黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

伝わる想い

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静かな夜の書庫にヴィオラのすすり泣く声だけが聞こえる。

「あの人達に酷い事言われました。デイビッド様が死んじゃうって…もうすぐ死ぬから…新しい婚約者を選べって……私嫌です!例えデイビッド様がいなくなっても、私は他の誰とも一緒になんてなりたくありません!!」
「そうも言ってらんないだろ…?貴族なら尚更…」
「だったら修道女にでもなんにでもなります!生まれ変わってまた逢えるまで、ずっとずっと1人で待ってます!!」
「そう言ってくれるだけで十分だよ…」
「デイビッド様、教えて下さい!あの人達の言ってたこと…あれは本当の事なんですか…?」
「まぁ、あれはその…一応事実なんだよなぁ…」
「そ…そんな…」

よろよろと倒れ掛けたヴィオラを、デイビッドの腕が支える。
そしていつもはそこで終わりのはずが、この時ばかりは背中に腕を回し抱き寄せた。

腕の中に温かく柔らかなヴィオラの身体が収まると、昼間に感じた恐怖の欠片が消えていく。
凍てついた氷が溶けるような、乾いた大地が潤うような、満ち足りた気持ちに、デイビッドは心の底から安堵した。

「安心しろ、死なねぇよ。ヴィオラを置いてなんて逝く訳ない。大丈夫、絶対にひとりにしない。」
「気休めの嘘なんてやめて下さいね!?」
「嘘じゃないって。確かに死にかけだったみたいだけどな。日頃の行いが良かったのか知らねぇが、結構長生きするかもって話だった…」
「本当ですか!?デイビッド様!私この先ずっとデイビッド様と一緒じゃなきゃ嫌ですよ!?私の人生全部デイビッド様に預けます!だから絶対に離れないで下さい!」
「こんな常識外れな人生に巻き込んでごめんな。でも、もうこの手は離してやれそうにねぇや。もし俺がこの家を放り出されたら、ヴィオラはそれでもついて来てくれるか?」
「もちろん!世界の果てにだってご一緒します!」
「ありがとうヴィオラ……愛してる…」
「今、デイビッド様が愛してるって言った!?」
「あ…あぁ…」
「はじめて言った!愛してるって!!はじめて私に言ってくれた!!愛してるって!!デイビッド様が愛してるって!!」
「ちょ…ちょっと静かにしよか…?」
「デイビッド様!私も!私も愛してます!大好きです!世界中で誰よりも!!」
「わかった!わかったから…な?!」


その様子を鏡の中でエリックとトムティットがじれったそうに見ていた。

「え~~~!?そこで何も始まらねぇの?!つまんねー!っつーかよ?たかが愛してるだのなんだの程度であの反応ってなんなの?奥手通り越して人間不信かなんか?」
「ハァ~…やっぱ今回もダメかぁ。キスのひとつも出来ないとか、ホントやってらんなぁ~い。あー、でも進展はしたな。やーっと覚悟決めてくれましたねぇ。さて、あの人が執着したらどうなるか、見ものだなぁ。」
「ドロドロに甘やかしたり…は、してんな普段から…」
「もう少し甘えたりとかしないかなぁ。そしたら思いっきりからかってやろ!」
「ヤな従者…」

誰もいない、月明かりだけが差す書庫の片隅で、デイビッドの腕の中、ヴィオラは最高に幸せな気持ちで愛する者の心臓の音を聞いていた。


一方で、屋敷の中では消えたヴィオラとデイビッドを探して、使用人達が大騒ぎしていた。
しかし、戻ったヴィオラが外の空気を吸っていたとツンケンしながら言うと、渋々納得した使用人達は、直ぐにヴィオラを客人様の寝室へ連れて行った。
デイビッドも別室へ案内されたが、入って即座に部屋から逃げ出し、エリックのいる部屋へこそこそやって来た。

「どうしました?」
「部屋にやたらデカいベッドと酒が置いてあった…」
「まだ狙われてた…?」
「しつけぇ~…」

どうやらハニートラップはまだ終わっていないようだ。

「これだとヴィオラ様の方も心配ですね。」
「お嬢ちゃんの方は大丈夫。ガッチガチに結界張ってドアにも窓にも防犯装置付けてたからよ。」
「対策が万全…」
「悪いなエリック、ソファ使うぞ?」
「そりゃ構いませんけど…」

部屋から持ち出して来た毛布に包まると、デイビッドは直ぐに目を閉じた。

(あれ?…寝てる?)
いつもなら、「眠くならない」とお決まりの文句を吐いて、一晩中起きているデイビッドが、スッと眠りについた。
(そんなに疲れてた?デュロックの領地だから?)

エリックが首を傾げていると、枕の横にトムティットが寝転んだ。

「なんかお悩み?そういうの妖精に聞いてみないの?」
「それで解決するなら聞いてますよ。」
「案外するかもよ?黒豚ちゃんが余命幾ばくもないって、オタク等知らなかったワケじゃん?」
「え?!トムは知ってたんですか?」
「もちろんよ。1回目声かけた時、なんでコイツこんなに抱えて生きてんのかなぁ~って、ギモンだったんだけどよ。2回目の時には精霊の気配がして身体ん中スッキリしてたんで、ああ助かったのかって思ったよ。」
「妖精にはあの体質がわかってたと…?」
「まぁね。もう1人のいけ好かない坊やにも聞いてみなよ。たぶんよく知ってるはずだぜ?の抜き方なんかもわかってたんじゃねぇかな?」
「……そんな方法…人間は知りませんよ…」
「そこが妖精のおっかないとこよ。余計なお節介はするクセに、肝心な事は言わないんだ。」
「はぁ…君が割におしゃべりで良かったのかも知れませんね…」

まさかデイビッドの体質に気がついていたとは、これにはエリックも妖精との付き合い方をもう少し慎重にせねばと身震いした。
(あの日、箱庭からついて来たルーチェを追い払わなくて本当に良かった…)
基本的に自分の好きな事しかしない妖精は、人間が何を抱えていようが構いはしない。
偶然、本当に幾重にも重なった偶然で手を貸してくれた精霊がいたおかげで、デイビッドは生きる道を進む事ができたが、そうでないなら可能性を目の前にぶら下げたまま、それに気づかず余命宣告を受け、今正に苦しんでいたはずだ。

(あのままだったら、ヴィオラ様を捨てるくらいはしそうだったものな…)
デイビッドの考える事だ。自分の命が短いとわかれば、身辺整理をつけたら全財産をヴィオラに譲り、ふらっと出掛けてそのまま二度と帰らないくらいはしそうだと、この優秀な従者は苦笑いした。
(本当に良かった…)


「ところで、今なんでも聞いてって言いましたよね?」
「んー?ひとまず聞いてみなよ。わかんなきゃわかんねぇってちゃんと答えるからよ。」
「あの人、他所の土地や屋敷に行くと、全く眠れなかったり食べられなかったり味覚がおかしくなったりするんですけど、何故だかわかります?」
「あー、そりゃ魔道具とか、魔導装置の影響だな。アイツ反魔性体質だろ?魔石や回路が発する魔素や魔力派に反応して、神経が昂ぶって身体が誤作動起こしてんだよ。」
「今寝られてるのは?!」
「この部屋に魔道具が無いからな。オマケに兄さんが霊質寄りの魔力で結界張ってんだろ?だから落ち着いてんだよ。」
「うわぁ、知らなかった…。なるほど、常時魔導装置が動いてるお城の中じゃ眠れないはずだ…」
「ちなみに、魔道具が無いのはここの使用人達からの嫌がらせ。兄さん、この屋敷の勘違い坊っちゃんの妹に気に入られてるっぽいね。それで嫉妬したフットマンが何も無い部屋に通したんだよ。」
「へぇ~使用人用の仕様じゃなかったのか。ま、別に困んないですけどね。」

時期的に寒くはなく、水なども欲しければ自分の魔法で出せる。
ちゃちな嫌がらせなどエリックには通用しない。

「明日どうなるかなぁ…」
「黒豚ちゃんもだけど、お嬢ちゃんの方も心配よ?たぶんまた絡まれるだろうからな。」
「何故婚約者のいる女性にここまで執着するんですかね?」
「ここのお坊ちゃん方、趣味の悪い財産狙いのケバい女にばっか引っかかってるらしいぜ?だから既に当主から花丸もらってるお嬢ちゃんが欲しいんだよ。」
「デイビッド様が聞いたらブチ切れそう…」
「あとひとつ。いつだったか、祭りの最中に黒豚ちゃんが狙われた事があったの、覚えてる?」
「妖精祭りの時ですか?確か斧が飛んで来て…」
「あの時と同じ気配がした…あれは間違いない、妖精遣いの仕業だ。この屋敷のどっかにいやがるぜ?」
「同郷の親族から命を狙われたんですか?!」
「さぁ、そこまではわかんねぇけど。1人にしたらヤバイってこと。黒豚ちゃんは鏡の中通れないから匿えないんだよ。兄さん、しっかり守ってやんなよ?」

デュロック領で、デイビッドが穏やかに過ごせる場所はサウラリースのみ。
一歩でも外に出れば敵だらけだ。
(何事も起きませんように…)
エリックはモヤモヤした気持ちのまま、慣れない枕に頭を沈めた。


次の朝、早くからデイビッド達は身支度を済ませヴィオラを迎えに行った。
するとドアの前でメイド達が困った顔をして集まっている。

「なんだぁ?」
「あぁ、ヴィオラ様閉じこもっちゃったみたいですね。トム、ちょっと声掛けて来て下さいよ。」
「はいよ~」

トムが部屋の鏡を覗くと、ベッドの上で着替えを済ませたヴィオラがうずくまっていた。

「おはよ、お嬢ちゃん。夕べは眠れたかい?」
「あんまり…でも気分は悪くないの。」
「ドアの前に迎えが来てる。顔出してやんなよ。」
「ホント?!」

ヴィオラはパッとドアの魔法を解き、デイビッドに飛びついた。

「おはようございます!!」
「おはようヴィオラ。仕度は済んでるか?」
「はい!もうばっちりです!」
「よし、んじゃ帰るか。」

使用人達が慌てて駆け付け引き止めようとしたが、3人は玄関へどんどん向かって行ってしまった。

「ご、ご当主様に挨拶もなくお帰りになられるとは、流石に失礼ではございませんか?」
「先に礼を欠いたのは向こうだろ?総領には改めて合う約束もしてる。これ以上引き止められるのは迷惑だ。」

ワザと不機嫌な顔を隠しもせずに外へ出ると、湖の橋の上を今度は歩いて行く。
追いかけて来る声はもう3人の耳には届かなかった。
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