黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚特別非常勤講師

秘密道具

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「デイビッド・デュロック!今すぐ魔法学棟へ来なさい!!」

ある日の昼休み。
保温のティーカップを気に入っていた例の女生徒に無理やり連れ出され、魔力持ちが集う魔法学の研究棟へ行くことになった。

廊下の色が代わり、あり得ない組み合わせの2人が歩く姿に、皆が驚いてジロジロ見ている。

魔法学棟は、青い廊下の終わりにある。
屋外のアーチを渡った先に造られた大きな建物だ。
デイビッドは、雨の時などどうするのかと思ったが、そこは魔法でなんとかしているのだろう。
初めて入る建物内には、知らない文字の本や、謎の標本などがあちこちに置かれていて、まさに知らない世界の入り口だった。


「何度も言うが…俺は本当に魔力は欠片もなくて…」

「ならば何故、あの魔剣の炎を振り切ることができたのです?!魔力を糧に生まれた炎は、魔力でしか消すことはできません!一体どんな手を使ったのですか?!何度も検証してみましたが、魔力の火は同等かそれ以上の魔力で作られた水か土でしか消せませんでしたわ!!」

「それは…ちょっと…ここで話すのは…」

「なるほど!何か秘密があるのですわね?!わかりました、ここだけの話しとして、決して誰にも言わないと誓いましょう!」

「誓いましょうったってギャラリーが多い!!この
全員に誓わせるのか?!」

見渡すと、数十人の生徒がデイビッドを囲い、メモを取ろうとペンを構えて待っていた。

「皆様、これから見聞きする事は何があっても口外しないと、この魔法水晶に誓いますか?」

「「はい、誓います!!」」

令嬢が声を掛けると、全員が胸に手を当て復唱する。
すると水晶が光り、同時に全員の手元がうっすらと明るくなった。

「水晶の誓約魔法ですわ。もし約束を破れば全身が茨の影に縛られ苦痛を伴うことになります。」

「おお…魔法、おっかねぇな…」

しかしこうなっては話さない訳にもいかなくなり、デイビッドは仕方なく、いつも着ている革のベストを脱いで令嬢に渡した。

「コレだよ。知り合いが俺に合わせて作ってくれた。魔力に反応して持ち主を守ってくれるらしい…つってもそうだとしか俺にはわからんが…」

「これは……誰か!鑑定装置を持って来て下さるかしら?」

直ぐに数人が駆け出すと、ひと抱えもある魔石の付いた装置を運び込んできた。

「何が始まるんだ?」

「こちらは魔導鑑定器ですわ。魔道具の魔力の質や魔法陣の種類を分類し、精度を鑑定しますの。」

令嬢がベストを鑑定器に乗せると、魔石が光って細かい文字が宙に映し出された。

「すげぇなぁ。正直、未知の世界だ…」

「黙ってて!!」

デイビッドには読めないので、何か魔法に関わる言語なのだろう。
令嬢は真剣な目で懸命に文字を追っている。

「魔力防御と…攻撃型魔法陣の発動抑制…魔力反射に…解毒と精神異常の解除?!魔力隠蔽に形状維持……まだ何かあるのに読み込めないのは…まさか…古代魔法??な、な、なんですの??この国宝級のアーティファクトは?!」

「知り合いが作ってくれた…誕生日祝い……?」

「こ…こ…こんなものを普段から着てふらふらしてますの?貴方は!?」

「ポケットが便利で…」

「ポケット…?」

令嬢がおそるおそる表のポケットに手を入れてみると、スルスルと腕が入り、肘を過ぎてもまだ底に届かない。

「空間拡張魔法?!こんなに小さく作れるものですの??内容量はどれ程なの!?」

「昔キャンプ地で水を汲む時、横着してこれに入れてった事があるんだが、その時は水が樽に波々入った。乾くのに3日掛かったんで二度とやらんが…」

「樽1杯分(約200L)…!!?信じられませんわ……」

「ここに入れとくと大事な物も落とさなくてすむんだ。取り出す時は、普通に手を入れるだけで中の物に触れるから、失くしたくない物とか入れとくんだよ。」

「そんな便利グッズみたく言わないで!!これがどれ程恐ろしい物かわかってますの??」

「武器や軍事には絶対に使わないと、作った本人が言ってるから大丈夫じゃないか?それに、魔力が関係してないと本当にただの革のベストだぞ?ほとんど魔力的ななんかが作動する事も無いし、あの試合で初めて何かに守られてる感があったくらいかな?!」

「そんな能天気な……」

周りの生徒も目を見開いてベストを凝視している。

「魔法陣は革の内側に施されてるのか…それを貼り合わせて…」
「それにしたって、あれだけの重ねがけをひとつも狂わさず発動させるなんて、神業としか…」
「質問なんですが!それはいつ頃貰った物なんですか?」

「8歳になる年に初めて留学するって言ったら、誕生日にくれたもんだから…もう十年になるのか!」

「その間メンテナンスとかは…」

「え?…するもんなのか?!」

デイビッドを駄目だコイツという目で見ていた令嬢は、おもむろにベストに腕を通し羽織ってみた。
すると、吸い付く様に形を変え、誂えたかのように令嬢の身体にぴったり合う大きさになった。

「こ…こ…こんな…こんな…こんな神話級の代物がこの世に存在するなんて!!!」

「サイズ直しも要らないし、何度か盗られたり失くしたりもしたんだが、いつの間にか手元に戻って来るんだ。便利だろ?」

それは最早呪いの一種では…?とその場の全員が思ったが、口に出す者はいなかった。
令嬢がベストを脱ぐと、また大きなベストに戻る。
息使いも荒くなった令嬢は、穴が開くほどベストを見つめていた。
喉から手が出るほど欲しいが、邪な考えに反応し、どんな罰を受けるかも分からない。

「くっ…うぅぅ……」

震える手でデイビッドにベストを返す令嬢は、歯型が残るほど唇を噛み締めていた。

「できる事なら…術者の方にお会いしたいのですが…」

「それは難しいかもな?相手はデュロックの領民だが、この国の人間じゃない。ちょっと特殊な事情があって、人前には出られないんだ。」

「…難しい立場のお方なのですね…?わかりました。では!お手紙でやり取りをさせて頂く事は可能でしょうか…?」

「手紙なら届けられる。定期船で送ると往復1週間だから、ちょっと時間が掛かるが…」

「その位時間の内に入りませんわ!!ぜひお願いします!!」

「居場所を明かせないんで、悪いが手紙は俺のとこに持って来てくれ。中を見たりはしないから安心しろよ?!」

「わかりました!秘密は守りますわ!」

「……帰っていいか?」

「うぅぅぅ………」

ベストの端をつかんだまま、令嬢は歯を食いしばっている。

「貸しとこうか……?」

「ぅお願いしますっっ!!!」

その日は、久々に背中が涼しく感じたデイビッドだった。



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