黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

調停と詐欺師

「聞いて下さい!この男には小児性愛者の疑惑があり、実際に幼児との縁談の席を設けているのです!婚約者を持った男性のすることとは思えない!疚しい下心無くしてただの幼子にこだわる理由は無い!こんな異常性癖者の元に子供を預けて置くなど有り得ない!即刻子供と引き離すべきだ!」

声高に叫ぶハルフェン侯爵は、調停の意図がよく分かっていない様だ。
調停は問題に直面した当時者達が、話し合いで合意の上の解決に向けて着地点を見つけるための席である。
それを専門家が法の下に双方の意見を聞き、公平な立場で歩み寄ることを促すのだ。
決して断罪が行われる場ではない。

「“親元に還す”んじゃねぇのかよ?」
「あ、当たり前だ!貴様から子供を取り戻し、然るべき養護者の元へ帰すのだ!」
「人のこと好き勝手言いやがって…そもそもその2人が本当の親かどうかだってわかんねぇしな。だったら手放しで返すワケにゃいかねぇよ。」

例えデイビッドに素行などの問題があり、親権を失っても、この夫婦の元に子供が直ぐ帰される訳では無い。
ライラが孤児である以上、親である証明や審議を要するのだが、そこは理解していないのかも知れない

「こちらが嘘をついているとでも?」
「証明できる手立てがあるのか?孤児の親なんざ、誰でも適当に名乗れば成立しちまう。それで起きた事件も過去にあったよな?」

見目のよい孤児ばかりを探し出し、生き別れた家族を名乗り引き取って、子供を欲しがっている貴族や豪商などに売りつける犯罪も過去に起きている。
言葉を話せない赤子を利用した悪質な事件だ。

「酷い侮辱だ!!」
「あ、貴方は娘を手放さざるを得なかった親の気持ちが理解できないのですか!?」
「したくもねぇよ!俺なら何が何でも手放さない方法を考えるからな。簡単に子供を捨てるような人間の気持ちなんざ知りたくもねぇ!」

言葉は悪いが、調停員のデイビッドに対する印象は悪くない様だ。
相手の弁護士は狼狽え、ハルフェン侯爵は何か怒鳴り、夫婦らしき男女は顔色を悪くするだけ。
正直負ける気がしない。

「それじゃ、今度はこっちが質問する番だな。アンタ等が本当の親かどうか、確認させて貰う。」

まず出して見せたのは、アミュレット。産まれた赤ん坊に持たせる小さな守護石の付いた手編みのものだ。

「このアミュレットに見覚えは?」
「それはあの娘に渡した物です!せめてものお守りにと思って…」
「ふーん…どこに赤ん坊を置いて来たかも覚えてるか?」
「郊外の乳児院に…置き去りにしました…か、顔を見られたくなくて…」
「もうひとつ、あの子の生まれた日は?」
「年の瀬の、ノエルの日でした!」
「最後に、あの子のが知りたい。」
「え?えーと…アン!そうアンです!!」

目を丸くする調停員に目配せすると、デイビッドは相手の書類を放り投げた。

「どうです?これでハッキリしましたか?」
「はい…そうですね、明らかにこれは…いくらなんでもここまでとは…」

言い淀む調停員に苛立ったのはハルフェン侯爵だった。

「何が言いたい!今の答弁に何の問題があったと言う!?」
「さっきっからうるせぇなぁ!お前は誰のためにここにいるんだ?」
「それは…この夫婦の子供を取り返すために…」
「だったらしゃしゃり出て来ねぇで、黙って聞いてろよ。こっちはもう既に資料は提出済みなんだからよ!」

調停員は厚手の書類をパラパラめくり、ひとつひとつ確認すると大きなため息をついた。

「まず、今見せたアミュレットを作ったのはデイビッドさん、貴方で間違いありませんね?」
「ああ、コレは俺が作った妖精の加護を編み込んだアミュレットだ。同じ物を3つ作ってひとつはライラに、もうひとつは俺の婚約者が持ってる。一度は重なった縁と思って、最初に持たせたもんだ。」
「そ…そんな!!」
「妖精の…加護だと?!」
「それから、乳児院に子供を連れてきたのは、デイビッドさんと女の子だったそうです。」
「そう。橋の下で泣いてる所を先に学園の生徒が見つけて、それを俺の婚約者が助けようとしたんだ。当時は教会の勢力があって王都内じゃ断られたんで、俺の所に連れて来た。それが初対面だったよ。その後乳児院へ連れてったんだ。」
「それと…生まれた日は不明のままなのですね?」
「乳児院には入ったその日を誕生日にする習慣があるからな。拾った時点で離乳食が食えてたから、完全な乳飲み子じゃなかった。恐らく春先に産まれた子供だと医師も言ってたよ。」
「それは…その…」
「そして、決定的な証拠はこちらです。」

調停員が見せたのは1枚の写真。
そこには赤ん坊のライラの姿と薄汚れた布と、くしゃくしゃになった紙に包まれた髪の毛の束が写っていた。
紙にはよれた字で“ライラ”と書かれ、それが縁切りのまじないである事がわかる。

(本当によく出来た従者だよ…)
この写真を証拠として取って置いたのはエリックだ。
いつ何時足元を掬われるともわからない貴族社会。どんな出来事も決定的な証拠が物を言う。
利かせた機転が功を奏し、してやった顔全開のエリックに渡されたこの1枚が、調停員を頷かせた。

「写っている子どもの姿から、最近撮られたものではないことが分かります。そしてこの髪の色はご夫婦どちらの物でもありませんね。これはどういうことでしょう?」
「こ…こんな物、きっと捏造です!似た子供の写真を撮ったに違いないわ!」
「あ、それからもうひとつだけ。ついさっき手に入れた証拠があるので見て頂けますか?」

デイビッドはテーブルに懐中時計をポンと置き、鎖の留め具を引いて起動させた。


「いいか!何が何でもあの赤ん坊を奪い取れ!そのためにお前達を雇ったんだ!絶対にしくじるなよ!?」
「わかってるよ。それにしても、あのデブ貴族、どっかで見た事がある気がするんだよなぁ。」
「何にせよ、相手は男でそれもお貴族様でしょ?!自分じゃろくに世話もしてないだろうし、赤ん坊だって顔見れば女の方によって来るわよ。」
「万が一正攻法で失敗したら、直ぐに裏から赤ん坊を攫う!そのためにも必ずヤツを足止めするんだ!いいな!?」
「その代わり、借金の件と他所に逃がしてくれるって約束は守って下さいよ、お坊ちゃん?」
「わかっている。が、成功報酬だ!失敗すれば命はないと思え?!」

映像はそこで切れた。
恐らく、この部屋へ来る直前のやり取りだろう。
それにしても、キレイに顔までよく映る角度で音声までしっかり撮れている。まったく、妖魔様々だ。

声の出ないハルフェン側で一番に声を上げたのは弁護士だった。

「侯爵!これは一体どういうことですか!?貴族に子を奪われて悲しむ平民の力になるためだと!列記とした慈善活動だと仰っていたのは嘘だったのですか!?だから私は協力したのに!これでは詐欺ではありませんか!!」
「さ、詐欺だと!?言い掛かりだ!この記録が正しいと言う証拠も無いだろう!?」
「この記録装置は魔法庁の許可なくして手に入れられる物ではありません。余程の信用がある人物でなければ貸与は愚か、使用も制限される特別な物です。これを所有できている時点で、既に社会的な信頼を保証された様なもの!そんな人を相手に、貴方は何をされようとしていたのですか!?」

「お静かに。ここは裁判所です。どの道このままお帰しする訳にはいきません。誰か衛兵を呼んで。」

どこまでも冷静な調停員が外へ声を掛けると、直ぐに甲冑姿の男達が現れ、ハルフェン侯爵と怪しい男女を捕らえた。

「フザケるな!!私は侯爵だ!王家筆頭精霊魔術師のハルフェンを罪人扱いする気か!!」
「王家筆頭の称号はもうこざいません。先程の映像の説明を聞かせて頂きたいだけです。罪はそれから確定致します。」

同時に男達もそれぞれ喚き出す。

「頼む!このまましょっ引いてくれ!下手に外に出されたらコイツに何をされるかわからねぇ!こんな所で死ぬのなんかゴメンだ!」
「アタシもよ!なんならどっか遠くの監獄にでも送って!こんな事なら貴族になんか関わるんじゃなかった!とんだ大損よ!チクショウッ!!」


3人が連れ出された後には、申し訳なさそうに弁護士が残り、デイビッドに頭を下げた。

「誠に申し訳ございません…相手は侯爵だからと何も調べず…」
「構わねぇよ。前からしつこくライラに手を出そうとしてた連中だ。ここでトドメが刺せたのはありがたかった。俺の方だけで片が付けば良かったが、巻き込んで悪かったな…」
「それにはご心配及びません。嘘をつく依頼人などは珍しくありませんから。」

そう言って別の手続きがあるからと、もう一度深々礼をして弁護士は帰って行った。

「では、今回の調停は相手方の放棄と言うことで、デイビッドさんの希望が全面的に通ります。虚偽の申告に詐欺的行為であったことも証明されましたので、今後彼等に接触することはないでしょう。」
「偽の親2人とはそうなるだろうけど、侯爵の方とはどうなんだ?」
「残念ながら、これまでの失態もございますので、恐らく無期限の謹慎になるでしょう。」
「そりゃやらかしたなぁ…」

精霊血統に執着するあまり、市井で妖精に関する者達をかき集め、無理矢理加護や祝福を掛けさせようとしたり、他所の精霊の領域に入り込み、精霊を怒らせて大惨事を引き起こしかけたりと、これまでにも色々あったそうだ。
完全に貴族社会とは切り離され、若くして事実上の蟄居を命じられるハルフェンに、この先があるとは思えない。


「ままーっ!!」
「ライラ!ちゃんとお利口にできたな、エライぞぉ!?」

廊下から駆けて来るライラを抱き上げると、養護員達がにこにこしながらついて来た。

「お預かりした荷物をお返しします。」

渡された鞄の中にはライラのオヤツや人形、お気に入りの毛布などが入っている。

「泣きませんでした?」
「“まま”との約束を守るのだと言って、ずっと我慢していたようですよ?」
「らいら、いいこだった!」
「そうだな…ライラは良い子だ。俺の自慢の娘だよ…(ママがいませんけど…)」

帰り道、デイビッドは幼児用の専門店に寄り、ライラに絵本や玩具を選ばせた。
年相応の知育に関する書物も手に入れ、これからは教育にも本腰を入れていかねばならない。

デイビッドは、この日初めてライラに“まま”として向き合った。
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