黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

文字の大きさ
420 / 512
黒豚令息の領地改革編

伝手の確保

棚の上から焼き冷ましていた素朴なケーキを取り出し、アイシングが固まっているのを見てから切り分けてミルクと出すと、ライラは夢中でかじりついた。
大人用にはクリームを添えてフルーツティーを淹れる。

「これは…わかった!バナナですね!?」
「そう、潰して生地に混ぜてみた。粉が少なくなる分物足りなくなるかと思ったが、そんなことも無いな。半分近くバナナで出来てるなんて思えない。普通のケーキより甘さも控え目で…」
「じゃ、痩せる!?」

そこへシェルリアーナが食い気味に迫って来た。

「痩せるかというとちょっと…」
「でも、半分はバナナなんでしょう!?」
「そうだけど…」
「同じ量食べてもケーキは半分しか食べてないってことになるじゃない!」
「その分バナナ食ったことになりますが?」
「でも果物じゃない!」
「果物だから太らないってのは幻想だからな!?」

それでも確かに粉と砂糖とバターが減る分、いわゆるヘルシーにはなる。

「私のオヤツ、しばらくコレにして!」
「何度も言うが俺はそういう係の人間じゃねぇんだぞ!?」
「同じのばっかりじゃ飽きるからアレンジとか、作り方も変えてよね!」
「飽きるほど食うつもりか!?」
「仕方ないでしょ!?誰のせいだと思ってのよ!責任取んなさいよ!!」
「そんな気にする程ふと…あ゙っ!!」

シェルリアーナの拳が唸る瞬間、エリックがライラの目を覆い、ヴィオラが手前の皿をサッと避ける。
実に連携の取れたチームである。


ひっくり返ったデイビッドは、棚の上から憐れむようにこちらを見下ろす妖魔と、いい気味だとでも言う様にクスクス笑う妖精と目が合った。

「いい加減にしとけよ。そのうち鼻なくなるぞ?」
「シェルリィのお願いは全部聞くんだよ? 嫌がらせなんてしたら承知しないからね」

デイビッドにしか聞こえないようコソコソ話しながら、2匹の姿がどこかへ消えると、よっこら起き上がり、今度は夕飯の仕込みにキッチンへ向かう。

「夜ラザニア食べたい人!」
「「はーい!!」」
「あーい!」
「ってなワケでデイビッド様、ラザニア追加で!」
「はいはい…ラザニア…と…」

ひき肉と玉ねぎ、キノコを数種類、トマト、チーズ、葉野菜を少々…
付け合せはジャガイモがいいか、マリネも漬けておこうかなどと考えながら、手持ちのハーブの在庫が足りなくなり温室へ向かった。


温室の中は相変わらず蒸し暑く、夏の長居は厳しい。
持ち込んだ植木鉢に、種から育てたハーブが何種類もワサワサ育っている所へ来ると、良い所をむしってザルに入れていく。

「デイビッド!久シブリ!」
「よぉ、アリー!元気してたか?」
「カワイイフカフカイッパイデ、嬉シカッタ!」

デイビッドは出かける前、やわらかい物好きなアリーに、ぬいぐるみやクッションを渡していた。
大きなクッションに埋もれて眠るのが、最近のお気に入りなんだとか。
ハーブを摘み終えて腰を伸ばすと、脇の木の裏から何やら鳴き声がする。

「キーッ!キキィーッ!!」
「なんかいるのか?」
「トレント!」
「トレント!?あぁーっ!そうだ、思い出した!ネズミに寄生したヤツ!持って来たんだった!」

トレントの実を採取する際、キノコゼミで魔力を奪ったら思いの外弱ってしまい、生命の危機を感じたトレントが種を飛ばし、ネズミ型の魔物に寄生した、その幼体。
袋に詰めて持って帰ったその後、アリーが引き取りしばらくペットにしていたそうだ。

「チッチ、モウ動カナクナッチャッタ…」
「名前つけてたのか…」
「チッチモ、フワフワシテタ。アッタカクテ、ヤワラカイ。イイナァ…」
「こんなトコにトレントなんか植えて大丈夫なのか?!」
「人ガ来タラドカセルヨウニ、植木鉢ニ植エタカラダイジョウブ!」

トレント、もといチッチの植わった鉢を抱き上げると、アリーは嬉しそうに裏の特別室へと連れて行った。


採れたてのハーブで夕飯の仕込みを終え、少しだけ外の畑を世話していると、テッドが赤い自転車を飛ばしてやって来た。

「若旦那、直ぐ来て下さい!お店に大変なお客が来てるんです!!」
「大変な客だぁ?」
「女の人で…その、若旦那の子供を妊娠してるとか言ってて…」
「…いつか来るかとは思ってたよ…男を陥れるにゃ一番手っ取り早いからな。まずはどんな相手か見に行くか…」

チラ…と部屋の中を覗くと、ヴィオラが不安げな顔つきでこちらを見ていた。

「ごめんな…ちょっと行って来る。」 
「あの…気をつけて…」

緑色の自転車に乗って走り出したデイビッドの後ろ姿を見送りながら、ヴィオラは少しだけ不安な気持ちになった。

「安心しなよお嬢ちゃん。アイツまだだから、誰かとそーゆー関係になったことなんかねぇからよ!」
「新品…?なにが?」
「わかんないならわかんないまんまでいて?俺まだ殺されたくないからさ!」

トムティットは、また碌でもない事をヴィオラに吹き込もうとして、シェルリアーナに睨まれ、慌てていた。

「そういうのもわかるなら、なんで妖精は裁判などの証言には使えないんでしょうね?便利そうなのに。」
「契約者の言いなりだからね。台詞はいくらでも捏造できちまう。それに気まぐれだし司法には向かないんだよ。」
「使う側の人間が愚かじゃ仕方ないか…」
「そういうのこそ、ごまかしの利かない魔道具の方が信憑性が高くなんのよ。」

妖精を証言台に立たせるのはどうも難しい様だ。
世の中そう上手くは行かない様に出来ている。


商会に着いたデイビッドは、応接間で少し年上の女性と対面した。

「それで?俺になんの用だって?!」
「まぁ!しらばっくれないで!私は貴方の子を身籠っているのよ?!この責任はしっかり取ってもらいますからね!?」
「そもそもいつお会いしましたかね?」
「顔も覚えていないなんて酷いわ!!2ヶ月前にシガーサロンで声を掛けられて、その後バーで飲んだじゃない!」
「どこの?」
「わ…忘れちゃったわよ!私も酔ってたし…」
「でも王都内なのは確実なんだろ?じゃ片っ端から調べよう。俺の出入りがあったシガーサロンがこの王都のどこにあったか…アンタ職業は?」
「…クラブのホステスよ…」
「どこの?」
「そんなの関係ないでしょ!?話をはぐらかさないでよ!」
「そっちこそ、誰の入れ知恵だ?会ったこともない女と、どうやったら関係が持てるのか、俺も知りたくてね。」
「毎晩飲み歩いてるクセに、そっちの記憶こそ怪しいんじゃない!?」

やはり、まだそちらの噂は収束していないようだ。

「埒が明かない話はもういい。外に馬車を用意した。今から少し付き合ってもらうぞ?」
「ど…どこへ連れて行く気…?」
「決まってんだろ?病院だよ。」
「病院!?」
「まずは本当に妊娠してるのか検査して、本当ならその時期を正確に割り出す。」
「う…嘘じゃないわ!本当よ!」
「それから魔力診断も受けてもらうぞ?」
「魔力診断?なにそれ…」
「腹の中の子供が誰の魔力を受け継いでるか、判別が付くようになったのは知らねぇか?魔力の質は人それぞれ違う。胎児は母体の影響を強く受けるが、父親の要素もきちんと持ってる。相手が魔力無しでも微量な魔素から検知できるそうだ。新しいやり方だが、既に実用段階に入って信憑性もある。裁判で有力な証拠として扱われるくらいにはな!?」
「そ…そんな事しなくたって…」
「徹底的に調べてやるからな?逃げんじゃねぇぞ…?!」
「…っごめんなさいっ!!」

デイビッドが真顔で凄むと、女は顔を覆って泣き出した。
妊娠しているのは本当だが、もちろん相手はデイビッドではなく職場の上司で、なかなか認知してくれず捨てられてしまった事。
子は産みたいが先立つものがなく、困っている所にホステス仲間から良い相手がいると話を持ちかけられた事。
上手くすれば一生遊んで暮らせるなどと甘い言葉に乗り、ここへ来た事。
全て吐いた。

「アンタ名前は?」
「ミラベル…」
「…クラブのホステスって言ってたな?どこの?」
「東の繁華街…三番街のトリーシァ…」
「確か、貴族向けの高級クラブだったな…」 

一度はこのまま追い返すつもりでいたデイビッドは、ふと、思い立ってミラベルにある提案を持ち掛けた。

「なぁ、もし俺に協力してくれるってんなら、そっちにも多少力を貸してやるが、どうする?」
「え?」
「腹の子の父親から養育費ぶん取るくらいは手助けしてやるよ。アンタの働き次第だけどな。」
「ホント?!」
「俺はこう見えて、クラブだのサロンだのにはほとんど出入りした事が無い。酒もタバコも苦手でね。夜の街なんざ歩いただけで吐き気がしちまう体質なんだ。」
「嘘でしょ…?」
「だからそっちの世界には暗いんだ。俺の噂をどこで誰が広めてるのか、調べて欲しい。どうだ?悪い取引じゃねぇだろ?」
「いいの…?だって、アタシ…貴方を騙そうとしたのよ?子供盾にしてさ…叩かれておん出されたっておかしくないのに…」
「詰めは甘かったけどな。それに俺だって妊婦に鞭打つほど悪魔じゃない。ま、後はアンタ次第だ。」
「わかった!協力するわ!こう見えてお客も大勢いるんだから!直ぐに噂を流してる奴を見つけてやるわ!」
「無理はすんなよ?この時期は特に母体も腹の中の子供も不安定になる。落ち着いてからでいい。それと、酒とタバコは控えろよ?最悪ちまうぞ。」
「…貴方って、おっかない様に見えて実は物凄くお人好しなのね。普通は押し掛けてきたペテン女なんて放り出して終わりよ?」
「使えるものは使う主義なだけだ。じゃぁな。」

呼んでおいた馬車に、遠慮するミラベルを押し込むように乗せて見送ると、デイビッドはいよいよ動かざるを得なくなった現実にうんざりしていた。
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。 【無断転載・AI利用禁止 / No Unauthorized Use or AI Training】 本作品の無断転載・複製・AI学習利用を禁じます。 Unauthorized reproduction or use for AI training is strictly prohibited. © 魯恒凛 / RoKourin

何もしなかっただけです

希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。 それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。 ――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。 AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

なんでも奪っていく妹に、婚約者まで奪われました

ねむ太朗
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、小さい頃から、妹のエルーシアにネックレスや髪飾りなどのお気に入りの物を奪われてきた。 とうとう、婚約者のルシアンまでも妹に奪われてしまい……

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。