412 / 512
7代目デュロック辺境伯爵編
子守唄
“賢者の招集に応えるため、デュロックへ帰還します。当主印の所有者についても、今一度改め頂けるようご検討下さい。”
デイビッドがデュロック領へ来て4日目の朝。
総領ロザリアの元にそんな手紙が届けられた。
消印を見ても6日前に船便に出された物と分かる。
(どれ程速い船で来たと言うの?)
運河の水路は王都近郊の港から片道1週間。最速の船でも5日はかかるが、それではデイビッドがどうやってここへ辿り着いたか説明がつかない。
巷で噂の空路などを使ったのかとも思ったが、報告に寄ればごく普通の半帆船に乗って来たと言う。
(全く、訳がわからないわ…)
総領が頭を抱えていると、そこへ乱暴な足音と共に孫のジョエルが入って来た。
「お祖母様、お話があります!」
「なんですか…ジョエル?」
「デイビッドから当主の座を奪い返したい!あの男の下に付くなどディオニスの誇りが許しません!」
「何を馬鹿な事を言っているの?」
「過去の記録を調べました。当主に不服のあった世代が、決闘でその座を取り合ったと!アイツと勝負させて下さい!必ずやこの手に当主印を取り戻して…」
「いい加減になさい!当主印に触れもしなかった貴方が、何を背負えると言うのです?!」
「私にだって功績はあります!港の拡大に、交易路の治安維持!北西諸国との交易にだって力を入れておりますし、アデラ国、果てはその先のハリス国への進出も叶えました!!」
「はぁ…貴方は何もわかっていないのね…」
港が拡大出来たのは、対岸のアデラ国の海洋事業が軌道に乗り、巡回船などのおかげで航路の安全が確保されたからだ。
そして一番問題だった移入者の治安が安定し、犯罪者の数が急激に減少したおかげでもある。
それも、アデラの南側に広がっていた貧困区が、経済政策に組み込まれる程の発展を遂げた影響で、犯罪者の巣窟であったスラムが蘇り、国の支援を受けられる程に成長したからだ。
海洋事業が安定したアデラと、対等かつ安全な交易を結ぶことができるようになり、その信用を得て、エルム、キリフといった大国との流通も可能になった。
北の国の代表キリフ国は、アデラに対し無条件で交易の窓口を拡げると明言し、その影響で北方の小諸国もラムダに対し友好的な姿勢を見せてくれている。
南方諸国はアデラ国の成長を見て、ラムダ側からの技術提供による経済の更なる進展を目論み、事業の拡大と進出を受け入れた。
では、その根っこに居るのは一体誰か…
「たった10年で、世界は大きく変わりました…」
「そうですとも!我々もこの波に乗るべきです!」
「他人が起こした波に乗って、どこへ行こうというのでしょうね?所詮井の中の蛙。貴方如き、波に巻かれて溺れるのが目に見えていますよ?」
「そんな事ありません!私もデュロックです!この上ない奇跡を起こして見せますよ!」
「ならば、貴方は貴方で奇跡でも何でも起こせばいいでしょう。違いますか?何故当主の座にそこまでこだわるの?一昔前までは押し付け合っていたのに。奇特な子だこと。」
「私は、映えあるジェイムス叔父上の後釜として、王都でデュロックの名を更に高め、この国で最も重要な家門は我が一族であると、ラムダ全域に知らしめたいのです!」
「思い上がりも甚だしい!貴族などチェスの駒の様なモノよ?!その采配は王家であり、我が家は一家臣であると、まだ理解できないの?!そんな内は領から出すことも許せませんね。部屋へ戻りなさい!」
「そんなお祖母様!」
「総領と、そう呼びなさい…いいですね?!」
頭を痛める総領の元に、手紙と一緒に送られて来たハーブティーとボンボンの大瓶が用意される。メイド達が下がると、総領はただのロザリアに戻り、薄桃色の一粒を光に透かし、ゆっくり口に入れて一息ついた。
「あぶあぶあぶあぶあむむ…」
「なんでそんな俺の顔ばっか食べたがるんだお前は…」
久しぶりにライラを回収したデイビッドは、床のクッションに寄りかかっていたところを狙われ、顔をくまなくしゃぶられていた。
歯が生えかけなのでむず痒さもあるのだろう。
所々に歯型が残り、あちこち吸われて赤くなっている。
「歯固めだってあるだろ…」
「んがんが!」
「けっこうイテェんだけどよ?」
鼻の頭と顎は噛み跡で斑になり、口の端は食い付かれた拍子に切れて血が出た。
「久々で嬉しいんですよ。何と言っても母親代わりですからねぇ。」
「ちーがーうっつってんだろ!!」
「でも、実質お世話してるのはデイビッド様ですし。ライラも懐いてるじゃないですか。」
今度は腹の肉を叩いて遊び出したライラが、良い音をさせながら何か歌い出した。
「はーねーねんねー!」
「今度は何だ?」
「わーたー!ねんねー!」
「ねんねってことは子守唄か何かですかね。」
「ああ、婆ちゃんが昔よく歌ってたヤツだな。」
デイビッドは起き上がると、ライラを横抱きにして揺らし始めた。
“ニレの木の妖精が、コマドリの羽の下で眠るよ、お眠り良い子ねんねしな”
はじめは笑っていたライラも、だんだん静かになって行く。
“ツリガネ草の妖精が、ガマの穂にくるまって眠るよ、お休みよい子ねんねしな”
デイビッドにしがみついていた手が離れ、指をしゃぶりながらライラの目が閉じる。
“東風の妖精が、アザミの綿毛を集めて眠るよ、ねんねん良い子ねんねしな”
(…この人がちゃんと歌ってるとこなんて、初めて見た…)
やはり故郷だからか、心許した家族と会えたからか、デイビッドが少しだけ、いつも被っている硬い殻を脱いでいるような気がする。
「今!歌ってました!?」
バンッと浴室のドアを勢いよく開けて出て来たヴィオラが、まだ水の滴る髪もそのまま、デイビッドの所に飛んで来た。
「ちょっとヴィオラ!!私まだいるのに開けないで!?」
「それどころじゃないんです!デイビッド様が歌ってたんです!」
「服着てなかったら大騒ぎよ!!」
「おい!静かにしろよ!ライラが起きる!!」
「デイビッド様もう一度歌って下さい!」
「あんまし得意じゃねぇんだよ…」
「私にも子守唄歌って寝かしつけて下さい!」
「淑女のプライドはないのか…?」
「いいから先に髪を乾かしなさい!!」
エリックに手招きされたヴィオラが髪を乾かしてもらっている内に、デイビッドはライラをベッドへ寝かせ、昼間洗って乾かしていた調理器具を片付けると、甲板へ出て錨を上げ、船着き場まで戻って行った。
(いい加減、エンジンも掛けてみてぇんだけどなぁ…)
月の写る水面を、音も無く割って走る船など、やはり異様だ。
夜の静寂の中、船は進む。今日は船で一夜を明かし、明日またサウラリースを楽しんだら、また王都へ帰るつもりだ。
デイビッドは、生まれた故郷はあれど、本来帰る事は許されない身だ。
当主の任を受けた今はそれが尚更。
貴族家の当主が頻繁に領地へ戻れば、世間の目も自ずとそちらへ向かってしまう。守るべきものを守る為、世間の目を背ける為に、遠く離れた王の膝下で旗印となるのがデュロックの当主の役目だ。
決して無能なお飾りではない。
元々商人気質が強く、研究肌の人間も多く輩出して来た血筋のため、居心地の良い自領から出たがらない輩がその座を押し付けあっている内に、次代、次々代の継承者達に誤解を与えた事で生まれたのが、当主=無能という構図だ。
基本的に誰がなろうと、必ず何かしらの功績は残せる実力者揃いの家系で、特別欲しい椅子ではないだけ。
それならばと、特に引き継ぐものもない、3男4男等の自由な人間が自然と引き受けてきたのも認識を誤った原因の一つだ。
昔から、貴族の型にはまらず、やりたい放題している一族デュロック…
ジェイムスはその中でも最たる自由人と言われていたが、デイビッドはその更に上を行く、デュロックの祖人の気質そのままを受け継いだ化け物だ。
それが7代目となった今、大船の舵が何処へ向かうか、非常に楽しみである。
「ゴポコポポ カプカプ」
「いや!わかんないって!俺こう見えて人間なんだよ!頼むから通訳いる時にしてくれ!」
「王の主にご挨拶 だって」
「お前もいるならいるって言ってくれ!!」
人と契約した妖精は、基本的に契約者の近くにいる事が多いが、ルーチェもトムティットも呼ばれない限り自由気ままに過ごしている。
いつの間にか現れ、羅針盤の上でくつろぐルーチェが水中の妖精に話し掛けた。
「コポコポコポ…」
「ポコポココ…」
水にはぜる泡音のような会話を聞きながら、デイビッドが船縁に近づくと、ドポンと重い水音と共に船がガクンと揺れてギョッとする。
(思ってよりデカいのが来てたな…)
「この近海で一番強い魔魚らしいよ 王様の家来なんだって」
「王様ってのがなんなのかわかんねぇよ。」
「その王が“石”を捧げた人が君なんだって」
「わかんないフリしてたらやり過ごせねぇかなぁ!?」
なんとな~~く…思い当たる節があるデイビッドは、気が付かない振りでこの場をやり過ごすことにした。
デッキで潮風に当たりながら、海に映る夜釣りの灯りを眺めていると、隣にヴィオラがやって来た。
「風が気持ちいいですね…」
「なんだ、眠れないのか?」
「もう少し起きてたいんです。」
「明日こそサウラリースを案内するよ。なんならもう一度ダンジョンに潜ってみるか?」
「いいんですか!?」
「あんなに楽しみにしてたのに、俺のせいで台無しだったからな。次はヴィオラの行きたい道を選ぶといい。」
「やったぁ!」
「そうと決まれば早く寝ろよ?」
「デイビッド様のお歌聞いたら寝ます!」
「…笛じゃダメ…?」
「歌で!」
仕方なく、デイビッドは古い舟唄を歌った。
“明けの晴れ星に向けた水押しを 蒼き鱗の民に捧げよ 行く末に泡沫の歓びを与えんと 落つる日に 標の星に 波の歌に祈れよ 旅の果ては此処にあらんと”
(けっこう覚えてるもんだな…)
これはアデラのスラムで世話になった長老がよく歌っていたものだ。
懐かしんでいると、横から静かな寝息が聞こえてくる。
ヴィオラを抱き上げ、船内のベッドに寝かせると、デイビッドはまた外のチェアに戻り、20年目の星空を見上げていた。
デイビッドがデュロック領へ来て4日目の朝。
総領ロザリアの元にそんな手紙が届けられた。
消印を見ても6日前に船便に出された物と分かる。
(どれ程速い船で来たと言うの?)
運河の水路は王都近郊の港から片道1週間。最速の船でも5日はかかるが、それではデイビッドがどうやってここへ辿り着いたか説明がつかない。
巷で噂の空路などを使ったのかとも思ったが、報告に寄ればごく普通の半帆船に乗って来たと言う。
(全く、訳がわからないわ…)
総領が頭を抱えていると、そこへ乱暴な足音と共に孫のジョエルが入って来た。
「お祖母様、お話があります!」
「なんですか…ジョエル?」
「デイビッドから当主の座を奪い返したい!あの男の下に付くなどディオニスの誇りが許しません!」
「何を馬鹿な事を言っているの?」
「過去の記録を調べました。当主に不服のあった世代が、決闘でその座を取り合ったと!アイツと勝負させて下さい!必ずやこの手に当主印を取り戻して…」
「いい加減になさい!当主印に触れもしなかった貴方が、何を背負えると言うのです?!」
「私にだって功績はあります!港の拡大に、交易路の治安維持!北西諸国との交易にだって力を入れておりますし、アデラ国、果てはその先のハリス国への進出も叶えました!!」
「はぁ…貴方は何もわかっていないのね…」
港が拡大出来たのは、対岸のアデラ国の海洋事業が軌道に乗り、巡回船などのおかげで航路の安全が確保されたからだ。
そして一番問題だった移入者の治安が安定し、犯罪者の数が急激に減少したおかげでもある。
それも、アデラの南側に広がっていた貧困区が、経済政策に組み込まれる程の発展を遂げた影響で、犯罪者の巣窟であったスラムが蘇り、国の支援を受けられる程に成長したからだ。
海洋事業が安定したアデラと、対等かつ安全な交易を結ぶことができるようになり、その信用を得て、エルム、キリフといった大国との流通も可能になった。
北の国の代表キリフ国は、アデラに対し無条件で交易の窓口を拡げると明言し、その影響で北方の小諸国もラムダに対し友好的な姿勢を見せてくれている。
南方諸国はアデラ国の成長を見て、ラムダ側からの技術提供による経済の更なる進展を目論み、事業の拡大と進出を受け入れた。
では、その根っこに居るのは一体誰か…
「たった10年で、世界は大きく変わりました…」
「そうですとも!我々もこの波に乗るべきです!」
「他人が起こした波に乗って、どこへ行こうというのでしょうね?所詮井の中の蛙。貴方如き、波に巻かれて溺れるのが目に見えていますよ?」
「そんな事ありません!私もデュロックです!この上ない奇跡を起こして見せますよ!」
「ならば、貴方は貴方で奇跡でも何でも起こせばいいでしょう。違いますか?何故当主の座にそこまでこだわるの?一昔前までは押し付け合っていたのに。奇特な子だこと。」
「私は、映えあるジェイムス叔父上の後釜として、王都でデュロックの名を更に高め、この国で最も重要な家門は我が一族であると、ラムダ全域に知らしめたいのです!」
「思い上がりも甚だしい!貴族などチェスの駒の様なモノよ?!その采配は王家であり、我が家は一家臣であると、まだ理解できないの?!そんな内は領から出すことも許せませんね。部屋へ戻りなさい!」
「そんなお祖母様!」
「総領と、そう呼びなさい…いいですね?!」
頭を痛める総領の元に、手紙と一緒に送られて来たハーブティーとボンボンの大瓶が用意される。メイド達が下がると、総領はただのロザリアに戻り、薄桃色の一粒を光に透かし、ゆっくり口に入れて一息ついた。
「あぶあぶあぶあぶあむむ…」
「なんでそんな俺の顔ばっか食べたがるんだお前は…」
久しぶりにライラを回収したデイビッドは、床のクッションに寄りかかっていたところを狙われ、顔をくまなくしゃぶられていた。
歯が生えかけなのでむず痒さもあるのだろう。
所々に歯型が残り、あちこち吸われて赤くなっている。
「歯固めだってあるだろ…」
「んがんが!」
「けっこうイテェんだけどよ?」
鼻の頭と顎は噛み跡で斑になり、口の端は食い付かれた拍子に切れて血が出た。
「久々で嬉しいんですよ。何と言っても母親代わりですからねぇ。」
「ちーがーうっつってんだろ!!」
「でも、実質お世話してるのはデイビッド様ですし。ライラも懐いてるじゃないですか。」
今度は腹の肉を叩いて遊び出したライラが、良い音をさせながら何か歌い出した。
「はーねーねんねー!」
「今度は何だ?」
「わーたー!ねんねー!」
「ねんねってことは子守唄か何かですかね。」
「ああ、婆ちゃんが昔よく歌ってたヤツだな。」
デイビッドは起き上がると、ライラを横抱きにして揺らし始めた。
“ニレの木の妖精が、コマドリの羽の下で眠るよ、お眠り良い子ねんねしな”
はじめは笑っていたライラも、だんだん静かになって行く。
“ツリガネ草の妖精が、ガマの穂にくるまって眠るよ、お休みよい子ねんねしな”
デイビッドにしがみついていた手が離れ、指をしゃぶりながらライラの目が閉じる。
“東風の妖精が、アザミの綿毛を集めて眠るよ、ねんねん良い子ねんねしな”
(…この人がちゃんと歌ってるとこなんて、初めて見た…)
やはり故郷だからか、心許した家族と会えたからか、デイビッドが少しだけ、いつも被っている硬い殻を脱いでいるような気がする。
「今!歌ってました!?」
バンッと浴室のドアを勢いよく開けて出て来たヴィオラが、まだ水の滴る髪もそのまま、デイビッドの所に飛んで来た。
「ちょっとヴィオラ!!私まだいるのに開けないで!?」
「それどころじゃないんです!デイビッド様が歌ってたんです!」
「服着てなかったら大騒ぎよ!!」
「おい!静かにしろよ!ライラが起きる!!」
「デイビッド様もう一度歌って下さい!」
「あんまし得意じゃねぇんだよ…」
「私にも子守唄歌って寝かしつけて下さい!」
「淑女のプライドはないのか…?」
「いいから先に髪を乾かしなさい!!」
エリックに手招きされたヴィオラが髪を乾かしてもらっている内に、デイビッドはライラをベッドへ寝かせ、昼間洗って乾かしていた調理器具を片付けると、甲板へ出て錨を上げ、船着き場まで戻って行った。
(いい加減、エンジンも掛けてみてぇんだけどなぁ…)
月の写る水面を、音も無く割って走る船など、やはり異様だ。
夜の静寂の中、船は進む。今日は船で一夜を明かし、明日またサウラリースを楽しんだら、また王都へ帰るつもりだ。
デイビッドは、生まれた故郷はあれど、本来帰る事は許されない身だ。
当主の任を受けた今はそれが尚更。
貴族家の当主が頻繁に領地へ戻れば、世間の目も自ずとそちらへ向かってしまう。守るべきものを守る為、世間の目を背ける為に、遠く離れた王の膝下で旗印となるのがデュロックの当主の役目だ。
決して無能なお飾りではない。
元々商人気質が強く、研究肌の人間も多く輩出して来た血筋のため、居心地の良い自領から出たがらない輩がその座を押し付けあっている内に、次代、次々代の継承者達に誤解を与えた事で生まれたのが、当主=無能という構図だ。
基本的に誰がなろうと、必ず何かしらの功績は残せる実力者揃いの家系で、特別欲しい椅子ではないだけ。
それならばと、特に引き継ぐものもない、3男4男等の自由な人間が自然と引き受けてきたのも認識を誤った原因の一つだ。
昔から、貴族の型にはまらず、やりたい放題している一族デュロック…
ジェイムスはその中でも最たる自由人と言われていたが、デイビッドはその更に上を行く、デュロックの祖人の気質そのままを受け継いだ化け物だ。
それが7代目となった今、大船の舵が何処へ向かうか、非常に楽しみである。
「ゴポコポポ カプカプ」
「いや!わかんないって!俺こう見えて人間なんだよ!頼むから通訳いる時にしてくれ!」
「王の主にご挨拶 だって」
「お前もいるならいるって言ってくれ!!」
人と契約した妖精は、基本的に契約者の近くにいる事が多いが、ルーチェもトムティットも呼ばれない限り自由気ままに過ごしている。
いつの間にか現れ、羅針盤の上でくつろぐルーチェが水中の妖精に話し掛けた。
「コポコポコポ…」
「ポコポココ…」
水にはぜる泡音のような会話を聞きながら、デイビッドが船縁に近づくと、ドポンと重い水音と共に船がガクンと揺れてギョッとする。
(思ってよりデカいのが来てたな…)
「この近海で一番強い魔魚らしいよ 王様の家来なんだって」
「王様ってのがなんなのかわかんねぇよ。」
「その王が“石”を捧げた人が君なんだって」
「わかんないフリしてたらやり過ごせねぇかなぁ!?」
なんとな~~く…思い当たる節があるデイビッドは、気が付かない振りでこの場をやり過ごすことにした。
デッキで潮風に当たりながら、海に映る夜釣りの灯りを眺めていると、隣にヴィオラがやって来た。
「風が気持ちいいですね…」
「なんだ、眠れないのか?」
「もう少し起きてたいんです。」
「明日こそサウラリースを案内するよ。なんならもう一度ダンジョンに潜ってみるか?」
「いいんですか!?」
「あんなに楽しみにしてたのに、俺のせいで台無しだったからな。次はヴィオラの行きたい道を選ぶといい。」
「やったぁ!」
「そうと決まれば早く寝ろよ?」
「デイビッド様のお歌聞いたら寝ます!」
「…笛じゃダメ…?」
「歌で!」
仕方なく、デイビッドは古い舟唄を歌った。
“明けの晴れ星に向けた水押しを 蒼き鱗の民に捧げよ 行く末に泡沫の歓びを与えんと 落つる日に 標の星に 波の歌に祈れよ 旅の果ては此処にあらんと”
(けっこう覚えてるもんだな…)
これはアデラのスラムで世話になった長老がよく歌っていたものだ。
懐かしんでいると、横から静かな寝息が聞こえてくる。
ヴィオラを抱き上げ、船内のベッドに寝かせると、デイビッドはまた外のチェアに戻り、20年目の星空を見上げていた。
あなたにおすすめの小説
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
⚪︎
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
【無断転載・AI利用禁止 / No Unauthorized Use or AI Training】
本作品の無断転載・複製・AI学習利用を禁じます。
Unauthorized reproduction or use for AI training is strictly prohibited.
© 魯恒凛 / RoKourin
何もしなかっただけです
希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。
それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。
――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。
AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
なんでも奪っていく妹に、婚約者まで奪われました
ねむ太朗
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、小さい頃から、妹のエルーシアにネックレスや髪飾りなどのお気に入りの物を奪われてきた。
とうとう、婚約者のルシアンまでも妹に奪われてしまい……
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。