黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

ニューゲート

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「僕達の進む道はこっち、探索の道ですよ。」
「探索!」

探索道はダンジョンの雰囲気を体験し、その恐怖や魅力を味わうには丁度良い、散策道のようなものだ。
罠や迷路もなく、危険な魔物も出て来ない。
それでもダンジョンの中には違いなく、何かしら採れるので本当の初心者にうってつけの管理された通路だ。

洞窟をしばらく進むと、いきなり石の回廊が現れた。
脇に空いた謎の小部屋には朽ちた甲冑や木箱などが散乱している。

「割と人工物っぽいんだな。」
「ベースの建造物になぞらえて成長しますからね。魔物の擬態と同様、獲物に合わせて変化するんです。ここは巨大な生き物の腹の中と同じです。獲物を油断させ、奥まで誘い込み、そのエネルギーを吸収する、それがダンジョンの存在理由ですから。」
「詳しいですねエリック様。」
「こう見えて何度か潜ったことがあるんですよ。」
「デイビッド様は?」
「認定されたダンジョンはガキの頃に迷い込んで以来だな。」
「認定されてないダンジョンにはあると…?」
「クロノスにいた時、仲間と落っこちたり迷い込んだりした洞窟で、どっからか湧いて出てきた魔物とやり合った事が何度かあってよ。」
「それ未発見の天然ダンジョンですよ。よく生きて帰って来たなこの人…」

更に先へ進むと、床や壁に穴が幾つも空いている場所に出た。

「これは罠の跡ですね。床から槍が突き出たり、落とし穴になっていたりした場所をわざと残して、初心者に注意喚起してるんです。」
「刃物で抉れた跡もあるな。」
「こっちには大きな斧が刺さってます!怖い…」

水場の前には人が集まっていて、休憩地点になっているようだ。
若者が多く、皆冒険を目の前に活き活きとして見える。

やがて道は開けた明るい場所に出た。
そこには木々が生い茂り、まるで地上の森の中にいるような空間が広がっている。

「うわぁぁ!明るぅい!なんですかここ!!」
「よくある地下庭園ですよ。光源がある場所に外から入り込んだ草木が育って地下に森林や草原ができるんです。」
「へぇ~こりゃ確かに摩訶不思議ってヤツだな。」
「地面の中なのに、外にいるみたい!」

生息している動植物も見慣れたものが多く、あまり危険なものはいない様だ。
中には薬草や魔性植物を採取している者もいる。
真ん中にはツタに覆われた大きな遺跡があり、テントを張って拠点にしている者達もいて、そこが安全地帯とわかる。

「大きな三角形!」
「かつて世界樹を中心に栄えた千年郷の遺跡ですよ。」
「入り口みたいなのがあるぞ?」
「でも行き止まりですね。何か書いてありますよ?古代文字…?」
「ちょっと待ってろよ…確かここに、あった!」

デイビッドは、ポケットからいつぞや手に入れた手書きの手記を取り出し、パラパラ捲って古代文字を追った。

「えーと…『神樹の御下に永遠の栄えあらんことを』千年郷の神殿の遺跡だな。『命の雫ここに与えられん…』石板の字が擦り減ってて最後まで読めねぇや。」
「その古いノート、エルピスで見つけたやつですか?」
「そう。どっかの冒険家か、探検家か知らねぇけど、長い事地下迷宮で探索してた記録なんだ。」
「持ち主の人はそんな大切な物を売っちゃったんですか?」
「まぁ…盗まれたり、失くしたり、のっぴきならない理由があったんでしょうね。」

手記の挿絵と遺跡の模様を照らし合わせると、神殿の内部へ進む為の仕掛けがあると書いてある。
しかし、同じ模様はあっても開く気配は無い。

「ハハハ!そこは開かないんだよ。」
「え?」
「みんなそこが開くと思って一度は触るんだ。石板のとこがツルツルになってるのはそのせいだよ。」

振り向くと、革鎧を来て頭に2本の角が生えた男が立っていた。
腕にギルドのプレートが付いているので、巡回中の冒険者なのだろう。

「残念、道があるのかと思いました。」
「ダンジョン化して通路が塞がってしまったんだ。地下遺跡にはよくある事なんだよ。」
「なんか樹を祀る文言も書かれてる…ここは祭壇だったんだな。」
「色んな冒険者が魔力を流したり儀式を再現してみたけど一度も開かなくてね。一度石を崩して中を見てみたらしいが、通路らしい空間は無くて、中は石積みだったそうだ。」
「道が潰れてしまったんですね。」
「ここに供物を置いたんだな…」
「デイビッド様が生贄になったら開いたりしませんかね!?」
「そう言う笑えない冗談は……」

そう言いながら振り向きかけたデイビッドの姿は、次の瞬間ぽっかり開いた穴の中へ吸い込まれて消えて行った。

「嘘だろぉぉぉぉーーー………」
「キャー!!デイビッド様ぁぁっっ!!」
「まさか本当に開くとは…」
「なっ!!そんなはず無い!まさか開くなんて!!誰か!地上へ知らせてくれ!ニューゲートだ!ニューゲートが探索道に現れた!!」

角男が大声を上げると、周りの者達が大騒ぎで集まって来た。

「ニューゲートだと?!こんな浅層にか!?」
「開かずの遺跡が開いているぞ!本当だ!ニューゲートだ!ニューゲートが見つかった!!」

角男は開いた遺跡の周りに魔道具を置くと、どこかのギルドの旗を立て、人の出入りを制限した。
そして集まって来た同僚を地上へ走らせ、数人を見張りに残すと、自分も穴の中へと降りて行こうとする。

「待って下さい!私も行きます!」
「駄目だ!君はどう見ても初心者だろう?未知の通路の危険性が分からない内は決して近づいてはいけない!」
「でしたら僕が…こう見えて、元冒険者です。精霊魔術に特化しているので、世界樹の内側でなら特に力になれるかと…」
「その言葉を鵜呑みにすることは出来ないが…今は魔術師が欲しい。決して俺から離れるなよ?危険と思ったら即座に逃げるんだ!」
「わかりました。ヴィオラ様、大丈夫!必ず無事に連れて帰りますからね?!地上で待ってて下さい!」
「うぇ゙ぇ゙ぇ゙!エリック様ぁぁ!必ず無事で戻って来て下さいね!?デイビッド様と2人で帰って来なかったらイヤですよ!?」
「わかってます!」

穴の中は傾斜の強い坂道になっており、明かりを灯すとが滑り落ちた跡がはっきり残っているのが見えた。
積もった砂埃から、誰も通ったことの無い通路である事がわかり、エリックも身構える。

「足元が滑るから気をつけろ?」
「この下が…例えば強酸の海だったりとかって事はないんですか?」
「恐ろしいことを考えるな!?ここは元千年郷祭壇の遺跡だ。刑場や拷問場などでは稀にあると聞くが、ここにはそこまで危険な罠は無い。」
「じゃせいぜい槍が突き出てるくらいかな…?」
「落ちてった仲間の無事くらい祈ってやれよ!!」

坂の終わりはまた石畳で、デイビッドがぶつけた頭を押さえて座り込んでいた。

「酷ぇ目に遭ったぜまったく…」
「おう!無事で良かった!ここは危険だ、君等は直ぐに上へ…」

角男が上に合図を送り、ロープを降ろしてもらおうとすると、目の前で通路の口が迫り上がり、ゴトンという音と共に閉ざされた。

「クソッ!入り口が閉じた…仕掛けの意図がわからん!」
「閉じ込められちゃいましたね。」
「仕方ない、君等は転移術を使って外に出てくれ。」
「残念、この人魔道具に嫌われてて、使えないんですよ。」
「なんだそりゃ?なんかの呪いか!?」
「ただの特異体質だよ。しかたねぇ、戻れないなら進むしかねぇか…」

エリックが灯りを照らすと、そこは水路が張り巡らされた水殿になっていた。
水底まで見える程澄んだ水がどこからか流れて来て、足元を満たしている。
明かりに驚いて、小動物や虫が散って行く。
狭い足場の先に通路のようなものが見えるので、3人は足を滑らせないよう、慎重に進むことにした。

「自己紹介がまだだったな。俺はイクス、この街の冒険者だ。ギルドの依頼でここの巡回をしてる。」
「僕はエリックです。」
「デイビッドだ。悪いな巻き込んじまって…」
「いやぁ、君が悪いわけじゃない。でも、一度も開かなかった扉がなんでいきなり開いたんだろうな…」
「生贄が良かったんですかね?」
「お前はもう黙ってろ!」

水路は一部が壊れており、通路にも水が流れ込んでいる。
ゆっくり進んでいると、水の中で何かが動いた。

「水性の魔物はここじゃ初めてだ。下がっててくれ、俺が先に仕留めて来る。」
「親切なとこ悪いが、もう手遅れらしいぞ?囲まれた…」
「水を濁らせて姿を隠してますね。半魚人とか出てくるのかなぁ?」
「亜人型の魔物は倒すのが厄介だ。君等、戦闘経験は?」
「僕は元銀級で、魔物討伐にダンジョンも数回経験してます。この人も銀級冒険者ですよ。単独で大型魔物も倒します。」
「正面切っての戦闘はあんまねぇよ。」
「人間相手にあれだけ暴れられれば十分でしょ?」
「どうあれ、腕は確かみたいだな。気を抜くなよ!?どこから来るかわからんぞ!」

水面が波立ち、魚の頭が現れたと思うと、水かきの付いた大きな腕が伸びてくる。
3人はあっという間に、水妖の仲間サハギンの群れに囲まれた。

ジリジリと距離を詰められ、一点突破で通路まで走るかと覚悟を決めたその時、中の一匹が大きな浮き袋を鳴らした。

『ゴブッゴブッ!ゴボボッ!!』
『ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ』

謎の大合唱が終わると、一匹、また一匹と水の中へ戻って行き、最後に一番大きな装飾を身に着けた個体が、デイビッドの足元に何かを置いて消えて行った。

「……何が起きた?!」
「なんか置いてったな。」

拾い上げると、それは青い大きな鱗だった。

「水妖の鱗ですよ。あ、そっか…」
「なるほど、こんな恩恵があるとは思わなかったな。」

どうやらメリュジーヌの加護は、こんな所でも通用するものらしい。

「何かわからんが、助かって良かった!今の内に奥へ抜けよう!」

イクスの後ろについて水路を抜けると、今度は石造りのトンネルに入り込んだ。
ぼんやり光る鉱物が壁から突き出し、床は苔や地衣類に覆われ滑りやすくなっている。
両脇が水路になっていて奥へと流れているためどこも湿っぽく、足元が悪い。
3人はジメジメとした回廊を奥へと進んで行った。
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