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黒豚辺境伯爵令息
デュロック伯爵夫人
「えーーー?!見たかったぁ!絶対に見たかったぁー!!」
家具のほとんど残っていない執務室で、椅子の上にそっくり返り、うだうだ言っているのはジェイムス・デュロック伯爵だ。
「あーー息子のそんな重大場面見逃すなんて!一生の不覚だ!なんであの時カメムシになってしまったんだ私は!ハッ…もしやあれは…デイビッドの策略だったのでは…」
そんな訳ないだろう…と思いながら、伯爵にデイビッドとヴィオラの話し合いについて報告しているのはエリックだ。
「なんにせよ、ヴィオラ令嬢が婚約を受け入れて下さいましたので、後日正式な書類を作り、成立となる事でしょう。」
「やはり私の見立てに間違いは無かったな!いい娘だろう?ローベル子爵のお嬢さんは。あれだけ酷い目に遭っていながら、少しも芯が曲がっていない。見た目以上に強かな女性だ。ここで逃す手はないと思ったね!」
ジェイムスはヴィオラの事を殊の外気に入り、この婚約が上手くまとまった事でほくほくしていた。
「学園の方は如何でしたか?」
「首尾よく行ってるよ。講師の変更にも快く対応してくれた。使う部屋も予想より遥かに良さそうだ。」
「しかし、前代未聞でしょうね。学生と同い年の講師なんて…」
「何を言う。帝国には僅か11歳の教師もいると聞く。そもそも学園長が決定した事に反対するなら、相応の理由が必要だ。あいつにもいい勉強になるだろう。人に教える事で得られる学びもある。王都嫌いのあいつは、こうでもしないと領地を持たない貴族と関わらないからな!自分が将来どういう人間を相手にするのか、知るにはいい機会だろう。」
ニヤニヤ笑いながら、ジェイムスは一枚の書類をエリックに差し出した。
「これは…?」
「お前の講師補佐の手続き書だ。サインして!」
「私も行くのですか??!」
「だって、この家で王都の情勢に一番詳しいのはエリック、お前だろう?あいつも、研究やらに没頭するとすぐ本題が抜ける。頼むよ手伝ってやってくれ!」
「…わかりました…ですが、期間はヴィオラ令嬢が卒業するまでですよ?終わったら速攻旦那様の元へ戻りますからね!」
「ありがとう!これで安心だ!」
エリックのサインが終わると、ジェイムスは上着と書類を持って、小走りに部屋を出ていってしまった。
「旦那様、どちらへ?!」
「学園へ行ってくる!夕方までには戻るよ!」
(逃げたな……)
エリックは階段を駆け下りるジェイムスを見てため息をついた。
(奥様の対応をデイビッド様に押し付ける気だな…これは)
なんせ今回の婚約の件で、伯爵夫人は相当お怒りなのだから…
家具も調度品も次々運ばれてしまった部屋の中で、甲高い声がデイビッドを叱りつけている。
「この大馬鹿者!本当にこの家の男と来たら!!」
「お…落ち着いて下さい…母上…」
「これが落ち着けるものですか!!傷心の!それも病み上がりの!女の子相手に!大声で婚約を迫った馬鹿息子が!!」
「それは誤解で…」
「仮にお相手に気があったとしてもですよ?!お見合いの席でテーブル叩いて怒鳴りつけるなんて考えらんないわ!!」
「痛っ!母上っ!鉄扇は痛いっ!!」
「そもそも!!婚約していきなり好き同士になるわけ無いでしょう?!手紙のやり取りや、デートの回数増やして、ようやく気持ちを揃えていくものよ!?それを!なんでその場で決めようとするのよ!!自分も踏み切れないなら、時間を掛けてみようって気にはならないのかしら??なんでこの家の男共はみんなそう短気なの?!!」
「ゔっ……それは…」
エリックに言われた事を、母にも言われ、デイビッドにはもう逃げ場が無い。
「はぁ…貴方の女性不信も分かっているつもりよ?!でも自分を嫌っていない女性に対しても逃げ腰でが関わるのは止めなさい。お相手の令嬢の気持ちに、少しでも影があったらと考えたところまでは良しとしましょう。問題はその後です!」
「俺の素がわかれば、少しは引いてくれるかなぁ…と…」
「引かせてどうするの?!」
「婚約した後で苦しませる方がよっぽど辛いでしょう?!もう二度としませんよ!ちゃんと双方同意の上で婚約に…」
「同意してなかったのは貴方だけでしょう?!例え相手側に不安や不満があったとしても、それを打開する程の魅力を持てば良い話!相手に惚れされようって気は無いの?!」
「ありますか?!惚れる要素が?!俺に?」
「何言ってるの!?作るのよ!!相手の好きな物、お気に入り、好み、全て取り入れて!惚れてもらえる男に成るの!!デイビッド、貴方は自分を豚だと言いますけどね?!それはただの言い訳に過ぎません。…もっと自信を持ちなさい…」
夫人がふらふらとソファにもたれ掛かると、さっと紅茶の用意がされる。
爽やかな香りのエッセンスを垂らした一杯を口に含み、ようやく落ち着いた。
燃えるような赤髪を長く伸ばした、緑の瞳の切れ長の美人。
カトレア・デュロックは、向かいで縮こまる息子の姿をじっと見つめていた。
子供の頃から自分の容姿を卑下し、女性から遠ざかり続けてきた息子に、ようやく婚約者ができる。
母親として嬉しくないわけがない。
しかし、デュロックの血筋はいつ暴走するかわからない。
ますます気を引き締めて、男女についてとことん教育しなければ…と、心に決めるのだった。
「所でデイビッド。貴方、来月から王立学園の講師を引き受けるのですってね。」
「え?あ、はい。領地経営学の一環で、農林水産と魔物の対処などについて講義する予定です。」
「そう、なら後で知り合いの教師に手紙を出しておくわ。何かあった時には、力になってもらいなさい。」
「わ…かりました。」
気を取り直すと、カトレアも自分の部屋へ荷物をまとめに戻って行った。
「そうそう、明日には私は一足先に領地へ帰りますからね。お父様がしばらく残るから、相手して差し上げなさい。」
「そうですか。ご一緒に戻るのかと思ってましたが?」
「カメムシに用はないの……」
いろいろ察したデイビッドは、それ以上口を開かずに母の背中を見送った。
家具のほとんど残っていない執務室で、椅子の上にそっくり返り、うだうだ言っているのはジェイムス・デュロック伯爵だ。
「あーー息子のそんな重大場面見逃すなんて!一生の不覚だ!なんであの時カメムシになってしまったんだ私は!ハッ…もしやあれは…デイビッドの策略だったのでは…」
そんな訳ないだろう…と思いながら、伯爵にデイビッドとヴィオラの話し合いについて報告しているのはエリックだ。
「なんにせよ、ヴィオラ令嬢が婚約を受け入れて下さいましたので、後日正式な書類を作り、成立となる事でしょう。」
「やはり私の見立てに間違いは無かったな!いい娘だろう?ローベル子爵のお嬢さんは。あれだけ酷い目に遭っていながら、少しも芯が曲がっていない。見た目以上に強かな女性だ。ここで逃す手はないと思ったね!」
ジェイムスはヴィオラの事を殊の外気に入り、この婚約が上手くまとまった事でほくほくしていた。
「学園の方は如何でしたか?」
「首尾よく行ってるよ。講師の変更にも快く対応してくれた。使う部屋も予想より遥かに良さそうだ。」
「しかし、前代未聞でしょうね。学生と同い年の講師なんて…」
「何を言う。帝国には僅か11歳の教師もいると聞く。そもそも学園長が決定した事に反対するなら、相応の理由が必要だ。あいつにもいい勉強になるだろう。人に教える事で得られる学びもある。王都嫌いのあいつは、こうでもしないと領地を持たない貴族と関わらないからな!自分が将来どういう人間を相手にするのか、知るにはいい機会だろう。」
ニヤニヤ笑いながら、ジェイムスは一枚の書類をエリックに差し出した。
「これは…?」
「お前の講師補佐の手続き書だ。サインして!」
「私も行くのですか??!」
「だって、この家で王都の情勢に一番詳しいのはエリック、お前だろう?あいつも、研究やらに没頭するとすぐ本題が抜ける。頼むよ手伝ってやってくれ!」
「…わかりました…ですが、期間はヴィオラ令嬢が卒業するまでですよ?終わったら速攻旦那様の元へ戻りますからね!」
「ありがとう!これで安心だ!」
エリックのサインが終わると、ジェイムスは上着と書類を持って、小走りに部屋を出ていってしまった。
「旦那様、どちらへ?!」
「学園へ行ってくる!夕方までには戻るよ!」
(逃げたな……)
エリックは階段を駆け下りるジェイムスを見てため息をついた。
(奥様の対応をデイビッド様に押し付ける気だな…これは)
なんせ今回の婚約の件で、伯爵夫人は相当お怒りなのだから…
家具も調度品も次々運ばれてしまった部屋の中で、甲高い声がデイビッドを叱りつけている。
「この大馬鹿者!本当にこの家の男と来たら!!」
「お…落ち着いて下さい…母上…」
「これが落ち着けるものですか!!傷心の!それも病み上がりの!女の子相手に!大声で婚約を迫った馬鹿息子が!!」
「それは誤解で…」
「仮にお相手に気があったとしてもですよ?!お見合いの席でテーブル叩いて怒鳴りつけるなんて考えらんないわ!!」
「痛っ!母上っ!鉄扇は痛いっ!!」
「そもそも!!婚約していきなり好き同士になるわけ無いでしょう?!手紙のやり取りや、デートの回数増やして、ようやく気持ちを揃えていくものよ!?それを!なんでその場で決めようとするのよ!!自分も踏み切れないなら、時間を掛けてみようって気にはならないのかしら??なんでこの家の男共はみんなそう短気なの?!!」
「ゔっ……それは…」
エリックに言われた事を、母にも言われ、デイビッドにはもう逃げ場が無い。
「はぁ…貴方の女性不信も分かっているつもりよ?!でも自分を嫌っていない女性に対しても逃げ腰でが関わるのは止めなさい。お相手の令嬢の気持ちに、少しでも影があったらと考えたところまでは良しとしましょう。問題はその後です!」
「俺の素がわかれば、少しは引いてくれるかなぁ…と…」
「引かせてどうするの?!」
「婚約した後で苦しませる方がよっぽど辛いでしょう?!もう二度としませんよ!ちゃんと双方同意の上で婚約に…」
「同意してなかったのは貴方だけでしょう?!例え相手側に不安や不満があったとしても、それを打開する程の魅力を持てば良い話!相手に惚れされようって気は無いの?!」
「ありますか?!惚れる要素が?!俺に?」
「何言ってるの!?作るのよ!!相手の好きな物、お気に入り、好み、全て取り入れて!惚れてもらえる男に成るの!!デイビッド、貴方は自分を豚だと言いますけどね?!それはただの言い訳に過ぎません。…もっと自信を持ちなさい…」
夫人がふらふらとソファにもたれ掛かると、さっと紅茶の用意がされる。
爽やかな香りのエッセンスを垂らした一杯を口に含み、ようやく落ち着いた。
燃えるような赤髪を長く伸ばした、緑の瞳の切れ長の美人。
カトレア・デュロックは、向かいで縮こまる息子の姿をじっと見つめていた。
子供の頃から自分の容姿を卑下し、女性から遠ざかり続けてきた息子に、ようやく婚約者ができる。
母親として嬉しくないわけがない。
しかし、デュロックの血筋はいつ暴走するかわからない。
ますます気を引き締めて、男女についてとことん教育しなければ…と、心に決めるのだった。
「所でデイビッド。貴方、来月から王立学園の講師を引き受けるのですってね。」
「え?あ、はい。領地経営学の一環で、農林水産と魔物の対処などについて講義する予定です。」
「そう、なら後で知り合いの教師に手紙を出しておくわ。何かあった時には、力になってもらいなさい。」
「わ…かりました。」
気を取り直すと、カトレアも自分の部屋へ荷物をまとめに戻って行った。
「そうそう、明日には私は一足先に領地へ帰りますからね。お父様がしばらく残るから、相手して差し上げなさい。」
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