黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

帰路

泣きつかれて眠ったライラを膝に乗せ、汽車のコンパートメントに座ると、全員で何も言わずに外の景色を眺めた。
いつかまた来ることがあれば、その時は必ずに来よう。
ヴィオラの好きな場所に行き、次こそ憂いなどなく楽しもうと、この帰省で一歩前進することの出来たデイビッドは思った。

ナナの港町に着くと、駅前で直ぐに馬車を頼み、桟橋へ向かう。
(次はもっとちゃんと海にも来たいな…)
絶え間なく打ち寄せる波の音を聞きながら、デイビッドは輝く水平線に目を細めた。


「最後に街で買い物でもしてくるか?」
「そうしましょ!帰り道にも美味しい物買って行きたいです!」
「私、あれ食べたいわ!あのでっかいふわふわしたナニか!」
「パン?お菓子?なんでしょう?」
「海の串焼きも美味しそー!」
「船の手続きして来るから、先に行っててくれ。」

3人が寝たままのライラ連れて市場の方へ行ってしまうと、デイビッドは桟橋の利用代や管理費などを払いに港の管理局へ向かった。
支払いを終え、船に荷物を積み込んで自分も市場へ向かう。と、その時、足元に何かが飛んで来た。

(…なんだ?…手袋?)

顔を上げると、桟橋の先に仲間を従えたジョエルが立っていた。

「ジョエル・ディオニスが貴様にの座を懸けて決闘を申し込む!拾え!」
「あぁ、決闘の手袋か…」

決闘を申し込む際、貴族は相手の足元に手袋、または篭手の右片方を投げつける事が多い。
家紋や役職の印が描かれ、身分の象徴でもある重要な装具を相手の足元に投げる事で、自身の覚悟と懸けた物の重みを相手と周囲に示すためなのだとか。(右なのは相手と直接握手をしたくないと言う意思表示らしい)
された方がこれを拾ったら決闘の受諾となる。
拾わなかった場合、その者は決闘から逃げた臆病者、卑怯者として世間からなじられ、名誉と信頼を失って一生後ろ指を刺されて生きる事になる。
貴族は恥を何よりも恐れているので、よほどの理由無しに拾わない者はいない。

(めんどくせぇ!!)
拾いたくない拾いたくないと思いながら、今はヴィオラがいることと、当主の役目を引き受けた手前、いきなり決闘拒否はマズイだろうか…などど逡巡していると、いきなり桟橋に大きな波が打ち寄せて来た。

「「あ!」」

手袋は波に流され、何処かへ行ってしまう。

「何してるんだ!お前が早く拾わないから!!」
「いや、んなこと言われても…」
「クソッ!フザケやがって!さっさと拾え!!」

仕方なくもう片方の手袋が投げつけられると、今度は間髪入れずにまた波が来て、遥か彼方へ手袋を攫って行った。
ジョエルが呆気にとられている内に、デイビッドは軽く肩をすくめて見せると、自分には関係ないという顔でその横を通り過ぎて市場の方へ向かおうする。
ジョエルは、逃がすものかとその肩を捕まえた。

「待てっ!!手袋はもういい!私は私の名誉と栄誉の為に、貴様に決闘を申し込む!!」
「そんなにしたけりゃ、総領と自分の家の当主に許可を取ってからにしろ。正規の手続き踏んで来りゃ相手になってやるよ。」

親戚筋の連中が道を塞ぎ、逃がすまいとデイビッドに掴みかかって来たが、足を引っ掛け、腕を捻ると簡単に地面に転がった。
数名が魔法の火や雷撃を放ったが、この度ギディオンのメンテナンスを受け、全盛期の威力を発揮したベストが、魔法攻撃を触れることもなく全て掻き消してくれる。

まだやるかと言わんばかりに、無言でジョエルに詰め寄ると情けなくも尻餅をついてひっくり返った。

「ぼ…暴力で解決するなど野蛮だ!デュロックらしく頭を使って勝負しろ!!」
「そうか…じゃ総領に相談してみるとしよう…」

デイビッドはそう言って自分の船に乗り込んだ。
ジョエルは、総領である祖母と連絡をつけられる前になんとか誤魔化さなくてはと、慌てて立ち上がろうとして足を滑らせ、そのまま桟橋から海に転げ落ちて行った。

「うわぁぁーっ!!」
「「ジョエルー!?」」

その情けない姿は、近くで仕事をしていた港の者達の目に留まり、しばらくの間ディオニスの次期当主は決闘もまともに申し込めない間抜けなボンボンであると噂が流れ、いい笑い者になった。


船の中で、デイビッドはボードに置かれた魔道具の魔石を、指定の穴に嵌め込んだ。
すると、チリリンチリリンと可愛らしい音がしばらくして、魔道具から声が聞こえて来る。

[これで合ってるかしら…?あー、あー、聞こえてる?デイビッド?]
「よく聞こえておりますよ殿。」
[すごいわ!本当に通話が可能なのね!?]
「互いの顔が見える物もありますが、まずはこちらの音声のやり取りに特化した物を先に広めたいと思っておりましてね。」
[驚いたなんてものじゃないわ!これ1本で何日分の時間が短縮できると思って?!功績が足りているなんて言って申し訳なかったわ。これでは誰も敵わないじゃない。]

この度、総領にのみ打ち明けたデイビッドの今後の計画のひとつ。
それは通信機の普及であり、各国との交信を更に密に行えるようにする事。
そのために、何かあった時、王都から交易の窓口であるデュロック領の総領に即座に連絡が取れるよう、魔道具を預けていた。

「俺はただの窓口ですよ。元々俺が作った物ではありませんから。それより、今し方ジョエルが来て決闘を申し込んで来ましてね。」
[なんてこと!あれ程貴方には関わるなと言っておいたはずなのに!それも決闘ですって?!]
「俺の方としては申し込まれた以上逃げるワケにはいかないのですが…」
[それについては此方で対処いたします…本当に、デュロックを背負う長としてこれ程情けない事はないわ…一番身近な身内の教育にここまで失敗していたなんて…]
「気にしませんよ。クセの強い一族をよくぞここまでまとめ上げられて、俺には真似できません。今日、王都へ帰ります。何かあれば、またご連絡下さい。こちらも力になりますので。」
[ありがとう…なんて心強いのでしょうね、やはり当主には貴方以外いないわ…]

カチンと通話を切ると、遠くに走り去る貴族用の馬車が見えた。
(アイツ、どんな言い訳をしに行くつもりかな…)


自分も桟橋を渡り、市場の方へ向かうと、果物を山程抱えて前が見えずにふらふら歩いて来る婚約者を見つけ、思わず笑ってしまった。

「…持とうか?」
「だいじょ…うぅ~…お願いしますぅ…」
「ずいぶん買ったなぁ。」
「美味しそうで…いっぱい味見もさせてもらって、美味しくて…つい…」

顔を真っ赤にするヴィオラに癒されていると、更にその向こうから肉の山と焼菓子の山が向かって来た。

「お前等揃いも揃ってはしゃぎ過ぎじゃねぇ?!こんなに食い切れんのかよ!?」
「これでも我慢したんですよ!魚介は足が早いからってその場で食べて終わりにしてきましたし!でも海の魔物系は肉が美味いって聞いて居ても立っても居られず!」
「このお菓子はふわふわで、ほとんど空気みたいなものだからいいのよ!ツヤツヤぷっくりでかわいいでしょ!?バターとクリームで甘じょっぱい味も病みつきになるの!あとなんかモチモチしたお饅頭みたいなヤツも、中の餡がなめらかで止まらないの!」
「あだだぁ!あぶぅ!」
「ライラまで何買った?!甘いのか?甘いのいっぱい買ってもらったのか!食べたらちゃんと歯磨きしろよ?」

揚げ菓子や焼き菓子の詰まった紙袋を大事に抱えるライラの頭を、デイビッドがくしゃくしゃなでるとライラはとても嬉しそうに笑った。


最後の買い物も無事終えて、船はいよいよ港を離れた。

「バァバ…ばいばい…」
「ライラはよっぽどアルテミシア様といるのが楽しかったみたいですね。」
「うぅぅっ…師匠…」
「シェル先輩も…お師匠様と離れるのがとてもお辛そう…」

逆に、ようやく慣れた自陣に戻れるデイビッドと、ずっと婚約者の興味関心の外に居たエリックは、この帰路をとても喜んでいた。

こうしてデイビッドのおよそ10年振りの生まれ故郷への帰省は終わり、問題が山積み残った学園へと戻って行った。



(エンジン掛けてぇな…)
相変わらず音も無く揺れもせず、するすると滑るように進む船の上、早くも始まった宴会を他所にデイビッドは甲板で舵輪を握っていた。
(こう…自分で動かしてる実感も欲しいような…)
チラ…と水の中を覗くと、無数の大きな光る目玉が船底にへばり着いて泳いでいる。
(やっぱやめとくか…)

運河の流れは一応海に向かって流れてはいるが、常に一定の速さになるよう川底に石などを積んだ仕掛けがあり、エンジンのついた船ならば簡単に昇ることができる。
最近は魔導式エンジンの普及であまり見なくなったが、小舟や帆の無い小さな商船などは、馬や牛に牽引させられるよう、運河を挟んで陸路も設置されており、安全にかつ迅速に海から帰れるようになっている。

ひとつ、ふたつ、みっつ目の大きな拠点で一度船を止め、デイビッドも一休みした。
卵とバターをたっぷり練り込んで、ふかふかに膨らませた軽やかな菓子パンにはクリームと、これまたたっぷりのバターが塗られていて食べ応えがある。
シェルリアーナは顔の半分はあるふわふわのパンにかぶりつき、やっとエリックの顔を見て笑った。

ライラは紙袋いっぱいの小さなドーナツをいくつも食べて、手を粉だらけにしていた。
南国や帝国から運ばれて来た珍しい果物の皮を剥くと、隣でヴィオラが口を開けて待っている。

ただそれだけのことが、捻くれたデイビッドにもとてつもなく幸せに感じられるようになった。
(そっか…俺も変わったのか…いや、変えてもらったんだ、ヴィオラに…)

荒野に降り注いだ雨の雫が大地に染み込み、やわらかな命が芽吹くように、デイビッドの乾いた心にも、やっと色がつき出した。
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