黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚特別非常勤講師

勝負あり

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「でしたら、我がフェーラー侯爵家が開発したレインボーシルクはいかがでしょう?!七色の輝きを放ち、滑らかでそれは美しい逸品でございます!」

「確かに、素敵ですわね。今度見本をお願いします。…デイビッド様は…何かございますか?」

「う~ん…あるには…あるんだが…」

「もったいぶらずに負けを認めなよ!レインボーシルクに敵う布が存在するとは思えないね!」

「素材が特殊なんだ…」

「私はなんでもと申しましたわ。かまいません教えて下さい。」

「ポイズンビッグモスの繭から取れる糸で織った布だ。」

「なっ!?」

温暖な気候になると現れる、別名森荒らしの名を持つこの魔物は、羽を広げると1メートルはある巨大な蛾だ。
大きな目玉模様で他の生物を惑わせ、集団で襲い掛かってくる。
鱗粉に毒があり、吸い込むと体の自由が奪われ、最悪死に至るという。
森の木々を食い尽くしてしまうため、見つけ次第駆除されるが、繭は火を放ってもなかなか燃えず、刃物も通りにくく厄介だ。

「布自体は良いんだが、魔物素材は王都じゃ売れないと踏んで出してないんだ。」

「見本は…ありますの?」

「見本というか…あ!裁縫道具の中に切れ端が入れっ放しだったかも…」

「持って来なさい!今すぐ!」

またか…と思いながら、せっせと部屋に戻り、今度は裁縫箱を漁ると、下の方から手の平にも満たないが、確かにポイズンビッグモスの布が出てきた。
(エリックは…流石にもういないか…)
本当に猫を飼っているような気分になりながら講堂へ戻る。

「待たせたな…これだよ。」

「これは…なんて滑らかなの!この翡翠の様な輝き!まるで水を布にしたような美しさ。なのに、本当に向こうが透けて見えるほど薄いのね!これがあの不気味な魔物からできているなんて信じられないわ!」

「繭がかなり頑丈なんでちょっとコツが入るが、製法はシルクと大して変わらん。一度に大量に取れるのも強みだな。ただ、天然物に頼るしか無いから、量が確保しづらいのが難点だ。」

「この布をあるだけ頂きたいわ!」

「領地になら在庫があったと思う…王家から注文とあればすぐ送られて来るはずだ。足りなければアデラ王国に頼めばいい。」

「ありがとうデイビッド様。この切れ端は頂いてもよろしいかしら?」

「え…あ、どうぞ…」

「私の票はお二人にそれぞれ1点ずつ差し上げましょう。フェーラー家のレインボーシルクも楽しみにしていますわね?!では、失礼致しますわ。」

颯爽と去って行くアリスティアを見送り、テレンスと生徒会長に向き直ると、デイビッドは改めて勝負中だったことを思い出した。
(いかんな。クセで完全に商売してた…)

「両者に1点ずつ…だと…?」

このままでは先に2点確保しているデイビッドが勝者となってしまう。

「そ…そうだ!さっきのハチミツの話は?もうシモンズ先生もいらっしゃってるんでしょ?!もし僕に点が入ったら、妨害行為でアイツから減点してよ!」

「そ…そうだな!真剣な勝負に水を差し、先生方まで巻き込んで混乱させたのだ!そのくらいするべきだ!」

生徒会メンバーが集まって、なんとかデイビッドを引きずり下ろそうと話し合っている。

「そろそろよろしいかしらね?!」

シモンズ女医はツカツカと壇上に上がって来ると、デイビッドの頭を持っていた資料で叩いた。

「いってぇ!」

「呼ぶのが遅い!もう養蜂の話は出てしまったのですってね?!そういう話はもっと早く止めなさい!」

「す…すみません…」

「さてと、皆さん!グリュース侯爵家のハチミツの話は、ここでは公開できません。ただ、グリュース領では今後も養蜂は再興はされないとだけお伝えしておきましょう。ハチミツの話はこれでおしまい!間違っても他に言いふらしたりなどなさらない事!いいですね?!では、この件は無効とします。デイビッド、テレンス、そしてリュカルドの三人は後で学園長室へ来なさい。以上です!」

それだけ言い残すと、またツカツカと講堂から出て行った。

「ま…また無効だと?!」

5人中2人無効点。
ひとりは引き分けで1点ずつ。
そうなればデイビッドが3点で勝ってしまう。

「う…嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!!お前みたいな田舎臭いブタが、選ばれた貴族である僕より優秀なはずない!!」

「…で?まだなんかすんのか?終わったんなら学園長室へ行かないとなんだが…」

うろたえるテレンスを無視して、生徒会長に話しかけると、こちらもデイビッドを睨みつけたまま言葉を失っていた。

「気は済んだか?お前達が騒いで始めた騒ぎだ。最後くらいはちゃんと締めとかないと、不満が出るぞ?」

どよめく生徒達を差して、何か言ってやれと目配せすると、我に返ったのか、生徒会長が壇上の前に出た。

「諸君!申し訳ない、どうやら出題に不備が多く、公平な勝負にならなかったようだ。これは出題を決めた生徒会として誠に申し訳なく思っている。改めて勝負の場を設けるので、今日のところは解散としたい。今日は休日なのに集まってくれてありがとう。」

そう言うと壇上にいた生徒を連れて、降りて行った。

(まぁ、全く無駄にならなかっただけいいか…)
デイビッドも講堂を後にし、学園長室へと歩いて行く。


「失礼します…」

ノックして戸を開けると、シモンズ女医と学園長、それに学園長と、例のキツイ目の女性教師が集まっていた。

「いやはや…大変な話題が飛び出してきおったの。止めてくれて助かったぞ、デイビッド殿。」

「いや、まぁ、学園の騒ぎはいずれ社交界に広まりますんで…そりゃまずいかな、と…」

やがてテレンスとリュカルドと生徒会長もやって来て全員が席についた。

「それでは話を始めようかの。リュカルド君、君はグリュース領で養蜂を再興しようと考えたそうだね。それ自体は悪くない。かつてこの国一番の人気を誇ったグリュースのハチミツは惜しむ声も多かった。しかし、それは少々難しい話なのだよ。」

「なぜですか?!父も兄もそう言うばかりで訳を話してはくれませんでした!教えて下さい!」

リュカルドが尋ねると、シモンズ女医が口を開いた。

「それはね、かつてグリュースのハチミツに有毒な成分が含まれていたからよ。」

「毒ですって?!」

「グリュース領は灰色の森のと霧の森、二つの魔素の濃い土地に挟まれているでしょう?そこに自生する植物に、花粉に毒性のあるものがあったの。もちろん誰も知らなかった事だったし、侯爵にお咎めはなかったわ。陛下も騒ぎが大きくならないよう箝口令を敷き、この真実を公表されなかった。そして侯爵は陛下に二度と養蜂はしないと誓われたの。だからグリュース領で養蜂は禁忌となったのよ。」

「し…知らなかった…」

「だからこそここだけの話にして、二度と蒸し返してはなりませんよ?!止めてくれたデイビッド殿に感謝なさい!」

リュカルド、テレンス、生徒会長は悔しげにデイビッドに軽く頭を下げ、部屋を出て行った。


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