黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚特別非常勤講師

可愛すぎる婚約者

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また玄関先で騒がれてはたまらないと、直ぐに侍女達が応接間へ二人を案内する。
そこで改めてプレゼントを手渡すと、ヴィオラの表情はますます明るくなった。

「刺繍の糸にハンカチ!こんなに色がたくさんあったらなんでも作れてしまいそうだわ!それから、この子!かわいい!また会えました!私の子豚ちゃん!」 

ヴィオラは木彫りの黒豚を手に乗せると、軽くキスをして抱きしめた。

「デイビッド様、嬉しいです。この子本当に好きだったんです!これでずっと一緒にいられます!」

「気に入って頂けて良かった。か…かわいがってやって下さい…」

「はい!ありがとうございます!」

「あ…えと、手紙にも書きましたが…その、本日はこちらを見て頂きたくて…」

ヴィオラの笑顔を見ていると、デイビッドの頭はうまく回転しなくなる。
段取りも決めてきた台詞もぐだぐだ。
わたわたしながらも、この辺りで本日一番の大切な話を切込んだ。


「これです…こちらをよくお読み下さい。ローベル子爵には既に同じ物をお渡ししてあります。」

大きめの紙には、婚約について、お互いの条件や利益について細かく記されている。
これはこの婚約に限らず、貴族間の婚約時には必ず提示されるもので、想定される不測の事態に向けての対応が記されている。
例えばどちらかが亡くなってしまった時。王命かそれに近い指示により、婚約の維持が難しくなった場合。あるいは心変わりや浮気をした時とその後の対応。
家と家が結びつく。そのために予め様々な事態に合わせて取り決めがなされているものだ。

「…この…異性と交流を持つ場合、というのは…」

「ええと…ヴィオラ令嬢は成人前で、これから学生となる身ですので、学園内ないし、同世代の令息と交流を待つこともあります。それをどこまでを許容するかという内容です。」

(恋人関係まで許容する…か…親父の奴…人の気も知らないで…)

書類には肉体関係が無ければ恋愛は自由にしても良いと、生々しい内容が書かれていた。

「み…認めません!!」

「ご安心下さい。これは私には適応されません。学生の特権のようなもので…」

「だからこそ私が認めません!こんなの裏切りじゃないですか!浮気です!そんな人間がデイビッド様のお側にいていいはずが無いわ!許可しません!」

「これは未成年相手には必ず入る文言みたいなものですから…でも、そう思ってもらえるだけでとても嬉しいです。」

「消して下さい!私はデイビッド様以外の方と、男女の仲になるつもりはありませんから!」

「だんじょの…そう…ですか…?!わかりました。ではここにお名前を…」

「はいっ!!」

素早く、しかし丁寧に。
デイビッドの名前のとなりにヴィオラの名が並んだ。

「これを明日、貴族院に提出すれば、仮婚約が確定します。」

「仮…なんですか!?」

「家同士の繋がりや政略以外の婚約の場合、未成年は成人後に改めて婚約になるんですよ。ヴィオラ令嬢の場合は卒業時に再度書類を作ります。もっともそのまま婚姻してしまう所も多いそうですが…」

「私もそれがいいです!!」

「…ははは…まずは学園生活を楽しみましょう。私は一足先に来週から講師として入ります。またしばらく会えませんが、手紙も書きます。どうか元気な姿で入学してきて下さい。」

「私も、入学までしばらく家庭教師について頂く事になりました。しっかり勉強して、デイビッド様の隣に立って恥じない淑女になります!」

「無理はなさらず。まずは体調を元に戻して、怪我もしっかり治しましょう。」


難しい話が終わると、侍女が紅茶と、今日デイビッドが持ってきた手土産のひとつを運んできた。

「今朝焼いたゴーフルです。」

重めのクリームを挟んだ軽い薄焼きの生地には、ヒナギクの小花模様がたくさんついている。

「サクサクで香ばしいです!軽くていくらでも食べられてしまいそう!」

「そうだ、手紙にも書きましたが、私の好きな物は…という話なのですが…」

「聞きたいですっ!デイビッド様の好きな物!」

「色々考えましたが、私の作ったものを喜んでくれる人に、何か作るのが好きなんです。それが本当に喜んでもらえたらもっと嬉しい。なんと言うか、その、好きな相手の好きな物を考えている時が一番楽しいという訳で…難しいですね。俺、いや!私自身自分の好みが分からなくて…ただ、今はスミレの花とチョコレートが好きです…ヴィオラ令嬢の事を思い出せるので…」

「んんっっ!!!」

後ろで咳払いと見せかけて笑いを堪えたのはエリックだった。

「おかしいか…ですかね?!」

デイビッドは顔を引きつらせながら、横目で一瞬エリックを睨んだ。

「そ…それは…私がスミレを好きだと言ったから…?」

「はい…」

「チョコレートは…?」

「失礼ながら、ヴィオラ令嬢の瞳を見た時、チョコレートの様だと思ったので。」

「ふんんっっ!」

後ろのエリックがやたら気に障るが、ティーカップを手にうつむいたヴィオラには気づかれていないようだ。

「わ…私は…スミレの様な小さくてかわいい花が好きです。私の名前は春の庭先に咲いていたスミレから取ったそうで、眺めているとなんだか元気が出るんです。」

「素敵な理由ですね。」

「あ…ありがとうございます!!」

その後も、じれったい会話が続けられ、いよいよエリックが震え始めた頃、侍女がヴィオラの後ろから声をかけた。

「お嬢様、楽しいお話の最中ですが、そろそろお薬の時間です…お医者様もいらっしゃる頃かと。」

「まぁ!もうそんなに経ったの?!」

「では、私はこれで失礼します。とても楽しい時間でした。次は学園でお会いしましょう。」

デイビッドが立ち上がると、ヴィオラがその前に両手を広げて立ち塞がった。

「ヴィオラ令嬢?」

「デイビッド様!!一度でいいので、ギュってして下さい!」

「お嬢様!はしたないですよ?!」

「これ以上は望みません!一度でいいんです!ギュってして欲しいです!」

顔を真っ赤にしながら、子供のようなことを言うヴィオラに周りは驚いていたが、デイビッドは軽く笑って腕を差し出した。

「はははっ!そうですね、一度だけなら。」

細くて軽くて小さなヴィオラは、少し力を入れただけで折れてしまいそうで、ちょっと背伸びしているところも、精一杯デイビッドの背中に腕を回す仕草も、とてつもなく愛おしく感じた。

深呼吸をする間にパッと離れると、ヴィオラは物足りないような、それでも満足したような顔で今度こそデイビッドを見送った。

馬車止に向かう間3回つまづいて転びそうになったのをなんとか持ち直し、馬車に乗り込みローベル邸が見えなくなると、デイビッドは再び絶叫した。

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