黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚特別非常勤講師

ぐだぐだの顛末

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「これでよろしかったですか?学園長先生。」

シモンズ女医が学園長に向かって言うと、学園長もゆっくり頷いた。

「余計な事を話すわけにはいくまい。グリュース侯爵には知らせておく。家の事はその家で解決するだろう」

「もう、いいですかね…戻っても…?」

「デイビッド先生、朝からご苦労でしたな。しかしやはり若者は若者同士話し合う方が良いでしょう。やはり貴方に来て頂いてよかった!」

「ありがとう…ございます(俺はあんまり良くないです…)」


こうしてデイビッドの災難(その1)は過ぎていった。

「お疲れ様でしたデイビッド様!」

学園長室のドアを開けるといつもの調子のエリックが立っていた。

「出たな、猫従者。」

「どうでした?なんかの勝負?とやらは。」

「勝ち点は取ったが、うやむやにされて無効になった。延期するらしいが、次こそ参加してやる義理はないな。」

「ところで、マーロウ子爵令息がお待ちですのでお知らせに参りました。」

「お!来たか、それこそ俺の楽しみだ!」

ウキウキと研究室に戻ると、部屋の中でワインを抱えたクレイグが座っていた。

「デイビッド先生!さっきの勝負見てました!すごかったです!!」

「いや、いい、忘れてくれ…それよりワインが届いたんだな?!」

瓶が3種類と小振りの樽詰めがふたつ。

「こっちの小樽は生ワインか!流石子爵、わかってんな!」

まずは何も処理されていない生ワイン、次に発酵と熟成と濾過をした後のワインを、樽から注ぎカップでごくごく飲んでみる。

「…いや!美味いな!!」

「ただの飲酒になってませんか?!」

「なってない!なってない!ただの試飲だ!」

「試飲て…この量飲んで?」

「うるさいな!ソムリエみたいにはいかねぇんだよ!」

次に昨年のボトルを開けてみる。

「やっぱ美味いわ!!駄目だ美味い!飲んじまうな…」

「あ、ありがとうございます!」

「で…問題のこれか…」

今年のボトルを開け、一口飲んで黙ってしまう。

「うーーん…安ワインとしては充分なんだが、さっきのを飲んじまうとこの味は信じられん…」

「父も言ってました。なぜ出荷の段階で悪くなるのか…機材を買い替えたり、洗浄を徹底してもダメだったんです…」

デイビッドはしばらく考え込み、ボトルをじっと見ていたが、ふと思い立ったようにコルク栓を抜いて手に取った。

「この栓はどこから?」

「専門業者から仕入れています。必ず新しい物を揃えて検品もしますので、不良品が混じることは無いはずですが…」

デイビッドは匂いを嗅いだり、削ってみたりしたあとに、いきなり口に放り込みボリボリ噛み砕いた。

「先生っ?!」

「あ、コレだ!このコルク、クソまずい!」

「そりゃコルクですからねぇ?!食べるものじゃないですから!!ほら、見なさい!マーロウ令息もドン引きですよ!!」

「食ったわけじゃねぇよ!!中から変な匂いがするんだよ!!これがワインに影響してるんじゃねぇかって話だ!!」

コルク屑を外に吐き出し、口を濯ぐと改めてコルク栓をナイフでふたつに切り、中を見てみることにした。
一見普通に見えるが、デイビッドは確かに異臭がすると言う。

「恐らくなんだが、収穫に向かないコルクを剥がしたんじゃないかと思う。木にも病気や天候で良不良があるからな。現地の情報まではわからんが…一度農家から直接仕入れてみると良いかもしれん。」

「コルクの…原産地から、ですか?」

「乾燥地帯でコルクの木を育ててる所は多いからな。なんなら親父さんに紹介状を出してもいいぞ?!」

「先生ありがとうございます!本当に!どうなる事か不安だったんです。先生のおかげで希望が見えました!」

「そりゃよかった!」

クレイグは何度もお礼を言いながら、自分の部屋へ帰って行った。

「どうすっかこのワイン。栓がなくなっちまったし、スパイスぶち込んでヴァンショーにでもするか!」

「やっぱ飲んでる…」

昼前にご機嫌でボトルを開けてしまったデイビッドは、そのまま夜中まで死んだように眠ったのだった。


気がつくと部屋は暗く、変な部屋着のエリックが隣でランプを点けて本を読んでいた。

「う……まずいな…久々に飲み過ぎた…」

「弱いクセに一本開けちゃいましたからね。」

「まぁ、元々休みだった訳だし。構わねぇよな?!」

「自室なら良かったんですけどね…ここ研究室ですよ?!学園内で飲酒はちょっと…」

「以後気をつけます……」

デイビッドは水を飲み、風に当たろうと外へ出た。
気持ちの良い春の終わりの東風が吹き抜けていく。

「ああ~…いい風だなぁ…」

「いつかヴィオラ令嬢と、こんな風に吹かれながらお喋りしたいですねぇ…」

「…エリック?」

「ピクニックに遠乗りも楽しそうじゃないですか?」

「おい、エリック…」

「彼女に贈るドレス、もう決まりました?」

「黙れ、エリック…」

「デイビッド様、酔うと色々ダダ漏れになるんで面白いですね?!今までは自分のエピソードばっかりでしたけど、今回はヴィオラ令嬢にしてあげたい事シリーズでした!しかし、もういい大人になる人の口から、色事のひとつも出て来ないとは、情けない…」

「うるせぇっ!さっさと寝ちまえ!」

身体を冷ましてから部屋へ戻ると、相変わらずカウチを占領している従者の布団をかけ直し、ソファに寝転ぶ。
(エリックの奴…何を聞いたんだ…?飲酒は…元々あんまりしない方だが、止めといたほうがいいな。)

こうして、デイビッドの慌ただしい学園生活の1週間目が過ぎていった。


次の日は日曜日。
今日は学園は休みで、生徒も教員もほとんどいない。

デイビッドは朝から小麦粉を捏ねていた。
ここへ来てすぐに育てていた酵母を試すためだ。
昨日の鬱憤を晴らすように、全力でパン生地を叩きつける。

ヨーグルトを加えた生地はピザ用にして、半発酵で薄焼きパンも作る。

どの酵母を何にどれだけ使ったか、いちいち細かくメモに残しながら発酵具合を確認し、空いた時間は外で洗濯物を洗う事にした。
(ヴィオラがここに来るようになったら下着は乾し辛いな…)

あれから温室の薬草は、順調に葉を広げ深い緑色になった。
発芽率は三分の一だったが、室長のベルダはまだ諦めていないと言う。

明日は領地経営科の2度目の授業。
昨日の騒ぎを見ていた生徒がいれば、少しは気安く手を挙げてもらえるだろうか。
そんな事を考えながら、パンを焼いていく。

(ニワトリが欲しいというのは横着過ぎるか…?)
食材をいちいち事務所へ届けて貰うのが早くも億劫になり、卵の確保にメンドリの購入が頭をよぎる。
(いや、いかんな。自給自足が癖になってる…)

あくまで研究員。
あまり目立つことはよそう…と、すでに手遅れもと知らずに、少しだけ反省したデイビッドだった。

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