黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

社交界デビュー

まず到着したのは、王都の貴族街にあるドラード商会の本店。
そこで持ち込んだ衣類に着替えて会場へ向かう。

「どの服が良いかわからなかったので、一通り持って来てみました。」
「これは凄い!全てウイニー・メイの特注品だなんて!」
「その代わりひとつも趣味にあったものがなくてですね…」
「オーダーメイドではないんですか?」
「デザイナーの独断でして…」
「デザイナーが独断で一点物作るんですか?!」
「まぁ…」

お洒落上級者に任せれば、多少は見た目アウトローから脱却できるかと希望を託したが、ロナルドも表情がどこか引きつっている。

「なぁ、エリック…彼、ウイニー・メイのデザイナーに、ヤクザか何かと勘違いされてるとかじゃないのか?」
「義理の身内なのに?」
「義理の身内なら余計におかしいだろ!なんで何着せても怖い人にしか見えなくなるんだよ!」
「似合ってはいるでしょ?」
「本人の趣味でもないのに、マフィアの重鎮みたいな服寄越されたら怒るよ普通!」
「若手が作った服もあるよ?」
「あ、これか!確かに、こっちのは…ちょっと派手だけど、少なくとも裏稼業の人には見えないか…遊び慣れてそうな印象にはなっちゃうけど…」
「似合ってはいるんじゃない?」
「エリック!君、従者だろ?自分の主人に何が似合うとか分からないのか!?」
「コックコート。」
「は?!」
「コックコートが一番似合う。」
「彼、料理人なのか?商売人じゃなくて?」

ロナルドは散々悩んだ末に、ネイビーストライプのスーツに白のジャケットを羽織らせる事でなんとか落ち着かせた。

「もうビギナーの設定は捨てる!既に別の社交場に出入りしてて、昼間のフィジカルな交流会は始めてっていう事にしよう!」
「カタギの集まりにヤクザ連れて来たのかって怒られちゃわない?」
「さっきから聞いてて思ったんだけど、君、主人に対してちょっと失礼過ぎやしないか?!」
「そんなことないよ、ほら、なんとも思ってない顔してるよ?」
「何もかも諦めた顔の間違いだろ!?ちょっと可哀想になって来たぞ?!」

他人にちょっと可哀想に思われたデイビッドは、無表情で渡されたスーツに着替えた。


そこからまた馬車で移動し、貴族街の中心へ向かって行く。
ピオーネ侯爵が用意した場所は、季節の花が美しいと有名なダンスホールの一角だった。
貴族も平民も気軽に誰でも楽しめる公共の社交場。
その半分を貸切り、酒肴を楽しみながら青空の下親睦を深めようと言う事らしい。
楽しげに踊り、語らい合う男女を横目にデイビッドの心はだんだん自信を失くしていった。
(一番苦手なヤツ来たこれ…)
(場違い感すごぉい!)


ロナルドが3人分の招待状を見せ、中へ入ると直ぐに人が集まって来た。

「ロナルド君!待ちかねたぞ?!今日は特別ゲストを連れて来てくれる約束だっただろう?」
「お久しぶりでございます、ピオーネ侯爵。」
「私達も楽しみにしておりましたのよ?是非お話をさせて頂きたいわ!」

にこやかに現れたこの2人が、本日の主催者であるピオーネ侯爵夫妻だ。
デイビッドはロナルドに促され、前に出た。

「お初お目にかかります、デイビッド・デュロックです。本日はこの様な席にお招き頂き、ありがとうございます。」
「堅苦しい挨拶はいい、君には聞きたいことが山程あるのだ!さぁ、こっちへ!」
「あ!ちょ、待って下さい、侯爵?!」

行動力のある侯爵に連れられて、デイビッドは早々にどこかへ持って行かれてしまった。

「エリック!あと頼む!」
「今日の目的…噂の根源を探るはずだったんですけどねぇ。早くも丸投げとは…」
「助けてやれよ!」
「大丈夫、あの人ああ見えて外交はできるから。」
「諸外国の客人なんかも多く来てるって話なんだよ。」
「逆に気に入られちゃうかもね。あの人5~6ヶ国語は喋れるから。」
「は?!そんなに…?」
「さ~て、僕の方は低俗な噂話と下世話なゴシップでも拾いに行こ~っと。」

今日の目的は、デイビッドに関する事実無根の噂をばら撒く人間の調査。
エリックは若者の小集団が集まる方へ向かい、聞き耳を立てながらテラスにもたれ掛かっていた。


「まぁ!ミリオンファームの新作チョコレートよ!流石侯爵夫人、わかってらっしゃるわ!」
「しかも特別客限定販売のカッレに、バニラの香りが芳醇なホワイトトリュフまで…夢みたい!今日はお招きに預かれて本当に幸運でしたわ!」
(こっちのグループは違う…)

「ねぇ、貴女のその髪、もしかして“アフロディテ”じゃなくて?」
「そうなのよ!毛先までサラサラツヤツヤになるの!髪を結ぶのが難しい程滑らかで困っちゃうくらい!」
「羨ましぃ~!」
(ここも問題無し…)

「ほほぉ!ペルラコーンの細工物ですか。」
「妻がプレゼントしてくれてね。この輝かしい黒がタイによく映えるだろう?!」
「それも滅多にお目にかかれない黒曜種!良い奥方を持たれましたな!」
(へぇ、意外と話題に登ってるんだなぁ…)

あちこちのグループから、デイビッドにも関わりのある明るい話が聞こえて来る。
(本命はどこかなぁ…?)
エリックは風魔法の中でも隠密向きの、人の話し声を集める魔法を展開し、辺りの声に耳をそばだてた。

「~でさ、ここだけの話、本当にヤバい奴なんだって!」
「本当に?」
「僕の友人もアイツに陥れられて職を失ったんだ!商人仲間の間でもかなり悪名高くてね、王家の知り合いがいるからと好き放題しているのさ!あの黒豚め、いつか痛い目に遭えばいい!」
(…これはただの恨み言か…)

「知ってるか?あの豚野郎が実は取り換え子で、本物はカトレア様そっくりの美形らしいぞ?」
「それはあり得るかも!だってあの見た目じゃねぇ…」
「お可哀想なカトレア様…不義を疑われた事もあったそうだったけど、それなら納得がいくわね!」
「だと言うのにあの男、育ててもらった恩も忘れて、仕事を押し付けるために両親を幽閉したそうだ!」
「なんて恥知らずな!」
(う~ん…なんか違う…)

「なぁ、知ってるか?あの黒豚令息が、金をばら撒いて女を買ってるって話。」
「イヤだ!婚約者がいるんじゃなかったの?」
「それが婚約を破棄されたそうなんだ。それで相手をしてくれる女が欲しくて金で集めてるって。」
「そうでもしないと相手にしてもらえないのね。ま、あの見た目じゃねぇ…」
(今ひとつパンチが弱いな…)

そこへ挨拶回りを追えたロナルドがやって来て、エリックの横にやって来た。

「…エリック、お前、当初の目的忘れてるんじゃないか?」
「え?なんで?」
「お前の好みの噂を集めに来たわけじゃないだぞ?!」
「だってぇ、どれもな~んかなるいって言うか、今ひとつ決定打に欠けるって言うか…」

その後も噂話を探ると、若い男性のグループを中心に話が聞こえて来る。
エリックは風魔法、ロナルドは影魔法、それぞれ得意な魔法を使い、周囲の声を集めていく。

「知ってるか?あの黒豚野郎、新聞じゃ大した英雄気取りだったが、裏じゃ婚約者に仕事を押し付けて、自分は顔の良い侍従にご執心らしいぜ?」
「なんだよ、の趣味だったのか?ま、あれだけ女に相手にされないんじゃ仕方ないだろうな!」
「毎晩自室に呼び付けて、って話だ。」
「気色悪い、あんなのに抱かれるくらいなら豚と寝た方がマシってもんだ。」
「お相手の侍従も可哀想に。」

途中で、低俗な話題でゲラゲラ笑う令息達の話し声を拾い、ロナルドは表情を曇らせ、エリックは怒りをあらわにした。

「あ゙ーっムカつく!なんだ今の話!?」
「落ち着けエリック、お前がキレてどうする…ただの噂だろ?」
「聞き捨てならない!あの人の侍従、今僕しか居ないからね?!って事は僕がそういう目で見られてるってことだろう?!」
「そうだけど…でも…」
「僕は相手が誰だろうと自分が側じゃなきゃ認めない!!」
「なぁ、怒るポイント本当にそこで合ってる?!」

昼日中のサロンの中ですら、デイビッドの噂は広まっている。
出処は掴みきれなかったが、主に若手のグループを中心に、酒飲みの集まる席に多くばら撒かれているようだ。

「エリック、のは僕の方が得意なのはよく知ってるだろ?もう少し探りを入れてやるから少し待ってろよ。」

ロナルドは細い葉巻を一本取り出すと、流れるような動作でヘッドを切り落とし、火をつけて燻らせた。
立ち昇る紫煙がゆっくりと広がり、細い糸のように辺りを漂って流れて行く。

「フーーー……コンパニオンに呼ばれた令嬢が1人、それから別の会場で噂を鵜呑みにした令息と、恐らく競合相手の家の令息が1人。あとは…なんかやけに気取った男が1人、今回入り込んで噂を撒いてるのはその4人だな。」
「流石ロナルド!諜報活動じゃ君には敵いませんね。」
「影魔法はこういう時に便利だよ。しかし、なかなか酷いね。彼、大丈夫かい?傷付いたりしない?」
「ヘーキヘーキ、今日は噂の元潰しにかかる材料集めに来ただけだから。にしても、どこに連れて行かれちゃったのかな?」
「フーー…あ、いた…主催の夫婦にめちゃくちゃ気に入られて、むしろ話題のど真ん中に居る…」
「予想外の展開…」 


デイビッドは、諸外国出身のゲスト達がワインの今後の輸出入や品質維持、ブドウの品種改良や病気の予防などについて話し合っている所へ連れて行かれ、あれこれ喋らされているようだ。

学園の授業で、大勢を相手に話すことに慣れたデイビッドは、以前の様に変に卑屈になることもなく、堂々と会話に応じている。
学園で学び、成長するのは何も生徒だけでないと言う事だ。
感想 5

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