黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

ライラの“まま”

「ラザニア焼けたかな?」
「らじゃにあやけたかな!」
「まだかな?」
「まだかなー!」

オーブンの前に陣取って、ヴィオラとライラがチーズの焼ける香りを嗅いでいる。
足をパタパタさせながら仲良く並んで座る姿は、まるで歳の離れた姉妹の様だ。

スープにトウモロコシを浮かべ、ジャガイモのガレットにサラダを盛り、ライラ用の野菜スティックを切って、焼けたラザニアを取り分けたら夕飯の完成だ。

「この糧に感謝を!」
「しゃんしゃんおー!」

熱々のとろけたチーズをふうふう冷ましてライラに食べさせるヴィオラの姿が、聖母に見えると言ったらエリックは爆笑するだろうか…
(したら本気で殴っても許される気がするな…)

わかってはいる。おかしいのは自分だ。
最後までしまっておくつもりだった本当の気持ちを、言葉にして伝えたあの夜からずっと、以前にも増してヴィオラが眩しく、愛おしく見えて仕方がない。
これが俗に言う“恋”なんてものなのだろうか。
(ったく…柄でもねぇ…)
呑まれないよう平静を装い、変わらない態度でいるつもりが、頭の中が始終浮かれて収拾がつかない。
その都度冷静になり後悔するまでがワンセット。日々これの繰り返し。
人が恋愛でおかしくなる訳が理解できた。


「ラザニア取り分けますよ?」
「少ない!もっと大きく!」
「ガレットも…」
「野菜にして!油吸った芋なんて食べさせないで!!」
「ならラザニアも減らしますか…?」
「好きなものは減らしたくないの!好きなもの食べながら痩せたいの!!」
「むちゃくちゃをおっしゃる…」
「わかってるわよ!そんなのわかってるわよ!!」

シェルリアーナを構おうとして失敗しているエリックを横目に、もっと振り回されればいいと、今まで散々振り回されてきたデイビッドは心の中で呟いた。
恋も女性の扱いも百戦錬磨の様に見えるエリックですら、目の前の婚約者にはなかなか心を開いてもらえないらしい。
それを見て少しだけ安心したデイビッドだった。


白いウサギのぬいぐるみを抱いて眠るライラを見つめながら食べる今夜のデザートは、冷たいチーズタルトとレアチーズケーキ。
味の違う2種類を食べ比べながら、少しだけ酒精の入ったブドウのソーダ水を楽しむと、ヴィオラもシェルリアーナも部屋に戻って行った。

「そろそろ人の婚約者とイチャつくのやめてもらえません?」
「お前の目は節穴か!?」
「ちょーっと目ぇ離すと直ぐ砕けたやり取りしながらスキンシップ取り出すんだもの、いい加減にして欲しいんですよねぇ…」
「節穴にガラス玉かなんか詰まってんのか?!人が鼻血出してひっくり返ってんの見えてんだろ!?」
「そーゆー「気心知れてます」みたいなの、見てて正直腹立たしいんですよ。」
「本当に気心知れた奴は図々しくズカズカ人の領域に入り込んで来て鼻っ柱に拳叩き入れたりはしねぇよ!?」
「…そういうプレイを楽しんでいるものかと…?」
「お前ぇの頭ん中どうなってんだ!!」

エリックの思考回路は、相変わらず謎と不可思議に満ちていて、デイビッドの手には負えそうにない様だ。


次の日は朝から生憎の天気だった。 
ヴィオラとシェルリアーナは課題に勤しむ間、邪魔にならないようデイビッドがライラを連れて建物内を散歩させていると、事務の者達に呼び止められた。
貴族裁判所から通知が届けられたそうだ。

「なんて書いてあるんです?」
「要するに、不当に引き取った子供を両親に返せだと。」
「庶民が貴族裁判所なんて利用しますかね?」
「…ハルフェン侯爵が後ろ盾らしい。狙いは間違いなくライラだな…」
「気持ち悪ぅ…諦めの悪い事で…」
「向こうがその気なら、こっちも万全の用意で挑んでやろう。誰だろうと、ライラにちょっかい出した事後悔させてやらぁ…」
「あーい!」

久々に張り切ったデイビッドは、ライラがここへ来た時から取っておいた資料や記録を山と用意し、証言や目撃情報を集め、万全の対策を練って挑むつもりで気合を入れていた。


「おやちゅ!」
「ヴィオラ、そろそろ一息入れないか?今日はクリーム入りのゼリーに果物を入れてみたんだ。」
「はぁ~~…頭が沸騰しそうだったので嬉しいです…」

邪魔者達の相手は片手間にして、今の本命はヴィオラ(とライラ)に構うことだ。
夏も終わりが近いが、まだまだ暑い日は続く。
涼の取れる冷たい物が手放せない。

「私のは!?」
「シェル様にはこちらのバナナ蒸しパンですよ!」
「あら、このお茶いつものハーブティーじゃないのね。」
「代謝を上げるハーブと薬草を加えてみました。少しクセがありますが飲みやすくしてありますよ?」
「気が利くじゃない!」

これまではデイビッドとヴィオラの傍観者だったエリックが、シェルリアーナを相手に世話を焼こうとして一進一退する様を晒している。
今度はデイビッドがそれを見せられる側になり、些か鬱陶しい気がしてきた。

(エリック様も頑張ってますね!)
(ヴィオラは平気なのか…?ああいうの見せつけられて。)
(参考になります!)
(…いや、俺にああいう真似はできねぇよ!?)
(シェル先輩も、あんなにお姫様扱いされても全然動じてない…)
(そういう環境に慣れてんだろうな…お互いに…)

高位貴族の、それも貴族教育の行き届いた美男美女のカップルに、ヴィオラとデイビッドは少しだけ卑屈になりかけていた。



「じゃぁ…行って来る。」

裁判所から通知があった2日後、デイビッドは珍しく目立つ服を選び、大きな鞄を片手にライラを抱っこして馬車に乗り込んだ。

「ねぇね、ばいばーい!」
「ライラちゃん!頑張ってね!絶対帰ってきてね!!約束よ!?」
「大丈夫、何があっても2人で帰るよ。安心して待ってな。」

まだ何も理解できていないライラも、どこか緊張していて落ち着かない。

「まま、まぁま!」
「ままじゃないんだって…あーでも、そうか!“まま”以外の呼び方がわかんないのか。」
「まぁまぁー!」
「なんて呼ばせたらいいんだ…?」

「そこは“パパ”でいいんじゃねぇの?」

黙っているつもりでいたトムティットも、思わず声が出てしまう。

「なんかダメなの?もうすぐパパのクセに…」
「未婚で婚約中にそれはマズイかと思って…」
「なんでそこで変な繊細さ出してくんの?もう赤の他人の立場じゃないでしょうが。自覚しろ“パパ”さんよ!」
「やめろ!」

やがて裁判所へ着くと、養護員達がライラを別室へ連れて行った。

「まぁまーっ!」 
「大丈夫、また後で会えるよ。この人達の言う事ちゃんと聞いて、イジワルしちゃダメだぞ?」
「…うん…」
「いい子だ…」

ライラの頭を撫でてやると、幼いながらに涙を堪えて手を振るので、思わず子供の成長振りに感慨深くなってしまった。
(親になるって…こういう事か…)


今日は裁判ではなく、いわゆる「調停」と言う非公開の話合いが行われる。
できれば今回のみで決着をつけたいが、何日もかかる事が普通だそうだ。

先方は弁護士に加え、若きハルフェン侯爵自らが出て来て、弁護に当たるつもりのようだ。
見ず知らずの平民相手に有り得ない待遇だ。

「私、リチャード・ハルフェンは、この嘆かわしき由々しい事態を正さんと、この度この夫婦に力を貸すことにした。」
「あぁそー…」
「お願いです!娘を!娘を返して下さい!!」
「一度は過ちを犯しました!ですがあれは教会の圧力に耐えられず仕方のない苦渋の決断でした…教会がなくなると分かっていればあんな事しなかった!」
「へぇ~…」

さも自分達が被害者と言わんばかりの泣き落としに、デイビッドは辟易しながら手元に配られた陳述書と、いかにこちらがライラに相応しくないかが書かれた弁護士とやらが作った書類を読んでいた。

「こっちから質問してもいいんだよな?」
「はい、そのための調停ですので。」

流石に調停員は冷静で、感情に流されたりはしていないようだ。
しかし、ハルフェンがどこまで食い込んでいるか分からない以上、下手な発言は控えなければならない。
(最悪全員グルって可能性もある事だしな…)

「じゃ始めに、ライラを捨てたのはいつだったか、覚えてるか?」
「雪の降る年の暮れでした…」
「何故そんな日に赤ん坊を捨てようと?」
「教会に悪魔信仰の疑いをかけられて致し方なく…」
「そうしないと家族がみんな不幸になると脅されたんです!」

これは実際にあったケースだ。
黒髪黒目の人間を悪魔の生まれ変わりとし、教会が忌み嫌っていたことは周知の事。
稀に生まれる黒髪黒目の子供は、王都内では迫害の対象だった。


(今思えば、恐らく教会が広めた黒髪黒目の悪魔とは“デュロック”の事を示していたのだろう。教会が盗んだガロの遺物と守護者を奪い返しに来る可能性があったのは、ガロの留民を守護するデュロックの外にいない。初代は黒髪黒目の武人だった。せっかく手に入れた聖女と結界の装置を守る為、恐怖で民衆を扇動し、差別意識を植え付け、万が一進軍された際の盾にしようとしたに違いない。全く持って腹立たしい限りである。)


「下らない質問はもうよろしいですか?!それではこちらからもお聞きしますよ?」

今度は反対に、デイビッドが答える番だ。
もう何も怖くはないと言った態度で座り直したデイビッドは、明らかに悪人の様な顔をしていた。

「貴方は何故、あの子供引き取ろうとしたのですか?」
「展開してる事業の中で、金で子供を買おうとしてると聞いたから、保護のつもりで事業主に養育権を移したまでだよ。」
「相手が崇高な考えで、真剣に養女に迎えようとしている可能性は考え無かったと?!」
「王都から使者だけ寄越して、理由は聞くな詮索はするな、金は払うから黙って子供を渡せと言われたそうだ。怪しいんで念の為身柄を確保したんだよ。」

「だったら今直ぐに親元へ還すべきだ!何故そんな幼子に執着する!?これは市井の噂が真実だという証明ではないか?」

新ハルフェン侯爵はデイビッドを指差し、勝ち誇ったように笑っていた。
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