエリックは、デイビッド不在のまま、デイビッドが巻き込まれた事件や、巻き起こした奇跡の数々を赤裸々に語った。


「あー……それは………うーーん……いやまて……そんなまさか………ハハハハハハ!」

ギディオンですら納得のいかない、お伽話より突飛な、たった一人の人間が作り上げた奇妙奇天烈にして奇想天外な物語。
2人の話が終わると、始め頭を抱えていたギディオンは、腹を抱えて大笑いしていた。

「はぁ、こんなに笑ったのは久々だ!アヤツめ…随分と楽しい人生を送っていたのだな!いや、送れるようになったのか。出会いは宝…本当に良い出会いに満ちた生き様よ…」

ギディオンは笑ったせいか、デイビッドを思ってのものか、涙を拭って座り直した。

「今の話を聞いて安心した。キリフから帰って以降、とんと音沙汰がなく黒い噂と悪評ばかりが流れてくるようになったからな…」

冷めた茶を淹れ直そうと、ポットに手を伸ばそうとしたギディオンは、そこでエリックの肩にちょこんと現れた妖精の姿に釘付けになった。

「ほう、契約妖精か。」
「こんにちは ぼくルーチェ エリックのトモダチだよ」
「なるほど、トモダチか…」
「おっきいのが つれてきてくれたんだよ」
「おっきいの?」
「デイビッド様の事ですよ。」
「ハハハ、確かにな。」

ルーチェはギディオンの前まで飛んて行き、カップのソーサーに腰掛けた。

「おっきいのはね すごーくやさしいの いつもぼくたちのみかたなの だからせいれいさまも やさしくしてあげなさいっていうの  
「だいじょうぶとは…?」
「うん おっきいのはうーんとながいきして しあわせになるんだ そうきまってるんだよ」  
「ほほう…決まっておるとな?」
「うん いーっぱいしあわせになって いつかつかれてねむったら こっちにつれておいでって せいれいさまがいってたの」
「そうかそうか…それなら、ひょっとして奇跡は起こるかもしれんなぁ…」


今度はエリックとシェルリアーナの目が丸くなる。
(そんな事できるの?)
(わかりません…なにせ奇跡の存在ですから…でも、今の話が本当なら、精霊に連れて行かれる日がたかだか数年後って事はないでしょう。)
(なによ…心配して損しちゃったわ…)


その頃、デイビッドは2階の研究室で生きた心地のしない時間を過ごしていた。
ギディオンの指示に従い、研究室の台の上に寝かされると、直ぐにランプを手にした妖精の様なものが現れた。
目が合ったので挨拶すると、ギディオンはギョッとして直ぐにいなくなってしまい、頭の上で何かしている異形と二人切り、生まれて初めて死の予告に怯えていた。
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