黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

ロナルド

商談以外で人と会う事が少なく、かつ社交が苦手なデイビッドは、やや狼狽えながら挨拶を返した。

「はじめまして、デイビッド・デュロックです。お時間を頂きありがとうございます。」
「なんのなんの!ソフィア嬢からお聞きしておりますよ?商業について素晴らしい授業をなさる上にアドバイスも的確だと!エルマー商会もデイビッド様の助言で窮地に陥らず済んだそうで!その結果私の店も無事に恐慌を乗り切り、盛り返したわけですから、間接的ではありますが、貴方は我々の恩人なのですよ!押しも押されぬグロッグマン商会の“ジョーカー”とこうしてお話できるなんて、いやぁ本当に嬉しいです!」

(社交辞令が凄い…)
 引きつった笑いを返すデイビッドの横から、今度はエリックがにこにこと話に入って来た。

「それにしても久しぶりですねぇ。随分と丸くなっていたので見間違えましたよ。まさかロニーがここまで変わっているとは!」
「それはお互い様だろう?君がいきなり卒業してしまうから、こっちは本当に困ったんだぞ?デュロック領から当主付きの外交官補佐になったとは聞いていたが、まさか王都にいたなんて。連絡くらい寄越せばいいのに。」
「過去はあまり振り返らない主義なので。それに、こちらも何かと忙しかったんですよ。」

2人の話しぶりから本当に近しい友人だった事がわかる。
あまり触れたことの無いエリックの過去が、デイビッドも少しだけ気になった。


「すみません、話が逸れましたね。久々の再会だったものでつい…それで、デイビッド様は私に何のご用があったのですか?」
「あ…あの、実は社交界で流されている自分の噂について、少し調べたいと思いまして…」
「噂?ああ確かに、この所だいぶ酷い話が出回っているようですね。」
「君も信じたんですか?」
「まさか!あれだけ市井の新聞を賑わせた後ですよ?鵜呑みにする奴なんていませんよ。」
「でも、面白がってオモチャにする連中はいるでしょ?」
「確かに、やっかみや嫉妬は拭えないでしょうしね。」
「その…店の信用にも関わる事なので、今回はきちんと調べて、収束させようかと…」
「是非そうすべきです!私にできることがあれば何でも協力しますよ?!」

にこやかな仮面の下の表情が読めない相手に、デイビッドはたじろいでばかりいる。

「実は、今回は実際にどの様な場所で噂が流れているのか、自分の目で見てみたいと思いまして、詳しい方にご相談出来ないかと思ってお声掛けさせて頂いたんです。」
「私でよろしければいくらでもお力になりますよ!」
「で、それなんですが…恥ずかしながら、今まで王家主催の催し以外の社交の場に出入りしたことが無くてですね…」
「では今回がデビューということですね!」
「えっと、まぁ…そんなところです…」
「そんな素晴らしい瞬間のお手伝いができるなんて、なんと光栄でしょう!わかりました、手始めに私が出入りしているサロンで、噂が流れていそうな場所を探して招待状を手に入れて参りましょう!」
「あ、いえ!そこまでして頂くわけには…」
「せっかくだから任せちゃっていいですよ。彼ももう半分楽しんでますから。」
「そうは言ってもよ…」
「大丈夫、情報収集の腕は確かですよ。なんせ元諜報…」
「おっと、ここでその話は止めてもらおうか、。」

空気が一瞬ざわつき、殺気に近い濃い気配が部屋に満ちる。

「僕は今この方の従者なので、関わる人間の素性は正しくお伝えしませんとね。」
「過去は振り返らない主義なんだろう?だったら他人の昔話なんて余計にナンセンスじゃないか?」
「いやいや、君の能力を知ってもらうためにも、ここは必要な情報じゃないかと思うんですけどねぇ。」
「だったら信憑性を上げるためにも、君の過去も晒すべきじゃないか?」

2人の目は一見穏やかに見えて笑っていない。
耐えかねてデイビッドが小さく手を挙げる。

「あの…もしお願いできるなら、お任せしてもよろしいでしょうか。報酬はお好きな形でお渡ししますので…」
「本当ですか!?私としては大変喜ばしいのですが、初対面でここまで信用を寄せて頂けた理由をお聞きしても?」
「エリックがここまで気を許すなら、それだけで信用に値します。それに、貴重な情報源をひとつ譲って頂く事になるのでしょう?でしたら相応にお応えしたいです。何分不慣れで上手くは立ち回れませんが、よろしくお願いします。」

不勉強な年下の人間として、最低限の礼儀を示そうとするデイビッドを見て、ロナルドは口元を押さえてエリックに、話しかけた。

「え~…聞いてた人物像と全然違う…めっちゃ真面目ですんごい純情そう…」
「そうかな?猫30枚くらい被ってコレですからねぇ、なんとも言えませんが。」
「こんな人の出来た、しかも堅いとこの主人に仕えてるとか、勝ち組じゃないか!?」
「そこは否定しませんね。人生大勝利確定ですよ。」
(いい気になりやがって…)
(そっちこそ、調子に乗ってんじゃねぇよ…)

この2人、同級生という以外に、何か因縁があることだけはわかった。
が、ここは敢えて深く踏み込まず、知らない振りをしてやり過ごす。

「今日はありがとうございました。」
「いえいえいえ!こちらこそ!今度商会の方へ伺わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。」
「準備が整い次第、こちらからご連絡します!エリックとは魔法便のやり取りも可能ですから、何か分かれば直ぐにお知らせしますよ!」

ドラード商会を出て、また繁華街を馬車で戻る。
見慣れない街並みと、苦手な匂いに満ちた通りを過ぎると、いつもの裏通りに出て一安心した。

「あんなに緊張しなくたっていいのに。」
「相手は社交界に出入りしてる情報通だぞ!?いくらお前の知り合いだろうと、こっちは世話になる側なんだよ!」
「また律儀なことを…」


いつもは徒歩で行く道を少し高い馬車の窓から眺めながら進むと、エリックが一軒の店を指さした。

「あ!デイビッド様、ホラあれ!あそこですよ、噂のケーキ屋!」
「ん?ああ、な。」
「ご存知でしたか?」 
「老舗の菓子店だったのを、ボンクラ息子が継いで店ごと建て変えちまったんだ。古い職人なんかみんなクビにしてな。」
「おや、それはもったいない。」
「例のボンボンのレシピは元々ここで作られたもんなんだ。」
「あ!ここがそうだったんですか?!なんの因果でしょうね。」
「ロミオ達を引き込めたのは、本当に棚ぼたもんの大当たりだったんだよ。」
「ロミオ…」
「ボンボン専門の職人がいたろ?」
あの人ロムさんそんな名前だったんだ!?」
「他にも腕の確かな職人が何人も来てくれてよ。おかげで古馴染みの客もごっそり移って来てかなり旨味があったんだ。」


自身の認める「美しさ」のみを追求する新店長に追われ、店を出された職人達は今、ミリオンファームでその腕を存分に振るっている。
給金もさながら、職場環境も対応の良さも段違い。何よりノルマではなく、好きな物を作れると言う店のコンセプトに皆大喜びしてついて来てくれた。
最高の素材で最高のレシピを元に作り出される甘味が、今ちょっとした社会現象にまでなっている。


「ここと涼しくなったら一勝負することになってんだ。」
「それは負けられませんね!」
「万が一負けたらマダムと職人達に恨まれる…」
「大丈夫ですよ!自信持ちましょ!?」

関わった王族を軒並み虜にしたケーキの数々を思えば、王族御用達の看板など霞んでしまうだろう。
あとはどう世間にアピールするかだ。
実力と品質で勝負するやり方が主なデイビッドは、商売に置いても圧倒的に宣伝力に欠けるところがある。
今までは商会任せだった部分も、今後は自分で何とかしていくしかない。
さて、戦略はあるのだろうか。


学園へ向かう道で少し渋滞に巻き込まれた時、今度はテッドの赤い自転車が現れた。

「若旦那!ちょうどいい所に!店にお客様が…その女性の方が数名来てます。」
「…要件は?」
「なんでも、「ミラベルの友人」だと言ってました。」
「…わかった、直ぐ行く。」

馬車の窓から顔を出したデイビッドは、その名を聞くと御者に礼を言い少し余計に料金を払って直ぐに商会へ向かった。

「え?!女性のお客?!しかも心当たりがあると?」
「ああ、最近知り合ったクラブのホステスだよ。」
「え…行ったんですか?クラブに…!?」
「行ってねぇよ!来たんだよ!向こうから!!」
「まぁ、確かに凄い太客にはなりそうですけど…」
「会員の勧誘じゃねぇよ!?いちいち聞くな面倒クセェ!」


商会に行くと、女性従業員達の怪訝な視線が張り付くが、気にせず応接間のドアを開いた。
中には華やかなラウンドドレスの女性が3人、居心地悪そうに待っていた。

「よぉ、待たせたな。」
「貴方がミスター・デイビッド?」
「ああ、ミスターなんて呼ばれるもんじゃねぇけどな。あんた等ミラベルの知り合いか?」
「モニカよ。ミラベルの仕事仲間。私もトリーシァのショーガールよ。彼女とは友達なの。彼女達もそう。」
「で?俺になんの用だ?」
「ミラのつわりが酷くて動けないから、伝言と手紙を預かって来たの。」

デイビッドは差し出された手紙を受け取ると、直ぐ開けて中身を読んだ。

「噂は昼間キャバレーとダンスホール、夜はシガーサロンとバーを中心に広まってるのか…」

特定の人物がと言うよりは、噂をバラ撒くためのサクラが使われてる可能性が高い。
なかなか尻尾を出さない辺り、相当用心深い相手のようだ。
あるいは、他人に手を汚させる事を何とも思っていない薄情者かも知れない。
どちらにせよ腹立たしいものだ。
感想 5

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