黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

ロドム・グロッグマン

ヴィオラはいつもと少し違う食卓に、首を傾げていた。

「今日はお米はないんですね。」
「おう。代わりにコレがあるからな!」

デイビッドはスープとトマトを食べ終わったライラに、ゼリーを出す前にバナナを持たせると、後ろから手を添えて食べ方を教えた。

「あうー?」
「ライラ、ここをしっかり持って、反対の手でここを引っ張って…そうそう、上手いぞ、ほらむけた!食ってみな!?」
「んむんむ…あー!おいしー!!」
「良かったなぁ!バナナだぞ?バ・ナ・ナ!」
「ナァナー!」
「気に入ってもらえて良かった。いっぱい食べような!」
「あーい!」

どうやらライラにも気に入ってもらえたようで一安心だ。

「わぁ!甘い!おいしい!」
「何度か見たことはあったけど、こんな風に食べるのは初めてね。」
「アデラの方だと、庶民から貴族までみんな食べてるそうですよ?現地には種類も豊富だとか。こっちではまだ珍しいですよね!」
「まだ売り物にするには早いんだ。こっちで安定した供給がどこまでできるか試さなきゃだし、調理方法も広げたいところだしな。」


1週間振りの慣れた部屋での食事はやはり良いもので、この部屋に敵うか匹敵する家を探すのは本当に大変そうだ。
しかし、ヴィオラとの将来のためにも、妥協は許されない。
本当に良いと思ったものだけを詰め込んだ家を、なんとしても作ろうと、改めて決心したデイビッドだった。


研究室に帰ってから2日目。
最初に動いたのはエリックだった。

「“グロッグマン商会を好き勝手に動かしている次期当主の黒豚令息が、今度は婚約者に飽きて金に物を言わせて愛妾を集めている”んだそうです!」
「イキイキしながら報告すんな!!」
「“身分問わず見目の良い女を侍らせて毎夜いかがわしい店に出入りしてる”なんて話も出てまして!」
「そんなんは前からだけどよ…」
「“気に入った女には月に金貨5枚出して囲ってる”って、今回突撃があったのはこの辺の噂が原因ですかね!」
「ゴシップになった途端仕事が速いの、なんとかならねぇかな…」

金の気配があると人も寄ってくる。
グロッグマン商会に出入りし、目立った稼ぎがあるのも事実。
小金欲しさに寄って来る輩だけならいいが、これがかつてのミリム事件のように娘を売ろうなどど考えたり、家の為我が身を差し出そうとする者達が現れては敵わない。

ゴシップ大好きエリックは、こういう時に情報を集めて来るのが速い。
噂は鮮度が良いほど注目も浴びる。
今回の噂はどうやら、1週間程前に王都内で開かれたシガーサロンから発せられたもののようだ。
ラムダ王国の社交界はまだまだ男性が主体。
そして夫や婚約者から聞いた噂を、御婦人達がお茶会や各々が集うサロンを介して急速に広めて行くのだ。

商会に直に訪ねて来たのは、さっきの婦人含め4人。
内2人は金欲しさの娼婦で、残りはさっきの婦人と同じく、出戻った娘の面倒を見ろと言うもの。まだ対処のしようがある。


頭の痛い噂にどうしたのもかと悩むデイビッドの元に、続けて更に不可解な問題が転がり込んで来た。
その報告は、店にやって来たミリオンファーム菓子店の店長からだった。

「店のケーキにクレーム?!」
「はい、お買い上げになったケーキにゴミが入っていたとかで、お客様が何名か…」
「で、そのゴミ入りケーキは?」
「捨ててしまったから現物はないとかで…」
「悪質な嫌がらせの可能性が高いな…わかった、店は対応しなくていい。明日から販売方法を変えよう。悪かった、俺が噂を放置してきたせいだ。本当に申し訳ない…」
「若旦那が謝ることないですよ!ウチのお菓子はリピーターもファンも根強い。信頼関係だって築けています。安心して下さい。」

ミリオンファーム菓子店は、翌日から常連客限定で予約販売のみの運営となり、新規の者達には事態が収束するまでチョコレート1枚として売らない事になった。
それでも毎日の様にケーキは焼かれ、チョコもクッキーも山の様に作っては全て捌けて行く。
希少性が増した事で注文はひっきりなしになり、古参客の特別な紹介が無い限り新たな客は迎えない事にすると、逆に人気が上がり、お茶会でミリオンファーム菓子店のケーキを出す事が貴族女性達のちょっとしたステータスになったそうだ。
更には常連客同士を介して、ミリオンファーム菓子店に嫌がらせをしている者がいると話が回り、少しでも店を悪く言おうものなら茶会や夜会で派閥から締め出しを食らう羽目になる。
それ程の実力と魅力を兼ね備えている店なのだ。
たかが風評被害に揺れる様な軟な仕事はしていない。
それぞれが確立した腕を持つ、誇り高き菓子職人の集い、それがミリオンファーム菓子店。

嫌がらせをして来た人物が誰であれ、デイビッドとその後ろに控えた最強パティシエ集団を甘く見過ぎていたとしか言いようがない。



そして、妙な苦情は会頭の元へも寄せられた。

「ミスター、こう申しては何ですが、少しご子息を甘やかし過ぎでは?」
「は?それは私のことですかな?」
「長い付き合いの貴方にだからこそ言いますが、貴方のご子息は市井で好き勝手し過ぎでしょう。このままではグロッグマン商会が潰れてしまうのではないか、不安の声も出ているのですよ?」
「さて、何のお話でしょうか?」
「ご子息が可愛いのはわかります。ですが、あまりにも酷い噂ばかりで…」
「私に、子はおりませんが??」
「はぁ?!」
「こう見えて未婚でございましてな。他所に子を作ったこともございませんで。一体何のお話をされておいででしょう?!」
「そ…そんな…しかし…」
「どなたかとお間違えでしょうかな?どうやらお疲れのご様子、今日の所はお暇致しましょう。では失礼。」

にこやかに、かつ速やかに商談相手の家から出て来たロドム・グロッグマンは、もう二度と来ないであろう家の門を抜けると、不機嫌そうに馬車に乗り込んだ。
(今度の噂はまた一段と気分の悪い…)
ただ笑い者にするだけならば無視することもできるが、実害を伴う噂は非常に厄介だ。
店にも迷惑がかかっているところを見ると、恐らく噂を撒いた人物はこういったやり方に慣れているのだろう。
大衆や世論を仕向け、自分は外部から高みの見物。実に巧妙で汚い手口を使う。
(ま、喧嘩を売った相手が悪かったと後悔する頃には遅いがな…)
なにせ相手はデュロック家の中でもバケモノ級の商才と強運を兼ね備えたデイビッドと、身一つから叩き上げで商戦を勝ち抜き、この王都でのし上がったグロッグマン準男爵。
未だ見ぬ噂の元凶を徹底的に叩き潰すため、ガマ男が動き出した。


ロドム・グロッグマンは生まれついての醜男だった。
家は小さな商会で、親兄弟は皆普通の顔だというのに、1人だけ潰れた蛙のような見た目をしていて、いつも皆の笑い者だった。
その上幼少に掛かった疱瘡のせいで痘痕アバタが残り、更に醜い姿になって爪弾き者にされていた。
その悔しさをバネに、必死に勉学に打ち込み、商売を覚え、誰に馬鹿にされようと人の集まりには無理矢理にでも顔を出している内に、気がつけば王都でも実力派の商人として顔と名が広まっていた。
信頼と実績を着実に上げ、やがて貴族の利用も増えると、その品揃えと扱う商品の質の良さが物を言い、今では知らぬ者のいない大商人。
影ではその容姿から、蛙男フロッグマンと呼ばれていたため、爵位を買う際に一文字変えて“グロッグマン”と皮肉を交えて名乗るようになった。

その後店が大きくなり、国王の目にも止まるようになった頃、国から内密に奴隷の売買に関わる者を焙り出すため力を貸して欲しいと要請され、情報網を駆使して大捕物に加わった。
市井に流されていた奴隷達は、皆エルムの砂漠地帯のスラム出身だそうで、王の頼みからエルムに調査に向かう際、人生を変える出会いをした。

王の勅命で隠密として行動中、ラムダ国内の魔物討伐の遊撃隊と拠点を同じくした際、エルムに行くなら怪我をして動けない者を1人同行させて欲しいと頼まれ、引き取ったのがデイビッドだった。

アデラの血が入っているのだろう褐色の肌。難民とは思えない恰幅の良い体格に、所作の良さと似つかわしくない身体の傷。言葉に訛りはなく、エルムに行くなら連れて行って欲しいと少年は言う。
恐らく訳あって亡命か何かした裕福な家の子供が、親とも別れて行く当てを探しているのだろう…そう思って馬車に乗せてやったのが始まりだった。

表向きには、故郷に恩返しの為復興の助力に向かう所という事になっていたため、向かう先は過酷な土地だと言っても少年は構わないと言い、それどころか、同行させて貰う代わりにとよく働いた。
体が動かない内は料理や火の番、薬の調合などを、動ける様になると掃除に洗濯、荷運びや水汲み、食材探しなども嫌がらずにこなしていく。
ロドムの話を聞くのが好きで、いつもついて来てはあれこれ尋ねて来るので、可愛さもひとしおだった。
任務が終わった暁には、いっそのこと我が子に迎えたいと思い、気合を入れて教育していたら、まさかの自国の貴族子息と知って愕然とした記憶はまだ新しい。

あれから6年。
デュロックの傘下に入ってから、商会の成長は止まるところ知らずで、業績は右肩上がりに伸び続けている。
その功労者の一人がデイビッドだ。
我が子も同然に育てて来た…そう、正しく手塩にかけて育てて来たデイビッドは、いつも手の届かない場所でトラブルに巻き込まれて来た。
いつもは蚊帳の外からその身を案じることしかできず歯痒い思いをするばかりだったが、今回は己も多少は動けそうだと、ロドムはでっぷり肥えた腹を揺すって喜んだ。
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