黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

初ダンジョン

湖を渡る風が吹き抜け、朝の澄んだ空気が心地良い。

「風が気待ちいいですね!」
「朝ごはんどうしましょ?」
「ひとまず街まで出よう。駅の周りには確かいい店がけっこう出て…」

言いかけたデイビッドが突如足を振り上げ、エリックを蹴り飛ばした。

「んなっっ!!?」
「キャァ!」

同時にヴィオラを引き寄せ、自分も橋の欄干まで跳び退く。
次の瞬間、橋の真ん中に狩り用の短い矢が2本突き刺さった。

「上だぜ、兄さん!」

ヴィオラの頭を庇うデイビッドの横からトムティットが叫び、エリックは視界に入ったに向けて風の刃を飛ばした。
しかし相手はすばしっこく、姿を捉える事もできず、取り逃してしまった。

「今のは…妖精?」
「妖精…ってより、あの気配は使い魔に近いな。なんだろ?俺もよく見えなかった…」
「ド…ドキドキしました!」
「今の殺気…間違いねぇ!前にサビ斧投げて来やがったヤツの仕業だ!」
「良く気が付きましたねぇ…いきなり蹴っ飛ばされたもんで、何事かと思いましたよ。」
「俺が声かけるより先に気付くとか、どんだけいい勘してんのよ?」

腰を擦りながら立ち上がったエリックは、服の砂を払い忌々し気に空中を睨み付けていた。

「売られた喧嘩、いくらで買います?」
「誰が買うかよ。安い挑発だ。ほっとけ、ここはデュロックだぞ?つまんねぇ事に時間取られちゃ勿体ねぇ。」

デイビッドはヴィオラが怪我をしていないか確認すると、橋を渡り切り、馬車を拾ってまた駅まで向かって行った。


恐ろしい目に遭ったと言うのに、デイビッドに守られている安心感からか、ヴィオラは全く怖がってはいなかった。

「大きなサンドイッチ!あっちはふわふわ系のワッフル!クレープは甘いのとしょっぱいのがあって!どれ食べましょう!?」
「全制覇する気か…?」
「車内に持ち込めるように、手で持って食べられる軽食がたくさんありますね。」
「こっちはチュロス!?おい、砂糖を振りまくな!」
「じゃ、乗る前に食べちゃいますね。」
「4本一気食い!?いつも思うけどお前の胃袋ってどうなってんだ?!」

まだ人の少ない駅の待ち合いのベンチで、朝ごはんの代わりにふわふわのイチゴワッフルを食べるヴィオラと、ローストビーフのサンドイッチの箱を膝に乗せたエリックが、楽しそうに線路を行き交う列車を眺めている。
ヴィオラは汽車がすっかり気に入ったようだ。

「このままサウラリースまで戻るつもりでいるが、寄りたい所とかあるか?」
「私は早くサウラリースに戻りたいです!」
「わかった。じゃぁ、このまま急行で行っちまおう!」

デイビッドは各駅停車の普通運行の便でなく、特急の特別機関車の切符を買い、一番奥の路線にヴィオラを案内した。
中にコンパートメントはなく、速さを重視した軽量車となっている。

甲高い汽笛の音がして車輪が動くと、一気にトップスピードまで加速した。

「早ぁぁい!!」
「最速の新型魔導機関車だとよ。」
「これは予想以上の速さですね!」

あっという間に終着駅へ着くと、サウラリース行きの馬車を拾い、今度はのんびりと入り口の門へ向かった。


「お帰りなさいませ様!!」

顔パスで門を潜ると、市長のガムデルムが出迎えに来ていた。

「ご無事で何よりでございます!」
「婆ちゃんはどうしてる?」
「それは楽しそうにお孫様のお世話をされておりましたよ。今朝もウルヴスの街中を2人で散歩されて、皆に自慢なさって…」
「楽しんでるなら良かった…」
「小間使いにパンタスをつけておりますのでご安心下さい!」
「あ、アレか…」

通りの向こうの人混みに赤肌の大男が見える。
ライラはその大きな背中に肩車され、それはもうご機嫌の様だ。

「ンキャキャキャ!!」
「あら、デイビッド。もう戻って来たの?もう少し出かけて来なさいよ。私はライラちゃんとまだ遊び足りないわ。」
「パワフルな婆さんだな…」
「ご安心下さい。ワタシがしかとお世話いたしますので。」
「悪いな、パンさん…」

朝の市場に向かうライラ達と分かれると、デイビッドは手鏡を取り出し、トムティットにシェルリアーナの様子を尋ねた。

「アイツ等どうしてる?」
「ん~…あー、明け方近くまで話し込んでたからな、師弟揃ってまだ寝てら。」
「なら、街ん中回って来るか。」
「そうします!」 

サウラリースはウルヴスを中心に5つの地区に別れ、森とダンジョンのある4つ目の地区は冒険者のための街となり、商業区の他は居住区や田畑となっている。
デイビッド達が出入りした入り口と反対側の門からは、デュロック領の各地の農作物や輸入品も運ばれて来て更に賑やかだそうだ。

ヴィオラはウルヴスの街中を見て回り、行き交う人々と知らない品々に興奮しっぱなしだった。

「何か入ったミルクがありますよ!?」
「沈んでるのはマンドラゴラの実と、トレントの根っこから作った餅だな。水牛のミルクで花茶を煮出して、クロミツアリの焦がし蜜を加えてあるらしい。」
「濃くて甘くてモチモチで美味しい!」
「溶けないアイスってなんでしょう?」
「溶かしたスライムに水飴とか生クリームなんか加えてひたすら混ぜると、なんかフワフワしたムースみたいなもんができ上がるんだよ。それをアイスに見立ててるんだな。」
「あの串焼きは…肉ですか?」
「大カタツムリの肉だ…貝に似た味がして酒飲みには好まれるらしい。」
「ミミックの塩茹で?」
「擬態型の魔物の中でも、甲殻類に近い奴はカニやエビと同じに扱われるんだ。あれはその脚の部分だよ。」
「なんですかアレ?!すごく小さい豚の丸焼き?!」
「あれは本物の豚じゃなくてキノコなんだ。ああやって他の生き物を真似て、そっくりな形に育つ面白い性質を持ってるのがあってな。胞子の時に特定の生物を近くに放すとその通りの姿になるんだ。」

ペラペラ説明するデイビッドを見て、ガムデルムは感心していた。

様、すっかり博識になられて…ガムは嬉しゅうございます。」
「大袈裟だろ!」
「逃げ出した歩きキノコに追われて泣いていらした坊が、こんなに頼もしくなられて…」
「いつの話だそれ!!」

ガムデルムの話すデイビッドの幼少時の思い出に、ヴィオラはなんだか心が温かくなった。
デイビッドの人生には、きちんと手放しで楽しい時代もあったのだと知れて、一層サウラリースが好きになる。

「あのお店…コカトリスの尻尾の串焼きですって!?」
「コカトリスは尾蛇類だから、蛇肉の部分だ。」
「そんな珍しい物までいるんですか!?」
「魔素溜まりには出るんだよ。特に地下には。」
「ダンジョン…入ってみたい!」
「うーん…どう思う?エリック。」
「初心者用の浅いとこなら、そこらの森と変わらない程度ですから同伴して差し上げても良いのでは?」
「行きたいです!デイビッド様ぁ!」
「しゃぁない、行ってみるかぁ…」
「おお!ならば紹介状を出しますので、ご一緒させて下さい!」

赤い鱗のダチョウ型のトカゲが引く二輪車に乗って、目指すは世界樹の切り株。
ヴィオラはわくわくしながら大きく膨らんだ鞄を抱きしめていた。


やがて4人は巨大な切り株のそびえる街にやってきた。
ウルヴスよりも更に土地が低く、空が遠いこの街は、冒険者専用と言っても過言ではない。
地下迷宮の探索と滞在に特化した店がほとんどで、後は酒場と飯屋しかないそうだ。
人口密度の最も高い、冒険者の聖地“クロッツ”。
明るい雰囲気のウルヴスと違い、どこか緊張した空気が漂っている。
日々命懸けで戦う者達の集う場所だけあり、初心者ではとても1人では歩けそうにない。

「ファーストプレートの方ですと、ギルドはこちらがよろしいでしょう!」

ガムデルムの案内で入ったギルドにも人は多く、これからダンジョンに潜る者達が集まっているため、異様な熱気に包まれていた。
ウルヴス市長の推薦なのですんなり受付が済み、デイビッドはプレートを出すと同伴者の申請を出し、ヴィオラに特殊な魔法陣の彫られた簡易魔道具を渡した。

「これは?」
「1回使い切りの転移魔道具だよ。なんかあったらそれで同伴者を先に逃がすんだ。」
「初心者用の浅層ではほとんど使いませんけどね。」
「探索時に必ず持ってくお守りみたいなもんさ。この街を出ると効果が切れるから、使わなかったら返却してくといい。」

荷物をギルドに預け、必要な道具を持ったら、いざダンジョンの入り口へ。

「お気を付けて!」
「行ってきまーす!!」

仕事に戻るガムデルムに手を振り、一行は遂に薄暗いダンジョンの中へと入って行った。

「スゴい!ここがダンジョン!!」
「足元、気をつけろよ?」
「人がいっぱいいますね!」
「みんな駆け出しの冒険者の卵だよ。」
「ここは観光地に近い場所ですからね。賑わってるんですよ。」

エリックの灯す光魔法で明かりを得ると、奥の開けた場所で洞窟が何本も別れていた。

「え~と…採集、採掘、狩猟、探索、地下街…地下街?」
「この地下にも街があるんだ。それ目的の場合ギルドを通さなくても直通で行ける道もある。地上の街より治安が悪いから初心者向けじゃねぇよ。俺もまだ行った事がないんだ。」
「デイビッド様も知らない街があるなんて!行ってみたい!」
「年齢制限もあるから、ヴィオラは入り口で帰されるぞ。」
「そんな!!」

どんな街にも必ず影はある。
サウラリースの黒い部分は、全てこの地下街に沈んでいると言っても良い。
無放地帯とまではいかないが、司法の手は届かず、街を牛耳る複数人のが統治する所謂「裏街」だ。犯罪率も高く、サウラリースに居られない無法者や犯罪者も潜む、かなりグレーな街だそうだ。
無論、未成年も初心者も立ち入りお断り。

正規の入り口には人が立っていて、プレートを確認し、それぞれ目的にあった道へ通してくれる。
番人達はがっかりするヴィオラを見て微笑まし気に笑っていた。
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