黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

乙女の悩み

「はぁ……読み終わっちゃった…」

ヴィオラは、ローラとミランダの下宿先に招かれ、ラグの上に積まれた本の山を端から読み倒していた。

「どうだった?私達の選び抜いた珠玉の名作達は!?」
「どれもすっごく良かった!私、ハッピーエンド大好きだから夢中で読んじゃったわ!」
「ヴィオラのために選別した甲斐があったわね。」
「メリバも面白いのに…」

気心の知れた友人達と部屋着のまま、お菓子や軽食をつまみながら、日がな一日本を読みまくるという至福の時間はあっという間に過ぎてしまった。

「楽しかったぁ…またやりたい!」
「次は冬の休みにどう?」
「それまでにまた面白い本たくさん見つけておくわ!」
「嬉しい!!ありがとう2人とも!」
「ヴィオラこそ、本物の作家も愛用するペンのセットくれたでしょ?!あれ、本当に嬉しかったんだから!」
「私も、エルムで売り出したばっかりの新色の絵の具、全色入りで贈ってくれたじゃない。本気で感動したのよ?!」

デュロック領で手に入れて来たお土産も喜んでもらえたようで、ヴィオラはにっこり笑って空のバスケットの蓋を閉めた。

「それにしても、これいっぱいにぎっしりオヤツが詰められてるの見た時はびっくりしたわ…」
「甘いのからしょっぱいのから軽いのから重いのまで種類も豊富で驚いたわよ…私達飲み物しか用意してないんだから。」
「私、口がソーセージになっちゃった。」
「私はプリンケーキ…なんであんな禁断の融合お菓子なんか作ったのよ!」
「美味しかったわよね!また作ってもらうから食べに来て!」
「あーあ…あと一週間でまた学園が始まるのねぇ…」
「うぅっ…言わないで!今だけは忘れてたかったのに…」
「2学期は芸術祭よ?!またみんなで頑張りましょ!!」

落ち着いたアップルグリーンのワンピースに身を包んだヴィオラは、2人の下宿先のアパートメントを出ると、バスケットから日傘を取り出し、街の中を歩き出した。

ついこの前まで考えられないことだったが、今のヴィオラは1人でも王都の中を自由に歩き回っている。
もう誰に気を使う必要も、怯える心配も無い。
いつかデイビッドと2人、腕を組んで散策を楽しむ未来だって容易に思い描くことができる。
ヴィオラは羽根が生えたように足取りも軽く学園へ向かっていた。

「やぁ!ミス・ヴィオラ、奇遇だね!」

そこへ声をかけてきたのは、私服の女生徒を幾人も連れたルミオだった。

「あら、ごきげんよう皆様。」
「良ければ僕達と一緒に街まで行かないかい?劇場の特等席で話題のステージを見てから、カフェに寄るつもりなんだ。」
「まぁ、素敵なお誘いありがとうございます。ですが、これから学園へ戻るところですので、またの機会にお声掛け下さいませ。では失礼致します。」
「あ!ちょっと待ってよ!ねぇ!?」

ヴィオラは微笑みを絶やさず、女の子に囲まれたルミオから離れて行った。

最近わかった事だが、ルミオは決して悪意や下心があってヴィオラに話しかけているのではない。
声を掛けてデートに誘っているのだ。
そして何人もの可愛い娘に囲まれて過ごすのが好きなだけ。
そういう人間もいるのだと理解したヴィオラは、人の視線や言葉にいちいち悩むこともなくなった。


学園へ戻り、寮に荷物を置くとへ転移陣を潜りいつもの研究室へ戻る。
部屋には誰も居らず、明かりも付いていない。
(お出かけ中かしら?)
ヴィオラは湯を沸かそうと、魔道具のオーブンに魔力を込めたが魔石が空になっていて作動しなかった。
替えの魔石はデイビッドのデスクにいつも入っている。
好きに開けてもいいと許可はもらっているので、いつもの様に引き出しを開け、魔石を探した。
(あ、あったあっ…た…?)

四角くカットされた市販の魔石のケースの横に、見慣れないカードが置いてある。
洒落た飾り文字で「ダイアンサス」と書かれたそのカードには、夜の店を思わせるシルエットのイラストが描かれていた。
(なんだろう…)

デスクにしまってあるのだから、きっと大切なものに違いない。
しかし、女性との関係は一度も無いと断言したデイビッドのデスクに、なぜこの様な物が入っているのだろうか。
ヴィオラは好奇心に勝てず、深いロイヤルブルーのカードを、恐る恐る開いてしまった。


【ありがとう、本当に嬉しかったわ。この次会えた時はお礼させてね。ー マーデリーン ー】


思わずカードをデスクに突っ込み、バタンと閉めた。
(どどどどどうしよう!見ちゃった!)
ヴィオラにも許可したデスクにしまってあったものだ。深い意味はないのかも知れない。
それでも今はヴィオラが婚約者だ。過去の女性関係が気にならない理由がない。
(どうしよう…)
デイビッドの事だ。恐らく、聞けば難なく答えてくれるだろう。
しかしその返答次第では、ヴィオラの心が傷ついてしまう可能性もある。
(怖い…)
妬きもちどころではない、自分の中にも嫉妬に狂う醜い感情かあった事を知り、ヴィオラは我が身をギュッと抱きしめた。


「ヴィオラ!もう帰ってたのか。」
「あぎゃぁっ!!」
「…どうした?」
「考え事してたので気がつかなくて!おかえりなさいデイビッド様!!」
「大丈夫か…?」
「大丈夫でしゅ!」
「(噛んだ…)ヴィオラ、なにかあったのか?」
「あった…ような、なかったような…」
「具合でも悪いのか?」
「なんでもないでしゅ!」
「(また噛んだ…)何か悩みがあるなら、1人で抱え込まないで何でも言ってくれよ?」
「はい……」

この日、ヴィオラはライラが帰って来ても、夕飯の時間になっても上の空で、声を掛けても生返事ばかりで様子がおかしかった。


(でも今のデイビッド様が見てくれているのは私なわけで過去に誰と何があったとしても今大切にしてくれているのは私なわけでちゃんと愛してるって言葉にもしてくれたしご飯だってお菓子だってプレゼントだって笑顔だって私が独り占めだもの!昔誰と付き合ってようと今は関係ないじゃない!!)

それが例えば初恋の女性だったとしても…

「ヤダァァァァ!!やっぱりヤダァァァァァ!!」

その夜、ヴィオラは一晩中悪夢にうなされた。

夢の中で、デイビッドが誰か知らない女性に声を掛け、嬉しそうに笑っている。
知らない声で知らない瞳で知らない笑顔で見つめる先には、ヴィオラではない女性がいて…

「イヤァァァァァァッ!」

翌朝、顔を洗うと鏡にパンパンに泣き腫らした顔が映った。
(こんな顔見せらんないよぉ…)
タオルを押し当て、ゴシゴシこすると余計に赤くなる。
(もぉヤダ…)
カードの女性は、きっとこんな子供染みた嫉妬や癇癪は起こさないのだろう。
そう思うと更に惨めな気持ちになり、どんどん心が沈んで行く。

「どうしたらいいの…」
「そういう時はズバッと聞いちまえばいいんだよ。」
「おぎゃぁぁっ!!」

いきなり鏡が返事をしたので、ヴィオラは驚いて後ろに転がってしまった。

「サイテー!レディの部屋覗くなんてサイテーー!!」
「あんね、何度も言うけど俺は妖魔なのよ!人間の小娘が何してようと興味すらねぇんだよ。」
「だったら見ないでよ!こっちは恥ずかしいの!!」
「鏡に向かって百面相するのは構わねぇけどよ、向こうもエライ落ち込んでんだ。早いとこ腹括らないと拗れちまうぞ?」
「デイビッド様が…?」
「忘れた?アイツ、男女の関係に関しては最高にネガティブなの。お嬢ちゃんに避けられようもんなら、徹底的に視界から消えようとするよ?」
「そんなのダメ!」
「だったら、きちんと向き合ってやんなよ。人生最初で最後の大恋愛に全振りした男の覚悟なんざ重いかも知んないけどさ。」
「最初で…最後の…」
「当たり前じゃん?なんで国なんか飛び出したと思ってんの?疑似恋愛どころか商売女とすら無縁よ?自分が全女性に嫌われて当然だって信じて疑わない奴がここまで変わったのに、応えてやんないの?」
「だって…だってぇ…」

ヴィオラがぐしゅぐしゅと泣きながら事の発端を説明すると、トムティットは少し呆れながらため息をついた。

「あー…まー、そーゆーコトね…確かに、繊細な乙女心ってモンは理解してないよねアイツ…でもさ、見られて困らない物だと思ってんだと思うよ?って事は誰に貰ったもんだろうと、お嬢ちゃんが悩むような関係じゃないってワケさ。な?」
「うん…私…ちゃんと話して来る…」
「そうしてやんな。今ならまだ部屋にいるからよ。」

他人妖魔に打ち明けて、少し冷静になったヴィオラは、思い切って転移の魔法陣を潜り抜けた。


「ヴィオラ!大丈夫か?どっか具合い悪いのか?顔が真っ赤だ!何があったんだ?」

顔を出すと、直ぐにデイビッドが心配そうに声を掛けてきた。
不安を隠し切れない様子で、オロオロしている姿は、疚しいことを隠しているようには見えない。
ヴィオラも、感情が溢れて止まらなくなり、デイビッドに抱き着いた。

「ヴィオラ!?」
「デイビッド様…私のこと好きですか?」
「当たり前だろ?!俺には世界中でヴィオラしかいないよ…」
「本当に?」
「もちろん…口で言っても薄っぺらいかも知れねぇけど…こういう時、普通ならどうやって証明するんだろうな…」
「それなら、教えて下さい。マーデリーンって誰ですか?」
「マーデリーン…?あぁっ!あのカードか!」
「やっぱり知ってる人なんですか?!」
「あれは…その…」
「ちゃんと説明して下さい!!」
「わかったよ…」

しどろもどろのデイビッドは、他に誰もいない部屋で、ヴィオラに向き合い、話し出した。

「これは…まだ俺が商会の世話になってた頃の話なんだ…」
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