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黒豚辺境伯爵令息
アーネストの苦難
綺羅びやかな会場の、一段高い場所にあるゲストスペース。
そこへ、あらかた来場者達との挨拶を終えたアーネストが、取り囲むように寄ってきた令嬢達の隙をついて滑り込んだ。
(今日の目的は外交だぞ?!分かってるのか?)
場所を弁えない女性達に辟易し、何か飲むものを探していると、国賓や諸国の大使が集まり各々交流を図っている中に、一際賑やかな集団が目に入った。
燃えるような赤い瞳にブリュネットの派手な女性は、隣国エルム帝国のアザーリア第二王女。
隣にいる背の高い小麦色の肌に黒髪のミステリアスな青年は、南方諸国の中で一番大きなアデラ国のサラム王太子。
更に銀の髪にアイスブルーの瞳をした美女は、氷姫とも名高い北方キリフ国のシャーリーン王女。
平素では決して交じ合わない三人が、まさかの談笑をしている。
アーネストが、おそるおそる近づくと、聞き慣れた声がアーネストを呼んだ。
「これはこれは、アーネスト王太子殿下にご挨拶申し上げます。」
いつの間に紛れ込んだのか、デイビッドがしれっとシャンパン片手にニヤニヤしながら立っていた。
(デイビッドォォォッ!!!)
心の中で絶叫したアーネストは、爽やかな笑みを貼り付けて集団に加わった。
「やぁ!こんばんは、皆さん。今夜はお越し頂き、真にありがとうございます!」
「お招きありがとう、アーネスト殿!本当にいい夜だ!この出会いは月の女神のお導きか?」
サラム王太子はシャーリーン王女を気に入り、2人でずっと話していたそうだ。
(サラム殿は人嫌いで有名なはずだぞ?!どんな魔法を使ったんだ?!)
(酒と果物の話で盛り上がってそこからかな?相性が良かったんだろ?)
小声で話すデイビッドとアーネストに、今度はアザーレア王女が話しかけてきた。
「アーネスト!今夜は私が父の代わりだ!両国の、いや和平条約を交わした諸国の発展を祈って乾杯といこう!」
グラスを空けるアザーレア王女は、少し酔っているようだ。
「見ろ!このデビーのカッコを!馬子にも衣装とはこの事だな!どた靴に泥まみれのシャツで走り回ってたブタ男が、随分様変わりするもんだ!」
「アザーレア様のお国でも?私の所でもボロボロの外套で雪山を削る姿が新手の雪男かなんて言われて、村人が皆で拝んでいましたのよ?!」
(氷姫が笑っている……)
「はははは!南の海で海路を開く時なんか、海賊と間違われたりもしてな!逃げ足も速いものだからお尋ね者になったこともあったっけ!」
(笑いごっちゃない!)
「そう言えば、ずっと聞きたかったんだが…なぜデビーは他国にまで行って、命懸けで手を貸してくれるのだ?金にもならん下手したら恨みを買うこともあるだろうに。ただの道楽にしては度を超えてるぞ?!」
アザーレア王女に突かれ、デイビッドはよそ見をしながら答えた。
「なぁに…俺は意地汚い性格でね。どこへ行っても美味いものがたらふく食えないと嫌なんですよ。だからぜーんぶ自分の食い意地のためですから…」
「だったら最後までやりきってくれよ!いつも途中の良い所で僕にぶん投げるだろ?!功績まで持ってけよ!!」
素の出たアーネストは、しまったと思ったが、酒の入った彼等がそれを気にするはずもなく、5人はかなり長いことそこで語らい続けていた。
「今夜は本当にすまなかった…僕がもっと早くに気づいていればあんな愚行止められたのに…」
他国の三人があちこちで呼ばれて離れて行った頃、アーネストはデイビッドに頭を下げたが、その頭は下げきる前に額に衝撃が走り、デコピンされたと気がついた。
「よせよ。王族がそう簡単に頭は下げるなと教わらなかったのか?陛下とももう話はついた。あとはクロード本人との問題だ。お前は気にするな!」
空のグラスをメイドに渡すと、デイビッドは奥の出口へと行ってしまう。
「待て!まだ下に降りてないだろう?君にも渡したいものがあるんだ!」
「なら後にしてくれ。下の連中とはどうも反りが合わなくてな。それに、俺は王都から追放された身だ。こんなとこにいるとバレたらまた喧しくなる。」
「そんな戯言、真に受けるのか?!」
「だから敢えてだよ。陛下にも許可はもらった…しばらく郊外の商会に引っ込むつもりだ。そうだ、巻き込まれた令嬢の事は慎重に頼む!クロードのたわ言は撤回できても、家の決定は取り消せない…これ以上傷つかないようにしてやって欲しい。じゃ、頼んだぞ!」
アーネストは、口早にまくし立て、さっさと会場から去って行く友人をただ見送る事しかできなかった。
その頃、国王と宰相、デュロック夫妻は随分遅れて会場に向かっていた。
「はぁ…デュロック、貴方の子息はとんでもない逸材になったものだな…次期当主、か…それでは契約を継ぐのも…」
「そうなりますな。なに、あと十年は私が守ります。どうかご安心下さいませ!!」
ラムダ王国デュロック辺境伯爵は、南東に広がる広大な領地を有している。
南には貿易港、東には運河と帝国へ続く平野が広がっている。
多方から攻め込まれやすい地形の割に平和なのは、領地の真ん中に問題があるからだ。
そこは何人にも立ち入ることを禁じた大きな山。
黒々と鬱屈した深い森。昼なお暗く霧の立ち込める不気味なその森の中からは魔物が湧き出てくるという話だ。
実際、数百年前の周辺国の戦時中、ラムダ王国だけは自国から湧き出た大量の魔物と戦っており、奇しくもこの魔物の山のおかげで、どこからも侵略を受けることなく今に至るという…
現在この山を管理しているのがデュロック家だ。
そこで、危険な山から国を守る代わりに、王家とデュロック家では特別な契約を結んでいる。
その一番重要な要項が、「王家はデュロック家の領地における運営に異議を唱えない事」だ。
要はデュロック家のやり方に口を出すな。と言うことだ。
その代わり、契約が守られる限り王家への絶対の忠誠と、国の安寧を死守する事が約束されている。
本来この様な内外どこからも敵が来そうな土地は、軍事家門が適切と思われる。
しかし、侮るなかれ。デュロック家は商人の腕を駆使して、この危険な土地を、引いては国を守り続けて来た。
「次代はあやつか……クロードめ、つくづく愚かな真似をしおって…」
そこへ、あらかた来場者達との挨拶を終えたアーネストが、取り囲むように寄ってきた令嬢達の隙をついて滑り込んだ。
(今日の目的は外交だぞ?!分かってるのか?)
場所を弁えない女性達に辟易し、何か飲むものを探していると、国賓や諸国の大使が集まり各々交流を図っている中に、一際賑やかな集団が目に入った。
燃えるような赤い瞳にブリュネットの派手な女性は、隣国エルム帝国のアザーリア第二王女。
隣にいる背の高い小麦色の肌に黒髪のミステリアスな青年は、南方諸国の中で一番大きなアデラ国のサラム王太子。
更に銀の髪にアイスブルーの瞳をした美女は、氷姫とも名高い北方キリフ国のシャーリーン王女。
平素では決して交じ合わない三人が、まさかの談笑をしている。
アーネストが、おそるおそる近づくと、聞き慣れた声がアーネストを呼んだ。
「これはこれは、アーネスト王太子殿下にご挨拶申し上げます。」
いつの間に紛れ込んだのか、デイビッドがしれっとシャンパン片手にニヤニヤしながら立っていた。
(デイビッドォォォッ!!!)
心の中で絶叫したアーネストは、爽やかな笑みを貼り付けて集団に加わった。
「やぁ!こんばんは、皆さん。今夜はお越し頂き、真にありがとうございます!」
「お招きありがとう、アーネスト殿!本当にいい夜だ!この出会いは月の女神のお導きか?」
サラム王太子はシャーリーン王女を気に入り、2人でずっと話していたそうだ。
(サラム殿は人嫌いで有名なはずだぞ?!どんな魔法を使ったんだ?!)
(酒と果物の話で盛り上がってそこからかな?相性が良かったんだろ?)
小声で話すデイビッドとアーネストに、今度はアザーレア王女が話しかけてきた。
「アーネスト!今夜は私が父の代わりだ!両国の、いや和平条約を交わした諸国の発展を祈って乾杯といこう!」
グラスを空けるアザーレア王女は、少し酔っているようだ。
「見ろ!このデビーのカッコを!馬子にも衣装とはこの事だな!どた靴に泥まみれのシャツで走り回ってたブタ男が、随分様変わりするもんだ!」
「アザーレア様のお国でも?私の所でもボロボロの外套で雪山を削る姿が新手の雪男かなんて言われて、村人が皆で拝んでいましたのよ?!」
(氷姫が笑っている……)
「はははは!南の海で海路を開く時なんか、海賊と間違われたりもしてな!逃げ足も速いものだからお尋ね者になったこともあったっけ!」
(笑いごっちゃない!)
「そう言えば、ずっと聞きたかったんだが…なぜデビーは他国にまで行って、命懸けで手を貸してくれるのだ?金にもならん下手したら恨みを買うこともあるだろうに。ただの道楽にしては度を超えてるぞ?!」
アザーレア王女に突かれ、デイビッドはよそ見をしながら答えた。
「なぁに…俺は意地汚い性格でね。どこへ行っても美味いものがたらふく食えないと嫌なんですよ。だからぜーんぶ自分の食い意地のためですから…」
「だったら最後までやりきってくれよ!いつも途中の良い所で僕にぶん投げるだろ?!功績まで持ってけよ!!」
素の出たアーネストは、しまったと思ったが、酒の入った彼等がそれを気にするはずもなく、5人はかなり長いことそこで語らい続けていた。
「今夜は本当にすまなかった…僕がもっと早くに気づいていればあんな愚行止められたのに…」
他国の三人があちこちで呼ばれて離れて行った頃、アーネストはデイビッドに頭を下げたが、その頭は下げきる前に額に衝撃が走り、デコピンされたと気がついた。
「よせよ。王族がそう簡単に頭は下げるなと教わらなかったのか?陛下とももう話はついた。あとはクロード本人との問題だ。お前は気にするな!」
空のグラスをメイドに渡すと、デイビッドは奥の出口へと行ってしまう。
「待て!まだ下に降りてないだろう?君にも渡したいものがあるんだ!」
「なら後にしてくれ。下の連中とはどうも反りが合わなくてな。それに、俺は王都から追放された身だ。こんなとこにいるとバレたらまた喧しくなる。」
「そんな戯言、真に受けるのか?!」
「だから敢えてだよ。陛下にも許可はもらった…しばらく郊外の商会に引っ込むつもりだ。そうだ、巻き込まれた令嬢の事は慎重に頼む!クロードのたわ言は撤回できても、家の決定は取り消せない…これ以上傷つかないようにしてやって欲しい。じゃ、頼んだぞ!」
アーネストは、口早にまくし立て、さっさと会場から去って行く友人をただ見送る事しかできなかった。
その頃、国王と宰相、デュロック夫妻は随分遅れて会場に向かっていた。
「はぁ…デュロック、貴方の子息はとんでもない逸材になったものだな…次期当主、か…それでは契約を継ぐのも…」
「そうなりますな。なに、あと十年は私が守ります。どうかご安心下さいませ!!」
ラムダ王国デュロック辺境伯爵は、南東に広がる広大な領地を有している。
南には貿易港、東には運河と帝国へ続く平野が広がっている。
多方から攻め込まれやすい地形の割に平和なのは、領地の真ん中に問題があるからだ。
そこは何人にも立ち入ることを禁じた大きな山。
黒々と鬱屈した深い森。昼なお暗く霧の立ち込める不気味なその森の中からは魔物が湧き出てくるという話だ。
実際、数百年前の周辺国の戦時中、ラムダ王国だけは自国から湧き出た大量の魔物と戦っており、奇しくもこの魔物の山のおかげで、どこからも侵略を受けることなく今に至るという…
現在この山を管理しているのがデュロック家だ。
そこで、危険な山から国を守る代わりに、王家とデュロック家では特別な契約を結んでいる。
その一番重要な要項が、「王家はデュロック家の領地における運営に異議を唱えない事」だ。
要はデュロック家のやり方に口を出すな。と言うことだ。
その代わり、契約が守られる限り王家への絶対の忠誠と、国の安寧を死守する事が約束されている。
本来この様な内外どこからも敵が来そうな土地は、軍事家門が適切と思われる。
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