黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚辺境伯爵令息

デュロック伯爵は止まらない

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息子に春が来た!

かもしれない。


あの夜会の日、大使達の接待の最中、会場の様子を見に行った従者に聞いた話によると、息子のデイビッドが会場で女の子を助けたらしい。

女性が相手となった途端、脱兎の如く逃げ出すあのデイビッドが!
わざわざ王族と揉めてまで騒ぎの間に割り込み、手を差し伸べて自ら走って医師の下まで運んだらしい。

デュロック伯爵は、相手の女性が事業提携中のローベル子爵に引き取られたと聞いて、実際に会いに行ってみたところ、コレは!とビビっときた。

この令嬢ならば、息子の隣に立ち、デュロック家を支えてくれるに違いない!
彼の、商人として、貴族として、父親として磨いてきた感が、そう叫んでいた。

そして首尾よくサクサク婚約話まで進めると、養父の方はとても喜んでくれた。
後は令嬢の気持ちと、いつまでもウジウジ後ろ向きな息子次第。

ここまで来れば、後は流れに任せても良さそうだと、デュロック伯爵はホクホクしていた。



6代目デュロック伯爵家当主、ジェイムス・デュロックは、先代譲りの商才と、好奇心の塊のような人物で、事ある毎にラムダ王国を引っ掻き回してきた要注意人物でもあった。


王都の貴族が郊外の住民を見下し、滅多に外に出ないのを良いことに、王都郊外から辺境地までは、今や彼の、デュロック家の独壇場だ。

領地持ちの中でも食料の生産量が多い貴族は、ほとんどデュロック家と提携し、利益を上げている。
特殊な生産物を主軸に生活している領地には、研究所や専門家の育成機関を設け、改良や開発を推し進め、品質の向上と新商品の製作に力を入れてきた。
おかげで、郊外より外に領地を持つ貴族達は国王派でも王妃派でも教会派でもなく、密かにデュロック伯爵家派という家が多い。

学生時代は学業そっちのけで、他国からかき集めた商品と情報を駆使して、開発や研究に明け暮れ、形になった物から当時の王太子を通して国中に広めるのが趣味だった。

思いついたら即行動。周りを振り回し、振り切ってでも我道を猛進していく男。それがジェイムス・デュロックだった。

故に卒業後、国王となった元王太子に捕まり、外交の特別部門を任され、他国からの大使や外交官とのやり取りの補佐をさせられていたわけだが…



「しかしこの度、我が愚息が第二王子殿下の不興を買い、王都追放を受けました事で、父である私もこれ以上王城に椅子を設けて頂くわけにはいかなくなりました…陛下、真に遺憾ながら、これにて」

「体の良い口実を見つけるんじゃない!!」

「これより領地に籠もり、彼方より陛下の益々のご活躍を祈り、過ごしていこうと思います…」

「お前が帰りたいだけだろう!!後釜はどうするつもりだ!?うちの外交官だけで回せると思っているのか?!」

「ご安心下さい。後任はとっくに育ち、独り立ちして実践も任せられるまでになっておりますゆえ。」

「とっくに?!さては前々から何かしらの機会を狙っていたな?!」

「何を仰いますことやら…私は陛下の従順たる臣下でございます。尊きお方の御下で働けて大変光栄でございました。」

「勝手に終わらせるんじゃない!!」

「しかし諸国の大使方には既に通達済みでして。退職願いも受理されましたので…」

「はぁ……なぁジェイムス、お前は悔しくないのか?!息子があのような扱いを受けて…」

「はい!」

「はっきり答えるな!?そもそもこの王都はデュロック家の恩恵の元に成り立っていると言っても過言ではないのだぞ?!いつまでも私の名を使わず、あらゆる事業に家名を出し、堂々と王都に暮らすつもりはないのか?!」

「はい!!」

「お前は昔からそういうヤツだったよ!!近頃丸くなって大人しく城務めをしているのかと思ったら!水面下で爪を研ぎ続けていたとは…」

「私は、初代陛下より賜り、先祖代々受け継いで来た領地をこよなく愛しておりますので!」

「そうであろうともよ!!この国は例え王都が明日崩壊しても、ぐるり周辺領はびくともせんだろう…それだけ強固に国を支えてくれる郊外の貴族を…いつまでも蔑ろにする王都のあり方が歪なのだ…」

「結界の中は安全といいますからな!逆に大災害で周辺領が崩壊しても、王都はそのまま残ります。」

「止めてくれ…私はそれが何より恐ろしい…」

「そうならないためにも、更なる精進と繁栄をお約束し、帰還致します。本当に長らく家を空けておりましたので!」

「そうか…そうだな…そなたをここに縛り付け、国の為と言いながら良いように使って来たのは他でもない、この私だ…長い事すまなかったな…」

「はい!20年働いたのでもう十分国には尽くしたと思っております!」

「……本当にお前はそういうヤツだよ!!」



国王との謁見も終わり、ジェイムスがウキウキと家に帰って荷造りをしていると、皿を入れる箱に詰めた新聞が目に付いた。

『王家の夜会に豚が乱入!?第二王子の活躍!黒豚令息王都追放!!』
『聖女様の姉、黒豚令息に攫われる!悪女と醜男の逃避行なるか!?』

(ずいぶん好き勝手言ってくれるものだ。まぁ息子は私に輪をかけて図太いから大丈夫だろうが、問題はお嬢さんの方だな…平和な領地暮らしから一転、陰湿な貴族の若者が多い学園生活は厳しかろう。さて、どうしたものか…)


王都の学園には、講師として籍を置く代わりに色々条件を出しておいた。

離れの研究室。温室の使用許可。大型冷蔵庫と冷凍施設の使用許可。実技に実習に実演も盛り沢山の授業内容。人目の少ない裏庭の一部も確保した。

元々自分が使う予定であったが、息子に押し付け…任せられるのならば、もう少しふっかけておいても良かったなぁなどと考えながら、ジェイムスは衣類を運ぶ使用人達の横で、2通の手紙を書いた。

一通はローベル子爵に宛てて。
息子と子爵令嬢を会わせる日取りを早めに決めたいと言う申し出。
もう一通は妻カトレアに向けて。
息子の婚約者の候補が今度こそ現れたかもしれないと、この喜びを綴った。

そして夜会から一週間という驚異の速さで、デイビッドとヴィオラ令嬢のお見合いが叶うこととなった。


もし自分が、あの時もう少し好奇心を抑えられていたら、その場にきっと居合わせたに違いない。

「………そこの君…仕事中にすまないが…この手からどんな臭いがするかね…正直に教えて欲しい……」

「え?…えーと…その…洗濯物についたカメムシみたいな臭い…がしますね…」

「うーーーーん…どうしたものか……」

デイビッドが馬車に乗り、ローベル子爵の元へ向かう中、ジェイムスは、いまだに緑のヘドロの臭いと戦っているのだった。




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