黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

マーデリーン

キリフで大怪我を負い、強制送還されても懲りずに動き回って王都まで辿り着いたデイビッドは、しばし養生を強いられていた。
まずは足の骨がくっつくまで、どこにも出ないこと。
しかし部屋で一人にしておくと魂が抜けたようになるので、気を揉んだ会頭から手作業の仕事をいくつか任されていた。

仕事をして、薬を飲んでは微睡む生活がひと月近く続いた頃、デイビッドはいきなり外へ連れ出された。

「エリックの前任がけっこうな遊び好きでな。」

悪い遊びを教えようと躍起になっていたその従者は、怪我をして動けないデイビッドを捕まえ、17歳の若い男なら退屈だろうと、まだ車椅子で歩けないのをいいことに無理矢理馬車に乗せ、繁華街へ連れて行った。

「その頃、家から国の外へはこれ以上出さない様にと、きつく言いつけられてたそうだ。楽しみができれば、留まるだろうなんて安易な考えで、娯楽を覚えさせようとしたんだろうな。」

しかし、当時から酒もタバコも苦手な上に未成年。
デイビッドは何度も断り止めろと言ったが、しつこく誘いを掛け、遂に強硬手段で大人の世界に引きずり込もうとした。


素行のあまり良くない貴族男子達には、学生の内から店に金を掴ませて、社交場や繁華街に出入りしている者も少なくないと言う。
事実、街中には何人もの大人に見えない若者が遊んでいたが、誰も気にしていない様子だった。
問題さえ起こさなければ、貴族の客は歓迎される。
お行儀よく成人を待っていては、流行の波や社交界の話題に乗り遅れてしまう。
皆そうしていると言われれば我も我もとなり、禁を破ることも怖くなくなるのだろう。

バー、キャバレー、カジノ…どこへ行っても乗り気ではないデイビッドにしびれを切らせた従者は、嫌がるデイビッドをとうとう娼館へ押し込んだ。
そこが貴族御用達の高級娼館“ダイアンサス”だった。

従者は「楽しめ」と言って、身動きが取れないデイビッドを置き去りにして自分もどこかへ行ってしまい、仕方なくデイビッドは娼館に留まることになった。

ところが、いざ入ってみてデイビッドは大きな違和感を感じた。
貴族向けと言いながら、店に粗が目立つ。
うまく誤魔化してはいるが、内装は明らかにハリボテで、接客も中途半端。
店主を捕まえ、事情を聞き出すと、ここは元々ただの中流娼館だったのを、オーナーが儲かるからと無理矢理客層を変えてしまい、対応が追いつかず困っていたそうだ。
更にオーナーの紹介で来る客の質が悪く、中には暴力的な行為を強要する者や、娼婦の嫌がる行為を平気で無理強いする者も多いので、何とかならないか悩んでいるという。

店主の懐に難なく入り込んだデイビッドは、そのまま帳簿や金の流れまで確認し、明らかな脱税の痕跡を見つけ、直ぐ様税務所へ手紙を出した。
更に客に出しているという葉巻の中に、麻薬となる麻草の匂いを探り当て、入手先を問うとオーナーが持ち込んだ物だと店主は答えた。
高級品なので店の者は手が出ないが、客が買って娼婦に吸わせることもあると聞き、急いで娼婦達に確認を取ると、ある貴族のお気にいりになっていた若い娼婦の1人に、既に中毒症状が出ていた。
それがマーデリーンだった。

その日は店主と話を詰め、後日オーナーが来る予定日に合わせて警邏を向かわせる手筈を整えると、デイビッドはマーデリーンを連れて迎えの馬車に乗り込んだ。

デイビッドの従者は、気に入った女ができたのかと喜んだが、デイビッドはそのまま彼女を療養施設に連れて行き、麻薬の解毒に関する治験者として置いて行った。
金がない彼女にしてやれる最低限の措置だったが、他人からこんなに良くしてもらったことは無いと、泣いていたのを覚えている。

その数日後、店のオーナーは捕縛され罪に問われることになり、ダイアンサスは改めてグロッグマン商会の傘下で真っ当な店としてやり直す事が決まった。
そして同時に、療養施設から知らせが届いた。

彼女が亡くなった、と。

元々魔力抵抗が弱い体質だったそうだ。
そこへ魔性質の強い麻薬を何度も吸ったことで、毒素が体内に深く浸透してしまい臓器に障害が出ていたらしい。

ポケットに入っていたカードに、精一杯の気持ちを込めて書いた最期のメッセージは、遺品としてデイビッドの手元に残された。

「その時初めて彼女の名前を知ったんだ、店ではずっとマディーと名乗ってたから…」
「それじゃ、また会いましょうっていうのは…」
「いつか生まれ変わって出会えたら…って意味なんだろうな。」
「最後に優しい人に会えて嬉しかったんですね。」
「下町じゃ珍しい事でもないんだ…娼婦がいくら死のうと、誰も気にもとめない…」
「そんな!」
「スラムじゃ女の扱いはもっと酷かった。旅先で流浪の踊り子達から愚痴を聞いたこともある。男に身体を許す事でその日その日を生き抜く女性も居るんだと知って、その過酷さに言葉が出なかった。あのカードは何ていうか、そういう事を忘れないための戒めに持ってたんだ…」

ヴィオラも言葉が出なかった。
語られた想像以上の話に、胸が詰まる。

「最近ちょっと思い出して、カードを出して見てたんだ。きちんと奥にしまっときゃ良かったのに、いい加減に放り込んだからヴィオラを不安にさせちまった…ごめんな。」
「私こそ!勝手に疑ったりしてごめんなさい!」

ずっと感じていたひとつの違和感、デイビッドが女性から離れようとする割に、常に視界に入る女性達を気にかけている理由がわかった。
デイビッドはしまったのだ。陰惨な世界の入り口を。そして1人でも多くの女性がそこへ落ちないように、そこから救われるように、できるだけの手を尽くしたいのだろう。

「やっぱりデイビッドさまだいすき!」
「そう思っててもらえるよう俺も頑張るよ…」

泣き腫らした顔に、ろくに整えてもいない髪のまま、ヴィオラは長い事デイビッドに寄り掛かって甘えていた。


昼近く、朝から何も食べていなかった2人は、少し遅めのブランチを摂ることにした。
ソーセージと卵のサラダに、ふわふわの白パンに挟んだローストチキン。朝作った具だくさんのトマトスープにフレッシュチーズを落として、デザートにはフルーツのシャーベット。

「そう言えば、私すごくひどい顔してたんでした…」
「俺の前じゃ気にすんなよ。どんなヴィオラもかわいいし…なぁっ!?」
「大っきい声出さないでよ…」

温めたスープを手に振り返ったデイビッドは、ヴィオラの後ろからもそもそ現れたシェルリアーナに驚いた。
髪はくしゃくしゃで、瞼が腫れて目が開かず、泣き過ぎたのだろうこすった跡が真っ赤になっている。

「こっちはこっちで何があった!?」
「聞かないでよぉぉ!このデリカシーゼロ男!乙女が泣いてたら涙の理由なんて気にせず優しくするもんでしょぉぉ?!」
「そーゆーのは婚約者にしてもらえよ…」
「シェル先輩私より酷い顔になってる…」

ヴィオラに慰められながら、作り足したブランチを食べるシェルリアーナにいつもの勢いがない。

「心配ですね…」
「大方喧嘩でもしたんだろ?」
「いや、どっちかって言ったら自分のぶつけた理不尽を完璧に受け止められて自己嫌悪ってトコかもよ?」
「うわぁぁぁん!」
「しれっと入って来んな!!」

横から混ざり込んで来たトムティットの言う通り、シェルリアーナはエリックの気持ちを試そうと、散々わがままを言ったり無茶振りをしたり、酷い態度を取り続けたらしい。
ところがエリックはすべて笑って受け流し、シェルリアーナの望みを叶え、隣で寄り添うために口でも行動でもはち切れんばかりの愛情を示した。

それに耐え切れなかったシェルリアーナは部屋で自責の念に駆られてひたすら後悔していた。
嬉しさと申し訳なさと反省の気持ちと、気がついてしまったエリックに対する好意に、丸一日自室で1人悶えていたようだ。

「なんでここにはこんな恋愛下手しか集まんないのかね?」
「エリック様は違うんじゃないですか?」
「いやいやいや、アレはマトモそうに見せるのが上手いだけで、頭ン中超絶ブッ飛んでるからね?!」
「いいじゃない、お似合いでしょ?私と…」
(それは皮肉か?それとも肯定か…?)

ヴィオラに髪を整えられながら、淑女のしの字すら失ったシェルリアーナは上手く開かない目で、ぼんやり壁を見つめていた。


その頃、当のエリックは繁華街の裏手にある酒場で、旧友との親交を温め直していた。
ロナルドと連れ立つエリックは、デイビッドにも見せたことのない顔をしている。

「ここも懐かしいな、酒飲んでたら学生ってバレて出禁食らって以来だ。」
「あの頃はお互い荒れてたからなぁ、品行方正な生徒でいるには同じくらい暴れないとやってられなかった…」

2人は席に着くなり酒を頼み、最初の一杯で乾杯すると、一気に飲み干した。

「ハァ…お前に覚えさせられたこの味だけは忘れられなかったな。」
「そんな事言って、元が酒飲みなんだから、僕が教えるまでもなかっただろ?」
「こうしてるとあの頃に戻ったみたいだ…」
「暇さえあればギルドに行って、依頼にかこつけてストレス発散してたなぁ。」
「なぁ、お前のご主人様、年下のくせに割と物分かりが良さそうだったよな?」
「物分かりがいいと言うか、単に気にしないだけって言うか…」
「報酬はこっちの好きな形でいいって言ってただろ?」
「常識の範疇は守れよ?って言ってもあの人に常識って言葉が当てはまるかわかんないけど…」
「シャルワールのダンジョンに、ニューゲートが現れたのは知ってるか?」
「うわぁ!懐かしいぃ~、よく休みの度に飛んでって潜ったなぁ。」

実は学生時代につるんでいたこの2人。
学園では爽やかな優等生を気取る裏側で、最寄りの魔素地で派手に活動していたデュオの冒険者だった。
学生の多いコンラッドではなく、反対にある少し離れた領で難易度の高いギルドに姿と名前を変えて登録し、山の様な魔物や魔獣を屠って来た。
ついた二つ名は“風刃のリック”そして“晦冥のロニー”。

エリックは卒業と共にギルドを抜け、冒険者業から足を洗ってしまったが、ロニーの名前はまだギルドの銀級保持者の中に残されている。
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