黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

大人の世界

ミラベルは約束を守ろうと、身重の体であちこち回ってくれたようだ。
義理堅いのか、あるいは他にすがるものが無い故に、必死なのかも知れない。

「他のお客達にも聞いてみたけど、話の元は個室の取れる金持ちとか、見目の良い貴族が連れてるボトルガールだったらしいわ。」
「他にもショーマンやアクターから聞いたって人もいるの。」
「金渡して一晩話題にしろって言やぁ、小遣い稼ぎする奴もいるだろ。けっこう広がってんなぁ…」
「その代わり否定の噂も流してきたわ!そんな噂デタラメで、本当は見ず知らずのホステスにも優しくしてくれる大物だって!」
「余計な事すんなよ。火の粉がかかってからじゃ遅ぇぞ?」
「そのくらいなんてことないわ。もっと危ない橋だって渡って来てるんだから!」
「大っぴらに見える所で肩を持つ相手は選んだ方がいい。俺はこう見えて醜聞の方が多いぞ?それに、こっちがサクラを雇ってると思われるのも癪だしな。」

(へぇ…別に女性恐怖症とかじゃないんだ…)
エリックは艶めかしい大人の女性相手に平然と話すデイビッドを見て、少しだけ感心した。

「ねぇ、ミラベルはアンタの役に立ったら、本当に子供を産ませてもらえるの?」
「産むかどうかは本人次第だ。俺は男から金をぶんどる手伝いをするだけだぞ?」
「ベルは今年で引退する予定だったの。そしたらあの男、手放すのが惜しくなったからって手ぇ出しやがったのよ!」
「あの子、誰にも身体は売ってなかった!それなのにあの野郎、誰の子供かわからないとか言ってしらばっくれやがって!」
「人でなし野郎を追い詰める算段はついてる。徹底的に絞り上げてやるから安心しろよ。」

そう言いながらデイビッドは立ち上がり、3人を連れて自室の方へと向かって行った。

「ちょっと待ってろよ。」
「この部屋ですればいいの?!」
「んなワケあるか!真っ昼間から何言い出すんだ?」
「それじゃ、夜?」
「この世の男が全部客だと思うなよ!?そもそもトリーシァじゃはしねぇはずだろ!?」


高級クラブはあくまでも店のコンセプトやテーマに合わせて、酒と接待を楽しむ社交場だ。
客との肉体関係は愚か、身体に触れることもご法度の場合が多い。
そんなに体の関係が持ちたいのなら、始めから娼館へでも行けと言われるのが普通だ。
もちろん娼館にも娼館のルールがあり、女を好き勝手孕ませて捨てるような男は要注意人物とされ、情報が回ってどこからも弾き出されてしまう。
そういう輩はやがて場末の娼館や路地裏の売春婦の元に流れ着き、いつの間にか表社会から消えて行くのだ。


「まっじめー!」
「潔癖なのかな?」
「むっつりかもよ?」
「ベッドの上では豹変するタイプかも知れませんよ?」
「性癖歪んでるとか?」
「痛いのは嫌よ?」
「痛めつけられたい方かも…」
「ヤッバー!」
「聞こえてんだよ!しれっと混ざるなエリック!!」

3人に交じって非ぬ疑惑を植え付けようとするエリックを追いやり、手元に広げた箱や包みを手にしていく。

「店の外で業務違反なんざしてみろよ!貴族相手の店なら一発でクビだぞ?!」
「でも本気の相手には許しちゃう子もけっこういるわよ?」
「上手な人には抱かれてみたいしね。」
「ベルから代わりにお礼しといてって言われてるのよ。じゃないの?」
「そんなんだから肝心な時に疑われるんだろうがよ!人を巻き込むな!」
「堅いのねぇ。手慣れてそうなのに。」
「そっちの世界とは無縁だっつぅの!顔背けて笑うなエリック!!」

壁にもたれて笑いを堪えるエリックに八つ当たりすると、デイビッドはさっきからガサガサ弄っていた袋を3人に渡した。

「なぁにこれ?」
「生薬製のつわり止めと栄養剤だ。妊娠中、魔法薬はあまり服用しない方がいい。魔力の流れが乱れて腹の子に影響することがあるからな。こっちは果実の瓶詰め。食えない内はこれで少しは凌げるだろ。」
「え…?これ、ミラベルに?!」
「つわりが酷いんだろ?医者にもちゃんとかかれと言っといてくれよ。もし厳しいなら、俺の名前を出してもいい。グロッグマン商会の出入りがあるとこなら、そんなもいねぇだろうし、診てもらえるからよ。」
「本当にいいの?!」
「子どもひとり腹の中で育てるんだぞ?甘く見るなよ。母体はいつだって命懸けだ。無事に生まれるまで気は抜けねぇぞ?」
「貴方、お医者様?」
「まさか。ただ、何度か出産の場に直面した事があってよ、人よか少し寄り添えるようになっただけだ。」 


あまり人には言わないが、デイビッドが飛び込んだスラムや貧困層の世界には、望まぬ子を身籠ったり、男に逆らえず子を産まなくてはならない女性が大勢いた。
男には想像もつかない、壮絶極まる命のやり取りを乗り越える女性達の姿を間近で見たデイビッドは、決して綺麗事では片付けられない現実と不条理に何度も打ちのめされ、悩み抜いた経験がある。
女性に対して色々消極的なのも、逆に協力的なのも、この辺の事情が関係している可能性は高い。


「あと、これはあんた等に。ここで出してる整髪剤と、化粧水だ。新作だから使い心地を試して欲しい。」
「ウソ!これ“アフロディテ”じゃない?!」
「よく知ってんな。次に出す新商品だよ。化粧水も作ったから、使い心地とか見てくれよ。」
「これ一本いくらすると思ってんの!銀貨2枚よ?!」
「値段もだけど、直ぐ売り切れちゃうから手に入んないのよね!」
「しかも新作なんて!みんなに自慢できちゃう!」
「そんな人気なのか?」
「当たり前よ!流行を真っ先に取り入れるのも仕事なんだから!」
「こんなのもらっていいの?!」
「手間賃の代わりだよ。俺は金でチップは払わない。その代わりこっちの商売の利益に繋がるやり方で報酬を渡す。損だけはさせねぇから安心しろよ。ミラベルにもそう伝えてくれ。」

それを聞いて3人はヒソヒソと小声で話を始めた。

「え?いい男じゃん!」
「オトせないかなぁ…」
「身持ちは固そうよね。」
「ああ見えて婚約者一筋なんですよ。」
「残念…」
「確かにこれなら愛妾希望も頷ける~!」
「むしろ立候補したい。」
「買ってくんないかなぁ…」
「だから全部聞こえてんだよ!用が済んだら帰れ!」

見るからに商売女の出で立ち3人は、白昼堂々道の真ん中でデイビッドに向かってわざとハンカチを振りながらキスを投げて帰って行った。
(娼婦は上客への挨拶にハンカチを振るのだ。)

「また来るわねミスター!」
「次も期待してて。」
「今度は夜に会いましょ!」
「大通りでヤメろ!!」

笑えない冗談でからかわれるデイビッドの肩を、笑い過ぎて立てなくなったエリックが支えにして起き上がる。

「ハァ~もう勘弁して下さいよ~!」
「お前は笑う以外になんかねぇのかよ?!」
「まさか水商売のお知り合いがいるとは…成長しましたね!」
「ただのクラブガールだったろうがよ!!」
「お店には行かないんですか?」
「行くわきゃねぇだろ!!酒も飲めねぇのに!」
「キャバレーくらいは楽しんでも良さそうですけどね?」
「歌も踊りも良し悪しなんか分かるか!人酔いするから行きたくねぇんだよ!」


キャバレーはオーケストラや軽音楽の生演奏と共に歌や踊りを楽しんだり、華やかなショーを眺めながら美しく教養高いホステス達の接待を受けて酒や美食を嗜む、貴族や裕福層の娯楽場だ。
男女共に楽しむ事ができるため、比較的開けた夜の店のひとつである。
そんな社交場としても優秀なキャバレーにすら、デイビッドは出入りしたがらない。
この筋金入りの社交嫌いには、エリックも呆れるしかなかった。



デイビッドがあちこちに呼ばれては、トラブルに巻き込まれたり解決したりと忙しくしている間、貴族子女の若年層の社交界に細やかな改革が起こっていた。

「大変よお兄様!ミリオンファームのお菓子が買えなくなってしまったの!」
「お兄様大変よ!常連客限定の予約販売のみになってしまうのですって!」
「「私達、あそこのお菓子が手に入らなくなったらどうしましょう!!」」
「落ち着きなさい…月に大銀貨3枚は消費してるお前達が常連じゃないはずないだろう…」

セオドア家では、実習で疲れ切った兄に双子の姉妹が詰め寄っていた。

「私達の世代にまで酷い噂が広まっているのですわ!お兄様!」
「お店のみならず、デイビッド様までけなす酷い噂でしたわ!お兄様!」
「「何かご存知ありませんか??」」
「いゃぁ…僕はただの医療棟の実習生だし…」
「お城に出入りされているのに、情報のひとつもありませんの?お兄様!」
「ただ言われた仕事に従事するだけでは、医療に携わる貴族とは言えませんわ?お兄様!」
「厳しいな…」

ルナリアとリナリアは、兄の元を離れると自室へ向かい、向かい合った机に座って2人して書籍用の原稿用紙を手に取り、何かを書き始めた。

「こうなったら私達も動かなくてはならないわね、リナ。」
「そうね、私達のできる限りの手を尽くしましょう、ルナ!」

ルナリアとリナリア。齢14歳のこの2人は、若くして自分達のブランドを立ち上げ、店まで持つ商人の端くれだ。
その上、執筆活動にまで手を出しており、リナリアはキレのあるコメントが定評のコラムニスト、ルナリアは感受性豊かな文章が人気の短編小説作家でもある。

「ミリオンファームの魅力を国中に広めてやりましょう!」
「デイビッド様の好感度も徹底的に上げなくてはね!」
「「頑張りましょう!!」」

2人は部屋にこもり、思いの丈を原稿用紙にぶちまけた。
そして同時に同じ所で躓き、同じ事を考えた。

「「婚約者様の情報が足りなさ過ぎる!!」」と…
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