黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚特別非常勤講師

婚約指輪

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デュロック家の人間は、基本自分のことは自分で行う。
だからエリックの仕事も、朝は早めに起きて、主人達が寝坊しないよう気をつける程度。
商会にいる間は他の使用人もいない上に、屋敷の仕事も無く更に自由だ。
のんびり自室で身支度を済ませ、デイビッドの部屋を訪ねたが、誰もいない。

商会の中を歩いていると、広い厨房の奥から甘い匂いが漂ってきて、廊下で女の子達がそわそわしていた。
(ここだな!)
小窓から中を覗くと、相変わらず大きな背中が動いていた。


「デイビッド様、おはようござい…うわぁ…」

「おお。エリック、おはよう!」

「なんですかコレは…?」

調理台に現れたのは、シュークリームの山。
テキパキ動くデイビッドの手元から、焼きたてのシューは今もなお増え続けている。

「いゃぁ…ちょっと考え事してたらいつの間にか…」

「ちょっと考え事したくらいでシュークリームは山脈にはなりませんよ普通!しかもこれサイズがおかしい!なんで商品の1.5倍の大きさなんです?!」

「うーん…ヴィオラ令嬢は何が好きか悩んでたら…」

「令嬢に贈るんですか?!1.5倍シュークリームを?!いやいやいや!止めましょ?!巨シュー山脈なんて贈ったら迷惑ですよ!」

「シュークリームは関係無いんだって!ただ、ヴィオラ…令嬢は何が好きかなぁとか、考えてただけで…」

「わぁ、中はチョコとホイップのダブルクリームだぁ!じゃなくて!せめてプチに!令嬢に渡すならプチくしましょ?!で、数減らしましょ?!ね?!」

「いや、本題はそんなことじゃなくて。母上から婚約が決まったなら、指輪のひとつも贈らないのは男としてどうかと言われて……書面で本格的に決定する前に作りたいんだが、デザインをどうしようか悩みに悩んでるところだ…」

粉まみれの腕を組み、デイビッドはいつになく真面目に悩んでいた。

「わぁ!まともな男性の思考に近づいてきましたね!」

「茶化すな!こっちは真剣なんだよ!アレだろホラ、貴族は指輪にお互いの目の色だか髪の色だかの石とか入れるって…」

「うーん…見事に黒と茶色しか無い……」

「そうだよ!家は家系上どう頑張っても黒が強いし、郊外行ったらそれこそ黒茶2:3の地味なグラデーションで終了するんだよ!!」

「明るくてヘーゼル、たまに赤毛と、極稀に金髪がいるくらいですかね?!確かに、王都の貴族は赤とか青とかピンクとか、見てて飽きないですよね。アーネスト殿下も金髪金目でキンキラキンですし。」

「クソッ…王都の貴族はなんであんなカラフルなんだ?!何食ったらあんなオウムみたいな色になるんだよ!!」

「ドレスなんかも、自分の色を相手にまとわせて、パートナーをアピールしますからね。」

「どこ切り取っても黒しか無い!!」

「いいじゃないですか。黒いドレスも素敵ですよ?!」

「いや!彼女にはもっと柔らかい色が似合うはずだ!!」

「じゃぁもう好きな色選んでもらうのでいいじゃないですか?」

「好きな…色……」

「手紙、書きましょ?そういう時こそコミュニケーションですよ?!」

「てがみ……」

無言で洗い物と片付けを済ませると、デイビッドはふらふらと厨房を出て行ってしまった。

「ちょっと!このシュークリームどうするつもりですか?!」

「あぁ…みんなで食ってくれ…」

「まったくもう…はーい今日のオヤツはシュークリームですよー!皆さんで仲良く分けて下さいねー?!」

エリックが廊下に向かって声を掛けると、女性従業員達の黄色い歓声と共に、パタパタとたくさんの足音が作業場へ戻る音がした。


デイビッドが自室に向かうと、また従業員が駆けてきて手紙を届けてくれた。
王室の印が入った厚手の封筒と、薄紅色のマーガレットのスタンプが押された手紙。

エリックが追いつく頃には、デイビッドは手紙に没頭してしまい、周りの声も聞こえないようだった。


『デイビッド様へ

昨日は本当にありがとうございました。
私がデイビッド様の婚約者だなんて、まだ信じられません。
目覚めたらすべて夢だったらどうしようと、夜もなかなか眠れませんでした。
頂いたブローチは一番の宝物にします。
私の大好きな紫色のスミレの花が笑いかけてくれるようで、眺めているだけで幸せな気持ちになります。
今度は私からデイビッド様に、何か贈らせて下さい。
デイビッド様は何がお好きですか?知りたい事が山程です。
またお会いできる時、たくさんお話したいです。

          ヴィオラより』

「すみれのはながすき…すみれ…むらさきの…紫…そうだ!!」

手紙を何度も何度も読み返し、しばらく考え込んだあと、デイビッドは突然立ち上がり、戸棚の中を漁りはじめた。

「確か…この辺にしまったはず…」

「デイビッド様?!いきなりどうしたんです?」

「あった!!」

そして、顔を上げたデイビッドの手には、大きな宝石の原石が握られていた。

「あんたそれ!!魔鉱石の原石!!まだ未発表の!王家も所有して無いどころか情報すら入ってないヤツ!!御蔵入りにするって言ってたのに!??」

「綺麗な紫色だろ!?」

「まさかソレで指輪作るつもりですか?!」

「悪いか?」

「悪いって言うか!産出国でもまだ採掘が不安定で、売り出してないんですよ?!」

「サラムの奴に技術提供したから大丈夫だ。人手も増えてもうすぐ発表のはずだ。そしたら問題ないだろう?」

魔鉱石は地中の魔素が鉱物と結び付き、稀に生まれる魔力を宿した宝石だ。
金より価値があり、鉱脈は国を潤す程の財産となる。
南方アデラ国の名前も無い小さな島でこの石を見つけたデイビッドは、サラム王太子より感謝の証としてその採掘権の一部を受け取っていた。
大々的に発表され、採掘が安定したら、デイビッドも採掘に参加できる事になっている。
この原石は鉱脈の発見時に掘り起こした物のひとつで、一番大きい石をもらって来たものの、しまいっぱなしにしてあった物だ。

「どうせこの国に輸入するなら窓口は俺なんだから、ちょっと早くてもいいだろ。コレだってもらったのは半年以上前だし、俺の好きにしていいとサラムに許可はもらってるからな。」

まだ磨かれていない原石から、やわらかな紫色の光がこぼれ落ちる。
これで指輪を作ったら、どんなにヴィオラに似合うだろう…

「じゃ、親方の所に行ってくる!」

そうと決まればじっとしていないデイビッドに、エリックは今日も朝から振り回される事になるのだった。
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