黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚特別非常勤講師

怒涛の商業科

「デイビッド君!芽が出たよ!!」

デイビッドが学園に来て4日目。
朝も早くから、温室の主任ベルダが研究室に飛び込んで来た。

「本当に?!流石専門家!すぐ行きます!!」

デイビッドは揺すっていたフライパンをエリックに預けると、ノートとペンを掴んでベルダと一緒に走り出した。
温室前には既に、デイビッド用の長靴と白衣が並べてあり、それを着込んで中に入る。

「今朝見に来たらこうなってたんだ!」

蓮の池に浮いた種から、真っ赤な芽が突き出してぷかぷか浮いている。

「初めて見た…発芽したばかりの葉は赤いのか!」

「浮かべた物が十のうち四つ発芽した!水流に当ててあるものにはまだ動きがないなぁ。産毛が生えてて光沢のある葉皮が美しいだろう?!」

「ありがとうございます!ベルダ先生に任せて本当に良かった!」

デイビッドは自分のノートにも記録を取ると、温室の掃除を手伝い、事務所に寄って部屋へ戻ると、空っぽのフライパンが置かれていた。

「エリック君、俺のふわふわチーズオムレツはどこかね?!」

「冷めたらもったいないんで、食べちゃいました!」

「ブリオッシュサンドも足らないんだが?」

「あー仕方ないですよ。あんなに美味しそうなんですもの…」

「お前、いつか食い物の恨みで刺されても知らねぇぞ?!」

「他人の食事にまで手は出しませんよ!?」

「俺も他人…」

「イヤですねぇ。デイビッド様は旦那様から任された、大切な我が身の一部も同然のお方なんですよ!」

デイビッドは納得のいかないまま、新しいオムレツを焼き、追加でツナのサンドイッチを作り朝食を済ませると、昨日商会から届いた大きな箱を開いた。
中には大きな豚の枝肉と、色々な種類の肉の塊と、塩漬けの腸皮が入っていた。

全て外に運び出すと、作業台の上に肉引き器を乗せ、肉の欠片をどんどん入れてハンドルを回すと、きれいなひき肉になって押し出されて来る。
ボールに分けて塩とスパイス、ハーブを加え、よくこねて寝かせて置く。

その間に枝肉からバラ肉の部分を切り分け、塩を擦り込み、糸をきつく巻き付け、金具を通した樽につり下げた。

横で塩抜きしたヤギとブタの腸をよく拭いて、フィーラーに装着し、ひき肉を入れハンドルを引いて押し込むとソーセージができてくる。
くるくると等間隔でねじり、これも樽に吊るすと平竈に火を入れて燻し、燻製にしていった。
 

デイビッドは煙が落ち着くとデスクに座り、今朝届いたヴィオラの手紙を開いた。

ヴィオラは足の包帯が取れ、身体の傷もほとんど治ったという。
どうやら送った塗り薬が役に立ったらしい。
カトレアから紹介された家庭教師は、親身になってヴィオラの勉強を見てくれているそうだ
中途入学でも問題なく授業についていけるように、ヴィオラもがんばっているらしい。

子豚の人形にディディと名付け、見る度に癒されたり慰められたり励まされたりしていること。
自分もお菓子作りに挑戦しようと、初めて焼いたパイを焦がしてしまったこと。
花束を押し花にして、できあがりを楽しみにしていること。
とりとめのない事がたくさん書かれている。

今やデイビッドにとって、ヴィオラの手紙を読むのは至福の時間だ。
それから自分も便せんを選び、ずいぶん悩みながら手紙を書いた。

昼食は余った肉でミートローフを作り、いくつかにパンとサラダを添えて、温室のベルダの元へ持って行くとずいぶん喜んでくれた。
残りの半分は当然の様にエリックが平らげ、仕方なく更に残ったものにマッシュポテトを塗って食べた。

手製の燻製器の調子も良好の様で安心だ。
放課後までには燻し上がるだろう。

手が空くと様々なことを記録に書き起こし、今後の予定も立てていく。
そんな事をしながら過ごしていると、もう夕方近くになっていた。
(今日は商業科の初日かぁ…)

金曜日の最終授業のひとコマが、デイビッドの担当になる。
領地経営科と同じ条件で、評価もテストもしない。
さて、何を話そうか…デイビッドは青い廊下に向かって歩き出した。


商業科の教室は実技棟の中にある。
調理、縫製、板金、木工、様々な作業室は各部屋は小さいが、必要な物が揃えられているようだ。
教室の前に来ると、中がずいぶん賑わっている。

デイビッドが中に入ると、室内は静まるどころか大騒ぎになった。

「わぁ!本当に来てくれた!」
「先生待ってました!」
「私本人に会うの初めて!」
「授業楽しみにしてましたー!」
「先生ー!」「先生!」

「うぉぉ…これは予想外の展開だな…!」

「静かにせんか!我々は今貴重な瞬間に立ち会ってあるのだ!1秒たりとも無駄にしてはならん!」

「サイモン先生!?なんで生徒の席にいるんですか?!」

「偉大な知識と膨大な情報の前では、私など生徒も同然ですからな!」

「やりづらい…」

「先生、こちらを!」

一人の生徒がデイビッドに分厚い冊子を手渡した。

「これは…?」

「領地経営科では質疑応答式の授業をされたそうだったので、僕達の聞きたいことを集めて、項目別に分けてみました!」

「手際が良いな?!あれからまだ2日だぞ?」

「情報は商人にとって最も重要ですから!」

「ははは…流石だな…どれどれ…あー、よくまとまってんなぁオイ…じゃ、今日は一番手前の、南方の交易について話してみるかな…」

「やったぁーー!!」
「ぜひお願いします!!」

「チョコレートと果物と布の輸入についてかぁ…うーん…チョコレートか…そもそも、今ある航路のハリス王国の首都より奥を開拓したのは俺なんだ。小島を拠点にできないか回ってる時に遭難して、野生のカカオの群生地を偶然見つけたのがきっかけでな…そこに人を入れてもらってカカオ農家とチョコレートの加工場を作ったんだ。そこから毎月収穫の1割分のカカオを送ってるくれようになったんで、自分とこで作る事にしただけなんだがなぁ…」

「はい!質問です!何故工場を独占しなかったんですか?」

「そうしたら、利益は俺のとこで買う分だけになるだろ?それじゃただ雇われてるだけと変わらない。自立してあっちこっちとやり取りしながら成長出来なきゃ、人も物も育たない。俺がするのはお膳立てまで。軌道に乗ったら、後は現地に任せちまうのが一番だと思ってるよ。」

「…貴重なお話、ありがとうございます…」

商業科の生徒達は、皆驚いた顔をしていた。
利益を追いかけるはずの商人が、利益を捨て、信頼のみを取って成功を収めているその事実に。

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