黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

命の恩人

格上の家門からのお誘いは、断るにしても大義名分がいる上に面倒くさい。
さて、どこの家からの招待だろうか?

「この印、伯爵以上の家の紋ですよね…」 
「そうだな…どこだろう?開けてみないとわかんねぇか。」
「いえ、これならわかります。この紋様はセオドア家。エドワード君の実家ですよ。」
「エドワード先輩の!?」
「あー、そういや妹がヴィオラの3つ下だったな。来年入学予定の双子がいるんだよ。」
「なんで私に!?」
「セオドア家ならば、そう心配は要りませんよ。開けて読んで見て下さい。」  

ヴィオラがそろそろと開けた手紙には、美しい字で丁寧な挨拶と是非とも週末のお茶会に参加して欲しいというお誘いが書かれていた。

「いい匂いがする…」
「糊にコロンを混ぜて封をしてるんですよ。」
「すごく綺麗な字…」
「ヴィオラの字だって癖のない滑らかな字だろ?」
「おおお茶会なんて…私行ったことなくて…」
「ここに「ごく私的な集まりですので気負わず」って書いてあるだろ?」
「お茶会なんて、授業で何度もやったでしょう?サロンの予行練習も満点だったとお聞きしています。大丈夫ですよ!」
「お返事書かなくちゃ…」
「緊張すんなよ。何かあってもセオドア家なら大丈夫。」
「むしろ大歓迎されそうですね。」


セオドア家は、デイビッドの血の提供事件の後、山の様な贈り物を商会宛てに贈って来た。
中身は主に特殊な魔物素材と、採取に資格や制限のある魔草の類だった。
金品や宝飾品を喜ばないデイビッドの事をよく理解している。
寝込んでいた家族も次々と回復し、幼い者達も無事に血の覚醒を迎え、今在る家族を一人も失う事なく平穏が訪れたそうだ。
何枚も綴られた手紙には、ただただデイビッドへの感謝と喜びが詰め込まれ、慣れないデイビッドは返信に悩んだ。

そして今度はヴィオラが招待状の返事に悩んでいる。
朝ご飯を食べ終え、制服を整えて慌ただしく駆けて行くヴィオラを、デイビッド達は嬉しそうに見送った。

「ねぇね、ばいばーい!」
「ヴィオラも遂にお茶会デビューかぁ…」
「つい先日社交界デビューし立ての貴方が何を…?」
「王都内では初めてってだけだろがよ!?」

ライラが登園する時間になると、絶好調のトムティットが鏡から飛び出して来た。

「よぉ、おチビちゃん!今日もゴキゲン斜めだなぁ!?」
「今朝はずいぶんと調子が良さそうだな?」
「あったり前でしょ?!契約者からおこぼれじゃなくてキチンと報酬が受け取れたのよ?!最高にカラダが軽いぜ!?」
「そういうもんか…」
「んじゃ行ってくらぁ!」
「いってくらぁ!」
「ライラに変な言葉覚えさすな!!」
「もう手遅れですよ…」

エリックも授業に行ってしまうと、デイビッドは大きなカゴを持って温室へ向かった。

「よぉアリー、リディアはいるか?」
「いるよー!ベルダとイチャイチャしてる。」
「失礼な!新居に持って行く家具のカタログを見ていただけだよ!」
「お久しぶりですデイビッド様。私に何かご用でしょうか?」
「悪いんだが、ドライアドの実って分けてもらえたりしねぇかな?」
「そんなものでよろしければ、いくらでもお持ち下さいな!」
「ありがとう、助かるよ。」
「なになに?薬でも作るのかい?」
「いや、ちょっとな…の返礼品に使わせてもらいたい…」
「でしたら、とびきりの物をご用意します!」

そう言ってリディアは大きく張り巡らせたツタにいくつも花を咲かせ、魔力を丁寧に込めながら果実になるまで一気に成長させた。
スモモの様な形の果実は次第に赤くなり、触れるだけで枝から離れていく。
ひとつひとつツルを伸ばして収穫すると、カゴから溢れるほど渡してくれた。

「こんなにいいのか!?助かる、できたらリディアにも持ってくるよ。」
「アリーのもあげるー!」
「入れるな入れるな!間違って食うと死にかけるんだよ!俺が!!」

部屋に戻り、早速果実を洗うと大きな鍋に入れて砂糖をまぶし、水分が出て来るまで置いておく。
ひとつかじって見ると、爽やかな香りと濃い甘さとスッキリとした酸味が調和したモモともリンゴともブドウともつかない不思議な味わいの美味が広がっていく。
魔術師達が必死に探す理由もわかる。
(※↑わかってない。果実性のドライアドの実は、に集められる素材のひとつである。ひと粒で銀貨2枚はする。)

砂糖が馴染むまでの間に外の仕事を片付け、未だに落ち込むファルコを慰めてからムスタを磨いてやり、大砂鳥の小屋を掃除して雛の数を数えるとまた増えていた。
(いいこと…なんだよな。)
このままでは大砂鳥農場になってしまう。そろそろ鳥自体も食べる頃だろうか…
デイビッドは増える大砂鳥を見つめながら、ここ最近ずっと葛藤し続けている。

昼食の下拵えを済ませてしまうと、オーブンに火を入れ、鍋を揺すってコンロに掛ける。
直ぐに甘い香りが立ち上り、抜けた水分がフツフツして来るので、そのまま弱火でそっとそっと煮込んでいく。

書き物を済ませ、会計の書類を捌き、今後の予定などをまとめていると、珍しく大叔母に預けていた通信魔道具のベルが鳴った。

「お久しぶりです総領。どうされました?」
[ああ、良かった、直ぐに出てくれて!大変ですよ、ジョエルが遊学と称して分家筋の者達と王都へ向かっているそうなの!何か接触があれば直ぐに連絡して頂戴!]
「アイツも懲りねぇなぁ…もしまた決闘だのなんだの騒がれたら、俺の判断で潰してもいいですか?」
[命に別状さえなければ。これは総領の決定です。誰の異論も認めないわ。こちらからも追っ手を向かわせます。]
「では何かありましたらまたご報告します。ご連絡ありがとうございます総領。」

通信を切ると、火にかけていた大鍋の様子を見て、瓶に詰め逆さにして冷ます。
(こんなもんかな…)

冷めた瓶と箱や他の荷物をカゴに詰めると、ムスタの縄を解いて跨った。

「夏バテのとこ悪いな。ファルコが傷心で飛ばねぇから、今日は頼む。」
「ブルルルッ!」

門を抜け、目指すは領地の森の中。
街道から外れると、一気に大勢の妖精の気配が渦巻いていた。


「キタキタ!」
「コッチニムカッテル!」
「イイニオイー!」
「ハヤクオイデ」

森の中に入ると日差しが変わり、地続きのまま異界に誘われて行く。
(ちゃんと帰してくれるならいいんだけどよ…)

森の奥は妖精の箱庭、そして行き止まりの先が精霊の領域だ。
デイビッドが何か言う前に森の道は開け、目的の相手の前に通された。
鬱蒼とした木々の合間に、いきなり開けた清浄な空間。
そこにあの夜見た真っ白な鹿角の精霊が、同じく白い鹿と共に寝そべっていた。

「良く来たな人の子 そう固くなるな」
「尊き御身にご挨拶申し上げます。御礼に伺うのが遅くなり申し訳ありませんでした。」
「はて 礼とな?」
「この身体から“淀み”を払い、消えかけていた命をお救い下さいました。長らく気がつく事さえ出来ず、誠に不義理を…」
「何を申す アレは我等の道を通し 更にはあの地を我等の為に明け渡してくれた事に対する妾からの礼だ そう重く取るな」
「しかし、短命に散る運命さだめであったこの身が、今ここに在るのは全て尊き御身のお力のおかげです。せめて感謝の気持ちはお伝えしたくて。」
「ハハハハ 小精共の騒がしいことよ 何を持って来た?早う出して見せい」

促され、デイビッドは籠の中身を敷いた布の上に並べた。
ドライアドの実のプリザーブ。アーモンドクッキー。ベリー類を漬けた果実酒。粉砂糖をまぶした真っ白な酒精の効いた干し果物を練り込んだ焼き菓子。そして見事なガラスの杯。
精霊は寄って来た他の精霊に何か指示すると、焼き菓子を引き寄せ、瓶の酒を杯に注がせた。

「そなたは本当に欲がない 雨月の精の魂を還してくれた事も耳にしておると言うに」
「雨月の…」
「人に惹かれ 長く人の世に縛られる間に己を失した憐れな精霊よ 人の魂に繋がれておったそうだが 月光精が解放したとな」
「あ…」

恐らく、ハルフェン家に繋がれていた、あの怪物と化した憐れな精霊の事だろう。
どうやらあのまま妖精達に導かれ、精霊樹を通り無事に還れたようだ。

「あれは…ただの成り行きというもので…そもそも月光精の契約者は別におります。」
「その契約者とてもそなたの下に居った者 顔を上げや 我等こそそなたに何か返したい さて何を望む 申せ」
「そう言われても…」
「しからば勝手にやらせてもらうが 構わんな?」
「そ、それは…あ!でしたらこの地の豊穣を望みます!」
「おかしな奴よな 精霊樹の芽吹いた地が栄えぬものか まぁ良い この次会うまでに考えや ではな」

デイビッドは焦って適当な事を口にしたが、本心を見透かされ、次また会うまでに自分の望みを考えておくよう命じられてしまった。
鹿角の妖精は目を細めて杯を口にし、にんまり笑って姿を消した。
否、デイビッドが外へ出されたのだ。
立ち上がると、そこは妖精達が飛び交う森の中だった。


「ブヒン!」
「ああ、心配かけて悪かったよ。」

デイビッドは待たされていたムスタを連れ、今度は湖の方へ向かって行った。

「待っておったぞ主殿! あの角頭に会ったのか? 放って置けば良いものを なんとも律儀だの」
「よぉジーナ。いやぁ流石に恩人には挨拶しなきゃ。でも機嫌を損ねずに済んで良かったよ…」
「なにを言うか もしアレがなにか腹を立てようと ワシがなんとでもしようぞ? 案ずるな こう見えて互角にはやり合えよう」
「頼むからヤメてくれ。妖精の諍いなんざ考えたくもねぇよ!」

デイビッドはジーナにもドライアドの実の大瓶と、焼き菓子と果実酒を渡し、しばし湖を眺めながら話をした。

「そういや船旅で水妖達にかなり助けられたんだ。水に関する場所ではほとんど苦労しなかった。アレはジーナのおかげなんだろう?本当にありがとう。」
「なにを言うか ワシが何のために主殿に加護を与えたと思うておる 主殿の力になれたのならば このジーナの本望よ」

デイビッドはそれからしばらく足を投げ出していたが、また来ると言ってジーナに手を振り、領地を後にした。
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