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黒豚辺境伯爵令息
栗色の髪の乙女
馬車の揺れに合わせて弾む肉の塊を、エリックは何とも言えない気持ちで眺めていた。
手紙を読んだ時よりも更に顔色を失くし、死にそうな顔をしたデイビッドが、若草色の小箱を手に乗せ、ひたすら何か喋っている。
「…まずは謝罪して…謝罪して……謝って…駄目なら…相手の要望を全て飲んで…何ができる…俺なんかに…何が……」
「デイビッド様って、恋愛問題になった瞬間、即自信失くして逃げ出しますよね。外交とか留学中は、男女問わずガンガン交流できてるのに。なんで蔑まれるのは平気で、好かれるのは駄目なんですかねぇ…聞いてます?!」
「無理だろ…所詮は豚が夢を見た所で、虚しいだけなんだよ…」
「本物の豚だって相手を見つけてるのに?!」
「それは豚同士だからだろ…俺の隣りに並んだら、どんな美女も豚と同類にされる。豚にされて喜ぶ女なんているわけないんだよ……」
僅かにデイビッドの手が震えて見えるのは、馬車の揺れのせいではない。
「豚…脱却しないんですか?」
「海で遭難して無人島で一ヶ月過ごしてもミリもへっこまかった……」
「あれは貴方の食料を見つける能力が単に高過ぎただけでは…?」
「政略結婚で致し方なく、貴族の務めとして諦めて来てくれる方が割り切れたのに…」
「貴族の結婚に愛はいらないって考え方、アレどうかと思うんですけどねぇ?!」
「嫌われるのはいい…貶されても罵られても、俺は何とも思わない…でもな…好いた振りをされるのだけは、これでも傷つくんだよ…」
金払いの良いデイビッドは、あちこち渡り歩く中で、詐欺や美人局のような相手にも何度も会ってきた。
そういった悪意や金目当ての甘い言葉には、今までも一切引っ掛かった事は無い。
ただ幼い頃、王都の貴族令嬢達にわざと気のある振りをされて、大勢の前で笑い者された記憶がトラウマらしい。
所詮は黒豚。人間と恋愛はできない。
心の奥にそう刻んでしまった故に、恋愛に関する全てを諦め、切り捨てて生きてきた。
「彼女の幸せを考えていない訳じゃない…確かに、嘘にも王族から弾劾を受けて豚に抱えられて貴族の集まる中、視線を集めちまったら…普通の貴族令嬢なら生きて行けない…責任は取ろうと思う……死ぬ以外の事なら、それこそ何でもするつもりだよ…」
せめて彼女の要望は全て叶え、二度と顔を見せるなと言われたらそうするつもりだ。
「ただ…面と向かって謝罪以外の言葉が見つからない…婚約者になれと言われて、養父が乗り気で断れずに受けて、影で悲しむ姿は絶対に見たくない!どう関わればいいのか全くわからない……」
「…友達じゃ駄目なんですか?」
「え…?」
「いきなり婚約者になれって難しいでしょう?普通は幼い頃から友人として過ごしたり、そうでなくても手紙のやり取りや、プレゼントを贈り合って、時々出掛けたりして徐々に親交を深めてお互いの気持ちを擦り合わせていくものでしょう?!」
「そうなのか?!」
「ダメだコイツ、完全に恋愛の流れがわかってねぇ…」
「今、全部口に出たよな?!」
「あのですねぇ!カップルってなにも必ず好き同士がくっつくばかりじゃないんですよ?!片方が誠意を見せて、相手が受け入れて、友愛や親愛からゆっくり育てていくものなんです!その上貴族は政略結婚も多いでしょう?例え恋愛に傾かなくても、互いを信頼し合い、親友のように付き合っている夫婦はたくさんいますよ!ってすんごい目からウロコみたいな顔しないで下さいよ!!」
「…そうか…好かれる必要は無いのか…」
「そうは言ってない!!」
「そうか…少し気持ちが楽になったよ…流石だなエリック…」
「なんであんなデカい商売担げる人が、こんな些細なことに気づかないのか不思議で仕方ありませんけどね?!」
不意に馬車が止まり、到着を知らせる御者の声がした。
「ほら!デイビッド様!行きましょう!」
エリックに急かされ、ガチガチになりながら馬車の戸を開けたデイビッドは、正面にふと人影を見つけてしまい、足を踏み外してそのまま地面に落っこちた。
「うわっ!!何やってんですか?!デイビッド様、しっかりして下さい!」
若草色の小箱がコロコロと転がって行く。
「う…すまん…」
よろよろ起き上がろうとすると、頭の上から天使のような声が降ってきた。
「お怪我はありませんか?」
さっきの人影が走って来て、転げ落ちたデイビッドを心配そうに見ている。
デイビッドが顔を上げると、栗色の髪の少女がそこに立っていた。
そして目が合うと、スッとしゃがみ込み、同じ目線でにっこり微笑んだ。
「デイビッド・デュロック伯爵令息様ですね。私、ヴィオラ・ローベルと申します!」
キラキラ光る小粒のチョコレートの様な瞳が、デイビッドを映している。
「お嬢様!まだ走ってはいけません!」
侍女が慌てて追いかけて来て、ヴィオラの身体を支えようとする。
「私は大丈夫よ。それより、お客様を早く中へご案内して。」
ヴィオラは立ち上がろうとして、草むらに小箱が落ちていることに気がついた。
「あら、これは?」
「あ………!」
細い指で小箱を拾い上げ、デイビッドの前に差し出す。
「デュロック令息様の物ですか?」
「あ…貴女に…受け取って頂きたくて!お持ちしました!!」
精一杯絞り出した一声に、ヴィオラがぽかんとした顔でデイビッドを見つめた。
「いいから早く立ち上がりなさいよ!!いつまでひっくり返ってるつもりですか?!はぁーもうっ!せっかくご令嬢の前なのに土まみれ草まみれで!!大変失礼致しました、少々お待ち下さい。仕切り直させますので…」
エリックに引き起こされ、服についた汚れを乱暴にはたき落とされると、デイビッドは改めてヴィオラに向き合った。
「大変お見苦しい所をお見せしまして…デイビッド・デュロックと申します。」
手紙を読んだ時よりも更に顔色を失くし、死にそうな顔をしたデイビッドが、若草色の小箱を手に乗せ、ひたすら何か喋っている。
「…まずは謝罪して…謝罪して……謝って…駄目なら…相手の要望を全て飲んで…何ができる…俺なんかに…何が……」
「デイビッド様って、恋愛問題になった瞬間、即自信失くして逃げ出しますよね。外交とか留学中は、男女問わずガンガン交流できてるのに。なんで蔑まれるのは平気で、好かれるのは駄目なんですかねぇ…聞いてます?!」
「無理だろ…所詮は豚が夢を見た所で、虚しいだけなんだよ…」
「本物の豚だって相手を見つけてるのに?!」
「それは豚同士だからだろ…俺の隣りに並んだら、どんな美女も豚と同類にされる。豚にされて喜ぶ女なんているわけないんだよ……」
僅かにデイビッドの手が震えて見えるのは、馬車の揺れのせいではない。
「豚…脱却しないんですか?」
「海で遭難して無人島で一ヶ月過ごしてもミリもへっこまかった……」
「あれは貴方の食料を見つける能力が単に高過ぎただけでは…?」
「政略結婚で致し方なく、貴族の務めとして諦めて来てくれる方が割り切れたのに…」
「貴族の結婚に愛はいらないって考え方、アレどうかと思うんですけどねぇ?!」
「嫌われるのはいい…貶されても罵られても、俺は何とも思わない…でもな…好いた振りをされるのだけは、これでも傷つくんだよ…」
金払いの良いデイビッドは、あちこち渡り歩く中で、詐欺や美人局のような相手にも何度も会ってきた。
そういった悪意や金目当ての甘い言葉には、今までも一切引っ掛かった事は無い。
ただ幼い頃、王都の貴族令嬢達にわざと気のある振りをされて、大勢の前で笑い者された記憶がトラウマらしい。
所詮は黒豚。人間と恋愛はできない。
心の奥にそう刻んでしまった故に、恋愛に関する全てを諦め、切り捨てて生きてきた。
「彼女の幸せを考えていない訳じゃない…確かに、嘘にも王族から弾劾を受けて豚に抱えられて貴族の集まる中、視線を集めちまったら…普通の貴族令嬢なら生きて行けない…責任は取ろうと思う……死ぬ以外の事なら、それこそ何でもするつもりだよ…」
せめて彼女の要望は全て叶え、二度と顔を見せるなと言われたらそうするつもりだ。
「ただ…面と向かって謝罪以外の言葉が見つからない…婚約者になれと言われて、養父が乗り気で断れずに受けて、影で悲しむ姿は絶対に見たくない!どう関わればいいのか全くわからない……」
「…友達じゃ駄目なんですか?」
「え…?」
「いきなり婚約者になれって難しいでしょう?普通は幼い頃から友人として過ごしたり、そうでなくても手紙のやり取りや、プレゼントを贈り合って、時々出掛けたりして徐々に親交を深めてお互いの気持ちを擦り合わせていくものでしょう?!」
「そうなのか?!」
「ダメだコイツ、完全に恋愛の流れがわかってねぇ…」
「今、全部口に出たよな?!」
「あのですねぇ!カップルってなにも必ず好き同士がくっつくばかりじゃないんですよ?!片方が誠意を見せて、相手が受け入れて、友愛や親愛からゆっくり育てていくものなんです!その上貴族は政略結婚も多いでしょう?例え恋愛に傾かなくても、互いを信頼し合い、親友のように付き合っている夫婦はたくさんいますよ!ってすんごい目からウロコみたいな顔しないで下さいよ!!」
「…そうか…好かれる必要は無いのか…」
「そうは言ってない!!」
「そうか…少し気持ちが楽になったよ…流石だなエリック…」
「なんであんなデカい商売担げる人が、こんな些細なことに気づかないのか不思議で仕方ありませんけどね?!」
不意に馬車が止まり、到着を知らせる御者の声がした。
「ほら!デイビッド様!行きましょう!」
エリックに急かされ、ガチガチになりながら馬車の戸を開けたデイビッドは、正面にふと人影を見つけてしまい、足を踏み外してそのまま地面に落っこちた。
「うわっ!!何やってんですか?!デイビッド様、しっかりして下さい!」
若草色の小箱がコロコロと転がって行く。
「う…すまん…」
よろよろ起き上がろうとすると、頭の上から天使のような声が降ってきた。
「お怪我はありませんか?」
さっきの人影が走って来て、転げ落ちたデイビッドを心配そうに見ている。
デイビッドが顔を上げると、栗色の髪の少女がそこに立っていた。
そして目が合うと、スッとしゃがみ込み、同じ目線でにっこり微笑んだ。
「デイビッド・デュロック伯爵令息様ですね。私、ヴィオラ・ローベルと申します!」
キラキラ光る小粒のチョコレートの様な瞳が、デイビッドを映している。
「お嬢様!まだ走ってはいけません!」
侍女が慌てて追いかけて来て、ヴィオラの身体を支えようとする。
「私は大丈夫よ。それより、お客様を早く中へご案内して。」
ヴィオラは立ち上がろうとして、草むらに小箱が落ちていることに気がついた。
「あら、これは?」
「あ………!」
細い指で小箱を拾い上げ、デイビッドの前に差し出す。
「デュロック令息様の物ですか?」
「あ…貴女に…受け取って頂きたくて!お持ちしました!!」
精一杯絞り出した一声に、ヴィオラがぽかんとした顔でデイビッドを見つめた。
「いいから早く立ち上がりなさいよ!!いつまでひっくり返ってるつもりですか?!はぁーもうっ!せっかくご令嬢の前なのに土まみれ草まみれで!!大変失礼致しました、少々お待ち下さい。仕切り直させますので…」
エリックに引き起こされ、服についた汚れを乱暴にはたき落とされると、デイビッドは改めてヴィオラに向き合った。
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